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まだ処女なので、それを売れば少しは……

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 ニコラ・モーウェルはドルカトル国に仕える騎士だ。
 ただの騎士ではない。自ら隊を率い、国王からの信頼も厚い。近衛騎士として国王の近くに侍ることもある。
 由緒正しい騎士の家系の出身であるが、程々に娯楽も楽しむ砕けた性格で、誰からも接し易い印象をもたれている。
 女性や子どもに親切で、人の失敗には寛大だし、ニコラ自身も努力を怠らない。その上、引き締まった体躯と涼やかな目元、容姿も優れているものだから、男女問わず憧れるものは多い。
 地位も名誉も家名も人気もある。貶そうとして粗を探しても、嫉妬する余地がない程の完璧な騎士なのだ。

 問題があるとすれば、ニコラの「姫」に対する妙な執着であろう。

 この国にはかつて、美しい姫がいた。ニコラが幼い頃の話だ。
 病弱で聡明な姫に、恋をしたニコラは、姫に仕えた伝説のアディアール騎士のように、いつか自らの選んだ姫に仕える事を夢見て日々鍛錬を欠かさなかった。
 ニコラの鍛錬は多岐にわたる。
 いつか出会う姫の日常生活の全てを世話をすることを想定して、剣だけではなく、掃除、洗濯、学業、社交、救護に介護に介助、姫の生活に張り付くつもりで、何から何まで学んだ。
 ニコラの努力は認められ、騎士としての地位はあがっていく。
 しかし、皮肉なことに、この国には王子ばかりが生まれた。

 次々と王子に王位継承権が授与される中、姫に仕えたいニコラは足掻いていた。
 足掻くといっても性別ばかりはどうにもならないことだ。王位継承権を持つ姫が生まれるように、頻繁に教会に赴き神に祈ったこともある。
 王家の血筋の若い夫妻に、精のつく食べ物を送ったり、こっそり産み分けの手管を伝授したりもした。
 しかし、次から次へと王子が生まれ、モーウェル騎士に見舞われると男児を授かるというジンクスを残して、王位継承権の授与は終わった。七人の王位継承を持つ子のうち、姫は一人もいない。

 ニコラは荒れた。
 やるせない気持ちで娼館に通って、娼婦を姫と呼ぶ遊びに耽ったこともある。
 ありとあらゆる姫と騎士の書物を取り寄せては、読み耽り一人涙を流したりもした。

 数年後、ニコラは僥倖に巡り合った。
 初恋の亡き姫が、密かに恋人と通じてこっそり産み落とした赤子の行方が知れたのだ。
 年齢からすれば、王位継承権の上位にいたはずの姫。
 ニコラは恋に狂った。恋というよりも「姫」という存在に舞い上がったのだ。
 
 ニコラの執心を余所に、肝心の姫の娘は人の美醜にも関心のないような粗野な娘に育っていた。
 ニコラが姫としつこく呼び続ける娘、タリムは、今、ギルドで剣を振るって生活をしている。
 城に戻る気はさらさらないのだそうだ。残念なことに、面倒なニコラのことを嫌っている。

 手酷く袖にされたのは悲しい思い出だが、それでもやっと姫を見つけたニコラは幸せだった。
 ニコラの春はこれからだった。
 長年の姫への妄執は一度断られた程度で、霧散するものではない。
 これから先、何度断られようが、追いかけて姫に仕えようという意欲に満ちあふれていた矢先、事故が起きた。

 魔が差した、とでも言えば良いのだろうか。不運だと言い切るにはあまりにもニコラは衝動的だった。花街の規則を知らずに、水揚げ前の娼婦を、花街の外に連れ去ってしまったのだ。
 
 ニコラは大金を叩いて――借金までこさえて――娘を買い取らなければならなくなった。

 ミアは痩せて見た目が幼かったから、ニコラは違法に子どもが働かされているのだと早合点したのだ。理由はともあれ、花街の規則は貴族であっても覆すことはできない。

 ミアの任期分を買い取った時でさえ、孤児を保護したくらいの気持ちでいた。
 だからミアが成人していると判明して、自分がしてしまったことが重くのしかかる様になっていった。

