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【俺が同乗したいのはノーウェルではないけれども】

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 俺は、紅玉祭以来、会う機会が無かったダグラスを訪ねることにした。

 クララベルは、自分の結婚に何も望みを持っていない。相手の好き嫌いはさて置き、オリバーでもダグラスでもどこかの貴族の後妻でも、国のための結婚なら抗う気がないのだ。
 いくらサンドライン卿の協力が得られるとはいえ、オリバーは絶対に駄目だし嫌だ。
 それならやっぱりダグラスを引っ張り出さなければ。
 ダグラスとの結婚がオリバーとの結婚より国の利益になるのならば、国王もクララベルもきっと了承するはずだ。俺はそのために動き出した。

 まず、フォレー領で用事をつくり、不自然ではない理由をつけてダグラスを訪ねる予定を取り付けた。
 仕事がついでというわけではない。わざわざフォレー領内で見つけた事業の芽だ。ダグラスを巻き込みながら俺の計画の柱となる事業に発展すれば重畳ちょうじょうだ。

 フォレー領はカヤロナの南、シュロ国と国境を接する。
 フォレー領のごくシュロに近い所に、閉山した鉱山がある。ベルトアン銅山という。
 フォレー領内に何か事業の芽は無いかと探していたら、銅山から少し離れた所で孔雀石くじゃくいしが採れたという薄い報告書を見つけたのだ。

 孔雀石は柔らかすぎて宝石としての価値は高くないが、加工しやすいので細工物や顔料としての需要が高い。銅山の近くだし、孔雀石が出ること自体は珍しいものでもない。ところが、下調査に行っていた者が送って寄越した孔雀石に青い結晶が混じっていた。稀に青緑ろくしょうに混じって藍銅鉱らんどうこうの結晶が出る。藍銅鉱はこの大陸では希少価値があるから量が採れるなら大きな利益を生むだろう。

 藍銅鉱が確実に採れるのか、もし取れるなら質と量がどれほどのものなのかを見極めるのが今回の仕事だ。こういう調査のような仕事は、竜の力が強いヒースやアルノが出向くのだが、美術関係だという事もあり、俺が調査に向かうと名乗り出た。

 ベルトアン銅山はかつて鉱毒で土地を駄目にしている。戦争の時に攻め入ったシュロ人がバロッキーの銅山を奪い銅を採掘したせいだ。
 シュロ人は広く深く山を掘る方法で鉱物を採る。たくさんの坑夫を雇い入れ、鉱脈に当たるまで蟻の巣のように坑道を掘るのだ。鉱脈を見つけて地下水を避け、必要な分だけ掘るバロッキーのやり方とは大きく異なるものだ。
 加工のためにベルトアン川の近くに精銅所を立てたのも悪かった。やがて銅の毒は地下水に溶け出し、川を汚染し穀物を枯らした。周りに住んでいたシュロ人も多く命を落としたに違いない。
 そんなこともあり、銅山はほどなく閉山した。被害のせいだけではない。広く坑道を張り巡らせた割に期待したほどの銅が採れなかったのだ。
 水を使っていた集落もほどんど人がいなくなった。今では近づく者もあまりいない。
 ベルトアン銅山は所有者すら手入れをしないまま長いこと放置されている。
 
 今回の調査は土地の所有者が銅山を買ってくれとバロッキーに頼みに来たことに端を発する。
 バロッキーは慎重だった。何も出ない山なら買った所で負債になりかねない。返事はしばらく保留になっていた。
 
 竜の勘とでもいえばいいのか、孔雀石の件はなんとなく琴線に触れるものがあった。
 廃坑の持ち主がフォレー領の大地主であったことも俺にとっては何かの僥倖ぎょうこうに思えた。
 バロッキー家がその山を買い取るだけの理由を見つけてこなくては。藍銅鉱もいいが、もともとはバロッキーが先に見つけた山だ、まだ見つけられていない銅の鉱脈があるかもしれない。
 ヒースが山に入り指揮を執れば、おそらくまだ山からいくらか銅が出るだろう。
 様々な鉱物が採れるカヤロナ国でも、なかなか銅は産出されない。少しでも銅が出るとなれば、フォレー領の価値は上がる。



 俺は分家のノーウェル・スウィフトと乗り合わせて銅山へ向かっている。王都からは数日かかる道程だ。
 窓の外を見れば、だんだんと針葉樹から広葉樹の混じる風景に変わってきた。彩度の高い紅葉した樹木のシルエットは明るく丸い。
 小さな国なのに王都の風景とはだいぶ違う。
 
 ノーウェルは分家であるスウィフト家の長男だというのに商売はせず、鉱物採取が趣味で、本家の仕事に同行してする変わり者だ。
 山へ向かう馬車の中でも目にルーペを近づけて石を熱心に観察している。

