75 / 146
口付けの意味~シュルツ視点~
しおりを挟む
はぁ……早く視察終わらないかしら。
最後に残ったのが一番憂鬱なルカ達の視察。
何もなければいいんだけど……。
講義棟の入り口を開けると、前方にルカ達が立っているのが見えた。
私の靴の音に気付き、四人が振り返る。
「さて、視察に来たわよ。今日は何をするの?」
基本的に何をするのかは任せていた。
ルカがいるし、他の三人も優秀だから。
「シュラ先生、三人と模擬戦闘をして頂けますか?」
「は?アタシ?」
何を突然……。
予想外の流れにさすがに驚く。
「そうです。三対一にはなりますが、何でもアリの実戦形式でお願いします」
「ふぅん」
なるほどね。
テオドールの父上ロレーヌ辺境伯に、あわよくばフォルクスにも、アピールしたいという所かしら。
「まぁ、いいわよ。とりあえず、この講義棟は結界をはるわ」
とりあえず、結界をはるために詠唱する。
「どういうことだ?」
「テオドールが戦うと!?」
後方で騒いでいるけど、まぁそうなるわね。
実戦形式で、しかも私と。
二人は私の実力も性格も分かっているから、なおのこと驚くわ。
ま、こんな大胆なことはルカが考えたんでしょ?
乗ってあげるわ。
「剣は?さすがに生徒に真剣は無理よ。木剣でいいわね?」
「もちろんです。先生を傷つけるわけにはいきませんから」
クリフト、煽るわね。
面白くなってきたわ。
ルカとバーンと私が木剣を持つ。
「で?どうすれば勝ち?全員倒す?一人でも倒せば勝ち?」
ルカ以外は一瞬で倒せる。
「全員です。実戦ですから」
「いいわ。かかってらっしゃい。どれくらいもつか、やりましょう?」
ルカも、ね。
傷つけたくはないのだけど、どうしてもルカ相手だと子供の時の自分が顔を覗かせる。
どうやって、師匠をぶっ倒してやろうかって考えてたあの頃の私が。
面白くなってきたわ。
……でも。
ルカのことをチラリと見る。
お互い、本気は無理よ?
分かってるのかしら。
フォルクス様がいるんだから。
まぁ、剣術ならなんとかなるかしら。
三人とも、木剣を構える。
ルカは後方のクリフトに視線をやっているけれど、そんな余裕あるのかしら?
改めて私に向き直ると、
「いくぞ!」と木剣を構え直す。
「いつでもどうぞ」
師匠、少しは楽しませてよ?
ルカが木剣を正面から振りかぶる。
それを軽く躱し、ルカの左側面を狙ったが、ルカが即座に木剣で弾く。
その後もなるべく素早く、攻撃を常に仕掛けてきている。
さすが。
剣筋も美しいし、動きに無駄がない。
最初は様子を見ている感じの動きだったけれど、徐々に速さも威力も増している。
後方ではテオドールがバーンに何か補助魔法を唱えている。
私の体力を削いで、バーンの力業で攻めるつもりね。
この子達が考えそうなことだけど、もしルカじゃなかったら私相手にここまでもたない。
計画は一瞬で破綻していたけれど、そのことには気づいてないでしょうね。
実力差がありすぎるのよ。
バーンが出てきた時に分からせてあげる。
そんなことを考えていると、ルカが飛びかかってきた。
互いの剣が交差し、力で押し合う。
軽いわね。
さすがに、今の身体では力で押し負けない。
それにしても。
「ルカ……楽しくなってるんじゃないわよ!」
木剣を交差させ、力が拮抗しているかのように見せて顔を近づけ注意する。
さっきから、ルカはニコニコしてるんだもの。
こんなに前と容姿は違うのに、可愛くて仕方ない。
「シュルツ……お前、成長したなぁ」
嬉しくて仕方ないといった顔で笑う。
そうね。
成長、見てもらえた。
貴方に見てもらいたいってずっと思いながら、自分を追い込んできたもの。
「アタシも嬉しくて、久しぶりに本気になっちゃいそうだけど、みんながいるんだから、気をつけて」
「分かってるって!」
力押ししていた木剣を弾き、距離をとる。
そろそろ、テオドールの詠唱が終わってバーンが参戦してくるかしら?
あまりに楽しくて、二人だけのような気になっていたけど、そろそろ私もシュラに意識を戻さないとね。
そう、思った瞬間。
一陣の風がルカの横を吹き抜け、私を襲う。
しまった!
