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オルレラ家の醜聞~バーン視点~
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母はとても美しい人だった。
それは儚さゆえの美しさだったのか……幼い私には分からなかったが。
いつも寝台に臥せていた母は私が見舞うととても喜んでくれた。
「バーンは父君にそっくりね」
母はそう言って、お世辞にも良いとは言えない顔色を少し赤らめた。
私を通して、父を見ていたのだろう。
もう、自分の前に姿を見せることのない愛しい人を。
人の口に戸は立てられぬと言う。
私がそのことを知ったのは、まだやっと言葉の読み書きが出来る程度の幼少期だった。
周囲の大人達も、私が理解していないと思ったのであろう。
こと細かく、侍女たちが詳細な内容を話していた。
母は貧しい男爵家の娘で、オルレラ侯爵家には侍女として働いていた。
その母を父は一目で気に入り、侍女であるはずの母を閨教育の相手として侍らすことを望む。
閨教育とは、高貴な貴族の子息に対し性的な手ほどきをする相手のことで、未亡人や乳母などが行うことが多い。
母はその時処女であったらしい。
そんな母が閨教育など、とんでもない話だ。
男爵家ももちろん断ろうとした。
しかし、オルレラ家は優秀な父の望みを叶えようと大金を積む。
男爵家はその金に目が眩み、すでに婚約者もいた母は父に閨教育を行うこととなる。
その時の母の気持ちは、察するに余りある。
親に金で自らの身体を差し出せと言われ、奉公後に結婚することももちろん出来ない。
父に戯れに何度か身体を貪られるだけで捨て置かれる。
ところが、母は私を孕む。
オルレラ家は堕胎を父に勧めたが、父は否と言った。
今後、正妻として迎えるであろう女が子を孕む保証もない。
男女どちらにせよ、自分の血が入っているのだから堕胎など必要ないと。
そして母は若くして私を産み、産後は回復することなく床に臥している。
その話を夢物語のように語る侍女たちに子供ながら殺意すら湧いた。
どこが、幸せだ!
母の幸せが寝台の上でただ移ろいゆく季節を眺めるだけか!?
父が母を見初めなければ、母が私を孕まなければ、きっともっと母は幸せだったはずなのに……。
父はその後、正式に妻を迎える。
同じ侯爵家のとても華やかな女性だった。
母とは全く正反対の。
華美な衣装に身を包み、父と共に社交の場へ出かける二人を薄暗い母の部屋の窓から見る。
早く、早くこの女が父の子を孕めばいい。
正式な後継の子が誕生すれば、母と共にこの屋敷を出よう。
父も正式な後継が誕生すれば、自分のことも捨て置く。
平民として、二人で慎ましやかな生活を送ればいい。
しかし、正妻懐妊の報せはいつまでたっても訪れなかった。
そんなある日。
母が死んだ。
私を抱き止めてくれていた細く白い腕を、体を、血で真っ赤に染めて。
私が駆け付けた時にはすでに息はなく、傍らには父がいた。
父は真っ赤に染めた短剣を手に持ち、その足元には見覚えのある女が同じく血に濡れ横たわっていた。
その女は正妻の女の横にいつも付き従っていた侍女だった。
混乱する私に父は顔色一つ変えることなく言い放つ。
「女は恐ろしいな?子が出来ないのはエレノアのせいだと恐ろしい形相で叫ぶので、煩くて殺した」
私は怒りの余り、父に掴みかかった。
「なぜ、母が死ななければならない!」
母は何も望んでいなかった。
正妻の座も父の来訪も、何一つ。恨み言すらも言うことなく。
この寝台の上だけが母の世界の全て。
この自分の世界で静かに死んでいくのか……愛する男の腕の中ですらなく。
「なぜ、母だけを愛してあげられなかったんだ!」
「お前もこうなる」
必死で訴える私を父は軽くいなし、母の身体に触れることもなくその場を去った。
その後のことは正直良く覚えていない。
ひっそりと母の葬儀は行われた。
すべて、家令のクレインが取り仕切り、父は姿を見せることはなかった。
誰一人、哀しむ者も悼む者もない葬儀。
私一人が母に寄り添った。
母に誓う。
私は、父のようにはならない。
父はその後、正妻の女と離縁する。
正妻の侍女が起こした不祥事は公にしないと約束をした上での、オルレラ侯爵家に有利な条件での離縁だった。
母の死すら、父はオルレラ侯爵家のために利用する。
ほぼ同時に、父は正式な後継として私を指名した。
もうその時の私は、一心不乱に自分を高めることのみを考えていた。
オルレラ侯爵家ではなく、自分の力でのしあがるために。
父に伴われた夜会で、私の顔を見ながら母の話をしている者たちと何度も会った。
母の存在はオルレラ家の醜聞らしい。
母の遺した私がこのオルレラ家を隆盛してやる。
