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レモンスカッシュ
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ラストオーダーも終わり、この時間には珍しく常連の3人が残っていた。
カウンターには出入口正面の席にリクさん。ふたつ席をあけ、右隣に座るのはアルクさん。
そして2人がけのテーブル席を独占してるクドラクさん。みんなこの時間帯には普段居合わせない組み合わせなのでちょっと違和感を感じる。
「ケーキバイキングかぁ……私来れるかしら」
「あー、ケーキバイキングを体験したいって言うなら別だけど、人が多いからやめておいたほうがいいかもよ」
最近リクさんとアルクさんの間には前ほど壁というものはなくなっていた。こういうのは本能的な何かが働くリクさんの方が得意なのか、アルクさんの疑惑というものはだいぶ薄れていた。
しかしながらそんなアルクさんとリクさんが仲良くなるに連れ、更に壁を作るのはクドラクさんであり、相変わらず口が悪い。
「開店記念祭だ。花を贈るだけの方がスマートだろうに」
遠くからだが、確実にリクさんの耳に届くような声で言うものだから、リクさんはわざとらしく背もたれに肘をつき振り返っては悪態をつく。
「花なんかで腹は膨れねーっつの」
「ふんっ」
気まずく思いつつもリクさんをなだめ、ラストオーダーとなるコーラを一杯カウンターへと差し出した。からんという涼しげな氷の翻る音がグラスを伝う。
「でもいーなぁ……ケーキたくさん並んでて全部食べていいんでしょ?」
アルクさんも最近は炭酸がお気に入りのようでレモンスカッシュのストローを指で撫でている。フェリシアのレモンスカッシュはフレッシュレモンを絞った酸味の効いたジュースだ。好みでガムシロップを添えるけど、大人の人はたいてい入れないで飲む事が多い。甘さよりも爽やかさと喉に来る刺激がたまらないらしい。
マスターに多めに作ってもらったレモンスカッシュをカウンター内でひとくち飲むときゅうっとした刺激が口の中に刺さるようだった。
強い酸味と強い炭酸。微炭酸なんて最近じゃ結構あるけど、強炭酸はこういったお店でしかなかなか味わうことができない。ペットボトルのジュースでも最近わりと見るようになったものの、やっぱりお店とのは比べ物にならないくらい違いがある。
からからになった喉に強い炭酸は刺激的だ。しゅわしゅわと喉の奥まで弾ける空気の粒が心地よい。
「さすがに全部食べたら気持ち悪くなっちゃいますけどね」
なぜお腹がいっぱいになる前に気持ち悪くなってしまうのだろう。体がこれ以上糖分を入れるなと危険信号を発するまでギリギリまで見極めてケーキを選ぶのがなかなか大変だ。
「いいなぁ。そこまで甘いもの食べたことないからなぁ……」
「そういえばマスター、去年はひとりでまわしてたんですか?」
ふと疑問に思い食器の片付けをしていたマスターに問いかけると、しゃがんで作業していたマスターはそのままの姿勢で応える。
「いや、お手伝いはいたよ。その日限りっていう約束だけど」
「へぇ。そうなんですか」
その時明らかに視線を反らした人物がいた。
リクさんではない。テーブル席のクドラクさんだ。
テーブルに頬杖をついているが口を抑えている。何か気に触ったのかと近づいてみるが、小さく息を吐き目を細めては平然を装っていた。
「まさか……クドラクさんがお手伝いを?」
「ちがうよ。女の子だもん……ね?」
笑いを堪えている声が聞こえて来たが、マスターは何かかくしているかのようで気になってしまう。
「ああ、なるほどね」
「アルクさん何かご存知で?」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど、……言っていいの?吸血鬼」
「やめろ」
どうやら興味のないリクさんは別としてアルクさんは何かを気づいたらしい。