瞬時に無詠唱で軽い防護をとるものの間に合わず、私の横頬に一筋の血が流れる。
「よっし」
背後のテオドールから喜びの声が上がる。
「……アタシの顔に、やってくれたわね?」
許さない。
許さない。
……許さない!
燃やし尽くしてやるわ。
私は私の使える最上級の火炎魔法の詠唱を始める。
私は私の顔を傷つけた者を許さない。
ずっと、幼い頃から顔を傷つけようとする者達ばかりに囲まれていた。
私は美しいから。
その絶対的なモノを傷つけ、私の自尊心を折ろうとする者達を許さない。
何か、ルカが近づき、叫んでいる。
何も、聞こえない。
詠唱を止めるつもりはない。
どんなことがあっても。
頭が下に引き寄せられ、唇に何かが触れる。
口を塞いでも詠唱に影響はないって、分かっているでしょうに。
……え?
目の前にルカの顔。
何かを願うように、瞳を固く閉じ眉間に皺を寄せながら。
私の頭に回されていた腕にぐっと力を込め、より強く唇を押し当てられる。
口付け、している。
ルカと。
テオドールへの意識は吹き飛ぶ。
ルカの唇が私の唇から離れた瞬間に立っていられなくて、その場に崩れ落ちた。
嘘。
ルカと口付け?
……信じられない。
鼓動が早鐘を打つ。
身体を保っていられなくて、その場に両手をつき、顔を地面に伏せる。
顔中にすべての血液が集まっていくよう。
上手く、息も吸えない。
分かってるの。
少し、冷静になった今なら分かってる。
暴走を止めようとしたのよね。
前も何度も暴走したことはあるけれど、その時はルカが圧倒的に強かったから魔法でねじ伏せられた。
でも、今は魔法の制御が怪しいし、みんなの前で使えないから、仕方なく衝撃を与えるためにしたのよね。
分かってるのに……。
「あの……」
ルカの声がして、思わず動揺して肩を揺らしてしまった。
「口付け、して、ごめんな?嫌だったよな?」
嫌だった?
ルカのその言葉が聞こえた瞬間に、そんな誤解はして欲しくなくて、見られたくなかったのに顔をあげてしまう。
顔、絶対に赤いわ……。
美しく、ない。
それでも。
「嫌なわけ、ないでしょ」
伝えないと。
ルカをそのまま抱き寄せる。
「……嫌じゃない。でも、止めるためなのは嫌だった」
あんなに焦がれていた唇に、私の暴走を止めるために触れたくなかった。
「……テオは、顔を狙った訳じゃないんだ」
「分かってる。ごめんなさい。私が悪いわ。顔を傷つけられると……どうしてもダメね。生徒に不意をつかれただけでも情けないのに、まさか害しようとするなんて。教師失格よ。止めてくれて、ありがとう」
これも、本当の気持ち。
ルカがいなかったら、きっとテオドールを傷つけた後に我に返って、やりきれない気持ちで回復することになっていた。
本当に、そうならなくて良かった。
私を傷つけずに止めるために口付けしたのは分かるけれど、ルカにその選択肢が思い浮かんだことは意外だった。
「……でも、まさかルカがあんな止め方するなんて」
「いやー、良かった!他の止め方なんて思い浮かばなかったからなー。テオのおかげだ!」
「テオの、おかげ?」
どういうこと?
まさか。
「あぁ、今日初めてテオに口付けされたのが衝撃的で!これならシュルツも止められるかもなって思ったんだよ……って、シュルツ?」
「……」
テオドール……。
あの、ガキ……。
ルカに口付け、した?
そんなことが、許されると思っているのかしら……?
「テオドール!」
「ちょっ、ちょっと落ち着け!どうしたんだ!」
「落ち着け?落ち着けるわけないでしょ!テオドールがルカに口付けてたって……許せない」
私が、どれ程望んでいたか。
前も今も。
あんなガキが戯れで触れていいはずがない!
「シュルツ、確かに初めての口付けはテオとだったが、俺からしたのはお前が初めてだ。それじゃダメか?」
「なっ……」
一瞬で、顔中に血液が集まったのが分かる。
その言葉の威力に貴方は何も気づいていない。
どれだけ、私がそんな言葉一つで歓喜しているか。
気持ちなんかこもってないって分かっているのに。
それでも。
「……待って。テオドールからしたって、貴方は合意してないってこと?」
「いや、された後に嫌だったかって聞かれたぞ。別に嫌じゃなかったから合意だ!」
「……ちょっと、あのガキ殺すわ」
もう、許せない。
ルカに口付けた後に嫌だったか?
ふざけやがって……!
