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まずは手で……
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「わかった、取り敢えず今日はもう寝ることにしよう。君の仕事については少し時間が欲しい。考えさせてくれ」
ニコラは、とにかく、理屈はさて置き、瞬間的、衝動的な話として、ミアが苦しんだり悲しんだりする事が耐えられなかった。
最近のニコラの騎士道は、専らミアを大事にすることに注がれている。
半年前のことを思い返して、ニコラは大きなため息をつく。
ミアを連れ去ったあの日、ニコラは久しぶりに馴染みの娼館の前を通りかかった。
昔、自暴自棄になって通い詰めていた店だった。
当時ニコラが入れ上げていた娘は年季が明けて、どこだかの商家の後妻に入ったそうで、もう会うことは叶わない。ニコラを覚えていた店の女たちに連れ込まれて、騎士様の好きそうな子がいますからと面会用の部屋に通された。
淡い色のドレスを着せられた少女が、おずおずと先輩娼婦に連れられて入って来た瞬間を、今でも覚えている。
衝撃的な光景だった。
精巧な硝子の作り物めいた睫毛、ミルク色の肌は透けそうなほど滑らかで、ごく淡い金髪が緩く波打っている。
限りなく細い体から伸びる真っ直ぐな手足などは、陶器の人形のようだった。
まるで昔から知っていたような、理想が現実に飛び出してきたような完璧な見た目と儚さ――。
ニコラは、気がつくと、自分の馬車にミアと一緒に乗り込んでいた。
ミアが騙されて娼婦をさせられていたのではなかったと判明したのは、その日の午後だった。
全てはニコラの思い込みと、早とちりの結果だったが、ミアを手元に置くことになった結果には何の不満もなかった。
ただ、娼婦として女性を買い取ってしまったという自責の念だけは重かった。
(ミアには、何の憂いもなく過ごさせたい)
それがニコラの望みでもあり、少しづつふっくらと、つやつやとしていくミアを見るのが楽しみでもあった。
「ニコラ様、明日は夕方からのお出かけですよね?」
ニコラは、ミアが娼婦の仕事をさせろだなんて言い出さずに、元のぬくぬくとした生活に戻ることを望んでいるだけなのだ。だから、この話を早く切り上げたい。
「そうだが、もう冷えてきたから、ミアも部屋に帰って休むといい」
さっきから、ミアの髪が乾き切っていない事が気になって仕方がない。
(風邪をひいたらどうするのだ。だいたいいつもミアは薄着過ぎる。これは……私が用意した夜着ではないな。あんな肌が透けそうなもの持っていたのか? 花街の管理者が持たせたものか――ちっともわかっていない。ミアにはもっと上品なものが似合うというのに……)
ミアはニコラからたくさん服を買い与えられていたが、なかなか新しいものに袖を通そうとしなかった。体が丈夫だから寒くないとミアは言うが、ニコラはそれが心配でならない。
「では、休む前に、私に仕事をさせてください。私のここでのご奉仕に抵抗があるのでしたら、まずは手で……」
ミアの頭を拭くためにタオルを持ってこようかと腰を浮かしかけたが、ミアの発言で、思わず動きを止める。
「ここ……? な、手……?」
役に立ちたいとは言っていたが、初めて具体的な部位を口にしたミアの言葉から、膨大な量の妄想が沸きだし、ニコラの脳を埋め尽くした。
ニコラは、いけないと知りつつ、ミアの指先を凝視してしまう。
綺麗に切り揃えた爪はよく磨かれて桜貝のようだ。
(……美しい)
娼館から手を引き連れ出した時の感触を思い出す。
(あの手は、物凄く華奢で、小さかった……)
ニコラは己の昂りがぐっと力を持つのを押さえられない。
自分の指先に視線が刺さったのがわかったのか、ミアは少し顔を赤くして胸の前で指を組む。
「ええと、わたしの手もお嫌いではないようで、何よりです……」
ミアは、ニコラの反応を見て身をすくめる。
ニコラに欲はある。欲はあるが、それとこれとは別の問題だ。
「ミア、君の手は美しい。それは紛れもない真実だ。だから一層、君の手を汚すわけにはいかないのだ」
ニコラにとって、ミアに奉仕される事は、ニコラの騎士道を汚すほどの意味があった。
「では、口で慰めさせてください」
ミアは更にニコラを殺そうとしてくる。
さっき近くで見てしまった柔らかそうな唇と桜色の舌が、想像の中のニコラを犯す。
ミアの唇を物欲しそうに見ているのがミアに筒抜けかもしれないのに、ニコラはそれを止められない。
「ぐっ……そんな背徳的な事は……」
ミアは、ニコラが腰かけている椅子の前にひざまずいた。
「ではどこなら? お許しいただける技を、ニコラ様の相手をされていた姐様から習ってきましょうか?」
ひざまずいたミアが上目遣いにニコラを見上げている。