父よりも。
誰にも、母のことをオルレラ家の醜聞などとは言わせない。
それは儚さゆえの美しさだったのか……幼い私には分からなかったが。
いつも寝台に臥せていた母は私が見舞うととても喜んでくれた。
「バーンは父君にそっくりね」
母はそう言って、お世辞にも良いとは言えない顔色を少し赤らめた。
私を通して、父を見ていたのだろう。
もう、自分の前に姿を見せることのない愛しい人を。
人の口に戸は立てられぬと言う。
私がそのことを知ったのは、まだやっと言葉の読み書きが出来る程度の幼少期だった。
周囲の大人達も、私が理解していないと思ったのであろう。
こと細かく、侍女たちが詳細な内容を話していた。
母は貧しい男爵家の娘で、オルレラ侯爵家には侍女として働いていた。
その母を父は一目で気に入り、侍女であるはずの母を閨教育の相手として侍らすことを望む。
閨教育とは、高貴な貴族の子息に対し性的な手ほどきをする相手のことで、未亡人や乳母などが行うことが多い。
母はその時処女であったらしい。
そんな母が閨教育など、とんでもない話だ。
男爵家ももちろん断ろうとした。
しかし、オルレラ家は優秀な父の望みを叶えようと大金を積む。
男爵家はその金に目が眩み、すでに婚約者もいた母は父に閨教育を行うこととなる。
その時の母の気持ちは、察するに余りある。
親に金で自らの身体を差し出せと言われ、奉公後に結婚することももちろん出来ない。
父に戯れに何度か身体を貪られるだけで捨て置かれる。
ところが、母は私を孕む。
オルレラ家は堕胎を父に勧めたが、父は否と言った。
今後、正妻として迎えるであろう女が子を孕む保証もない。
男女どちらにせよ、自分の血が入っているのだから堕胎など必要ないと。
そして母は若くして私を産み、産後は回復することなく床に臥している。
その話を夢物語のように語る侍女たちに子供ながら殺意すら湧いた。
どこが、幸せだ!
母の幸せが寝台の上でただ移ろいゆく季節を眺めるだけか!?
父が母を見初めなければ、母が私を孕まなければ、きっともっと母は幸せだったはずなのに……。
父はその後、正式に妻を迎える。
同じ侯爵家のとても華やかな女性だった。
母とは全く正反対の。
華美な衣装に身を包み、父と共に社交の場へ出かける二人を薄暗い母の部屋の窓から見る。
早く、早くこの女が父の子を孕めばいい。
正式な後継の子が誕生すれば、母と共にこの屋敷を出よう。
父も正式な後継が誕生すれば、自分のことも捨て置く。
平民として、二人で慎ましやかな生活を送ればいい。
しかし、正妻懐妊の報せはいつまでたっても訪れなかった。
そんなある日。
母が死んだ。
私を抱き止めてくれていた細く白い腕を、体を、血で真っ赤に染めて。
私が駆け付けた時にはすでに息はなく、傍らには父がいた。
父は真っ赤に染めた短剣を手に持ち、その足元には見覚えのある女が同じく血に濡れ横たわっていた。
その女は正妻の女の横にいつも付き従っていた侍女だった。
混乱する私に父は顔色一つ変えることなく言い放つ。
「女は恐ろしいな?子が出来ないのはエレノアのせいだと恐ろしい形相で叫ぶので、煩くて殺した」
私は怒りの余り、父に掴みかかった。
「なぜ、母が死ななければならない!」
母は何も望んでいなかった。
正妻の座も父の来訪も、何一つ。恨み言すらも言うことなく。
この寝台の上だけが母の世界の全て。
この自分の世界で静かに死んでいくのか……愛する男の腕の中ですらなく。
「なぜ、母だけを愛してあげられなかったんだ!」
「お前もこうなる」
必死で訴える私を父は軽くいなし、母の身体に触れることもなくその場を去った。
その後のことは正直良く覚えていない。
ひっそりと母の葬儀は行われた。
すべて、家令のクレインが取り仕切り、父は姿を見せることはなかった。
誰一人、哀しむ者も悼む者もない葬儀。
私一人が母に寄り添った。
母に誓う。
私は、父のようにはならない。
父はその後、正妻の女と離縁する。
正妻の侍女が起こした不祥事は公にしないと約束をした上での、オルレラ侯爵家に有利な条件での離縁だった。
母の死すら、父はオルレラ侯爵家のために利用する。
ほぼ同時に、父は正式な後継として私を指名した。
もうその時の私は、一心不乱に自分を高めることのみを考えていた。
オルレラ侯爵家ではなく、自分の力でのしあがるために。
父に伴われた夜会で、私の顔を見ながら母の話をしている者たちと何度も会った。
母の存在はオルレラ家の醜聞らしい。
母の遺した私がこのオルレラ家を隆盛してやる。
父よりも。
誰にも、母のことをオルレラ家の醜聞などとは言わせない。
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