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チョコレートパフェ

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本日貸切。またのご来店お待ちしております。
そんな言葉が書かれた魔術文字の札がドアにぶら下げられる。今日に限ってはそれがまがい物ではなく本当の事で、今フェリシア内にはとても重い空気が張りつめている。
4人がけのテーブル席をくっつけ、8人がけにして、窓際に4人、通路側に2人座る異様な空気を放つ6人は、常連の2人を除いては初見さんだった。
vier(フィーア)の4人組にallure(アリュール)の2人組だ。
vierの4人組の方は奥から「ほねちょーだい」のリクさん、「あそんでちょーだい」のサイクさん、「だっこしてちょーだい」のカナタさん、「かまってちょーだい」の名前何だったっけ…そうだ、ルアさんだ。それぞれの面子が先日頼まれて買ってきたドッグタグのついた首輪をつけて思い思いに座っている。
リクさんなんかふんぞり返っちゃってるし、サイクさんなんかクールっぽい見た目に反してキョロキョロとせわしない。カナタさんとルアさんはメニューに夢中で2人だけで盛り上がっちゃってるし、対面に座ってるクドラクさんはイライラしっぱなしだ。
「だから何故私が今回担当にならねばならんのだ」
「だから言ったでしょう社長。こういうのに一番優れているのは社長ですって。それに顔見知りなのでしょう?打ち合わせするチャンスです」
あ、社長なんだ。クドラクさん。
隣に座っている人、多分この人も吸血鬼なんだろうな。前髪にかかる銀髪の隙間から紅い目がときたま覗く。スーツを着ているけど、日本人みたいにスーツに着せられている感がなく、とても似合っている。
何故こんな事になったのかというと、今度発売する香水がクドラクさんのところの企画ということで話が進んでいたのだけれど、vier側とallure側がなかなかスケジュールがあわないということで今に至るという訳だ。
「私が作るわけではないだろう」
「決定権は社長です」
「ならサンプルを作れ。問答無用で判子を押してやる」
「真面目にしてくださいよ、ホント」
言い争いを耳にしながらブレンドコーヒーを6つ並べていると、手前に座っていたルアさんがすんと鼻をならした。
「おねーさんなんかいい匂いする」
そのまま立ち上がり、あまり変わらない身長なのに少しばかりかがみ、首元の匂いをかいでくる。これはちょっと恥ずかしい。つい二、三歩後ずさってしまう。
「セクハラはやめろ駄犬その2!」
だんっ!とテーブルを叩き立ち上がり指を差して怒りをあらわにするクドラクさん。いつもあなたがしていることはセクハラではないのですか?
「大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしちゃっただけなんで」
いきなりとはいえ、カッコイイっていう部類に入っているだろう男の子がこんなに近くにいるとちょっとドキドキしてしまう。人外だけど。ちほがこの場にいたらきっと大変な事になるんだろうな。
「やっぱり女の子っていい匂いするよね。不思議」
クドラクさんの威嚇に気にもとめていない様子で微笑みかけてくれるルアさんは、よく言う弟属性みたいな子だ。時折見せる力強さもあるけど、やんちゃ盛な子犬っぽいイメージを感じる。この子は柴犬みたいな子だな。黄色い首輪が元気いっぱいの彼の性格を表しているようだった。
「あの、チョコレートパフェ頼んでもいいですか?」
「食うのかよ!」
深緑の変わった髪色とおそろいの首輪をしているカナタさんが左手を挙げて声をかける。ご注文なら喜んでお受け致します!そして最近パフェも任せられるようになって、作るのが楽しくてしかたない。上手くできた日なんて写メ撮りたくなっちゃうし。さすがに仕事中ケータイいじるのも何なんでやらないけど。
「かしこまりました」
「それとサイク、キョロキョロし過ぎ。何かあったのか?」
「………………ごめん、トイレ」
「先に言えよ!」
なんだろう。リクさんがみんなの世話をしているようにみえるんだけど……。雑誌で見た時よりずいぶんイメージとかけ離れている。
ルアさんとカナタさんが席を立ち、そわそわと落ち着きなくサイクさんがトイレへ向かう。ああ、だからキョロキョロとトイレを探していたのね。
「マスター、パフェ入りましたよ」
「美幸ちゃん作っといてー」
マスターは厨房にこもりきっているから何をしているのかと思いきや、タブレットで野球中継を見ていた。最初からこの面倒くさそうな状況には参加するつもりなかったんですね。握り締めた拳に血管が浮かび上がる。
