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役に立つ騎士になりますよ!

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 後ろにイーサンが目を伏せて立っているのが見えるから、あの後ニコラを呼びに行ったのだろう。

「ミアっ!! 無事か!?」

「ニコラ様!」

 ニコラは驚いた顔をしている。
 ミアは前回の口付けの騒ぎのことを思い出して、ニコラをどれほど落ち込ませてしまうだろうかと心配になった。

「おやおや、未来の旦那様があらわれたようだ。どうだい? 一緒に楽しまないかね?」

「な、なんだと?」

 ミアが抵抗している姿勢でいるのを見て、ニコラは躊躇なくリリアムを蹴り剥がしてミアを救い出した。

「な、なんだ、何が起きている?! ここは私の執務室だぞ」
「未来の私の愛妾の味も確かめておこうと思いましてね。ああ、もう少しだったのですが……」

 問いただされても悪びれず、リリアムはべろりと赤い唇を舐めて、ぐふふと笑う。
 あられもない姿のミアは、やれやれ助かったと乱れた服を直している。

「み、み、み、み、ミア、無事か?」
「はぁ、一応。舐められたり触られたりはしましたが……まだ乙女です。口付けはされていませんよ」
「そんなのは無事だとは言わない! あたりまえだが、同意はしてないな?」
「していません」

 ニコラは表情を消し、リリアムに向き合う。

「ガーウィン嬢、これは、強姦だ」

 ニコラはものすごく怒っている。
 ミアの服を素早く整えると、踏ん反り返っているリリアムの前に大股で詰め寄り、自分の腰にあった剣をリリアムの前に投げ捨てた。

「拾え」

 リリアムに真剣を与え、ニコラ自身は書架の整理用の塗装された木の棒を手に取って、リリアムに向けて構えた。

「望むところです」

 趣向を理解して、リリアムは丈の長いお仕着せの裾を膝が出るまでたくし上げて縛る。
 ニコラはイーサンのほうにミアを押しやり、部屋の外に出した後、上着を脱いだ。

「私は真剣でいいのですか? 訓練所に行ってからのほうがいいのでは?」

「ここで構わん」

「私、強いですよ」

 リリアムはニコラの剣を振り上げて、ニコラに切りかかる。
 宣言した通り、リリアムは強かった。何度もニコラに打ち込み、決して細くはない書架棒が二つに割れた。

 リリアムが部屋の中で剣を振り回すので、花瓶が落ちて割れ、机には傷がつく。
 リリアムの派手な動きに比べて、ニコラは基本の型を繰り返すばかりで、一見、劣勢に見えた。

「なるほどな。ガーウィン殿が苦戦するわけだ」
「私の勝ちですかね」
「いや、そうとも限らないな」

 ニコラは短くなった棒を握り直し、リリアムの懐に潜り込む。
 無駄のない動きで手首を狙い、棒の先端で衝撃を与え剣を弾き飛ばす。派手に美しく見える型が多い騎士の動きではない、ギルドで教えられる粗野で乱暴な動きだった。
 ニコラは喉元に棒を埋まるほど押し付けたところで、何かを思い出したように苦い顔をする。
 リリアムが取り落とした剣が、石張の床に当たり、ガリンと音を立てた。

「ほほう! ニコラ・モーウェル騎士、流石にお強い! もう一度! もう一度、手合わせしてください!」

 リリアムは負けたというのに、痛めた手を振りながら嬉しそうに飛び跳ねる。

「うるさい!」

 ニコラは油断しているリリアムを蹴り倒した。

「いてっ!!」

 ニコラは棒でリリアムの尻を悪餓鬼にするように叩いた。生まれて初めて女性に手を上げてしまった。

「リリアム・ガーウィン、貴様の騎士団への入団を許可する。騎士団で性根を叩き直してくれる」
「うぇっ?! ニコラ・モーウェル騎士! いえ、モーウェル隊長! 本当ですか? 私を入団させていただけるのですか!」
「心得よ。貴様は団の下っ端だ。私に逆らう事と、団の規律を乱す行為は一切禁止する」
「はい、モーウェル隊長! もちろんです!」

 リリアムはひっくり返っていたところから、バネのように立ち上がると、急いで騎士の立ち姿で敬礼する。

「お父上には私から話をする。今日付けで訓練所へ行け。誰かに着替えを借りて、体力が枯れるまで走っておけ。騎士の種馬が欲しいならそこでいくらでも口説くといい。相手がいる者と既婚者は絶対に狙うな」
「いえ、もう結婚しなくていいので、そういうのは、まったく要りませんから」

「とにかく、ミアには一切近づくな!」

 ニコラは騎士隊長の立場を初めて私利私欲に使った。

「……それは残念ですが……まあ、仕方がありませんね。隊長のおっしゃる通りにします!」
「近づくなと言っている! これは、命令だ!」
「はい! 誓って! リリアム・ガーウィンは、誓ってミア嬢には近づきません!」

 ぴょこんと右手をあげて、リリアムが誓う。

 一連のやり取りを見守っていたイーサンはおろおろとニコラに問う。

「ニコラ隊長、本当にいいのですか?」
「……これ以外の解決策を思いつかなかったのだ。責任は私がとる」

 どうやら、本当に騎士になれそうだとわかったリリアムは、ぐちゃぐちゃになった髪を振り乱して喜んだ。

「やったぁ! モーウェル隊長、話がわかるぅ! 最高! 大好き!!」

 リリアムは小躍りにニコラの手を取ると、ぶんぶんと振り回す。

「私はね、役に立つ騎士になりますよ!」

 リリアムはニコラに抱きつくと、子どもがするように大きく音を立ててニコラの頬に感謝のキスをした。

「……あっ」

 それを見てミアは訳もわからず体を硬直させた。ニコラが自分以外の女性に触れられるのを始めて見た。
 それこそ挨拶程度の触れあいで、リリアムの素行以外おかしなところはないはずなのに、何かとんでもないものを見てしまったような気持ちになる。
 そうしていると、今度はリリアムはミアに近づいてくる。

「ミア嬢、迷惑をかけたね。隊長の命令なので仕方がないけれど、隊長と別れたら知らせてくれ」
「は、はぁ」

 ミアがもやもやと思い悩んでいる間に、リリアムはミアの頬にもとやらかす。

「ガーウィン、言った側からなんだ! ミアに触るな!!」

 ニコラは、今度は棒の切れ端をリリアムの頭を狙って投げつけた。

「あ、はーい! 騎士服の発注をしなきゃ!! 隊長、私、早退します」

 華麗に飛んできた棒をよけ、リリアムは足取りも軽く執務室を出て行った。

 リリアムはニコラの口添えによって、めでたく騎士としての道を踏み出したのだった。
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