37 / 62
いちごのパンケーキ
しおりを挟む
ああ。麗しい。宝石のような大粒のいちごがつややかに誘惑する。
聖都で栽培している野いちごとて、こんなに大きく肥えたものなどそうそうないだろう。
水の騎士オフィーリアは女でありながら水の騎士の称号を獲た聖都の住人だった。
最近王都で見つかったという火の騎士の話を聞き急遽召集がかかった。オフィーリアは水の騎士といっても、得意分野は魔法と弓。あくまでも水の精霊の加護が見受けられたから騎士という称号が与えられているだけに過ぎない。
そんな聖都へ行く途中の街道沿いに不思議な魔力を感じ横道にそれたのがまさしくその出会いだった。
古ぼけた今にも崩れてしまいそうな納屋に似つかわしくない真新しい扉。
そしてそこにかけられた「オープン」の文字。
扉には埃など積もってはなく、随分と手入れが行き届いてるように見える。
オフィーリアはその長い髪を後ろに一つに結わえ、その扉の調査へと向かった。
なに、どうせこの小さな納屋だ半時もあれば終わるだろうし、少し馬をとばせばすぐにでも追いつくだろう。
オフィーリアは愛馬のジェシカの綱を近くの木に結わえ、鼻先をそっと撫でてやる。
「お前はここで待っていて」
ぎいっと扉を押し出すとそこは目もくらむ明るさを放っていた。
カララン、ラン
「いらっしゃいませ!」
納屋の明るさを想像して目を細めていたオフィーリアは更に目を細める。鼻先を掠める香ばしい香りに色々な料理の混ざった匂い。ここは料理屋?
「おひとり様ですね。どうぞこちらへ」
給仕の案内を素直に受け、言葉を発しないながらも注意深く辺りを見回す。
何処の所属だかわからない騎士や異国の忍び、そして人外なる魔物の類までいる。
こんな料理屋聞いたことがない。最近出来たのだろうか。変わった趣向もあるものね。内面を丁寧にするがゆえ外観まで気が回らなかったのだろうか。はたまたそういう納屋風に仕立てているのか。どちらにしろ聖都にはない面白い趣向だ。
オフィーリアは少しばかり期待しつつカウンター席へ腰を下ろした。
そしていつもながらオフィーリアが質問をする。
「あなた、ここのおすすめは何かしら?」
「えっと、日替わりランチセットでしょうかね?」
「食事はいいわ。もっと軽く食べれるもので、あなたの好きなものは?」
「個人的にですけど、いちごのパンケーキとか好きです」
「じゃぁ、それで頼むわ」
そう。ここから予定が全て狂ってしまったのだ。
注文してしばし、水を眺めたり店内を眺めていたりしていたところに、そのパンケーキは運ばれた。
給仕のおすすめといういちごのパンケーキなる薄く焼かれたパンに白い雲が山のように乗っていてオフィーリアは目を大きく見開いた。
真っ白な大皿の周りには紅いベリーの川が円を描き流れていて、その川の中央には白い植物のツルがとても美しく描かれており、崩すのが勿体ない。
雲の根本には乳色の甲羅のような土台があり、とろりと溶け始めていて冷たい事がうかがえる。これはもう芸術だ。雲の切れ間から覗くカットされたいちごが純白のドレスを纏った薔薇の様で貴婦人のような上品さを醸し出している。
ああ、これは誘惑的すぎる。
こんなにも見た目にも美しく誘惑的な食べ物が存在していたのか。
「こちらはセットの紅茶です」
「ありがとう」
あまりの素晴らしさに見とれてしまっていた。給仕の声もうわの空で、お茶が来るのも一瞬理解が追いつかなかったくらいだ。
どうやって食べようか。どこから食べようか。
ナイフとフォークを手に取り、行儀が悪いと思いつつも刃先を行ったり来たりと迷ってしまう。
「ふふっ……」
口元に浮かぶ笑が抑えられない。二枚に重なったパンケーキにフォークを刺し、ナイフを当てるとすっと切れた。軽いナイフの当たりに力はいらない。
こんもりと盛られた白い雲を紅いソースにくぐらせ、そっとパンケーキの欠片に添える。マーブル状になった白と紅がまたこれも美しく、オフィーリアは感嘆の息を漏らし大きく息を止め頬張った。
「っん……しあわせ…………」
甘い雲が口の中でとろけ柔らかいパンがほろりと崩れて落ちる。ベリーの酸味が見え隠れしているが、噛むのを繰り返すとそれは次第にまろやかなベールに包まれたベリーへと変化していく。
その味がまた恋しくてパンケーキを一口大に切り分け、クリームを掬おうとした時ナイフの刃先に当たる少し固い感覚が指に伝わった。
「これは……」
甲羅か!
冷たく冷やされたそれはナイフの熱だけですっと切れ、パンケーキに乗せるとじゅわりと溶けていく。これは急いで食べないと!
