上 下
19 / 21

19

しおりを挟む
 ごく一部の方だけでなく、大勢の騎士団員にのことを知られてしまったことに衝撃を受け、呆然とし、その後の記憶がない。
 はっと気づくと姿見の前で煌びやかな服をあてられていた。

「まぁ、いいんじゃないですか?」
「少し、肌が見える。この透け感も煽情的すぎだ。こちらの方がトールには似合う」
 ロイ様がまた別の煌びやかな服を俺にあてている。
「あぁ、確かにそうですねぇ」
 ミハエル様が顎に手をあてながら、納得したように頷いている。

 ……って!!

「ちょっと、待って、下さいっ」
「あぁ、戻ってきました?抜け殻のようだったので、こちらはこちらで勝手にやってました」
 いやいや、勝手にやってました、じゃない。
「まず、ロイ様」
「ん?」
 ロイ様はまた別の煌びやかな服を俺にあてながら、俺に呼びかけられたことに嬉しそうに笑顔で反応する。
「お忙しいとは思うのですが、日中、密室にはならない場所で、お話をしたいのですが、お時間頂けますか?」
「もちろんだ!何よりも優先する。私もトールと話がしたいと思っていた。あの夜の続き、だろう?」
「あの夜の話をすぐするっ!ロイ様、その話は、二人だけの秘密……ではもうないですが、今後はそうしましょう!まずは、二人で話をするまで、あの夜の話は禁止です。いいですか?」
「二人だけの……分かった」
 ロイ様は二人だけという言葉が気に入ったようで、俺の提案にすぐ了承してくれた。これであんな辱しめは受けない。もっと早くこうしていれば……今さら悔やんでも仕方ない。

 次の問題だ。
「あの、ミハエル様。俺は夜会服のことなんて初耳です。もちろん費用は……」
 今、目の前には数十着は優に超えた数の煌びやかな服が並べられている。色も白や黒から淡い色まで、素材も装飾も今まで袖を通したことがないような高級品であろうことは触らなくても見てとれた。
「もちろん、トールに負担させることなどありません。すべて国庫で……の予定でしたが、ロイ様がすべて私財で賄われるそうです。いやー、助かります」
「ロイ様が!?」
 ミハエル様は国庫の節約になったと喜ばれているが、そうなるとまた話は変わってくる。
 そもそも夜会は剣術大会の前夜と優勝者を称えるための祝宴の二回のはず。二着で、いや、何かあった時のための予備として三着で良くないか?
「あの、この数、必要ですか?」
 どう考えてももったいない!俺をロイ様が採寸したことは考えたくないが、そうであったとしたらこの服は俺しか着られない。同じような背格好が決して多くないからだ。騎士団の方はもとより、宰相であるミハエル様ですら、俺よりも長身だという現実。厨房で働いているシャルはまだ体格が近いが、もちろんこんな高級品を必要としていない。幼い頃からの栄養の違いか、貴族の方々は発育が良いんだよな。

「本来ならば、他の出席者との兼ね合いなども考えて五、六着準備する予定でしたが、ロイ様が勝手に、いえ、納得のいく品を、とのことで三十着ほど用意しました」
「さんじゅ……」
 思わず、息が止まった。
 そんなにあるのか!
 総額、とんでもないのでは?
「返品って、できます?」
 思わず漏れた俺の一言に、ミハエル様は目を見開くと爆笑し、ロイ様は困ったように微笑んだ。
「へ、返品……まさか、その考えはさすがの私もありませんでした。トール、私の補佐官に欲しいくらいです」
 何か、馬鹿にされた気がする。そりゃあお二人にとっては気にならないかもしれないけど、平民の俺にすれば、この一着の代金ですら払えない。
「心配しなくても、夜会で使用しなかった品も後々着れば良い。もし、トールが一着も気に入る品がなければまた追加で作る。……トールは今まで贈り物など受け取ってくれなかっただろう?初めてトールに贈り物ができることが嬉しいんだ。返品だなんて、悲しいことは言わないで」
 くっ……そんなこと言われたら何も言えない。
 今までも、ロイ様が贈り物を申し出てくれたことはあった。例えば、厨房で使っている調理器具が買えなくて借りている話をしたら、ロイ様が同じ物を用意し贈ってくれた。だが、その代金は支払った。ロイ様は受け取らなかったので、ウチで買ってくれる料理の代金と相殺した。かなりの月日がかかったが。あの時もロイ様は勝手にやったことだからと言ってくれたが、ロイ様の優しさに甘えてしまうと、自分がロイ様と仲良くしているのはそんなメリットがあるからだと、自分自身が思いたくなかったんだ。
 気持ち的に、対等でいたかった。

