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「甲斐性なしじゃないし」

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「……服を着なよ」

 次の朝、リンリンは下着だけで食卓についた。
「なんで?」
 三度目の食事で慣れてきたのか、自分のものと決めた食器を持ってきて、自分の場所だと決めた場所に座る。
「獣人てさ、普段は服を着ないの?」
「着るけど」
「じゃぁ、何で君は下着だけでうろついてるのさ?」
 生成りのタンクトップと同じ色の下履きには、大きめに穴が開いていて、ふさふさした尻尾がのぞいている。
「……だめ?」
 だめじゃないが、なぜなのかを訊いている。

「姉さんが持ってきたのって、君の服だろ?」
 昨日だって、厚着なくらいにいろいろ着ていたではないか。
「ああ、あれ? 着たくない」

 みるみる尻尾が下がっていくのを見て、姉が持ち込んだ鞄を開けてみる。開けられた様子はない。
 出るわ、出るわ、ポンポンがついていたり、大きなリボンがついていたり、なんだかやけに可愛らしい服がたくさん出てくる。
 色も激しい。
 髪留めらしいものも入っている。
 事情は察した。

「これ、姉さんが買ったの?」
 ふるふると頭を振って否定する。
「ああ、前のヒト?」
 嫌なことを思い出したのか不機嫌そうに頷く。
「ああ……まぁ、わかるよ。犬に暑くも寒くもないのに服を着せるのとか、どうかと思うし。犬にアクセサリーって、犬が喜んでるならいいけどさ……」
 リンリンは、喜んでいるのとは違う投げやりな振り方で尻尾を振って合意を示す。

「とりあえず、俺の服で良ければ貸そうか?」
 俺の申し出にリンリンは小さく頷いた。
 取り込み忘れた俺のシャツが物干しにかけてある。
 これでいいならと、取り込んできて貸してやる。
 リンリンは少し耳をぴんと張って、受けとったシャツを嗅いでいる。
 すごく真剣な顔だ。
 犬の獣人にとっても匂いは大切なものなのだろう。
「嫌だったら、叔父さんの新しい服があるから出してくるけど?」
 確か、叔父の部屋に袖を通してない服が何着か置いてあったはずだ。
「は? いや、これがいい」
 尻尾が上がっているから本当にこの服でいいんだろう。
 入念に嗅いでいたのを中断して、俺のシャツに手を通した。
 袖は腕捲りをすればいいが、尻尾を出す穴の空いたズボンなどないので下着で食卓に着くのは今回に限り不問とする。
 リンリンの体の大きさに対して俺の服が長いので尻まで隠れるし、まあいいだろう。
 ムダ毛もないような真っすぐな足が長めのシャツからのぞいている。
 可愛い。
 男女の別なく、文句なしにリンリンは可愛いんじゃないだろうか。
 確かにこれなら、不埒な目的のためにリンリンを「拾う」奴がいてもおかしくない。
 
 リンリンは食事を出されると、肉から食べる。
 スープの中に入っている肉も先に拾って食べてしまう。
 それから、好きなのか嫌いなのかよくわからないペースで食べ進め、最後の一口まで頑張って食べる。
 イモ類は及第点だが葉物野菜は好きではないようだ。
 時々こちらをうかがいながら食べている。
 うっかり食器に手をやると噛まれるヤツだな。

「食べたら、散歩に行こうか?」
 今日は仕事も休みだし、リンリンは新しい服が必要だ。
 提案してみると、リンリンの耳はピンと立ち、尻尾がシャツを押し上げる。
 万が一の時のために病院の場所も見つけてこなければならないし、姉の渡した荷物を見る限り、それなりに、必要な物がありそうだ。

「散歩の間だけは我慢して、その中の服を着てもらわなければならないんだけど……」
 まぁ、ダメなら俺が服を買ってくるまで待っていてもらうだけだが。
 俺の心配をよそに、リンリンはあんなに嫌がっていた服に文句も言わずに袖を通した。
 犬獣人にも散歩は必須らしい。

 ✳︎✳︎✳︎✳︎

 町には獣人の服を売る店が何店舗かある。
 町に住み着いた獣人が経営していて、店に入ると何の動物かわからない耳をした獣人が店番をしていた。

 ……獣人、本当にいるんだな。
 
 いるとは知っていたが、こんなに身近な所で関わり合いになるとは思わなかった。
 店の中にも何人か獣人がいて、種族ごとに微妙に形の違う服を思い思いに選んでいる。
 獣人の店員は俺が何をどうしていいかわからない風なのを見越して、服は尻尾がいかに快適に出せるかが大切だ、犬と猫の服は形が違う、などと活舌よく説明してくる。
 話好きなようで、あれやこれや必要そうなものをすすめてくるので、ついでに獣人を診る病院の場所も尋ねた。
 勧められるままに、シャンプーも買っておく。

 俺が店員につかまっているうちにリンリンは普通の緑のパーカーに、茶色のチノパンをさっさと選び会計カウンターに置いた。
「一組じゃ、足りないんじゃない?」
 慌てて似た形で色違いのものを二着ずつ持ってくると、一つは気に入らなかったようで、リンリンが別の色のものと取り換えてきた。

「おいくらですか?」
 店員に向かって俺が言うと、店員は片眉をあげた。
「誰が払うんだ?」
「僕のだから僕が払うよ」
 リンリンは当たり前のようにいう。
「え? リンリン、お金なんて持っているの?」
「ここは、これで払えるから」
 リンリンは首元から数珠繋ぎになっている石のようなものを出し、端から三つ千切って店主に手渡した。
 店主は両替とお釣りだといって、かなりの額の紙の札をリンリンに手渡した。
 リンリンはそれを確かめずもせずに俺に差し出す。

「僕、あんたにただ養われるだけの甲斐性無しじゃないし。あと、こんな見た目だけど子どもでもない。はい、これ生活費」
 少年だと思っていたし、犬の獣人だし、世話する俺がすべてを準備するものだと思っていたので、リンリンに持ち合わせがあることに驚いた。

 リンリンが無職、無一文だとおもったのは単なる思い込みだったようだ。
 獣人は保護されるべきものだが、彼らの住処で経済活動もしている。
 拾うだの飼うだの差別的な言い方が横行しているが、ヒトと暮らす為に街に来るだけで、世話されにくるわけではないそうだ。
 リンリンの少年らしい外見から当然扶養すべきものだと思っていたのだが、考えを改めなければならないかもしれない。
 だって、これ大金だ。

「え? こんなに受け取れないよ」
 明らかに多すぎる紙幣を渡され、押し返す。
「じゃぁ、とりあえず一週間分だけ」
 半分にして寄越すがまだ多い。
「食費だけでいいよ。肉多めに買うからさ」
 食費だけ抜いて返すと、金の束を無造作に服を買った袋につっこむ。
「わかった。必要な時は言って」
 俺は、酒場の下働きとして働いているけれど、ひょっとしたら俺よりもリンリンのほうが、うんと収入が多いのかもしれない。
 飼い犬よりも稼ぎの少ない主人……?
 ぞっとしないな。

 リンリンは買ったばかりの服に着替えて買い物に付いてくる。
 時々立ち止まっては、何かを嗅いでいるようだ。
 俺の現実とはまた違うものが見えているんだろうな、と自分とは縁遠い綺麗な生き物を眺める。
 尻尾が上向きで楽しそうで何よりだ。
 来たついでに、さっき教えてもらった獣人を診る病院の場所を確かめていこう。
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