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間話:騎士レト・ラッセルの尋問

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「カヤロナ国騎士、レト・ラッセルがヘラ・ゴーシュ嬢の取り調べを行います。つきましては――」
「ねえ、騎士様、厨房の者にきいてほしいのだけれど。デザートは出ないの?」

 ヘラは私が取り調べの文言を唱えるのを遮って、不満をこぼした。

「――はい、出ませんよ」

 調査隊がフォレー領に派遣される中、私は王都でヘラの取り調べを任されていた。城から少し離れたところにある牢獄は古く、頑丈にそびえたつ。子どもなら連れて来られただけで、震えあがるだろう。

 ヘラの父は、一連の事件をヘラの単独犯だと主張したが、流石に城への荷物の細工は単独では無理だ。協力者がいる。
 案の定、実行犯としてゴーシュ家の家令のオッズ氏が浮かんだ。氏は、娘の我儘には何でも応えてやるようにとゴーシュ氏から言いつけられていた。シュシュラ油の存在を面白おかしくヘラに伝えて着想させ、実行するまで止めなかった。これは処罰に値する。

 ゴーシュ家は調べれば調べるほど埃がたつ。娘だけに罪を着せて切り捨てようとするのも気に入らない。
 多少の私情もあり、帳簿まで調べ上げるように指示を出した。結果、多額の税が未納であることがわかり、ゴーシュ家は王都の税務課の追及を受けることになった。

「どうして私ばっかり。ユーノだって何かズルをしていたはずだわ!」

 口を尖らすヘラは、クララベルの物と似たドレスを着ている。フォレー滞在中に全く同じ服も見た。
 クララベルの服は女官たちが特別に発注しているはずだから、吊るしのものではあるまい。化粧も似せようとしている。紅など、クララベルと同じ色を使っているようだ。

(――そうか、この娘はクララベルになりたかったのだ)
 
 ヘラは、朝から食欲もあり、萎れた様子はない。ただ今日は、取り調べの場所を監獄の中にある一室に移動したので、少しおびえている。
 
「私が悪いんじゃないってば。こんなところは嫌よ、家に帰して」
「他にも何か心当たりはありませんか? 二年前のお茶会のことなどは?」
「あれは私じゃないってば。それより、ここのベッドどうにかならない、腰が痛くなっちゃう」
 
 あれやこれやと文句を言うばかりで、なかなか私の質問には答えない。だが、「あれは」といった。まだ、何かしらの事件に関与しているはずだ。
 
「わかりました。ヘラさんではないのですね。では、どなたかが計画したのでしょう。誰がヘラさんにそんなことをさせたのでしょう?」

 ヘラは質問の矛先を変えると、表情を明るくした。
 
「そうよ、そうだわ! どうして忘れていたのかしら! 王都で服を作っていた時に、靴を作りに来ていた紳士がいたの。私の願いをかなえてあげると言い出したのよ」
「それは、茶会の時ですね?」

 ヘラはもじもじと下を向いた。まだ何か隠しているようだ。

「ちがうわ――ええと、その……花火の時の話よ」

 急に浮かび上がった花火の真相に、目を見開く。

「あの花火、ヘラさんの仕業だったのですか?」
「私は提案をしただけ。ミスティ様がダグラスにクララベル様のエスコートを頼みに来たから、むしゃくしゃして……」
「それで姫様に向けて花火を飛ばしたのですか?」
「私はその話をした紳士に小遣いをやっただけよ。あんな花火、ちょっとしたボヤにしかならなかったって聞いたわ。誰も傷つけていないから、事件にもなってないでしょ。だいたい、誰も話題にしなかったじゃない」
 
 それは、クララベルが機転を利かせて場をおさめたからだ。話題にならなかった分は、クララベルが傷ついた。
 
 もやりとしたものを感じたが、飲みこんで聴取を進める。
 なかなか犯人を辿れずにいたが、ヘラも花火の犯人の一味だったようだ。
 ミスティがエスコートを頼みにフォレー家に行った時、来客にゴーシュ家の名前もあったので、確定だろう。

「どうして私がダグラスと一緒に城へ行けないのよ。ダグラスの妻になるのに」

 ヘラはまだダグラスと結婚できると思っているのだろうか。
 王家の管理下に置かれたゴーシュ家は、つまるところ罪人扱いということだ。軽い罪であってもフォレー家に迎え入れられることは叶わない。
 
「姫様に対して行った行為で、フォレー家の夫人候補に相応しくないとされることは、恐れなかったのですか?」
「どうして? 王家がどれほどのものよ。クララベル様が顔だけのお姫様だって気がつけば、ダグラスだって少しは惑わされなくなるはずだわ」

