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失われた記憶~バーン視点~
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アクラム大神官……この聖堂に向かう途中に目を通した、クレインに渡された資料を思い出す。
この聖教における最高位の神官であり、すべての権限を掌握している人物。
神の代理人とも白の王とも呼ばれ、信徒からは信仰の象徴ともされている。
眼前にしたアクラム大神官は、腰までのびた長い銀糸の髪、天色の瞳、身に纏っている白銀の衣服でほぼ全身が覆われているものの、僅かに露出したその手足や顔は透き通るような白い肌であり、その顔は怜悧な印象を受けつつも、あまりに整っており、まるでお伽噺に出てくる精霊のようなそのお姿は、伝聞していた救国の騎士そのままだった。
信徒から信仰の象徴とされていることも頷ける。
聖教を信仰していない私ですら、神々しく感じた。
そのお姿に一瞬気を取られたが、倪下を前に片膝をつき、頭を垂れお言葉を待つ。
……思わず救国の騎士の名を口に出してしまったが不敬ではなかっただろうか?
倪下の名を当然知っていたというのに、違えたこと。
また、この聖教の神である救国の騎士の名を安易に口にしたこと。
どちらにせよ、倪下が不敬だと思われ、私を遠ざけようとされた時点で今回の訪問自体が無意味に終わる。
父上から代理の任を賜ったというのに……私は何という失態を……。
倪下の前で片膝を付き、頭を垂れた状態でくっと唇を噛む。
「ふふ。此度も同じことを言う。前も言っただろう?ルカは私などよりも美しいと」
……前?
倪下と何処かでお会いしたことが?
……いや、このようなお方にお会いして忘れるはずがない。
しかし、倪下のお言葉を否定することはできない。
私と似たような者と間違えておられるのだろうか?
「そう仰々しくしなくてもよい。ここは聖堂。神の元には皆平等であろう?私のことを知らなかったあの時のようにしろ。……まぁ、それは無理というものか。だが、お前とはいろいろと話がしたい。……まずは形式を済ませよう。面をあげ、その場に立位せよ」
倪下のお言葉を受け、顔をあげ、その場に立ち、右腕を胸元の前にあてる。
しっかりと視界に捉えた倪下は、あの豪奢な椅子に腰かけられていた。
しっとりと足を組み、こちらを睥睨する。
「発言を許す」
倪下のお言葉を受け、軽く頭を垂れた。
「この度は謁見の許可を頂き、恐悦至極に存じます。オルレラ公爵家の者として聖教に帰依致したく、倪下の指示を仰ぐために参りました」
決められた台詞を述べ、倪下の返答を黙して待つ。
「……許す」
瞳を閉じ緊張感のあまり身を固くしていたが、荘厳な響きを持ったその一言を頂き、ふっと力が抜けた。
良かった……!
とりあえず、第一段階として役割は果たせたようだ。
「倪下」
倪下の背後から神官が音もなく現れる。
「こちら、オルレラ公爵の書簡と寄付の一覧です」
神官は倪下に書簡と寄付について記入された紙を手渡すと、また消えるように背後に下がり、姿も気配すらもなくなった。
倪下は手渡された父上からの書簡と紙に目を通すと、少し目を見開かれた後、微笑む。
「さすが。今までの貴族達すべての寄付を集めても、エルンスト一人に及ばない。相変わらず、だな。しかし、聖教に帰依ね……何を考えているのか。何も信じていないくせに。……まぁ、いい。面白くなってきた」
先程までの雰囲気とは打って変わって少しくだけた声音になった猊下は視線を背後に向ける。
「……さぁ、人払いは済ませた。ここからは普通に話そう」
視線をこちらに戻すとにこりと微笑まれる。
先ほどの視線は人払いのためか。
普通に話そう、と言われてもな。
特に猊下と話すこともないのだが……。
「その後、友とはどうだ?」
「友、ですか?」
やはり、私を別の人物と間違えているのだろうか?
