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手合わせ~バーン視点~
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セシルに案内され自室に入る。
こんなものだろう、といった所だ。
適度な広さと設備、聖堂内と変わらず白で統一された画一的な室内。まぁ、特に数日過ごすだけの部屋に拘りもない。
「もう下がります。何か必要なものがありましたら、声をかけて下さい。隣室が僕とシューの部屋になりますので」
「あぁ」
とにかく、休みたい。
セシルは俺の疲労を見越してか、軽く頭を下げると退室した。
はぁ……本当に疲れた。
そのまま部屋の奥に位置する寝台に腰掛ける。
胸が苦しい。ずっと様々な思いが頭を過ぎる。考えなければならないことが多すぎて……いや、考えても仕方ないことを考えてしまうからこそこんなに疲れるんだろう。
聖教のことも、自分の失くした記憶のことも、自分にはどうすることもできない。自分に出来ることは、数日此処で過ごし、領地へ戻った後に父上にすべてを話し、判断を仰ぐこと。自分の記憶についても何かご存知かもしれない。
すぐにでも、行動を起こしたい。
それが正直な気持ちだ。それを押さえつけているからこそ、こんなに苦しいのか。
はぁっ、とため息をつき項垂れる。
「入るぞー」
誰だ……声的にあのシュフォテオフトか。
シュフォテオフトは意気揚々と室内に入ってくる。
「なぁ、手合わせしないか?」
「は?」
こいつ、何を言ってるんだ?ここは聖教の聖堂内だぞ?
「木刀ないかなと思って神官に聞きに行ったらないって言われてさ。だったら、体術でもいいしなと思って。とりあえず、外に行かないか?」
「行くわけないだろう」
なぜ私がこの男と手合わせなど……そんな気分でもない。
「ここでもいいけど。けっこう広いしな」
シュフォテオフトは部屋の中央で手を大きく広げ「イける」と呟いている。
この男……何だ?
今までの経験上にない対応で、困惑する。高位の貴族に対する話し方でもなく、態度にも敬意も感じない。しかし、侮っているような感じではなく、親しげだ。そして、そうされることに不快感がない自分もいる。
だが、今これ以上こいつに関わっている気分ではない。
「私はここまでの旅程で疲れている。休むから出ていけ」
少し声色に険を含ませた。
「ふぅん」
シュフォテオフトは納得のいっていない表情をしたが、突然にやりと笑う。
「じゃあ、俺からな?」
そう言った瞬間に距離を詰め、右頬目掛けて拳を打ち込んできた。すんでの所で躱す。
「どういうつもりだ!」
「反応、悪くない」
シュフォテオフトは嬉しそうに笑うと、次は軽く跳び上段蹴りを繰り出す。身長差のある私の頭を着実に狙ってきていた。それを腕で防ぐ。
「防戦一方か?いくぞ!」
そこからもシュフォテオフトの一方的な攻撃が続く。驚くほどの身体能力で、体術に自信があったはずが、あまりに隙がなく、楽しそうに私に拳を打ち込んでいる姿には畏怖すら覚えた。
何者だ!?刺客か!?
いや、刺客にしては決定打は打ってこない。何度も私に致命傷を与える機会はあった。だが、そこは私の体勢が立て直るのを待っている。
意味が分からない。だが、思考している間はなかった。
「ぐっ……」
少し避けるのが遅れ、シュフォテオフトの蹴りが腹に入る。
「あ、わりぃ。大丈夫か?」
片膝を着いてしまった私に、シュフォテオフトは気遣わしげに駆け寄る。
「お前がっ……やった、ことだろう……」
「それもっ、そうか……」
二人とも息が上がっていた。
体格は決して劣っていない。むしろ、身長も筋肉も私の方が優っているはずなのに……この男には勝てない。刺客ならば、もう何度も死んでいた。
洗練された体術……同年代に歴然とした差を見せつけられたのは初めてだった。
「お前……何者だ?」
「へ?シュフォテオフトだけど」
「そんなことは聞いていない」
的外れな返答に脱力感すら覚える。
「?まぁ、よく分からんけど、戻ったな」
「戻った?」
シュフォテオフトは、先程までの好戦的な表情からうって変わり、安堵したような微笑みを浮かべた。
「なんか、頭がごちゃごちゃしてたんだろ?体を動かせば、すっきりするだろうと思ってな」
「お前……」
身体の疲れではなく、心が疲れていたのだと見抜かれていた……?