「分かったわ。そういうことなら言わないであげる。プライドあるものねぇ……」
「ふんっ。礼など言わないからな」
「そんなの期待してませんよーだ」
まぁ、これ以上聞き詰めてもクドラクさんを泣かすだけだろうし、ほとぼり冷めた頃にでもマスターにこっそり探りを入れてみよう。
「リクは来ないの?」
「俺は人多いとこは勘弁。それにケーキバイキングなんて女が多いだろ?そんなとこに男1人紛れてみろ。殺されるって」
そんな大袈裟な。確かに女性客は多くなるとは思うけど、相手は異世界のお客さん達なんだし、意外と男性客も見込めるとふんでいるのだけどなぁ。
「とにかく豪、人手が危ない時は言え……なんとか手配する」
「その時はお言葉に甘えます」
とりあえず何らかの方法で人手を回してくれるそうで、いざという時の保険にはなりそうだ。
でもどうせなら私とミヤコちゃんとマスターの3人だけで乗り切りたい。
「あ、それいいわね。私も店員になろうかしら」
「お前は足でまといになるだろー」
「分からないわよ?食べ物に関してはリクより詳しいつもりですもの」
アルクさんまで冗談めかしてそんなことを言うが、マスターは満更でもなさそうだ。「そこまでしなくても大丈夫です」と遠慮がちに断り笑い話で済ますが、こんなにもお客さんに支えられている事を今更ながら実感させられる。
氷が小さくなってしまい、薄くなったレモンスカッシュをひとくち分吸い上げ、こうしてお客さんの笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。
クドラクさんはムスッとしているが、時折目が合うと顔色の悪い頬を幾分か上気させる。それが面白くて少しばかり手を振ったり、微笑み返してみたりと余計な事をするから勘違いされるんだな。きっと。
「ケーキバイキング当日お待ちしてますね」
「とうぜんよ!食べ尽くしちゃうから覚悟しておいてね!うふふっ」
アルクさんは自信満々に完食する気ではいるけどケーキバイキングの怖さを知らないのだろう。当日やんわりと叩き込んであげましょうか。
そんなことを考えていたら閉店の時間となり、各々満足げに家路に向かうのを見送り、今日の営業は終了したのであった。
カウンターには出入口正面の席にリクさん。ふたつ席をあけ、右隣に座るのはアルクさん。
そして2人がけのテーブル席を独占してるクドラクさん。みんなこの時間帯には普段居合わせない組み合わせなのでちょっと違和感を感じる。
「ケーキバイキングかぁ……私来れるかしら」
「あー、ケーキバイキングを体験したいって言うなら別だけど、人が多いからやめておいたほうがいいかもよ」
最近リクさんとアルクさんの間には前ほど壁というものはなくなっていた。こういうのは本能的な何かが働くリクさんの方が得意なのか、アルクさんの疑惑というものはだいぶ薄れていた。
しかしながらそんなアルクさんとリクさんが仲良くなるに連れ、更に壁を作るのはクドラクさんであり、相変わらず口が悪い。
「開店記念祭だ。花を贈るだけの方がスマートだろうに」
遠くからだが、確実にリクさんの耳に届くような声で言うものだから、リクさんはわざとらしく背もたれに肘をつき振り返っては悪態をつく。
「花なんかで腹は膨れねーっつの」
「ふんっ」
気まずく思いつつもリクさんをなだめ、ラストオーダーとなるコーラを一杯カウンターへと差し出した。からんという涼しげな氷の翻る音がグラスを伝う。
「でもいーなぁ……ケーキたくさん並んでて全部食べていいんでしょ?」
アルクさんも最近は炭酸がお気に入りのようでレモンスカッシュのストローを指で撫でている。フェリシアのレモンスカッシュはフレッシュレモンを絞った酸味の効いたジュースだ。好みでガムシロップを添えるけど、大人の人はたいてい入れないで飲む事が多い。甘さよりも爽やかさと喉に来る刺激がたまらないらしい。
マスターに多めに作ってもらったレモンスカッシュをカウンター内でひとくち飲むときゅうっとした刺激が口の中に刺さるようだった。