「そうだ、これ、レトさんから」

 レトさんは俺の仕事の内容をどこで知ったのか、同行するノーウェルに渡すようにと何かを俺に預けた。はっきりとは明かさないが、どうやらレトさんもバロッキーの分家の出身のようなのだ。

「ああ、ミスティ君、ありがとう。きっと何か珍しい石が手に入ったんだね。ふふふ、レトは何でもかんでも僕に送り付けるんだから」

 麦藁むぎわらのような髪を無造作に束ね、もさもさした前髪から覗くヘーゼルの丸い瞳を細めてにこにこと笑う。

「え? それ、ノーウェル個人に宛てたものなの? っていうか、ノーウェル、レトさんと知り合いだった?」
「ああ、そうだよ。ミスティ君の手からこれを渡されたのだから、もういいようだね。知り合いというか、レトはね、僕の恋人なんだ」

 ノーウェルは何でもない事のように言ったが、俺は身を乗り出して驚いた。

「はぁぁ?! うそっ! 冗談だろ? ウソウソ!」
「嘘じゃないよ。君、相変わらず失礼な奴だなぁ。お互いあまり会えないけどね。もう長い付き合いだよ」
「ええ、レトさんがノーウェルと? 意味が分からない」

 大変な暴露に、俺はひどく混乱した。

「聞き捨てならないね。僕のレトは最高の恋人だよ。現にこうやって珍しい石が手に入るたびに僕に送って寄越す。愛らしいだろ?」

 何の石なのか、ルーペに石を近づけたり離したりしてにやにやしている。

「いや、だって、レトさん、すごい騎士なんだぜ! 一人で賊を制圧したりさ。誰よりも足が速いし、この間の狩りの時だって、かなり遠い距離から矢を獲物に命中させてた。それが昔からノーウェルが言ってた、愛らしい恋人?!」
「そうだよ。どうだい、うらやましいだろ。国に仕える騎士様の一番が僕なんだから」

 二人が並ぶ様子が想像つかない。いや、騎士をしているレトさんに恋人がいるとか考えたことが無かった。それを言ったら、ノーウェルだって仕事ばかりなのだけれど。
 消化不良気味で、しきりに首をかしげる。

「え? じゃぁさ、ノーウェルは、レトさんが俺の体術やら剣術の指南をしていることを知ってるわけ?」
「まあ、聞いているよ。はじめはモヤシを育ててるって言っていたから園芸でも始めたのかと思ったけどね。まさかミスティ君を鍛えることになってるなんて思わなかったよ。なんだい? 僕よりレトにかまわれてるのを自慢したいのかい?」

 ノーウェルが口を尖らしてもちっとも可愛らしくなんかない。

「むしろあまり構われたくないし。昔から聞いてたノーウェルの惚気話とレトさんが結びつかなくて、なんだか混乱してる」

 ノーウェルは出会った頃から恋人がいた。別れたという話も聞かないし、一貫して同じ人物の話をしていたと思う。美しい、優しくて繊細な、愛らしい、花の似合う、そんな恋人の話を聞かされて、幼心にうらやましいなんて思いながら。
 色恋の話は好きなほうだから色々聞きだしては、小柄な小動物の様な可憐な乙女を思い浮かべていた。
 
 それがレトさん……いや、レトさんは少し背は高いが確かにきれいな顔をしている。俺が知らないだけで、裁縫が得意なのかもしれないし、こまめに手紙を書く人だというのも仕事ぶりに合致する。賊の肩の骨を砕いたり、二階から紐だけを使って飛び降りたりもできるだけで。

「それで、レトはいい先生かい?」
「――レトさんは人の体力の限界が分からない怪物だよ……」
「君がモヤシなだけだろ?」
「ノーウェルだってモヤシの部類じゃんかよ」
「余計なお世話だよ。レトは僕の博識な所が好きなんだからさ」
「脳筋過ぎて真逆の男を好きになる他なかったのかな……でも、レトさんはラッセル家のひとだろ? ラッセル家は代々騎士の家系だけど、あれってうちの分家か何かだったの?」
「いや、子どもの頃からレトは身体能力がずば抜けて高かったから、ラッセル家の養子になったんだ。バロッキーの分家だとは知らないで選ばれたようだから、最近までバロッキーとも疎遠だった。国の騎士様がバロッキーと繋がりがあるなんて、知られない方がいいだろ?」
「違いないね。あー、カヤロナ家って嫌いだな。あんだけ好き勝手やってて、必要ならそうやって竜の血を使うの、なんか嫌だよね」
「おや、お姫様のお婿さんになるミスティ君がそんなこと言うのかい?」
「……なんかさ、俺、種馬みたいじゃんか」