 ヘラのような存在は姫様の態度にもよるのだ。姫様が波風を立てないようにと配慮しすぎるから、こういう小物が増長する。
 
「姫様はたいして偉そうにもなさいませんし、気さくな方ですので、そう思われているのかもしれませんが、血統は高く、王太子に次ぎます。陛下の甥のテレス様より継承権が上なのですよ。何か起きれば、次代はクララベル様が国を統べるのです。その証拠に姫様はいまだに、カヤロナを名乗っておられるでしょう? カヤロナを名乗れるのは継承権のある方のみです」

 ヘラはいぶかしげに眉を寄せる。そんなことばかりよく研究しているようで、クララベルが演技するときと似ている。
 
「はぁ? クララベル様が? そんなに高い継承権をお持ちなの?」
「もし姫様が本気でヘラさんを不敬だと断じれば、ヘラさんは死刑に処されても文句は言えません。端的に言えば反逆罪です。クララベル様のお口添えなしには、良くても一生牢屋暮らしになりましょう」
 
 もちろんクララベルに国を執る気概や野望があるわけではない。クララベルは権力を持つにはあまりにも善良だった。
 継承権のことを聞いて、ようやくヘラは顔色を変える。ヘラの今後はクララベルの掌の上にあるのだと思い至ったのだ。

「うそ……うそよ」
「紛れもない事実です。法でそのように定められております」
  
 そこからヘラは従順に質問に答え始めた。

 城に招かれず、いらいらして服を買いにいくと、服屋の店員が、花火でも飛ばして邪魔してやればいいと言い出したこと。そこに居合わせた黒眼鏡の長髪の紳士がそれなら力添えできるかもしれないと何かを手配し始めたこと。そこから、二人に小遣い程度の金を渡し、いつの間にか花火が打ち上げられたこと。
 私はお金を出しただけだとヘラは言う。

「どちらの服屋ですか?」
「リンベル通りの青い建物よ」

(バロッキーの関係しない店か……)

 私が捕らえた実行犯は、花火の威力や角度まで全て手紙で細かく指示され、トーチの点滅でタイミングまで合わせたと白状した。花火を打ち上げた場所からクララベルを肉眼で捉えられるとはおもえない。別の誰かがクララベルの位置を知り、花火を打ち上げる指示を出したのだ。

(どこかから見えるのだろうか? いや、私のようなおかしな体質でない限り、無理よね)

 ヘラが次に服屋の男に会ったのは、シュシュラを城に持ちこむ手段を考えていた時だった。
 シュシュラを手にいれてみたものの、いくら家令とて一般の者が城に入りこむ手段をもちはしない。検品された化粧品にシュシュラを紛れ込ませるのは難しいだろう。
 ヘラは我儘を言って王都についてきたまでは良かったが、次に何をすればいいのか分からなくて途方に暮れたという。
 やけになって買い物をしに行った服屋で、例の男がシュシュラの瓶を受け取ったという。

「くどいようですが、茶会は? 茶会での騒ぎにあなたは本当に関与していないのですか?」

 茶会の時に知らないうちに城に入りこんできた賊の経路もわからずにいる。私の再三の確認にヘラは首を振る。本当に知らない様子だ。

「私がお金を払ったのは花火とシュシュラだけ。悪かったわよ。そんな大ごとになるとは思っていなかったのよ。姫様が少し困ればいいと思って」
「困るのはあなたとあなたのお父上です。お父上は税金を正しく納めていなかったようで、多くの土地を手放すことになるでしょう」
「本当にそんなことになるなんて思っていなかったんだってば。ねぇ、騎士様、助けて。私、牢屋暮らしなんていや」

 ヘラはやっと自分の立場が分かったのか、うっすら目に涙を浮かべている。

「私にはどうすることもできません。それが法を犯した者の至る道です。無知は罪ではありませんが、人を害しようしたことは罪になります。それは、どれほど幼い子供でも等しく教育される事だと思っておりましたが、ヘラ様はご両親から教えられなかったのでしょうか?」
 
 突き放せば、ヘラは不満そうに口を閉じる。

「ユーノ様に対しての妨害も、フォレー家の使用人への横柄な態度も、あなたを弁護する者が一人も現れない理由です。皆、あなたが何を言い、何をしてきたのかよく見ておりました。どなたか、あなたを助けることが出来る者がおりますか?」

 ヘラは項垂れた。べそべそと洟をすする音が響く。
 
 それにしても、服屋の男たちが気にかかる。
 ヘラへの加担は愉快犯のようにも見える。しかし、ヘラを使って本来の目的の隠れ蓑にしているのではないかという疑惑も浮かぶ。クララベルを狙って何か得をすることでもあるのだろうか。
 
(花火の意味はなんだ? なんのために――?)

 私はヘラを問い詰めながらも、その背後に大きな動きを感じていた。
 ヘラではなくてクララベルを、もしかしたら王家を脅かそうと準備を進める輩がいるのかもしれない。一難去ってまた一難だ。

 私はヘラに、クララベルに赦免を嘆願しろと提案はせずに監獄を出た。
 クララベルはヘラの罪を許してしまうだろう。
 そんなクララベルを誇りに思う反面、不憫にも思えるのだ。
 本当だったらオリバーもこの独房に押し込んで、同じ目に合わせる必要があった。クララベルは自分を害するものに甘すぎる。
 

 
  私は数日ぶりにクララベルの住まいを訪れることができた。
 ドアを叩くとミスティからの返事がある。広間に向かえばソファで眠りについてしまったクララベルの姿が見えた。
 ここのところ体調が悪いのか、クララベルは夕食を食べるとすぐに眠くなる。
 幼子のクララベルを思い出して頬が緩む。私が来たばかりの頃は、眠くなっても話をしたがって、なかなかベッドへ向かわなかった。

「レトさんお帰りなさい。取り調べは?」
「多少厄介なことが出てきそうですが、お二人の手を煩わせるほどのことはありません」

 服屋の調査をしてみたが、いつの間にか服屋は閉店して、建物は貸し出し中になっていた。
 ニゲイラ商会の店舗だったと思うが、事情を聞きに行くと強盗にあったという。店員として働いていた盗賊に店を破壊されて、続けられなくなったのだと聞かされた。働いていた者たちの素性は偽りで、事件後、行方はわからない。 
 ニゲイラ商会もかなり怪しい。注視していく必要がある。
 厄介だ。

「クララベルがさ、ヘラに差し入れを持っていこうとしていたんだけどさ、やめとけよって言ったんだ。でも、夜は冷えるから、毛布を持って行けって。いきなり牢屋じゃ頭が変になるからって」

 ミスティは腕を組んでクララベルのお人好しを愚痴る。ミスティの主張は概ね同意できる。

「ご安心ください。牢屋と言っても普通の部屋です。夜を過ごすくらいの寝具はありますよ。姫様は何をおっしゃっているのですか」
「ほんとにね」

 私の姫は、昔はもっと短慮だった。
 クララベルの成長は、我が事のように誇らしい。
 
「姫様はもしかしたら自分に重ね合わせていらっしゃるのかもしれませんね。サリさんの叔母様を城に連れてきたのも、ヘラさんの年頃でしたから」
 
 クララベルはサリから婚約者を奪う計画の一環として、サリの生き別れの叔母を探し出すことを私に命じた。叔母の行き先は簡単に知れて、同意の上で城に連れてきたのだ。
 クララベルはあの時のことを悔いている。サリを苦しめた叔母に無理やり会わせて、つらい思いをさせてしまったとを、恥じている。
 
「あれと比べるの? あれは誘拐じゃなかったわけでしょ?」
「姫様は誘拐のつもりでしたよ。あまり悪いやり方をご存じないだけで」
「はぁ。せめて明日の朝、綿入れと暖かい飲み物も一緒に持っていくように、レトさんに伝えてって」
「姫様は愚か者ですか?」
「俺はクララベルのそういう間抜けな所、好きですよ」
 
 眠っているクララベルの頬をつまんで愛おしげに笑うミスティの横顔は、慈愛に満ちている。この若者は、クララベルにそうとは言わないくせに、妻を丸ごと愛しているのだ。
 芸術はとんと分からないが、そうやっている二人はまるで絵本に出てくる王子と姫のようだなと思う。
 
「――ミスティさん、この先も姫様の元にいてくれるわけにはいかないのですか?」

 それは、私の立場から言うにはとても危うい願いだ。それでも、口にしないではいられなかった。
 案の定、ミスティは首をすくめて困った顔をする。

「それはクララベルの問題です。それに、クララベルは次の結婚を考えていないそうで。王と交渉して城に残れるようにするんだって息巻いていました。レトさんの助けがまだまだ必要ですから、これからも助けてやってください」

 フォレー領の騒ぎで、二人の間に何かあったのだろうとは察している。
 二人の様子は互いに穏やかで、今までのように険悪な喧嘩をすることがなくなった。それなのに、クララベルはミスティの亡命の中止を言い出す様子がない。

