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口付けの意味~シュルツ視点~

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はぁ……早く視察終わらないかしら。

最後に残ったのが一番憂鬱なルカ達の視察。
何もなければいいんだけど……。

講義棟の入り口を開けると、前方にルカ達が立っているのが見えた。
私の靴の音に気付き、四人が振り返る。

「さて、視察に来たわよ。今日は何をするの?」
基本的に何をするのかは任せていた。
ルカがいるし、他の三人も優秀だから。

「シュラ先生、三人と模擬戦闘をして頂けますか?」
「は?アタシ?」
何を突然……。
予想外の流れにさすがに驚く。

「そうです。三対一にはなりますが、何でもアリの実戦形式でお願いします」
「ふぅん」

なるほどね。
テオドールの父上ロレーヌ辺境伯に、あわよくばフォルクスにも、アピールしたいという所かしら。

「まぁ、いいわよ。とりあえず、この講義棟は結界をはるわ」
とりあえず、結界をはるために詠唱する。

「どういうことだ?」
「テオドールが戦うと!?」
後方で騒いでいるけど、まぁそうなるわね。
実戦形式で、しかも私と。
二人は私の実力も性格も分かっているから、なおのこと驚くわ。
ま、こんな大胆なことはルカが考えたんでしょ?
乗ってあげるわ。

「剣は?さすがに生徒に真剣は無理よ。木剣でいいわね?」
「もちろんです。先生を傷つけるわけにはいきませんから」

 クリフト、煽るわね。
面白くなってきたわ。

ルカとバーンと私が木剣を持つ。
「で?どうすれば勝ち?全員倒す?一人でも倒せば勝ち?」
ルカ以外は一瞬で倒せる。
「全員です。実戦ですから」
「いいわ。かかってらっしゃい。どれくらいもつか、やりましょう?」

ルカも、ね。
傷つけたくはないのだけど、どうしてもルカ相手だと子供の時の自分が顔を覗かせる。
どうやって、師匠をぶっ倒してやろうかって考えてたあの頃の私が。

面白くなってきたわ。

……でも。
ルカのことをチラリと見る。
お互い、本気は無理よ?
分かってるのかしら。
フォルクス様がいるんだから。
まぁ、剣術ならなんとかなるかしら。

三人とも、木剣を構える。
ルカは後方のクリフトに視線をやっているけれど、そんな余裕あるのかしら?
改めて私に向き直ると、
「いくぞ!」と木剣を構え直す。
「いつでもどうぞ」
師匠、少しは楽しませてよ?

ルカが木剣を正面から振りかぶる。
それを軽く躱し、ルカの左側面を狙ったが、ルカが即座に木剣で弾く。
その後もなるべく素早く、攻撃を常に仕掛けてきている。

さすが。
剣筋も美しいし、動きに無駄がない。
最初は様子を見ている感じの動きだったけれど、徐々に速さも威力も増している。
後方ではテオドールがバーンに何か補助魔法を唱えている。
私の体力を削いで、バーンの力業で攻めるつもりね。
この子達が考えそうなことだけど、もしルカじゃなかったら私相手にここまでもたない。
計画は一瞬で破綻していたけれど、そのことには気づいてないでしょうね。
実力差がありすぎるのよ。
バーンが出てきた時に分からせてあげる。

そんなことを考えていると、ルカが飛びかかってきた。
互いの剣が交差し、力で押し合う。
軽いわね。
さすがに、今の身体では力で押し負けない。

それにしても。

「ルカ……楽しくなってるんじゃないわよ!」
木剣を交差させ、力が拮抗しているかのように見せて顔を近づけ注意する。
さっきから、ルカはニコニコしてるんだもの。
こんなに前と容姿は違うのに、可愛くて仕方ない。
「シュルツ……お前、成長したなぁ」
嬉しくて仕方ないといった顔で笑う。
そうね。
成長、見てもらえた。
貴方に見てもらいたいってずっと思いながら、自分を追い込んできたもの。

「アタシも嬉しくて、久しぶりに本気になっちゃいそうだけど、みんながいるんだから、気をつけて」
「分かってるって!」

力押ししていた木剣を弾き、距離をとる。
そろそろ、テオドールの詠唱が終わってバーンが参戦してくるかしら?
あまりに楽しくて、二人だけのような気になっていたけど、そろそろ私もシュラに意識を戻さないとね。

そう、思った瞬間。
一陣の風がルカの横を吹き抜け、私を襲う。

しまった!
瞬時に無詠唱で軽い防護をとるものの間に合わず、私の横頬に一筋の血が流れる。

「よっし」
背後のテオドールから喜びの声が上がる。

「……アタシの顔に、やってくれたわね?」
許さない。
許さない。
……許さない!

燃やし尽くしてやるわ。
私は私の使える最上級の火炎魔法の詠唱を始める。

私は私の顔を傷つけた者を許さない。
ずっと、幼い頃から顔を傷つけようとする者達ばかりに囲まれていた。
私は美しいから。
その絶対的なモノを傷つけ、私の自尊心を折ろうとする者達を許さない。

何か、ルカが近づき、叫んでいる。
何も、聞こえない。
詠唱を止めるつもりはない。

どんなことがあっても。

頭が下に引き寄せられ、唇に何かが触れる。
口を塞いでも詠唱に影響はないって、分かっているでしょうに。

……え?