「ココにエルンストの命で暫くは滞在するのだろう?お前の友は寄宿学校にいるのだろうから離れるな……寂しかろう?終局を迎えるその日まで、もうあまり時間がない。大切な者と過ごした方がお前も幸せだろうに、エルンストも酷なことをする」
倪下は気だるげに椅子にもたれ掛かると憐憫の目を私に向ける。
どういうことだろう?
倪下のお言葉の意味が分からない。
寄宿学校と言われていたが、やはり私のことなのだろうか?
寄宿学校の、友。
そのような者……いただろうか。
知りもしない貴族の子息達はすり寄ってきていたが、当然友と呼べる相手ではなく、既知であったのはテオドールくらいだが、あれともそこまで親しくしていた訳ではない。
しかも、その存在をなぜ倪下が?
それに、終局を迎える日、とは?
聖教の教義にそのようなことは記載されていなかったが。
不穏な響きが、混乱を加速させる。
「どうした?そのような顔をして」
つい、顔に出てしまったようだ。
使者として未熟ではあるが、困惑したまま会話を続ける技量が自分にはまだない。
「恐れながら、倪下。どなたかとお間違えでは?私は倪下とお会いするのは初めてです。友の話も……」
倪下の間違いを指摘するのは悪手かもしれないが、そうしなければ話を続けられない。
「ん?隠さずとも私邸に侵入したのがオルレラ公爵家の者だということは会う前から分かっていたぞ?それを咎めるつもりもない。そもそもお前や友のような少年に対して無体を働くのは私の本意ではない。私はお前と友の話が聞きたいだけだ」
なっ……。
倪下のお言葉を聞き、驚愕する。
倪下の私邸に侵入?私が!?
オルレラ公爵家の者として、律して生きてきた私がそのような真似をするはずがない!
倪下のお言葉を聞く前には失った記憶の中で倪下にお会いしていたのか?と一瞬頭をよぎったが、それは私ではないと断言できる。
「倪下!それは私ではありません!」
力強く宣言した私に、倪下は胡乱な目を向ける。
「異なことを言う。記憶違いをするほど時は経っていないぞ?それに私の何もない日常に波風が経ったのは久方ぶりで鮮明に覚えている。咎めぬと言っているのに、なぜそのように否定する?」
「……っ」
どういうことだ!?
本当に私が?
そんなはずは……。
身体が小刻みに震える。
混乱しすぎて、無様な醜態を晒さないように保つのがやっとのことで、倪下に返答することができない。
私のあからさまな動揺を見て、さすがに倪下もいぶかしむ。
「お前は双子でもいるのか?そのような報告はないが。この短期間に記憶でも失うようなことでもあったか?」
倪下のそのお言葉にはっと顔をあげる。
「恐れながら……」
あまりに現状を把握することができず、倪下にお聞かせする話ではないと思いつつも、服毒による記憶障害があることをお伝えする。
「ふぅん」
「しかしっ、たとえ記憶にはないとしても、私が倪下の私邸に侵入するなどとっ!……私は、オルレラ公爵家としての自分の立場を理解しています。その私が……倪下の思い違いではないですか?そんなはずはっ……」
「それほどの相手だったのだろう?その友が。お前がオルレラ公爵家としての立場を賭けても良いと思えるほどの」
倪下の涼やかな声音が頭の中に響く。
そんな相手……?
私が自分の全てを賭けるような相手……?
……思い、出せない。
自分の中に、空洞を感じた。
何か、私の中の多くを占めていた何かを失った感覚。
寄宿学校のことがあれほど頭をよぎるのはそのためだろうか?
この私に、そんな相手が……。
どんな人、なのだろう……?
父上の命を終えたら、寄宿学校に行ってみよう。
そう思うだけで、ほんのり心が灯った。
「お前からその友の話を聞きたかったのだがな。……まぁ、いい。いつか、聞かせてくれ。そのような相手のことは忘れたくても忘れられない」
倪下は少し瞳を伏せられる。
……倪下にもそのような方がいるのだろうか?
この聖教における最高位の神官であり、すべての権限を掌握している人物。
神の代理人とも白の王とも呼ばれ、信徒からは信仰の象徴ともされている。
眼前にしたアクラム大神官は、腰までのびた長い銀糸の髪、天色の瞳、身に纏っている白銀の衣服でほぼ全身が覆われているものの、僅かに露出したその手足や顔は透き通るような白い肌であり、その顔は怜悧な印象を受けつつも、あまりに整っており、まるでお伽噺に出てくる精霊のようなそのお姿は、伝聞していた救国の騎士そのままだった。
信徒から信仰の象徴とされていることも頷ける。
聖教を信仰していない私ですら、神々しく感じた。
そのお姿に一瞬気を取られたが、倪下を前に片膝をつき、頭を垂れお言葉を待つ。
……思わず救国の騎士の名を口に出してしまったが不敬ではなかっただろうか?
倪下の名を当然知っていたというのに、違えたこと。
また、この聖教の神である救国の騎士の名を安易に口にしたこと。
どちらにせよ、倪下が不敬だと思われ、私を遠ざけようとされた時点で今回の訪問自体が無意味に終わる。
父上から代理の任を賜ったというのに……私は何という失態を……。
倪下の前で片膝を付き、頭を垂れた状態でくっと唇を噛む。
「ふふ。此度も同じことを言う。前も言っただろう?ルカは私などよりも美しいと」
……前?
倪下と何処かでお会いしたことが?
……いや、このようなお方にお会いして忘れるはずがない。
しかし、倪下のお言葉を否定することはできない。
私と似たような者と間違えておられるのだろうか?
「そう仰々しくしなくてもよい。ここは聖堂。神の元には皆平等であろう?私のことを知らなかったあの時のようにしろ。……まぁ、それは無理というものか。だが、お前とはいろいろと話がしたい。……まずは形式を済ませよう。面をあげ、その場に立位せよ」
倪下のお言葉を受け、顔をあげ、その場に立ち、右腕を胸元の前にあてる。
しっかりと視界に捉えた倪下は、あの豪奢な椅子に腰かけられていた。
しっとりと足を組み、こちらを睥睨する。
「発言を許す」
倪下のお言葉を受け、軽く頭を垂れた。
「この度は謁見の許可を頂き、恐悦至極に存じます。オルレラ公爵家の者として聖教に帰依致したく、倪下の指示を仰ぐために参りました」
決められた台詞を述べ、倪下の返答を黙して待つ。
「……許す」
瞳を閉じ緊張感のあまり身を固くしていたが、荘厳な響きを持ったその一言を頂き、ふっと力が抜けた。
良かった……!
とりあえず、第一段階として役割は果たせたようだ。
「倪下」
倪下の背後から神官が音もなく現れる。
「こちら、オルレラ公爵の書簡と寄付の一覧です」
神官は倪下に書簡と寄付について記入された紙を手渡すと、また消えるように背後に下がり、姿も気配すらもなくなった。
倪下は手渡された父上からの書簡と紙に目を通すと、少し目を見開かれた後、微笑む。
「さすが。今までの貴族達すべての寄付を集めても、エルンスト一人に及ばない。相変わらず、だな。しかし、聖教に帰依ね……何を考えているのか。何も信じていないくせに。……まぁ、いい。面白くなってきた」
先程までの雰囲気とは打って変わって少しくだけた声音になった猊下は視線を背後に向ける。
「……さぁ、人払いは済ませた。ここからは普通に話そう」
視線をこちらに戻すとにこりと微笑まれる。
先ほどの視線は人払いのためか。
普通に話そう、と言われてもな。
特に猊下と話すこともないのだが……。
「その後、友とはどうだ?」
「友、ですか?」
やはり、私を別の人物と間違えているのだろうか?