その場から立ち上がり、テオドールの元へ歩く。
「ま、待て!何でそんなに怒ってるんだ!俺が今、シュルツに口付けしたのと、テオは関係ないぞ!怒るなら俺だろ?俺にならどんなに怒ってもいいから。ごめん!」
……謝らないで。
歩みを止め、ルカを見る。
「そんなに、謝らないで。その方がツラいわ。貴方にとって、謝らないといけないようなことだったって、思わされる。したく、なかったのよね……」
私が暴走しなければ、口付けなんてしたくなかった。
だから、そんなことをしたって謝り続けるんでしょう?
まさか。
テオドールのことが、好き、なの?
貴方は、誰のことも好きにならないと思っていた。
特別な感情を持つことはないと。
でも、それは前の貴方だ。
テオドールのことが本当に好きで、あの子からの口付けを受け入れたのなら、私に何か言う資格はない。
私とは暴走を止めるためにした口付け。
それがなくても……テオドールみたいに許してくれる?
「ルカ」
望んでいる答えじゃないかもしれない。
返答次第では……。
「何もなくても……私と、口付け、してくれる?」
「いいぞ」
「え?」
即答?
本当に?
テオドールを、選んだ訳じゃないの?
ルカの返答次第では、狂ってしまうかもしれない。
そこまで、思い詰めていたのに。
「ほんとに?」
「あぁ」
「止めるためじゃなくても?」
「あぁ」
「ふっ……絶対違うって分かってても、嬉しくなるものなのね」
私の想いとルカの思いは違う。
テオドールに対してもきっとそう。
貴方はまだ誰も、愛していない。
ふぅっと息を吐き、歩みを止める。
「とりあえず、テオドールを殺すのは止めてあげる。でも、テオドールのことも貴方のことも許した訳じゃないの。ちゃんと後で話し合い、しましょ?」
テオドールをココから追い出したっていいのだけど。
ルカへの想いは邪魔でしかない。
きっと、バーンもクリフトも同じ。
分かってないのは、ルカだけ。
……でも。
前ではあり得なかった口付け。
神聖視していたあの頃では。
今は、違う。
テオドールごときが、手を出す今なら。
我慢なんて、しない。
状況を把握できずにオロオロしているルカを見て、私は微笑んだ。
そんな私の姿に、驚愕している存在を忘れて。
最後に残ったのが一番憂鬱なルカ達の視察。
何もなければいいんだけど……。
講義棟の入り口を開けると、前方にルカ達が立っているのが見えた。
私の靴の音に気付き、四人が振り返る。
「さて、視察に来たわよ。今日は何をするの?」
基本的に何をするのかは任せていた。
ルカがいるし、他の三人も優秀だから。
「シュラ先生、三人と模擬戦闘をして頂けますか?」
「は?アタシ?」
何を突然……。
予想外の流れにさすがに驚く。
「そうです。三対一にはなりますが、何でもアリの実戦形式でお願いします」
「ふぅん」
なるほどね。
テオドールの父上ロレーヌ辺境伯に、あわよくばフォルクスにも、アピールしたいという所かしら。
「まぁ、いいわよ。とりあえず、この講義棟は結界をはるわ」
とりあえず、結界をはるために詠唱する。
「どういうことだ?」
「テオドールが戦うと!?」
後方で騒いでいるけど、まぁそうなるわね。
実戦形式で、しかも私と。
二人は私の実力も性格も分かっているから、なおのこと驚くわ。
ま、こんな大胆なことはルカが考えたんでしょ?
乗ってあげるわ。
「剣は?さすがに生徒に真剣は無理よ。木剣でいいわね?」
「もちろんです。先生を傷つけるわけにはいきませんから」
クリフト、煽るわね。
面白くなってきたわ。
ルカとバーンと私が木剣を持つ。
「で?どうすれば勝ち?全員倒す?一人でも倒せば勝ち?」
ルカ以外は一瞬で倒せる。
「全員です。実戦ですから」
「いいわ。かかってらっしゃい。どれくらいもつか、やりましょう?」
ルカも、ね。
傷つけたくはないのだけど、どうしてもルカ相手だと子供の時の自分が顔を覗かせる。
どうやって、師匠をぶっ倒してやろうかって考えてたあの頃の私が。
面白くなってきたわ。
……でも。
ルカのことをチラリと見る。
お互い、本気は無理よ?
分かってるのかしら。
フォルクス様がいるんだから。
まぁ、剣術ならなんとかなるかしら。
三人とも、木剣を構える。
ルカは後方のクリフトに視線をやっているけれど、そんな余裕あるのかしら?
改めて私に向き直ると、
「いくぞ!」と木剣を構え直す。
「いつでもどうぞ」
師匠、少しは楽しませてよ?