ヘラヘラと笑いながら、勝手に部屋の水差しを飲んでいる姿を呆然と見ていると、何か腹の底から湧き上がってくるものがあった。
「水浴びでもして、飯でも食おうか」
「あぁ」
あれほど一人になりたいと思っていたのに、なぜか今はシュフォテオフトと共にいたい。素直にそう思えた。
シュフォテオフトに案内されるまま聖堂内の浴室や食堂へ向かい、共に過ごす。シュフォテオフトは私の側仕えであるはずなのだが、なぜか対等な、まるで旧知の友のように私に接した。食堂から自室へ料理を運ぶ際も、自分の物は自分で運べと言われ、苦笑が漏れた。
だが、不思議と嫌な気持ちはしない。受け入れている自分がいた。
食べたら直ぐに寝たいから自室で食べると言われた時には、隣室だから良いだろうと引き止めてしまった。なぜか、離れがたくて。
「じゃあな、また明日」
食堂から持ってきた料理をすごい早さで食べると、シュフォテオフトは自室へと戻った。
嵐のようだったな。
一連の流れを思い出し、ふ、と笑みがこぼれた。
頭は嘘のように軽い。
良い夢が見られそうだ。
部屋の灯りを消し、寝台へ横たわる。
微睡み始めた頃、静かに部屋の扉が開いた。すぐに覚醒し、暗闇に慣れさせるために瞳を開ける。
今度こそ、刺客か?聖教側に私を害して得する者はいないはずだが……。
神経を研ぎ澄ませたまま、そのまま寝台で寝たフリをする。入ってきた人物は迷いなく私の寝台へと近づいてきた。
何か行動を起こせばすぐに飛び起きる準備はあった。しかし、相手から殺気などは一切感じない。
背後から、衣擦れの音がする。何をしている……?
「起きて、いますか?」
声の主はセシルだった。
こんなものだろう、といった所だ。
適度な広さと設備、聖堂内と変わらず白で統一された画一的な室内。まぁ、特に数日過ごすだけの部屋に拘りもない。
「もう下がります。何か必要なものがありましたら、声をかけて下さい。隣室が僕とシューの部屋になりますので」
「あぁ」
とにかく、休みたい。
セシルは俺の疲労を見越してか、軽く頭を下げると退室した。
はぁ……本当に疲れた。
そのまま部屋の奥に位置する寝台に腰掛ける。
胸が苦しい。ずっと様々な思いが頭を過ぎる。考えなければならないことが多すぎて……いや、考えても仕方ないことを考えてしまうからこそこんなに疲れるんだろう。
聖教のことも、自分の失くした記憶のことも、自分にはどうすることもできない。自分に出来ることは、数日此処で過ごし、領地へ戻った後に父上にすべてを話し、判断を仰ぐこと。自分の記憶についても何かご存知かもしれない。
すぐにでも、行動を起こしたい。
それが正直な気持ちだ。それを押さえつけているからこそ、こんなに苦しいのか。
はぁっ、とため息をつき項垂れる。
「入るぞー」
誰だ……声的にあのシュフォテオフトか。
シュフォテオフトは意気揚々と室内に入ってくる。
「なぁ、手合わせしないか?」
「は?」
こいつ、何を言ってるんだ?ここは聖教の聖堂内だぞ?
「木刀ないかなと思って神官に聞きに行ったらないって言われてさ。だったら、体術でもいいしなと思って。とりあえず、外に行かないか?」
「行くわけないだろう」
なぜ私がこの男と手合わせなど……そんな気分でもない。
「ここでもいいけど。けっこう広いしな」
シュフォテオフトは部屋の中央で手を大きく広げ「イける」と呟いている。
この男……何だ?
今までの経験上にない対応で、困惑する。高位の貴族に対する話し方でもなく、態度にも敬意も感じない。しかし、侮っているような感じではなく、親しげだ。そして、そうされることに不快感がない自分もいる。
だが、今これ以上こいつに関わっている気分ではない。
「私はここまでの旅程で疲れている。休むから出ていけ」
少し声色に険を含ませた。
「ふぅん」
シュフォテオフトは納得のいっていない表情をしたが、突然にやりと笑う。
「じゃあ、俺からな?」
そう言った瞬間に距離を詰め、右頬目掛けて拳を打ち込んできた。すんでの所で躱す。
「どういうつもりだ!」
「反応、悪くない」
シュフォテオフトは嬉しそうに笑うと、次は軽く跳び上段蹴りを繰り出す。身長差のある私の頭を着実に狙ってきていた。それを腕で防ぐ。
「防戦一方か?いくぞ!」
そこからもシュフォテオフトの一方的な攻撃が続く。驚くほどの身体能力で、体術に自信があったはずが、あまりに隙がなく、楽しそうに私に拳を打ち込んでいる姿には畏怖すら覚えた。
何者だ!?刺客か!?
いや、刺客にしては決定打は打ってこない。何度も私に致命傷を与える機会はあった。だが、そこは私の体勢が立て直るのを待っている。
意味が分からない。だが、思考している間はなかった。
「ぐっ……」
少し避けるのが遅れ、シュフォテオフトの蹴りが腹に入る。
「あ、わりぃ。大丈夫か?」
片膝を着いてしまった私に、シュフォテオフトは気遣わしげに駆け寄る。
「お前がっ……やった、ことだろう……」
「それもっ、そうか……」
二人とも息が上がっていた。
体格は決して劣っていない。むしろ、身長も筋肉も私の方が優っているはずなのに……この男には勝てない。刺客ならば、もう何度も死んでいた。
洗練された体術……同年代に歴然とした差を見せつけられたのは初めてだった。
「お前……何者だ?」
「へ?シュフォテオフトだけど」
「そんなことは聞いていない」
的外れな返答に脱力感すら覚える。
「?まぁ、よく分からんけど、戻ったな」
「戻った?」
シュフォテオフトは、先程までの好戦的な表情からうって変わり、安堵したような微笑みを浮かべた。
「なんか、頭がごちゃごちゃしてたんだろ?体を動かせば、すっきりするだろうと思ってな」
「お前……」
身体の疲れではなく、心が疲れていたのだと見抜かれていた……?
ヘラヘラと笑いながら、勝手に部屋の水差しを飲んでいる姿を呆然と見ていると、何か腹の底から湧き上がってくるものがあった。
「水浴びでもして、飯でも食おうか」
「あぁ」
あれほど一人になりたいと思っていたのに、なぜか今はシュフォテオフトと共にいたい。素直にそう思えた。
シュフォテオフトに案内されるまま聖堂内の浴室や食堂へ向かい、共に過ごす。シュフォテオフトは私の側仕えであるはずなのだが、なぜか対等な、まるで旧知の友のように私に接した。食堂から自室へ料理を運ぶ際も、自分の物は自分で運べと言われ、苦笑が漏れた。
だが、不思議と嫌な気持ちはしない。受け入れている自分がいた。
食べたら直ぐに寝たいから自室で食べると言われた時には、隣室だから良いだろうと引き止めてしまった。なぜか、離れがたくて。
「じゃあな、また明日」
食堂から持ってきた料理をすごい早さで食べると、シュフォテオフトは自室へと戻った。
嵐のようだったな。
一連の流れを思い出し、ふ、と笑みがこぼれた。
頭は嘘のように軽い。
良い夢が見られそうだ。
部屋の灯りを消し、寝台へ横たわる。
微睡み始めた頃、静かに部屋の扉が開いた。すぐに覚醒し、暗闇に慣れさせるために瞳を開ける。
今度こそ、刺客か?聖教側に私を害して得する者はいないはずだが……。
神経を研ぎ澄ませたまま、そのまま寝台で寝たフリをする。入ってきた人物は迷いなく私の寝台へと近づいてきた。
何か行動を起こせばすぐに飛び起きる準備はあった。しかし、相手から殺気などは一切感じない。
背後から、衣擦れの音がする。何をしている……?
「起きて、いますか?」
声の主はセシルだった。
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