「ココにエルンストの命で暫くは滞在するのだろう?お前の友は寄宿学校にいるのだろうから離れるな……寂しかろう?終局を迎えるその日まで、もうあまり時間がない。大切な者と過ごした方がお前も幸せだろうに、エルンストも酷なことをする」
倪下は気だるげに椅子にもたれ掛かると憐憫の目を私に向ける。
どういうことだろう?
倪下のお言葉の意味が分からない。
寄宿学校と言われていたが、やはり私のことなのだろうか?
寄宿学校の、友。
そのような者……いただろうか。
知りもしない貴族の子息達はすり寄ってきていたが、当然友と呼べる相手ではなく、既知であったのはテオドールくらいだが、あれともそこまで親しくしていた訳ではない。
しかも、その存在をなぜ倪下が?
それに、終局を迎える日、とは?
聖教の教義にそのようなことは記載されていなかったが。
不穏な響きが、混乱を加速させる。
「どうした?そのような顔をして」
つい、顔に出てしまったようだ。
使者として未熟ではあるが、困惑したまま会話を続ける技量が自分にはまだない。
「恐れながら、倪下。どなたかとお間違えでは?私は倪下とお会いするのは初めてです。友の話も……」
倪下の間違いを指摘するのは悪手かもしれないが、そうしなければ話を続けられない。
「ん?隠さずとも私邸に侵入したのがオルレラ公爵家の者だということは会う前から分かっていたぞ?それを咎めるつもりもない。そもそもお前や友のような少年に対して無体を働くのは私の本意ではない。私はお前と友の話が聞きたいだけだ」
なっ……。
倪下のお言葉を聞き、驚愕する。
倪下の私邸に侵入?私が!?
オルレラ公爵家の者として、律して生きてきた私がそのような真似をするはずがない!
倪下のお言葉を聞く前には失った記憶の中で倪下にお会いしていたのか?と一瞬頭をよぎったが、それは私ではないと断言できる。
「倪下!それは私ではありません!」
力強く宣言した私に、倪下は胡乱な目を向ける。
「異なことを言う。記憶違いをするほど時は経っていないぞ?それに私の何もない日常に波風が経ったのは久方ぶりで鮮明に覚えている。咎めぬと言っているのに、なぜそのように否定する?」
「……っ」
どういうことだ!?
本当に私が?
そんなはずは……。
身体が小刻みに震える。
混乱しすぎて、無様な醜態を晒さないように保つのがやっとのことで、倪下に返答することができない。
私のあからさまな動揺を見て、さすがに倪下もいぶかしむ。
「お前は双子でもいるのか?そのような報告はないが。この短期間に記憶でも失うようなことでもあったか?」
倪下のそのお言葉にはっと顔をあげる。
「恐れながら……」
あまりに現状を把握することができず、倪下にお聞かせする話ではないと思いつつも、服毒による記憶障害があることをお伝えする。
「ふぅん」
「しかしっ、たとえ記憶にはないとしても、私が倪下の私邸に侵入するなどとっ!……私は、オルレラ公爵家としての自分の立場を理解しています。その私が……倪下の思い違いではないですか?そんなはずはっ……」
「それほどの相手だったのだろう?その友が。お前がオルレラ公爵家としての立場を賭けても良いと思えるほどの」
倪下の涼やかな声音が頭の中に響く。
そんな相手……?
私が自分の全てを賭けるような相手……?
……思い、出せない。
自分の中に、空洞を感じた。
何か、私の中の多くを占めていた何かを失った感覚。
寄宿学校のことがあれほど頭をよぎるのはそのためだろうか?
この私に、そんな相手が……。
どんな人、なのだろう……?
父上の命を終えたら、寄宿学校に行ってみよう。
そう思うだけで、ほんのり心が灯った。
「お前からその友の話を聞きたかったのだがな。……まぁ、いい。いつか、聞かせてくれ。そのような相手のことは忘れたくても忘れられない」
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