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そういう気持ちを抱き止めるためにミアがいるのですよ

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 議論は冒頭に戻った。

「ですから、わたしに仕事をさせていただければ……」

 ミアにとって花街で身を売ることは、生きるための賢い選択でしかない。
 花売りは少しの間、自分の身体を誰かに貸し出す単なる労働だ。
 若くて体力のあるうちに高く売っておかない手はないと思っていた。

 ミアは、借金を背負って花街に来たのではない。
 この国の花街は年季を勤めれば、それなりの報酬が支払われることになっている。
 人攫いに怯えながら、孤児同士で身を寄せ合って生きてきた頃に比べれば、格段に生活は潤っている。ミアにとってこの国の花街は、多少の不自由があっても、衣食住を保証される待遇の良い職場だった。

「アデルア殿の事は関係ない。だいたい私は貯蓄はあまりないが、きちんと働いていて返済も滞っていない。甲斐性がないのではないのだ! だから、君を働かす必要がそもそもない。君はここにいるだけで充分なのだから、余計な心配をしないでいい!」

 ニコラは真剣な顔で諭すように言う。
 ニコラが気にするほど、ミアはニコラの懐事情に心配があるわけではなかった。
 そもそも、法外な料金を一括で要求したのは花街のほうだ。ニコラはそれに真摯に向き合ったに過ぎない。
 
 ここに来て、ミアは一度も飢えた事がない。
 明日のパンはメイドが来て補充してくれている。
 それだけで幸せで、夢のようだなとすら思える。
 だから、パン代をニコラに返せない不満はあったが、不幸だった事はただの一度もなかった。

 ニコラは育ちが良く善良だ。
 だからこそミアの宙ぶらりんな感じは、なかなかニコラには伝わらないのだろう。
 欠乏していることに慣れきっているミアには、連続で来る幸福が大きな不幸の前触れであるようにしか感じられない。

 ミアは今日食べられたパンを明日また食べれる保証がないのを知っている。だから、若さが続く限り花街で世話になるつもりでいる。できることなら裏方としてその後も世話になりたい。
 ミアが生きていく為に必要だと思う物が花街に全てある。
 ニコラと過ごす年季が明けたら、花街でもう一度契約を結ぶつもりだ。しかし、今のままでは何の経験も技術も残らない。
 このままの技術では、また次の年季分の契約をしてもらえるか疑わしいと悲観的になっていたところだ。
 
(なんとしてもニコラ様にその気になってもらわなければ……)

「ニコラ様に不満はございません。仕事をさせて頂けないので困っております。もしかして、タリムさんに操立てしていらっしゃるのですか?」
「操など、そんな……私はいつかお仕えする姫の為に……」

 ニコラはまた妄想の中の姫のことを語り出す。
 この国には七人の王位継承権を持つ王子がいるが、ただの一人も姫はいない。
 タリムは婚外子で王家の姓すらもっていない。「いつかお仕えする姫」などいないのだ。

「姫なんてお城にはいないではないですか」
「城にはいないが、私が仕えるべき姫はいるはずなのだ……」
「だから、タリムさんのことですか? ニコラ様は振られたのではなかったのですか?」

 どうにもニコラの愛がタリムに届いているようには見えなかった。それどころか、ひどく嫌われているような、あからさまに避けられているような態度ばかり見受けられる。
 タリムがミアと顔を合わせるといつも、ニコラは変態だから気をつけろという話題になるくらいには毛嫌いされている。

「振られてなどいない! タリム嬢の兄上から、愛を伝えてもよいと許可も頂いている。私はロイ・アデルアに姫を渡すわけにはいかないのだ」
「ええ?! あれで、振られてないって本気で思っているんですか?!   ニコラ様、ロイさんに勝ってタリムさんを得るつもりですか? 意地になってるんじゃありませんか?」

 ミアは、一度、酔って帰ってきたニコラが、「汗水たらして汚い王子に傅いている間に、姫にべったり侍っていたロイが憎い」と愚痴っているのを聞いてしまっている。

(まぁ、ロイさんはロイさんで、タリムさんにニコラ様を近づけたくないみたいなのだけれど……)

「ニコラ様、そういう気持ちを抱き止めるためにミアがいるのですよ」
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