目の前にルカの顔。
何かを願うように、瞳を固く閉じ眉間に皺を寄せながら。
私の頭に回されていた腕にぐっと力を込め、より強く唇を押し当てられる。

口付け、している。
ルカと。

テオドールへの意識は吹き飛ぶ。
ルカの唇が私の唇から離れた瞬間に立っていられなくて、その場に崩れ落ちた。

嘘。
ルカと口付け?
……信じられない。
鼓動が早鐘を打つ。

身体を保っていられなくて、その場に両手をつき、顔を地面に伏せる。
顔中にすべての血液が集まっていくよう。
上手く、息も吸えない。

分かってるの。
少し、冷静になった今なら分かってる。
暴走を止めようとしたのよね。
前も何度も暴走したことはあるけれど、その時はルカが圧倒的に強かったから魔法でねじ伏せられた。
でも、今は魔法の制御が怪しいし、みんなの前で使えないから、仕方なく衝撃を与えるためにしたのよね。

分かってるのに……。

「あの……」
ルカの声がして、思わず動揺して肩を揺らしてしまった。

「口付け、して、ごめんな?嫌だったよな?」
嫌だった?
ルカのその言葉が聞こえた瞬間に、そんな誤解はして欲しくなくて、見られたくなかったのに顔をあげてしまう。
顔、絶対に赤いわ……。
美しく、ない。
それでも。
「嫌なわけ、ないでしょ」
伝えないと。

ルカをそのまま抱き寄せる。
「……嫌じゃない。でも、止めるためなのは嫌だった」
あんなに焦がれていた唇に、私の暴走を止めるために触れたくなかった。

「……テオは、顔を狙った訳じゃないんだ」
「分かってる。ごめんなさい。私が悪いわ。顔を傷つけられると……どうしてもダメね。生徒に不意をつかれただけでも情けないのに、まさか害しようとするなんて。教師失格よ。止めてくれて、ありがとう」
これも、本当の気持ち。
ルカがいなかったら、きっとテオドールを傷つけた後に我に返って、やりきれない気持ちで回復することになっていた。
本当に、そうならなくて良かった。

私を傷つけずに止めるために口付けしたのは分かるけれど、ルカにその選択肢が思い浮かんだことは意外だった。
「……でも、まさかルカがあんな止め方するなんて」
「いやー、良かった!他の止め方なんて思い浮かばなかったからなー。テオのおかげだ!」
「テオの、おかげ?」
どういうこと?
まさか。

「あぁ、今日初めてテオに口付けされたのが衝撃的で!これならシュルツも止められるかもなって思ったんだよ……って、シュルツ?」
「……」

テオドール……。
あの、ガキ……。
ルカに口付け、した?
そんなことが、許されると思っているのかしら……?

「テオドール!」
「ちょっ、ちょっと落ち着け!どうしたんだ!」
「落ち着け?落ち着けるわけないでしょ!テオドールがルカに口付けてたって……許せない」

私が、どれ程望んでいたか。
前も今も。
あんなガキが戯れで触れていいはずがない!

「シュルツ、確かに初めての口付けはテオとだったが、俺からしたのはお前が初めてだ。それじゃダメか?」
「なっ……」
一瞬で、顔中に血液が集まったのが分かる。
その言葉の威力に貴方は何も気づいていない。
どれだけ、私がそんな言葉一つで歓喜しているか。
気持ちなんかこもってないって分かっているのに。
それでも。

「……待って。テオドールからしたって、貴方は合意してないってこと?」
「いや、された後に嫌だったかって聞かれたぞ。別に嫌じゃなかったから合意だ!」
「……ちょっと、あのガキ殺すわ」

もう、許せない。
ルカに口付けた後に嫌だったか?
ふざけやがって……!
その場から立ち上がり、テオドールの元へ歩く。

「ま、待て!何でそんなに怒ってるんだ!俺が今、シュルツに口付けしたのと、テオは関係ないぞ!怒るなら俺だろ?俺にならどんなに怒ってもいいから。ごめん!」
……謝らないで。
歩みを止め、ルカを見る。
「そんなに、謝らないで。その方がツラいわ。貴方にとって、謝らないといけないようなことだったって、思わされる。したく、なかったのよね……」

私が暴走しなければ、口付けなんてしたくなかった。
だから、そんなことをしたって謝り続けるんでしょう?

まさか。
テオドールのことが、好き、なの?

貴方は、誰のことも好きにならないと思っていた。
特別な感情を持つことはないと。
でも、それは前の貴方だ。
テオドールのことが本当に好きで、あの子からの口付けを受け入れたのなら、私に何か言う資格はない。
私とは暴走を止めるためにした口付け。
それがなくても……テオドールみたいに許してくれる?

「ルカ」
望んでいる答えじゃないかもしれない。
返答次第では……。

「何もなくても……私と、口付け、してくれる?」
「いいぞ」
「え?」

即答?
本当に?
テオドールを、選んだ訳じゃないの?
ルカの返答次第では、狂ってしまうかもしれない。
そこまで、思い詰めていたのに。

「ほんとに?」
「あぁ」
「止めるためじゃなくても?」
「あぁ」
「ふっ……絶対違うって分かってても、嬉しくなるものなのね」

私の想いとルカの思いは違う。
テオドールに対してもきっとそう。

貴方はまだ誰も、愛していない。

ふぅっと息を吐き、歩みを止める。
「とりあえず、テオドールを殺すのは止めてあげる。でも、テオドールのことも貴方のことも許した訳じゃないの。ちゃんと後で話し合い、しましょ?」

テオドールをココから追い出したっていいのだけど。
ルカへの想いは邪魔でしかない。
きっと、バーンもクリフトも同じ。
分かってないのは、ルカだけ。

……でも。
前ではあり得なかった口付け。
神聖視していたあの頃では。
今は、違う。
テオドールごときが、手を出す今なら。

我慢なんて、しない。

状況を把握できずにオロオロしているルカを見て、私は微笑んだ。

そんな私の姿に、驚愕している存在を忘れて。
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