「そうであった……私は、成人している娼婦を囲ってしまったのだ……」

 ニコラは、ベッドから離れて、椅子に腰掛けて頭をかかえた。
 ニコラにとって、騎士である身で乙女を金銭でどうにかしてしまった事は耐え難いことであった。

「何を初心うぶなことを仰っているのですか。あの時、買い取って頂かなくてもいいとわたしは申し上げましたのに」

 しかし買い取らなければ、違反を犯すことになったミアの娼館での扱われ方は、ずっと過酷なものになっていただろう。

「それとこれとは全然話が違うだろう」

 ニコラが頭を掻きまわすのを、ミアはもう見飽きたような顔をして見ている。

「ニコラ様、ニコラ様が買ったのは娼婦で間違いありません。家政婦ではありませんから、もうそろそろ、現実に目を向けてください」

 今日のミアは、思い詰めた顔をしている。
 ニコラは、ミアにはこの家で健やかに生活してもらいたいだけで、何かをさせたいわけではない。

「私はそんなつもりで君をここに置いているのではないのだ」

 それとなく性の仕事をしたいと主張を続けるミアに困り果てていたが、現実に目を向けろとまで言われて、ニコラは苦い顔をした。

「飼い殺しはたくさんです。聞きましたよ、花街ではちゃんと娼婦の相手をなさっていたそうじゃありませんか! なぜ、わたしでは駄目なのですか? ニコラ様は不能でも、わたしに反応しないわけでもないではありませんか!」

 そうなのだ。
 ニコラは女遊びが初めてなわけではない。
 それなりの経験があるし、朴念仁というわけでも潔癖症でもない。
 それなのに、買った娼婦を半年も手を出さずにただ身近に置きつづけていた。

 ニコラはミアが性的嗜好に合わないから抱かないわけではない。
 子どもだと勘違いした骨と皮ばかりだった体型も、半年で女性らしい曲線を描くようになった。
 大人の女性としての魅力は十二分にある。

 しかし、最初の妖精と見まごう儚げな容姿の刷り込みが、強固にニコラを押し留めていた。
 ニコラにとってミアは守り慈しむものであって、情欲の発散相手にしてはならない聖域だった。

 尻込みするニコラに、ミアは段々と手口が大胆になり、ついに寝台に潜り込んでくるようにまでなった。ミアの体は柔らかく、ニコラの好みの石鹸の香りが官能的ですらある。
 
 添い寝を許せば、次は腕を絡められ、次は「ニコラ様の好きになさってくださっていいのですよ」と耳元で囁かれる。キラキラと光る睫毛を伏せて、誘うように触れられれば、体が反応するのは致し方ない事だ。

 ミアは、決心したように拳を握り、背をピンと伸ばしてニコラに向き直った。

「わたし、出稼ぎに出ます」
「何を言っているんだ?!」
「どう考えても、もう働ける体調です。いいえ、最初から働けましたけど。ここから花街の娼館に通って、ニコラ様にご奉仕できない分、稼いで、少しでもご負担分をお支払い致します」

 ミアのきっぱりとした宣言にニコラは慌てた。

「な、な、な、なんだって?!」
「わたし、まだ処女なので、それを売れば少しは……」
「――しょっ! 処女っ?!」

 ニコラは半年たってもミアの口から性的な言葉が出てくると動揺してしまう。

「そうです。高く売れるうちに売らないと。わたしの所有しているもので一番換金率が良いものですから」
 
 ミアの頭の中では、明日からの労働行程が巡っているようで、まるで予定を話すように言う。

「ミア、頼むから、そんなことを言いださないでくれ。これまで通り、ここで安楽に暮らせばいいではないか」
 
 ニコラにとってはそれこそがミアを慈しむ方法だったし、そうして世話する事によって健康そうになっていくミアを見て幸福を感じていた。

「そんなの、困ります」

 ミアはふるふると首を振る。艶の増した薄い色の金髪が濡れて束になって揺れて、今にも綺麗な音を奏でそうなほどだ。

「うむ、仕事だな……では、仕事があれば納得するのか?」
「そうですね、ただのうのうと養われているよりは幾分気が楽です」

 ニコラは腕を組み、しばし考えた。

「それでは、どうだろう、昼間どこかに働きに出るというのは?」
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