「んっ!」
冷たい食感が口に広がり溶けてゆく。
たっぷりと汁を吸ったパンケーキは、先程よりもしっとりとしていて乳の味がした。
先程とは違う味に驚きつつも、次の組み合わせはと探している自分に驚きを感じ得ない。
この冷たい塊に赤いソースをかけたらどんな味がするのだろう。
ダイレクトにフォークで救い、紅いソースの上にアイスを置き、もう一度刺し直す。ベリーの赤がアイスの溶けたクリームと混じりその場でしか見ることの出来ない複雑な模様を描いていく。
たまらなくなり、急いで口へ運ぶとオフィーリアはまた別な驚きを覚える。
乳の甘さにベリーの違う甘みが加わりとても爽やかだ。えぐみのない野いちごは人の手によって育てられたもの。それを痛感させられるこのベリーのソースがまたいやらしい。
オフィーリアの心を掴んで離そうとはしない。
「私はなんという罪深い行為をしているのでしょう……」
ほうっと息が漏れ、目の前にあるパンケーキにうっとりとしてしまう。
ふわふわの雲だけを贅沢にも口いっぱいに頬張る。これだけでも至福の時だというのに、冷たさや甘ずっぱさなどを感じつつ、メインのパンケーキを味わえるんですもの。
口の中の雰囲気を変えたくて啜った紅茶もまた素晴らしかった。
砂糖を必要としない茶葉だけで勝負できる甘みがある。煮出しすぎてえぐみの出てしまったものではない、自分のためだけに淹れられた。そんな味がする。フルーツのような香りがあるこの紅茶とかいうお茶は何の茶葉を使っているのだろうか。
「ふふっ。お気に召されました?」
「やだ、ずっと見てたんですか?恥ずかしい」
少女の頃に戻ってしまったような反応をしていたのを見られていた。随分と忘れていたこの感情が懐かしくもむず痒い。
「結構人気なんですよ?パンケーキ
男性でも召し上がられる方もいるくらいです」
「そうなの!?」
甘いものは女性と子供しか食べないと思っていたからオフィーリアにとってそれは驚きだった。
「それは是非その方と語らってみたいわ」
こんなに素敵な甘いものを殿方と語らえるなんて。現実世界じゃそうそう出会えないだろう。
オフィーリアは皿の上が空っぽになるまで眺めては食べを繰り返し、時折その殿方に想いを馳せながら紅茶をすするのだった。
もちろん聖都に着くのは予定していた時間をはるかに超えた夕方であり、上官からしこたま絞られたことは言うまでもない。
聖都で栽培している野いちごとて、こんなに大きく肥えたものなどそうそうないだろう。
水の騎士オフィーリアは女でありながら水の騎士の称号を獲た聖都の住人だった。
最近王都で見つかったという火の騎士の話を聞き急遽召集がかかった。オフィーリアは水の騎士といっても、得意分野は魔法と弓。あくまでも水の精霊の加護が見受けられたから騎士という称号が与えられているだけに過ぎない。
そんな聖都へ行く途中の街道沿いに不思議な魔力を感じ横道にそれたのがまさしくその出会いだった。
古ぼけた今にも崩れてしまいそうな納屋に似つかわしくない真新しい扉。
そしてそこにかけられた「オープン」の文字。
扉には埃など積もってはなく、随分と手入れが行き届いてるように見える。
オフィーリアはその長い髪を後ろに一つに結わえ、その扉の調査へと向かった。
なに、どうせこの小さな納屋だ半時もあれば終わるだろうし、少し馬をとばせばすぐにでも追いつくだろう。
オフィーリアは愛馬のジェシカの綱を近くの木に結わえ、鼻先をそっと撫でてやる。
「お前はここで待っていて」
ぎいっと扉を押し出すとそこは目もくらむ明るさを放っていた。
カララン、ラン
「いらっしゃいませ!」
納屋の明るさを想像して目を細めていたオフィーリアは更に目を細める。鼻先を掠める香ばしい香りに色々な料理の混ざった匂い。ここは料理屋?
