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いちごのパンケーキ

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ああ。麗しい。宝石のような大粒のいちごがつややかに誘惑する。
聖都で栽培している野いちごとて、こんなに大きく肥えたものなどそうそうないだろう。
水の騎士オフィーリアは女でありながら水の騎士の称号を獲た聖都の住人だった。
最近王都で見つかったという火の騎士の話を聞き急遽召集がかかった。オフィーリアは水の騎士といっても、得意分野は魔法と弓。あくまでも水の精霊の加護が見受けられたから騎士という称号が与えられているだけに過ぎない。
そんな聖都へ行く途中の街道沿いに不思議な魔力を感じ横道にそれたのがまさしくその出会いだった。
古ぼけた今にも崩れてしまいそうな納屋に似つかわしくない真新しい扉。
そしてそこにかけられた「オープン」の文字。
扉には埃など積もってはなく、随分と手入れが行き届いてるように見える。
オフィーリアはその長い髪を後ろに一つに結わえ、その扉の調査へと向かった。
なに、どうせこの小さな納屋だ半時もあれば終わるだろうし、少し馬をとばせばすぐにでも追いつくだろう。
オフィーリアは愛馬のジェシカの綱を近くの木に結わえ、鼻先をそっと撫でてやる。
「お前はここで待っていて」
ぎいっと扉を押し出すとそこは目もくらむ明るさを放っていた。
カララン、ラン
「いらっしゃいませ!」
納屋の明るさを想像して目を細めていたオフィーリアは更に目を細める。鼻先を掠める香ばしい香りに色々な料理の混ざった匂い。ここは料理屋?
「おひとり様ですね。どうぞこちらへ」
給仕の案内を素直に受け、言葉を発しないながらも注意深く辺りを見回す。
何処の所属だかわからない騎士や異国の忍び、そして人外なる魔物の類までいる。
こんな料理屋聞いたことがない。最近出来たのだろうか。変わった趣向もあるものね。内面を丁寧にするがゆえ外観まで気が回らなかったのだろうか。はたまたそういう納屋風に仕立てているのか。どちらにしろ聖都にはない面白い趣向だ。
オフィーリアは少しばかり期待しつつカウンター席へ腰を下ろした。
そしていつもながらオフィーリアが質問をする。
「あなた、ここのおすすめは何かしら?」
「えっと、日替わりランチセットでしょうかね?」
「食事はいいわ。もっと軽く食べれるもので、あなたの好きなものは?」
「個人的にですけど、いちごのパンケーキとか好きです」
「じゃぁ、それで頼むわ」
そう。ここから予定が全て狂ってしまったのだ。
注文してしばし、水を眺めたり店内を眺めていたりしていたところに、そのパンケーキは運ばれた。
給仕のおすすめといういちごのパンケーキなる薄く焼かれたパンに白い雲が山のように乗っていてオフィーリアは目を大きく見開いた。
真っ白な大皿の周りには紅いベリーの川が円を描き流れていて、その川の中央には白い植物のツルがとても美しく描かれており、崩すのが勿体ない。
雲の根本には乳色の甲羅のような土台があり、とろりと溶け始めていて冷たい事がうかがえる。これはもう芸術だ。雲の切れ間から覗くカットされたいちごが純白のドレスを纏った薔薇の様で貴婦人のような上品さを醸し出している。
ああ、これは誘惑的すぎる。
こんなにも見た目にも美しく誘惑的な食べ物が存在していたのか。
「こちらはセットの紅茶です」
「ありがとう」
あまりの素晴らしさに見とれてしまっていた。給仕の声もうわの空で、お茶が来るのも一瞬理解が追いつかなかったくらいだ。
どうやって食べようか。どこから食べようか。
ナイフとフォークを手に取り、行儀が悪いと思いつつも刃先を行ったり来たりと迷ってしまう。
「ふふっ……」
口元に浮かぶ笑が抑えられない。二枚に重なったパンケーキにフォークを刺し、ナイフを当てるとすっと切れた。軽いナイフの当たりに力はいらない。
こんもりと盛られた白い雲を紅いソースにくぐらせ、そっとパンケーキの欠片に添える。マーブル状になった白と紅がまたこれも美しく、オフィーリアは感嘆の息を漏らし大きく息を止め頬張った。
「っん……しあわせ…………」
甘い雲が口の中でとろけ柔らかいパンがほろりと崩れて落ちる。ベリーの酸味が見え隠れしているが、噛むのを繰り返すとそれは次第にまろやかなベールに包まれたベリーへと変化していく。
その味がまた恋しくてパンケーキを一口大に切り分け、クリームを掬おうとした時ナイフの刃先に当たる少し固い感覚が指に伝わった。
「これは……」
甲羅か!
冷たく冷やされたそれはナイフの熱だけですっと切れ、パンケーキに乗せるとじゅわりと溶けていく。これは急いで食べないと!
「んっ!」
冷たい食感が口に広がり溶けてゆく。
たっぷりと汁を吸ったパンケーキは、先程よりもしっとりとしていて乳の味がした。
先程とは違う味に驚きつつも、次の組み合わせはと探している自分に驚きを感じ得ない。
この冷たい塊に赤いソースをかけたらどんな味がするのだろう。
ダイレクトにフォークで救い、紅いソースの上にアイスを置き、もう一度刺し直す。ベリーの赤がアイスの溶けたクリームと混じりその場でしか見ることの出来ない複雑な模様を描いていく。
たまらなくなり、急いで口へ運ぶとオフィーリアはまた別な驚きを覚える。
乳の甘さにベリーの違う甘みが加わりとても爽やかだ。えぐみのない野いちごは人の手によって育てられたもの。それを痛感させられるこのベリーのソースがまたいやらしい。
オフィーリアの心を掴んで離そうとはしない。
「私はなんという罪深い行為をしているのでしょう……」
ほうっと息が漏れ、目の前にあるパンケーキにうっとりとしてしまう。
ふわふわの雲だけを贅沢にも口いっぱいに頬張る。これだけでも至福の時だというのに、冷たさや甘ずっぱさなどを感じつつ、メインのパンケーキを味わえるんですもの。
口の中の雰囲気を変えたくて啜った紅茶もまた素晴らしかった。
砂糖を必要としない茶葉だけで勝負できる甘みがある。煮出しすぎてえぐみの出てしまったものではない、自分のためだけに淹れられた。そんな味がする。フルーツのような香りがあるこの紅茶とかいうお茶は何の茶葉を使っているのだろうか。
「ふふっ。お気に召されました?」
「やだ、ずっと見てたんですか?恥ずかしい」
少女の頃に戻ってしまったような反応をしていたのを見られていた。随分と忘れていたこの感情が懐かしくもむず痒い。
「結構人気なんですよ?パンケーキ
男性でも召し上がられる方もいるくらいです」
「そうなの!?」
甘いものは女性と子供しか食べないと思っていたからオフィーリアにとってそれは驚きだった。
「それは是非その方と語らってみたいわ」
こんなに素敵な甘いものを殿方と語らえるなんて。現実世界じゃそうそう出会えないだろう。
オフィーリアは皿の上が空っぽになるまで眺めては食べを繰り返し、時折その殿方に想いを馳せながら紅茶をすするのだった。
もちろん聖都に着くのは予定していた時間をはるかに超えた夕方であり、上官からしこたま絞られたことは言うまでもない。
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