ルカが木剣を正面から振りかぶる。
それを軽く躱し、ルカの左側面を狙ったが、ルカが即座に木剣で弾く。
その後もなるべく素早く、攻撃を常に仕掛けてきている。
さすが。
剣筋も美しいし、動きに無駄がない。
最初は様子を見ている感じの動きだったけれど、徐々に速さも威力も増している。
後方ではテオドールがバーンに何か補助魔法を唱えている。
私の体力を削いで、バーンの力業で攻めるつもりね。
この子達が考えそうなことだけど、もしルカじゃなかったら私相手にここまでもたない。
計画は一瞬で破綻していたけれど、そのことには気づいてないでしょうね。
実力差がありすぎるのよ。
バーンが出てきた時に分からせてあげる。
そんなことを考えていると、ルカが飛びかかってきた。
互いの剣が交差し、力で押し合う。
軽いわね。
さすがに、今の身体では力で押し負けない。
それにしても。
「ルカ……楽しくなってるんじゃないわよ!」
木剣を交差させ、力が拮抗しているかのように見せて顔を近づけ注意する。
さっきから、ルカはニコニコしてるんだもの。
こんなに前と容姿は違うのに、可愛くて仕方ない。
「シュルツ……お前、成長したなぁ」
嬉しくて仕方ないといった顔で笑う。
そうね。
成長、見てもらえた。
貴方に見てもらいたいってずっと思いながら、自分を追い込んできたもの。
「アタシも嬉しくて、久しぶりに本気になっちゃいそうだけど、みんながいるんだから、気をつけて」
「分かってるって!」
力押ししていた木剣を弾き、距離をとる。
そろそろ、テオドールの詠唱が終わってバーンが参戦してくるかしら?
あまりに楽しくて、二人だけのような気になっていたけど、そろそろ私もシュラに意識を戻さないとね。
そう、思った瞬間。
一陣の風がルカの横を吹き抜け、私を襲う。
しまった!
瞬時に無詠唱で軽い防護をとるものの間に合わず、私の横頬に一筋の血が流れる。
「よっし」
背後のテオドールから喜びの声が上がる。
「……アタシの顔に、やってくれたわね?」
許さない。
許さない。
……許さない!
燃やし尽くしてやるわ。
私は私の使える最上級の火炎魔法の詠唱を始める。
私は私の顔を傷つけた者を許さない。
ずっと、幼い頃から顔を傷つけようとする者達ばかりに囲まれていた。
私は美しいから。
その絶対的なモノを傷つけ、私の自尊心を折ろうとする者達を許さない。
何か、ルカが近づき、叫んでいる。
何も、聞こえない。
詠唱を止めるつもりはない。
どんなことがあっても。
頭が下に引き寄せられ、唇に何かが触れる。
口を塞いでも詠唱に影響はないって、分かっているでしょうに。
……え?
目の前にルカの顔。
何かを願うように、瞳を固く閉じ眉間に皺を寄せながら。
私の頭に回されていた腕にぐっと力を込め、より強く唇を押し当てられる。
口付け、している。
ルカと。
テオドールへの意識は吹き飛ぶ。
ルカの唇が私の唇から離れた瞬間に立っていられなくて、その場に崩れ落ちた。
嘘。
ルカと口付け?
……信じられない。
鼓動が早鐘を打つ。
身体を保っていられなくて、その場に両手をつき、顔を地面に伏せる。
顔中にすべての血液が集まっていくよう。
上手く、息も吸えない。
分かってるの。
少し、冷静になった今なら分かってる。
暴走を止めようとしたのよね。
前も何度も暴走したことはあるけれど、その時はルカが圧倒的に強かったから魔法でねじ伏せられた。
でも、今は魔法の制御が怪しいし、みんなの前で使えないから、仕方なく衝撃を与えるためにしたのよね。
分かってるのに……。
「あの……」
ルカの声がして、思わず動揺して肩を揺らしてしまった。
「口付け、して、ごめんな?嫌だったよな?」
嫌だった?