「おひとり様ですね。どうぞこちらへ」
給仕の案内を素直に受け、言葉を発しないながらも注意深く辺りを見回す。
何処の所属だかわからない騎士や異国の忍び、そして人外なる魔物の類までいる。
こんな料理屋聞いたことがない。最近出来たのだろうか。変わった趣向もあるものね。内面を丁寧にするがゆえ外観まで気が回らなかったのだろうか。はたまたそういう納屋風に仕立てているのか。どちらにしろ聖都にはない面白い趣向だ。
オフィーリアは少しばかり期待しつつカウンター席へ腰を下ろした。
そしていつもながらオフィーリアが質問をする。
「あなた、ここのおすすめは何かしら?」
「えっと、日替わりランチセットでしょうかね?」
「食事はいいわ。もっと軽く食べれるもので、あなたの好きなものは?」
「個人的にですけど、いちごのパンケーキとか好きです」
「じゃぁ、それで頼むわ」
そう。ここから予定が全て狂ってしまったのだ。
注文してしばし、水を眺めたり店内を眺めていたりしていたところに、そのパンケーキは運ばれた。
給仕のおすすめといういちごのパンケーキなる薄く焼かれたパンに白い雲が山のように乗っていてオフィーリアは目を大きく見開いた。
真っ白な大皿の周りには紅いベリーの川が円を描き流れていて、その川の中央には白い植物のツルがとても美しく描かれており、崩すのが勿体ない。
雲の根本には乳色の甲羅のような土台があり、とろりと溶け始めていて冷たい事がうかがえる。これはもう芸術だ。雲の切れ間から覗くカットされたいちごが純白のドレスを纏った薔薇の様で貴婦人のような上品さを醸し出している。
ああ、これは誘惑的すぎる。
こんなにも見た目にも美しく誘惑的な食べ物が存在していたのか。
「こちらはセットの紅茶です」
「ありがとう」
あまりの素晴らしさに見とれてしまっていた。給仕の声もうわの空で、お茶が来るのも一瞬理解が追いつかなかったくらいだ。
どうやって食べようか。どこから食べようか。
ナイフとフォークを手に取り、行儀が悪いと思いつつも刃先を行ったり来たりと迷ってしまう。
「ふふっ……」
口元に浮かぶ笑が抑えられない。二枚に重なったパンケーキにフォークを刺し、ナイフを当てるとすっと切れた。軽いナイフの当たりに力はいらない。
こんもりと盛られた白い雲を紅いソースにくぐらせ、そっとパンケーキの欠片に添える。マーブル状になった白と紅がまたこれも美しく、オフィーリアは感嘆の息を漏らし大きく息を止め頬張った。
「っん……しあわせ…………」
甘い雲が口の中でとろけ柔らかいパンがほろりと崩れて落ちる。ベリーの酸味が見え隠れしているが、噛むのを繰り返すとそれは次第にまろやかなベールに包まれたベリーへと変化していく。
その味がまた恋しくてパンケーキを一口大に切り分け、クリームを掬おうとした時ナイフの刃先に当たる少し固い感覚が指に伝わった。
「これは……」
甲羅か!
冷たく冷やされたそれはナイフの熱だけですっと切れ、パンケーキに乗せるとじゅわりと溶けていく。これは急いで食べないと!
「んっ!」
冷たい食感が口に広がり溶けてゆく。
たっぷりと汁を吸ったパンケーキは、先程よりもしっとりとしていて乳の味がした。
先程とは違う味に驚きつつも、次の組み合わせはと探している自分に驚きを感じ得ない。
この冷たい塊に赤いソースをかけたらどんな味がするのだろう。
ダイレクトにフォークで救い、紅いソースの上にアイスを置き、もう一度刺し直す。ベリーの赤がアイスの溶けたクリームと混じりその場でしか見ることの出来ない複雑な模様を描いていく。
たまらなくなり、急いで口へ運ぶとオフィーリアはまた別な驚きを覚える。
乳の甘さにベリーの違う甘みが加わりとても爽やかだ。えぐみのない野いちごは人の手によって育てられたもの。それを痛感させられるこのベリーのソースがまたいやらしい。
オフィーリアの心を掴んで離そうとはしない。
「私はなんという罪深い行為をしているのでしょう……」
ほうっと息が漏れ、目の前にあるパンケーキにうっとりとしてしまう。
ふわふわの雲だけを贅沢にも口いっぱいに頬張る。これだけでも至福の時だというのに、冷たさや甘ずっぱさなどを感じつつ、メインのパンケーキを味わえるんですもの。
口の中の雰囲気を変えたくて啜った紅茶もまた素晴らしかった。
砂糖を必要としない茶葉だけで勝負できる甘みがある。煮出しすぎてえぐみの出てしまったものではない、自分のためだけに淹れられた。そんな味がする。フルーツのような香りがあるこの紅茶とかいうお茶は何の茶葉を使っているのだろうか。
「ふふっ。お気に召されました?」
「やだ、ずっと見てたんですか?恥ずかしい」
少女の頃に戻ってしまったような反応をしていたのを見られていた。随分と忘れていたこの感情が懐かしくもむず痒い。
「結構人気なんですよ?パンケーキ
男性でも召し上がられる方もいるくらいです」
「そうなの!?」
甘いものは女性と子供しか食べないと思っていたからオフィーリアにとってそれは驚きだった。
「それは是非その方と語らってみたいわ」
こんなに素敵な甘いものを殿方と語らえるなんて。現実世界じゃそうそう出会えないだろう。
オフィーリアは皿の上が空っぽになるまで眺めては食べを繰り返し、時折その殿方に想いを馳せながら紅茶をすするのだった。
もちろん聖都に着くのは予定していた時間をはるかに超えた夕方であり、上官からしこたま絞られたことは言うまでもない。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる