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迎え入れる陽キャ
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『ピンポーン』
ここで、本当に、合ってる?
僕はビクビクしながら返答を待つ。
この、立地も最上級な高層マンションの一室が、僕の職場。
……の予定だ。
玄関で追い帰されない限り。
げんちゃん曰く。
「大学時代の先輩で、いくつか会社を経営している。今まで子供の時からの通いの家政婦さんが来ていたが、高齢で退職した。何人か派遣で寄越して貰ったが合わない。信頼できる誰かいないか、と。家には寝に帰るくらいなので、住み込みでもかまわない。って話を聞いた時に、春澄しかいないって思ったね!」
確かに僕は引きこもり歴が長いので、一通り家事ができるし、苦じゃない。
むしろ、好きだ。
が。
げんちゃんと同じ大学って、あの陽キャの巣窟、有名私立大学!
合う気がしない。
今までプロの家政婦さんを派遣して貰って合わなかったのに、僕で勤まる気もしない。
会社をいくつか経営って、気難しいんじゃあ……。
げんちゃんは「先輩は、聖人君子だ。怒っているのを見たことがない。お前のこともいろいろ話したが、構わないと言ってくれてる。これ以上の職場はない!……俺の顔を潰すなよ?」
最後の笑顔は怖かった……。
どうしよう……顔を合わせた瞬間チェンジって言われるかも……。
『はい』
うっわっ、良い声!
重厚感があるバリトンボイスだ。
「あ、あのっわ、私は佐久間元から紹介されまひた、日下部春澄と、も、申す者で」
か、噛んだ!
しかも、日本語もおかしい!
『……ふっ、どうぞ。そのまま部屋に来て』
わ、笑われた……イケボで笑われたっ。
げんちゃんのマンションも良いマンションだったけど、ココはまたレベルが違う。
高級ホテルのようなエントランスだ。
僕のような安物の服を着た奴は突然警戒音が鳴ったりしない!?
エントランスを抜け、エレベーターで階数ボタンを押す。
各階一部屋らしく、承認された人しかエレベーターは動かないらしい。
試しに他の階数のボタンを押してみたが、動かなかった。
セキュリティが確かなのは高級な証拠だな。
……しかし、各階一部屋って……どれだけ広いんだ……。
それは住み込みされても気にならないかもしれない。
無音のまま、エレベーターが開く。
開いた先には高級そうな臙脂色の絨毯がひかれ、少し先に黒い扉が見えた。
あれが玄関か。
高そうな絨毯を安物のスニーカーで踏むことに申し訳なさを感じながら、玄関の前に立つ。
深呼吸をし、震える手でチャイムを押す。
『ピンポーン』
ドッドッドッと心臓の音がうるさい。
扉が開く。
「いらっしゃい、どうぞ中へ」
招いてくれたのは、170センチギリギリの僕が見上げるほどの長身で、あのバリトンボイスが似合う美形な男性だった。
ひっ。
思わず、一般人の僕は怯む。
げんちゃんも自他共に認める男前だが、これまたマンション同様レベルが違う。
黒のシャツと同色のチノパンというラフな格好に、身体は服の上からでも鍛えられているのが見てとれる。
太めの眉に切れ長の意思の強そうな瞳、鼻梁は高く、唇は薄めで笑みを浮かべている。
髪は暗い茶色で、少し長めだが緩くあげられ、滴る色気があった。
テレビの中にも、こんなに洗練された美形はいない。
「どうしたの?入って」
「あ、し、失礼しますっ」
回れ右して、帰りたい気持ちをぐっと押さえる。
自分から帰る訳にはいかない。
キチンと面接して、断られて帰ろう。
それなら、きっとげんちゃんも許してくれて、元に戻れる。
リビングに通される。
まるで、モデルルームのようだった。
寝に帰っているだけ、と聞いていたが、頷ける。
生活感がまるでなかった。
リビングのソファーに促されて座る。
「はるとくん、だよね?コーヒーは飲める?」
「あ!お気遣いなく……」
……ん?
缶コーヒー?
「ごめんね。コーヒーメーカーとかあるんだけど、使わないんだ。片付けるのも面倒で……ずっと家のことはやって貰ってたから、今さら何もやる気にならないんだ……」
僕の前に缶コーヒーを置き、自分はペットボトルの水を口にしている。
この人、見た目だけじゃなくて、中身も浮世離れしてるな……。
僕とスペースを開けて、同じソファーに座る。
「で、いろいろ聞いていい?元の従弟って聞いてるんだけど、いくつかな?」
その長い足を組んで、ソファーにもたれる姿は雑誌の表紙のようだった。
柔らかいトーンで面接が始まる。
「あのっ、履歴書とかいらないって言われて持ってきてないんですけど、今年の誕生日で22歳になりますっ」
「若いね。あ、自己紹介が遅れました。俺は岳下京平34歳。いくつか飲食店を経営している。元とは大学が同じで……って、その辺は聞いたかな?」
僕はコクりと頷く。
「元から、一通り家事はできると聞いてる。俺は仕事が忙しくて、寝に帰るだけだから、基本的に食事はいらない。でもまぁ、せっかく一緒に住むんだから、朝食くらいは一緒に食べようか?昼も夜も、もちろん食費としてこちらが支払うから好きに食べて。休みの日は何か作って貰おうかな。休みも不定期だから、その都度早めに伝える。あと、何か質問ある?」
え?
待って待って、採用決定?
「あ、あのっ、岳下さん……岳下様?」
「ふっ……京平さんにしてもらおうかな?」
ツボに入ったのか、手で口を押さえて笑いをこらえてる。
「京平さんっ、僕、あ、私は合格なんですか?」
「もちろん。元のことは信用してるし、少し話しただけで、君のことも好きになったよ。よろしくね」
陽キャは……すぐ人のこと好きとか言うんだよ……人生で五億回くらい言ってそう。
こっちは他人に好きとか言われたの人生初だぞ!?
「いつから住む?今日?明日?」
ひーー!
詰めてくるの早すぎる。
ど、どうしよう。
やっていけそうにないのに、断り方が分からない……。
とりあえず、帰ろう。そうしよう。
「あのっ、また、後日連絡しますので、とりあえず今日はこの辺で……」
ひきつった笑顔を残し、脱兎のごとく逃げ出した。
ここで、本当に、合ってる?
僕はビクビクしながら返答を待つ。
この、立地も最上級な高層マンションの一室が、僕の職場。
……の予定だ。
玄関で追い帰されない限り。
げんちゃん曰く。
「大学時代の先輩で、いくつか会社を経営している。今まで子供の時からの通いの家政婦さんが来ていたが、高齢で退職した。何人か派遣で寄越して貰ったが合わない。信頼できる誰かいないか、と。家には寝に帰るくらいなので、住み込みでもかまわない。って話を聞いた時に、春澄しかいないって思ったね!」
確かに僕は引きこもり歴が長いので、一通り家事ができるし、苦じゃない。
むしろ、好きだ。
が。
げんちゃんと同じ大学って、あの陽キャの巣窟、有名私立大学!
合う気がしない。
今までプロの家政婦さんを派遣して貰って合わなかったのに、僕で勤まる気もしない。
会社をいくつか経営って、気難しいんじゃあ……。
げんちゃんは「先輩は、聖人君子だ。怒っているのを見たことがない。お前のこともいろいろ話したが、構わないと言ってくれてる。これ以上の職場はない!……俺の顔を潰すなよ?」
最後の笑顔は怖かった……。
どうしよう……顔を合わせた瞬間チェンジって言われるかも……。
『はい』
うっわっ、良い声!
重厚感があるバリトンボイスだ。
「あ、あのっわ、私は佐久間元から紹介されまひた、日下部春澄と、も、申す者で」
か、噛んだ!
しかも、日本語もおかしい!
『……ふっ、どうぞ。そのまま部屋に来て』
わ、笑われた……イケボで笑われたっ。
げんちゃんのマンションも良いマンションだったけど、ココはまたレベルが違う。
高級ホテルのようなエントランスだ。
僕のような安物の服を着た奴は突然警戒音が鳴ったりしない!?
エントランスを抜け、エレベーターで階数ボタンを押す。
各階一部屋らしく、承認された人しかエレベーターは動かないらしい。
試しに他の階数のボタンを押してみたが、動かなかった。
セキュリティが確かなのは高級な証拠だな。
……しかし、各階一部屋って……どれだけ広いんだ……。
それは住み込みされても気にならないかもしれない。
無音のまま、エレベーターが開く。
開いた先には高級そうな臙脂色の絨毯がひかれ、少し先に黒い扉が見えた。
あれが玄関か。
高そうな絨毯を安物のスニーカーで踏むことに申し訳なさを感じながら、玄関の前に立つ。
深呼吸をし、震える手でチャイムを押す。
『ピンポーン』
ドッドッドッと心臓の音がうるさい。
扉が開く。
「いらっしゃい、どうぞ中へ」
招いてくれたのは、170センチギリギリの僕が見上げるほどの長身で、あのバリトンボイスが似合う美形な男性だった。
ひっ。
思わず、一般人の僕は怯む。
げんちゃんも自他共に認める男前だが、これまたマンション同様レベルが違う。
黒のシャツと同色のチノパンというラフな格好に、身体は服の上からでも鍛えられているのが見てとれる。
太めの眉に切れ長の意思の強そうな瞳、鼻梁は高く、唇は薄めで笑みを浮かべている。
髪は暗い茶色で、少し長めだが緩くあげられ、滴る色気があった。
テレビの中にも、こんなに洗練された美形はいない。
「どうしたの?入って」
「あ、し、失礼しますっ」
回れ右して、帰りたい気持ちをぐっと押さえる。
自分から帰る訳にはいかない。
キチンと面接して、断られて帰ろう。
それなら、きっとげんちゃんも許してくれて、元に戻れる。
リビングに通される。
まるで、モデルルームのようだった。
寝に帰っているだけ、と聞いていたが、頷ける。
生活感がまるでなかった。
リビングのソファーに促されて座る。
「はるとくん、だよね?コーヒーは飲める?」
「あ!お気遣いなく……」
……ん?
缶コーヒー?
「ごめんね。コーヒーメーカーとかあるんだけど、使わないんだ。片付けるのも面倒で……ずっと家のことはやって貰ってたから、今さら何もやる気にならないんだ……」
僕の前に缶コーヒーを置き、自分はペットボトルの水を口にしている。
この人、見た目だけじゃなくて、中身も浮世離れしてるな……。
僕とスペースを開けて、同じソファーに座る。
「で、いろいろ聞いていい?元の従弟って聞いてるんだけど、いくつかな?」
その長い足を組んで、ソファーにもたれる姿は雑誌の表紙のようだった。
柔らかいトーンで面接が始まる。
「あのっ、履歴書とかいらないって言われて持ってきてないんですけど、今年の誕生日で22歳になりますっ」
「若いね。あ、自己紹介が遅れました。俺は岳下京平34歳。いくつか飲食店を経営している。元とは大学が同じで……って、その辺は聞いたかな?」
僕はコクりと頷く。
「元から、一通り家事はできると聞いてる。俺は仕事が忙しくて、寝に帰るだけだから、基本的に食事はいらない。でもまぁ、せっかく一緒に住むんだから、朝食くらいは一緒に食べようか?昼も夜も、もちろん食費としてこちらが支払うから好きに食べて。休みの日は何か作って貰おうかな。休みも不定期だから、その都度早めに伝える。あと、何か質問ある?」
え?
待って待って、採用決定?
「あ、あのっ、岳下さん……岳下様?」
「ふっ……京平さんにしてもらおうかな?」
ツボに入ったのか、手で口を押さえて笑いをこらえてる。
「京平さんっ、僕、あ、私は合格なんですか?」
「もちろん。元のことは信用してるし、少し話しただけで、君のことも好きになったよ。よろしくね」
陽キャは……すぐ人のこと好きとか言うんだよ……人生で五億回くらい言ってそう。
こっちは他人に好きとか言われたの人生初だぞ!?
「いつから住む?今日?明日?」
ひーー!
詰めてくるの早すぎる。
ど、どうしよう。
やっていけそうにないのに、断り方が分からない……。
とりあえず、帰ろう。そうしよう。
「あのっ、また、後日連絡しますので、とりあえず今日はこの辺で……」
ひきつった笑顔を残し、脱兎のごとく逃げ出した。
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