 反論しない俺を見て、ロイ様は再び嬉しそうに夜会服を俺にあてる。
「これはどうだ?トールに、良く似合う」
 その夜会服は白いシルクのような生地で作られたシンプルなシャツと同色のジャケットとパンツだった。光沢のあるジャケットとパンツは形がシンプルなのでそこまで華美ではないが、その襟元や裾は金糸で縁取られている。素人の俺が見ても、ため息がでるほどの職人の技が光る夜会服だ。
「とても、素敵、です」
 ロイ様が着られたら、似合うだろうなぁと勝手に想像した。
「良かった。一着は、これにしよう」
 しまった!思わず、心からの感想を口にしてしまったが、俺にはこんな高級品着こなせない!
「いやっ、俺にはこんな品は似合いませんって」
「似合う。とても。トールが気に入らないなら、同じような雰囲気の品をもう数着作ろう」
 ロイ様は一人納得し、この夜会服を準備した行商人に指示を出している。
「いえっ、これでいいです。もう増やさないで下さいっ。この中で、ロイ様が決めて頂いた品をありがたく着させて頂きますから、絶対にこれ以上増やさないで下さいっ」
 俺が折れるしかない。身分不相応でも。これ以上、増やすのだけは絶対にダメだ。
「……分かった。形を変えるのはいい?」
「増やすのはダメですよ」
 少し不満気だが、俺が着る服を決めて良いと言われたことで納得し、行商人と打ち合わせを始めた。

「いやー、ロイ様張り切ってますねぇ。トールももっと搾り取ったら良いのに。私なら、ロイ様をもっと有効活用しますけど」
 さ、さすがミハエル様、えげつない。
 俺なんて、止めることに必死で心労がすごい。そんな豪胆さが欲しかった。
「まぁ、そんなトールだからこそ、ロイ様が愛されたのでしょうけど」
 あ、愛……まさかミハエル様からそんな言葉が出るとは。そのロイ様の愛とやらもまだ信じきれていない俺は何も返事ができない。

「トール」
 ミハエル様が改まったかのように俺に真正面から向き直る。
「礼儀作法、習得が困難だと聞きました。まさか、そこまで無知とは知らず、苦労をかけます」
「うぅ」
 何も言えない。
 出来が悪くて、申し訳ないっ……!
「習得できずとも、側にいられないロイ様に代わり、必ず、トールのことは私が守ります。側に、います。この私がいるのですよ?安心でしょう!」
「ふはっ、そうですね!」
 ミハエル様、俺を元気づけようとしてくれている。たぶん、護衛の騎士の方にでも、ため息が出てたり、足取りが重いことを聞いたのだろう。人を鼓舞することになれていないミハエル様が自信満々に胸を張る姿は、本当に頼もしく、涙が出そうになるほど嬉しかった。

 いつまでも、俺なんかがって考えていても仕方ないじゃないか!
 引き受けるって決めたんだから、やれるだけやろう。
 俺も俺自身に気合いを入れ直した。



 剣術大会まで数日に迫ったある日。
 俺とロイ様の話し合い第二回目が開催された。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

獣人王に溺愛され、寵姫扱いです

BL
事故に遭いそうだった猫を助けたことにより、僕は死んだ。 その猫は異世界の神だった!? 世界に干渉してはいけないが、あまりにも申し訳ないということで、その神の治める獣人世界で生き直すことに。 記憶を持ったまま稀にいるヒト族として生活を送ることになったが、瀕死の獣人との出会いにより大きく運命が動く。 自己肯定感の低い薄幸の主人公が寵愛をうけるまでの記録

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ワルプルギスの息子たち ー異世界で魔女になるためには夫が必要らしいー

空月 瞭明
BL
男子高校生が異世界でイケメン兄弟たちにモテモテで、 イケメン兄弟たちと一緒になんかすごそうな敵と戦うお話。 コメディ寄りファンタジーですが、戦うお話なので流血残酷シーンが出てきます。 攻め:サマエル24歳。魔男の一族の長男。銀髪超美形モデル体型188cm。でも偏屈。 受け:ウスト18歳。異世界に飛ばされた日本の男子高校生171cm。真面目過ぎる天然。 高校三年生の主人公ウストは、両親と弟達を「神子」と呼ばれる化け物に惨殺される。 父親は死ぬ直前にウストを異世界に飛ばす。 「我々は魔女ワルプルギスの末裔、魔男の一族。故郷に戻り、ワルプルギスの傍系一族を頼れ」という言葉を残して。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?

いぶぷろふぇ
BL
 ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。  ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?   頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!? 「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」 美形ヤンデレ攻め×平凡受け ※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです ※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...