 みたいじゃなくて、まさしく種馬なのだが、王によって仕組まれた縁談だと思うと時々やりきれなくなる。

「なんだい? 種馬じゃ不服かい? お姫様が嫌いになったのかい?」
「……全然嫌いじゃない。好き、大好き。あのさ、おもいださせないでくれる? もう、王都に帰りたいんだけど」

 口に出したらもう駄目だった。
 俺はもともとおしゃべりなほうだし、なんだったら女子に混ざって恋の話をしたいくらい軟派だ。それが目の前にいる番に愛をささやくこともままならない状況が、二年も続いている。
 今回ついてきてくれたのがノーウェルでよかった。恋愛の話をするならうってつけの人材だ。

 愛しい婚約者を思い出しただけで血がたぎるようで、ノーウェルにいかに自分がクララベルが好きなのかを話して聞かせなくては落ち着きそうにない。

「ああ、こんなところで目を光らせるのやめてよ。竜のそういうところ、興味深いとは思うよ。思うけれど、ヒースさんの神秘的な感じとは違うっていうか、ミスティ君のはなんかやだなぁ。ガツガツしている感じでさ」
「なんでさ? 俺、清い交際をしているよ」

 俺は腕を組んで、大嘘をついた。

「そんなこと言って、暑苦しいカップルだって評判だよ。あーヤダヤダ、これだから竜は。ちょっと離れたくらいで執着がひどい。許容範囲狭すぎるだろ? 僕なんかもう二ヶ月もレトに会えてないんだよ」

 それは気の毒だ。よく平気でいられるなとは思う。

「俺は早くクララベルの所に帰りたいだけなんだよ」
「ヒースさんからは君たちは喧嘩ばかりしているって聞いたけどなぁ」
「まぁ、それも事実だけど」
「じゃぁ何だい、喧嘩しないで仲良くすればいいじゃないか。僕たちなんか喧嘩したこともないよ」
 
 ノーウェルの語る恋人との話は、いつも平和で愛に満ちたものだった。お互いを労わって尊重していて、今の俺とクララベルの様なとげとげしさは無い。
 別に比べたいわけじゃ無い。きっと俺とクララベルにはそのくらいが丁度いい距離なのだ。

 ノーウェルとは子どもの頃に絵具にする鉱物の相談をはじめた頃からの仲だ。
 時々、特注で色々な石を砕いて絵の具を作ってくれたりする。ノーウェルの知識無しでは精製できないものもあるくらいだ。
 
「姫様の話をすると、あの絵を思い出すね。僕は山にばかりいるからさ、君の絵を見たのはあれが初めてだったんだけど、紛れも無い傑作だったと思うよ」

 もうずいぶん昔の話だ。俺はノーウェルを見上げるくらいの背丈しかなかった。

「ノーウェルが絵の具を持ってきてくれたんだっけ? 藍銅鉱が無くて青金石を砕いたんだよね。ノーウェルがいなかったら俺だけじゃ黄鉄鉱を分離できなかったから助かったよ」
「あんな高い石を絵の具にするなんて、頭のおかしい子どもだと思ったよ。生意気だったし」

 あの時、父親に出来上がった絵を渡す前に誰かがいてくれてよかった。
 俺は絵を描く時は常にどこか冷静で、画商に向けて狙いとかウケとかを考えて描いていた。
 竜の血に急かされるままに描いたのは初めてだったし、描き終わった後も手元に置きたい絵になったのも初めてだった。
 ノーウェルに、姫様は城のどこにこれを飾るのだろうと訊かれて、頭が冷えたのを覚えている。
 自分が恋をした相手は、とても手の届くはずもない城のお姫様だったのだと、冷水を浴びたようになったのだ。
 今は手が届いてしまうお姫様だということが、すごく複雑な気持ちなのだけれど。
 
「ノーウェルだから言うけどさ……バロッキーの奴らには言わないでよ。レトさんにも内緒にして」

 俺はずっと誰かに言いたかったことを口にしようとしていた。

「レトに内緒にはできないかもなぁ」
「レトさんに言ったら、今度は三階から落とされるかもしれないからさぁ……」
「それはいけない。じゃぁ内容によっては黙っていてあげてもいいよ」
「じゃぁ言うけど――俺、冗談じゃなくてクララベルが好きなんだ……でも、それ以上に苛めて泣かすのも好きなんだよね」

 ひひひと笑う。
 本当はクララベルを笑わせたい。でも怒らせるのでもかまわない。とにかくクララベルが俺のしたことで心を乱すのが見たくて仕方なない。我ながら悪趣味だとは思うが、クララベルからこぼれ出るものなら何でも欲しい。

 それを聞いてノーウェルは残念なものを見た顔になって首を振った。

「君、育ったのは背丈だけだったみたいだね」
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