(こ、この角度はまずい)
妄想のミアが、その美しく儚い指と、唇でニコラを愛撫する妄想がちらつく。
ニコラは、とにかく、理屈はさて置き、瞬間的、衝動的な話として、ミアが苦しんだり悲しんだりする事が耐えられなかった。
最近のニコラの騎士道は、専らミアを大事にすることに注がれている。
半年前のことを思い返して、ニコラは大きなため息をつく。
ミアを連れ去ったあの日、ニコラは久しぶりに馴染みの娼館の前を通りかかった。
昔、自暴自棄になって通い詰めていた店だった。
当時ニコラが入れ上げていた娘は年季が明けて、どこだかの商家の後妻に入ったそうで、もう会うことは叶わない。ニコラを覚えていた店の女たちに連れ込まれて、騎士様の好きそうな子がいますからと面会用の部屋に通された。
淡い色のドレスを着せられた少女が、おずおずと先輩娼婦に連れられて入って来た瞬間を、今でも覚えている。
衝撃的な光景だった。
精巧な硝子の作り物めいた睫毛、ミルク色の肌は透けそうなほど滑らかで、ごく淡い金髪が緩く波打っている。
限りなく細い体から伸びる真っ直ぐな手足などは、陶器の人形のようだった。
まるで昔から知っていたような、理想が現実に飛び出してきたような完璧な見た目と儚さ――。
ニコラは、気がつくと、自分の馬車にミアと一緒に乗り込んでいた。
ミアが騙されて娼婦をさせられていたのではなかったと判明したのは、その日の午後だった。
全てはニコラの思い込みと、早とちりの結果だったが、ミアを手元に置くことになった結果には何の不満もなかった。
ただ、娼婦として女性を買い取ってしまったという自責の念だけは重かった。
(ミアには、何の憂いもなく過ごさせたい)
それがニコラの望みでもあり、少しづつふっくらと、つやつやとしていくミアを見るのが楽しみでもあった。
「ニコラ様、明日は夕方からのお出かけですよね?」
ニコラは、ミアが娼婦の仕事をさせろだなんて言い出さずに、元のぬくぬくとした生活に戻ることを望んでいるだけなのだ。だから、この話を早く切り上げたい。
「そうだが、もう冷えてきたから、ミアも部屋に帰って休むといい」
さっきから、ミアの髪が乾き切っていない事が気になって仕方がない。
(風邪をひいたらどうするのだ。だいたいいつもミアは薄着過ぎる。これは……私が用意した夜着ではないな。あんな肌が透けそうなもの持っていたのか? 花街の管理者が持たせたものか――ちっともわかっていない。ミアにはもっと上品なものが似合うというのに……)
ミアはニコラからたくさん服を買い与えられていたが、なかなか新しいものに袖を通そうとしなかった。体が丈夫だから寒くないとミアは言うが、ニコラはそれが心配でならない。
「では、休む前に、私に仕事をさせてください。私のここでのご奉仕に抵抗があるのでしたら、まずは手で……」
ミアの頭を拭くためにタオルを持ってこようかと腰を浮かしかけたが、ミアの発言で、思わず動きを止める。
「ここ……? な、手……?」
役に立ちたいとは言っていたが、初めて具体的な部位を口にしたミアの言葉から、膨大な量の妄想が沸きだし、ニコラの脳を埋め尽くした。
ニコラは、いけないと知りつつ、ミアの指先を凝視してしまう。
綺麗に切り揃えた爪はよく磨かれて桜貝のようだ。
(……美しい)
娼館から手を引き連れ出した時の感触を思い出す。
(あの手は、物凄く華奢で、小さかった……)
ニコラは己の昂りがぐっと力を持つのを押さえられない。
自分の指先に視線が刺さったのがわかったのか、ミアは少し顔を赤くして胸の前で指を組む。
「ええと、わたしの手もお嫌いではないようで、何よりです……」
ミアは、ニコラの反応を見て身をすくめる。
ニコラに欲はある。欲はあるが、それとこれとは別の問題だ。
「ミア、君の手は美しい。それは紛れもない真実だ。だから一層、君の手を汚すわけにはいかないのだ」
ニコラにとって、ミアに奉仕される事は、ニコラの騎士道を汚すほどの意味があった。
「では、口で慰めさせてください」
ミアは更にニコラを殺そうとしてくる。
さっき近くで見てしまった柔らかそうな唇と桜色の舌が、想像の中のニコラを犯す。
ミアの唇を物欲しそうに見ているのがミアに筒抜けかもしれないのに、ニコラはそれを止められない。
「ぐっ……そんな背徳的な事は……」
ミアは、ニコラが腰かけている椅子の前にひざまずいた。
「ではどこなら? お許しいただける技を、ニコラ様の相手をされていた姐様から習ってきましょうか?」
ひざまずいたミアが上目遣いにニコラを見上げている。
(こ、この角度はまずい)
妄想のミアが、その美しく儚い指と、唇でニコラを愛撫する妄想がちらつく。
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