「私は、許される事なら生涯姫様にお仕えしたいと思っております。私が傍にいる限り、今後も姫様が何者かから害されることはありません」

 それは誓いでもある。

「レトさんがそう思っているなら安心です」
「私の目には、あなた方はお互いに必要としているように見えますが。違うのですか?」

 違わないはずだ。私には言わないが、二人は互いに番なのだろう。

「俺たちは、少し複雑なのですが……大筋は相思相愛なんですけど」
「なら、なぜ――」
「俺は、絵を国の外に出します。クララベルが望むミスティが行動するなら、俺に否やはないんです」
「姫様が望むミスティさんですか……では、姫様がここに残って欲しいと願うのなら?」
「そう言わないのが、俺のクララベルなんですよ。頑固でしょ?」
 
 ミスティはなんだか嬉しそうに、寝ているクララベルを撫でる。
 クララベルは頑固だが浅慮ではない、きっと色々考えてのことなのだ。

「姫様は、王女として望めば、ミスティさんを王宮に縛り付けられることができると、よく理解しています。だからミスティさんをお止めする事ができないのですよ」
「わかっています。でも、俺が絵を描き続けることがクララベルの願いなら、叶えないわけにはいかないでしょ?」

 私の祈りのような気持ちでは、二人の決心はかわらない。
 私は騎士であり、為政者ではない。仕える姫が欲したに力を与える。それが私の騎士としての務めだ。

「レトさん、こいつ、よだれを垂らして寝てますよ」
 
 私が黙ってしまったのを取り繕うように、ミスティはクララベルの口元を服の袖で拭いてやる。

「寝ると重いんだよな」

 そう言ってミスティはクララベルをたいそう大事そうに抱き上げた。
 ついでに額にキスくらいしたかもしれない。ミスティの温もりを無意識に探すように、抱かれたその胸に額を寄せる姫様も姫様だ。
 
「喉が渇いたの……でも、眠すぎて飲みに行けない」
 
 眠さに目を開けられずに呟く。

「寝室に水があるよ」

 頷くだけの返事をして、またミスティの胸に顔を伏せる。
 どこから見ても相思相愛の夫婦は寝室に消えていく。
 乙女のような姿だったジェームズさんの息子は、姫様を抱き上げてもびくともしないほどに成長した。

(お互いに、こんなに自然に求め合っているのに……)

 ミスティが泣いてシュロから戻ってきても、私はあざけるようなことは言うまい。番と離れる苦痛は、アビゲイル様も眉を顰めるほどだ。
 
 心苦しいが、ノーウェルには事情を明かすわけにはいかない。長年護衛を務めてくれたジェームズさんにも。
 人とは異なる能力で召し抱えられた私は、他の騎士とは心のありどころが違う。国に仕えるというよりは、大切な姫を守ることを生きがいとしている。 

 陛下はミスティが死んだと聞けば、姫様を想って心を痛めるだろう。
 陛下を騙すような事をするのは心苦しいが、二人が頑なにそれでいいというのだから仕方がない。
 ルイズワルド陛下はソフィア様が亡くなられてから、すっかりかわってしまわれた。愛する娘を軽く扱うことで政敵から守ろうとした。
 国王とは近くで見ていても辛い仕事だなと同情する。

 愛の形はそれぞれだ。
 頭を使うことなどない私でも、愛を理屈で語れないのはわかる。
 皆違うものを指して愛だというが、辛うじて共通して認識できることがあるために、違うものを指しているのに気がつかない。
 歪んだ気持ちにさえ愛と名がつくのだから大変だ。誰かにとって正しくても、誰かにとっては間違っている。
 
 ノーウェルは金色に見える銅や、愚者の金をさして、個人がこれが金だと信じるのは自由だ、と言っていた。
 掘り出したものは等しく長い年月を土の中で過ごしたのだから、貴賎はないと、そう語る。
 学者の癖に、そういう甘いことを言うノーウェルが好きだ。
 
 私は自らの剣を握りしめる。
 結局、利己的にふるまうことでしか愛は示せない。
 私に愛があるのだとすれば、姫様の敵を切り捨てることだ。
 
 私はよくわからない愛の形をした敵を闇夜に見いだそうと、ぎゅっと目に力を入れる。
 私も竜の目だったらもっと多くの物が見通せたのだろうか。
 誰かの愛を切り捨てることになっても、私は剣を振るだろう。
 それが私の騎士道なのだから。
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