強い酸味と強い炭酸。微炭酸なんて最近じゃ結構あるけど、強炭酸はこういったお店でしかなかなか味わうことができない。ペットボトルのジュースでも最近わりと見るようになったものの、やっぱりお店とのは比べ物にならないくらい違いがある。
からからになった喉に強い炭酸は刺激的だ。しゅわしゅわと喉の奥まで弾ける空気の粒が心地よい。
「さすがに全部食べたら気持ち悪くなっちゃいますけどね」
なぜお腹がいっぱいになる前に気持ち悪くなってしまうのだろう。体がこれ以上糖分を入れるなと危険信号を発するまでギリギリまで見極めてケーキを選ぶのがなかなか大変だ。
「いいなぁ。そこまで甘いもの食べたことないからなぁ……」
「そういえばマスター、去年はひとりでまわしてたんですか?」
ふと疑問に思い食器の片付けをしていたマスターに問いかけると、しゃがんで作業していたマスターはそのままの姿勢で応える。
「いや、お手伝いはいたよ。その日限りっていう約束だけど」
「へぇ。そうなんですか」
その時明らかに視線を反らした人物がいた。
リクさんではない。テーブル席のクドラクさんだ。
テーブルに頬杖をついているが口を抑えている。何か気に触ったのかと近づいてみるが、小さく息を吐き目を細めては平然を装っていた。
「まさか……クドラクさんがお手伝いを?」
「ちがうよ。女の子だもん……ね?」
笑いを堪えている声が聞こえて来たが、マスターは何かかくしているかのようで気になってしまう。
「ああ、なるほどね」
「アルクさん何かご存知で?」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど、……言っていいの?吸血鬼」
「やめろ」
どうやら興味のないリクさんは別としてアルクさんは何かを気づいたらしい。
「分かったわ。そういうことなら言わないであげる。プライドあるものねぇ……」
「ふんっ。礼など言わないからな」
「そんなの期待してませんよーだ」
まぁ、これ以上聞き詰めてもクドラクさんを泣かすだけだろうし、ほとぼり冷めた頃にでもマスターにこっそり探りを入れてみよう。
「リクは来ないの?」
「俺は人多いとこは勘弁。それにケーキバイキングなんて女が多いだろ?そんなとこに男1人紛れてみろ。殺されるって」
そんな大袈裟な。確かに女性客は多くなるとは思うけど、相手は異世界のお客さん達なんだし、意外と男性客も見込めるとふんでいるのだけどなぁ。
「とにかく豪、人手が危ない時は言え……なんとか手配する」
「その時はお言葉に甘えます」
とりあえず何らかの方法で人手を回してくれるそうで、いざという時の保険にはなりそうだ。
でもどうせなら私とミヤコちゃんとマスターの3人だけで乗り切りたい。
「あ、それいいわね。私も店員になろうかしら」
「お前は足でまといになるだろー」
「分からないわよ?食べ物に関してはリクより詳しいつもりですもの」
アルクさんまで冗談めかしてそんなことを言うが、マスターは満更でもなさそうだ。「そこまでしなくても大丈夫です」と遠慮がちに断り笑い話で済ますが、こんなにもお客さんに支えられている事を今更ながら実感させられる。
氷が小さくなってしまい、薄くなったレモンスカッシュをひとくち分吸い上げ、こうしてお客さんの笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。
クドラクさんはムスッとしているが、時折目が合うと顔色の悪い頬を幾分か上気させる。それが面白くて少しばかり手を振ったり、微笑み返してみたりと余計な事をするから勘違いされるんだな。きっと。
「ケーキバイキング当日お待ちしてますね」
「とうぜんよ!食べ尽くしちゃうから覚悟しておいてね!うふふっ」
アルクさんは自信満々に完食する気ではいるけどケーキバイキングの怖さを知らないのだろう。当日やんわりと叩き込んであげましょうか。
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