話し合いだろうし、貸し切りになったとは言えオーダーが山ほど入るわけではないだろう。いつものリクさんレベルなら3人も人数が増えて厨房はてんやわんやになるだろうけど、今日のところは大人しい。
とりあえずオーダーが入ったチョコレートパフェを作るべく材料を揃えるとパフェグラスにチップがないか確認してから盛り付け始める。
フェリシアのパフェはシリアルにあまり頼らない具材が多いパフェだ。たまに他のお店でパフェを頼むとその違いに驚く。上だけ綺麗に盛り付けてても中身は全部シリアルでしたーなんてこともザラだ。そんなこともあり、特に気合いがはいる。シリアルはほんの少し、グラスの底を埋めるだけのものを。あとは下からホイップクリームにブラウニー、チョコレートソース、マフィンを砕いたものとバランスよく重ねていく。小さめに乱切りにしたバナナを入れ、ホイップクリームを載せる。最後に見た目良くグラスのふちぎりぎりにホイップクリームを絞り出し、メインとなるチョコレートアイスにブラウニー、斜めに切ったバナナ、クッキーにウエハースを挿していく。紅いラズベリーをアイスの周りに3粒飾り、対角線上に4分の1にカットしたいちごを添える。仕上げにチョコレートソースをかけ、ミントの葉を添えれば出来上がり!我ながらよく出来た。
トレイに長めのスプーンの先に紙を巻いたものと、できたばかりのチョコレートパフェを乗せ厨房から出るとそこには異様な光景が広がっていた。
クドラクさんの隣に座っていた社員さんが、リクさんを立たせてすんすんと匂いをかいでいる。リクさんは嫌そうな顔をしてあさっての方向を見ちゃってるし、クドラクさんなんか無視しちゃって書類を広げている。
「お待たせ致しました。チョコレートパフェです」
その横を通るのも遠慮しつつチョコレートパフェとスプーンをテーブルにそっと並べると、カナタさんのとびきりの笑顔が返ってくる。
「ありがとう!あ、お姉さん、1口食べます?」
「そんなハレンチなこと許さん!」
あなたはいつの時代の人ですか。スプーンで一匙分掬って差出してくれたものの、クドラクさんがスプーンごと叩き落とす。あーあ、勿体ない。新しいスプーンを差し出しやんわりと断ると、クドラクさんは納得したのか足を組んでコーヒーを啜る。
うん。やっぱり面倒臭い。マスターあなたの判断は残念ながら正解です。
でもね、クドラクさん、あなたがひっぱたいて落としたパフェは私が作ったものです。あとでチクリと釘を指しておこう。
「んー……何となくイメージは覚えたので一応紙に書いておきますね。どうやら仕事でのキャラクターも演じてらっしゃるようですし、後で教えて下さい。あわせて書き写しますので」
「へいへい」
やっと解放されたと言わんばかりに席へ着くと、ふと視線があう。
そっと小さく手を振ってくれたがクドラクさんの睨みが入ったらしく、すぐにやめて窓の外を見る。
「次サイクさんこちらへどうぞ」
「え……やだ。リクも来てよ」
「匂いが混ざるのでおひとりで来てください」
「えー………………」
お世辞にもまったくクールには見えないサイクさんは、あんまり関わりたくないという様子でちょっと長めの髪を指先でいじくっていた。
「サイクさん、香水つけてます?」
「つけてない……あ、トイレの芳香剤かも」
「…………そうですか」
今度は吸血鬼の社員さんの方が嫌そうな顔をしたぞ。
それほど敏感に嗅ぎ分けたのか、はたまたお手洗いに長いをしていたのか。
「あ、もういいです。次カナタさん」
「パフェ食べてるからあとにしてー」
「ではルアさんで」
「はーいっ」
サイクさんと入れ替わってルアさんが席を立つ。けれど一瞬でそれは終わった。
「やっぱり、もういいです」
「えー!オレ今立ったばっかじゃん!」
「人狼の匂いばかり嫌なんですよ。もうイメージだけでつくります。だいたい雰囲気はつかんだし」
「やはりそうなるだろう?」
「なんだよ。ムカつくな」
クドラクさんがそれ見たことかと付け加える。
どうして吸血鬼と人狼ってこんなに仲が悪いのだろう。昔見た映画では主従関係とかあった気がするけど。クドラクさん本人じゃないんだろうけど、クドラクというクーフーリンと戦っていた吸血鬼はたしか黒い狼に化けてたとかいう話も聞いたことあるし、一概に言えないんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。
こうして一番得をしただろうカナタさんとマスターを除き険悪な空気を漂わせた本日の営業は早々にして終了することになるのであった。
最後まで残っていたクドラクさんにそっとパフェの事を告げると、すごい勢いで土下座をしてきて逆に申しわけない思いをしたのは、うん。忘れよう。
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