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カーチェスト公爵夫妻

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 婚約破棄事件から、私は気を失っていた。やっと目を覚まし、一番に目に入ったのは実に見慣れた天井。そして耳馴染みのある声も。

「起きたか」

「お父様…?」

 意識がはっきりしていくうちに、ここが自室のベッドの上で、父がドアにもたれかかって私に話しかけたのだとわかった。

 今の時間はわからないが、外の明るさから見てきっと昼ぐらいだろう。

「お父様、公務はどうされたのですか」

 仕事人間の父が日中に休んでいるところなど見たことがない。

 かといって夜にきちんと休んでいるかと言われればそうではなく、徹夜することも多くある。そのせいで部下たちからは、彼は眠らずに生きていける人種なのではないかと噂されるほどだ。

「マリエル嬢から聞いた。随分大事だったようだな」

「…あ」

 私の問いには答えず、父は低く威厳のある声でそう言った。

 私は全てを察した。先日の卒業パーティであったことと、今の父の様子。

 完全に、怒っている。

「………申し訳ありません」


 沈黙。


「……公務は…今日は急ぎのものではなかったのだ」

「はい?」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。しかし少し考えて、先程の質問に対しての返答だとわかった。

「そう、でしたか…」

 更なる沈黙。特に会話を広げられることもできず、気まずい時間が流れていく。

 卒業パーティで騒ぎを起こした身でヘラヘラと笑うわけにもいかず、ただ次の言葉が発せられるのを待つしかないのだ。たらりと冷や汗をかきながら、父をじっと見つめる。

 すると父は眉間に皺を寄せ、小さく咳払いをすると、

「…辛かったな」

「え?」

 思わず聞き返した。父は顔を背けて早口に言った。

「カノンとあれの婚約は、白紙になった」

 破棄ではなく、白紙?

 どういうことだろう。

「ウォルター家が尽力してくださったのだ。あとでマリエル嬢に礼を言いなさい」

 それだけ言うと、理解しきれず困惑した私を残して父は部屋を出ていった。

 私はあの卒業パーティで、婚約破棄を受け入れ傷物となる覚悟をしていた。これは私個人だけでなく家にも悪影響が及ぶ。破棄された側というのは悪評が付き物なのだ。

 それが白紙になったということは、私やカーチェスト公爵家にもノーダメージということだ。

 もしかしたらマリエルが、私のために婚約破棄ではなく婚約解消になるようにしてくれたのかもしれない。そう思うと胸がいっぱいになる。確信はないけれど。

 どちらにせよマリエルにはたくさん助けられたのだから、あとで目一杯感謝を伝えよう。

「カノンちゃん、目が覚めたのね!!!」

 バタバタと音を立てながら扉を破って(一応、素早くノックはしていた)部屋に入ってきたのは……

「お母様!?」

 私と顔を合わせると母はハッとした表情になりドレスの裾を整え、上品な淑女の笑みを浮かべた。

「……目が覚めたのね、カノン」

 同じセリフをゆったりとした口調で言い直した。きっとやり直したつもりなのだろう。

 私もそれに乗じる。

「はい」

「…うん、顔色は悪くないわね」

 そう言うと母は何も言わず私を抱きしめた。

「お、お母様…?」

「…聞いたわ、卒業パーティでのこと」

「あ…も、申し訳……」

「辛かったわね」

「……!」

 私は思わず目を見開く。

「気絶するほどショックだったのに…終始堂々と立派な態度だったと聞いたわ」

「そんな、こと……むしろマリエルの方が」

「もう大丈夫よ、全部解決したから安心して。貴女は…私たちの自慢の娘よ」

「……ッ!………おかあ、さま………」

 ぐるぐると感情が溢れ出し、私は幼子のように母の胸で泣きじゃくったのだった。お母様はそんな私の頭を、いい子いい子、と昔みたいに優しく撫でてくれた。

     ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 私は卒業パーティの日から二晩眠り続けていたらしい。その2日間、仕事人間の父は公務を後回しにして私の部屋にいたのだと言う。



 ―貴女は私たちの自慢の娘よ


 こんな素敵な両親に、何故勘当されると思ってしまったのだろう。号泣しながら私は、そんなことを考えた。
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