ルカのその言葉が聞こえた瞬間に、そんな誤解はして欲しくなくて、見られたくなかったのに顔をあげてしまう。
顔、絶対に赤いわ……。
美しく、ない。
それでも。
「嫌なわけ、ないでしょ」
伝えないと。
ルカをそのまま抱き寄せる。
「……嫌じゃない。でも、止めるためなのは嫌だった」
あんなに焦がれていた唇に、私の暴走を止めるために触れたくなかった。
「……テオは、顔を狙った訳じゃないんだ」
「分かってる。ごめんなさい。私が悪いわ。顔を傷つけられると……どうしてもダメね。生徒に不意をつかれただけでも情けないのに、まさか害しようとするなんて。教師失格よ。止めてくれて、ありがとう」
これも、本当の気持ち。
ルカがいなかったら、きっとテオドールを傷つけた後に我に返って、やりきれない気持ちで回復することになっていた。
本当に、そうならなくて良かった。
私を傷つけずに止めるために口付けしたのは分かるけれど、ルカにその選択肢が思い浮かんだことは意外だった。
「……でも、まさかルカがあんな止め方するなんて」
「いやー、良かった!他の止め方なんて思い浮かばなかったからなー。テオのおかげだ!」
「テオの、おかげ?」
どういうこと?
まさか。
「あぁ、今日初めてテオに口付けされたのが衝撃的で!これならシュルツも止められるかもなって思ったんだよ……って、シュルツ?」
「……」
テオドール……。
あの、ガキ……。
ルカに口付け、した?
そんなことが、許されると思っているのかしら……?
「テオドール!」
「ちょっ、ちょっと落ち着け!どうしたんだ!」
「落ち着け?落ち着けるわけないでしょ!テオドールがルカに口付けてたって……許せない」
私が、どれ程望んでいたか。
前も今も。
あんなガキが戯れで触れていいはずがない!
「シュルツ、確かに初めての口付けはテオとだったが、俺からしたのはお前が初めてだ。それじゃダメか?」
「なっ……」
一瞬で、顔中に血液が集まったのが分かる。
その言葉の威力に貴方は何も気づいていない。
どれだけ、私がそんな言葉一つで歓喜しているか。
気持ちなんかこもってないって分かっているのに。
それでも。
「……待って。テオドールからしたって、貴方は合意してないってこと?」
「いや、された後に嫌だったかって聞かれたぞ。別に嫌じゃなかったから合意だ!」
「……ちょっと、あのガキ殺すわ」
もう、許せない。
ルカに口付けた後に嫌だったか?
ふざけやがって……!
その場から立ち上がり、テオドールの元へ歩く。
「ま、待て!何でそんなに怒ってるんだ!俺が今、シュルツに口付けしたのと、テオは関係ないぞ!怒るなら俺だろ?俺にならどんなに怒ってもいいから。ごめん!」
……謝らないで。
歩みを止め、ルカを見る。
「そんなに、謝らないで。その方がツラいわ。貴方にとって、謝らないといけないようなことだったって、思わされる。したく、なかったのよね……」
私が暴走しなければ、口付けなんてしたくなかった。
だから、そんなことをしたって謝り続けるんでしょう?
まさか。
テオドールのことが、好き、なの?
貴方は、誰のことも好きにならないと思っていた。
特別な感情を持つことはないと。
でも、それは前の貴方だ。
テオドールのことが本当に好きで、あの子からの口付けを受け入れたのなら、私に何か言う資格はない。
私とは暴走を止めるためにした口付け。
それがなくても……テオドールみたいに許してくれる?
「ルカ」
望んでいる答えじゃないかもしれない。
返答次第では……。
「何もなくても……私と、口付け、してくれる?」
「いいぞ」
「え?」
即答?
本当に?
テオドールを、選んだ訳じゃないの?
ルカの返答次第では、狂ってしまうかもしれない。
そこまで、思い詰めていたのに。
「ほんとに?」
「あぁ」
「止めるためじゃなくても?」
「あぁ」
「ふっ……絶対違うって分かってても、嬉しくなるものなのね」
私の想いとルカの思いは違う。
テオドールに対してもきっとそう。
貴方はまだ誰も、愛していない。
ふぅっと息を吐き、歩みを止める。
「とりあえず、テオドールを殺すのは止めてあげる。でも、テオドールのことも貴方のことも許した訳じゃないの。ちゃんと後で話し合い、しましょ?」
テオドールをココから追い出したっていいのだけど。
ルカへの想いは邪魔でしかない。
きっと、バーンもクリフトも同じ。
分かってないのは、ルカだけ。
……でも。
前ではあり得なかった口付け。
神聖視していたあの頃では。
今は、違う。
テオドールごときが、手を出す今なら。
我慢なんて、しない。
状況を把握できずにオロオロしているルカを見て、私は微笑んだ。
そんな私の姿に、驚愕している存在を忘れて。
23
お気に入りに追加
3,799
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
哀しい目に遭った皆と一緒にしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい
りまり
BL
僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。
この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。
僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。
本当に僕にはもったいない人なんだ。
どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。
彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。
答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。
後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる