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第四章
第22話 「不自然なまでに美童が揃っておるような」
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「なっ――」
予想だにしない行動に絶句する静馬の前で、床に穿たれた穴に腕を突っ込んだ有田は、床下から布袋に包まれた長い何かを取り出し、袈裟の袖を捲り上げた。
「これは……拙者が使っていた刀でございます。この四尺五寸の野太刀と、龍の刺青が彫られた腕の皮を持ち込めば、拙者を討ったとの申告が通るのではないかと」
「ほう、やけに手回しが良いではないか。前々から逃げ道を考えておったのじゃな」
ユキが軽蔑を織り込んだ口調で応じるが、有田は怯まずに続ける。
「仰せの通り……そもそもは保身のためでしたが、子供らとの暮らしを守るにはやはり、拙者がおりませぬと……」
探索所による真贋の検めは厳しいが、この場合は証拠の品が本物であるのは間違いないので、有田を討ったとの主張は認められそうに思える。
ここは恨みを呑んで、提案を受け入れるべきなのだろうか。
ユキも弥衛門も苦々しげだが、きっと子供らに犠牲を強いる決断はできない。
孫三郎の意見を聞いておきたいが、あいつは何をやっているのか。
静馬が庫裏の引き戸に目を向けると、待ち構えていたように開かれた。
予想に違わず、そこに現れたのは孫三郎だ。
立ち居振る舞いは普段と変わらないが、雰囲気がどこか決定的に異なっている。
孫三郎は大股で有田の方へと歩み寄ると、すぐ手前で踞んで目線を合わせた。
濁った笑顔とでも呼ぶべき表情を浮かべた孫三郎は、たっぷりと間を取ってから緊張の面持ちな有田に問い掛ける。
「堺の商家に奉公に出した源助、何という店に預けた?」
「……はっ? あぁ、源助ならその材木屋の……そう、玉屋に」
「では、武家の女中見習いになったミツだ。この子はどこの家中に引き取られた?」
「おミツなら、えぇと……近江、いや大和だったか……大沢、大沢家だ」
有田の覚束ない返事に、孫三郎から徐々に表情が失われていく。
「玉屋は堺のどこに店を構えている? 大沢の当主の名は?」
「いや、そこまで細かいことは……」
「細かくなどなかろう。まだ別れて一月も経たぬというのに、いくらなんでも物忘れが過ぎるの」
疑いを向けられていると察したようで、有田の眼光が鋭くなる。
孫三郎の常ならぬ態度に、静馬は不穏な気配を感じてそっと腰を上げる。
ユキも同様に、何気ない動作ですぐに立ち上がれる体勢を取った。
孫三郎はそんな二人を順繰りに見てから問う。
「のう、お主ら。境内で遊んでた子らを見て、何かおかしいと思わなんだか」
「何かって、何がだ?」
「ふむ……不自然なまでに美童が揃っておるような」
首を捻るばかりの静馬に代わって、ユキが印象を答える。
言われてみれば確かに、見目の良い子ばかりだった気がしなくもない。
「有田……子供を売っとるだろ」
「なっ――何を馬鹿な」
「外の子らに色々と聞いてきたでな。こんな帳面もあるんだが、どう申し開くかの」
孫三郎は懐に手を入れると、紐で綴じられた紙束を取り出して床に放る。
開いた状態で落ちた帳面を見れば、子供の名や南蛮人らしい名が、各地の港や何両という金額と並べて記されていた。
静馬は有田を罵ろうとするが、こんな相手をどう謗ればいいかわからない。
それで言葉に詰まっていると、ゆらりと立ったユキが大きく息を吐いてから、有田の横っ面を蹴り飛ばした。
「あがっ――」
「見下げ果てたクズめが! 何が『子供らのため』じゃ、この腐れ外道!」
「ごっ、誤解にございます、姫様! これには已むに已まれぬ事情が!」
弁解しようとする有田の目線は、ユキではなく野太刀に向けられている。
こいつ、まさか今ここで斬り合いを始める気か。
危うさを感じた静馬が腰の銃に指をかけると、そこで予想外の事態が生じた。
「うっ、うわぁあああああああっ!」
「やめて! やめてよぅ!」
孫三郎が開け放したままの引き戸から、子供たちがドヤドヤと雪崩れ込んできた。
どうやら不穏な気配を察し、近くに集まって様子を窺っていたようだ。
「おねがい、和尚さまをいじめないで!」
「かえれ! かえれ!」
詳しい事情はさて措いて、有田が責め立てられているのはわかったのだろう。
いつも自分を守ってくれている相手を今度は自分が守ろうと、決死の形相でもって静馬たちを追い払おうとしている。
この状況の急転で余裕が出たらしい有田は、野太刀を勢い良く鞘から引き抜いてから、空いた左手で駆け寄ってきた男の子を抱き上げた。
その子を盾に使うつもりか、と咎める意味を込めて静馬が睨みつけるが、有田は刺すような視線を涼しい顔で受け流す。
この混乱を利用して、多対一の状況を自分の有利に運ぼうとの魂胆か。
ユキと孫三郎も、それと知りながら有効的な手を打てず、不規則に暴れ回る子供らに翻弄されている。
「子供らも怯えております……姫様も玄陽堂殿も、ここはひとつ穏便にお引取り願えませぬか」
さっきまでの動揺はどこへやら、落ち着き払った声と表情で有田が言う。
戦場では一つの出来事で流れが変わり、状況が一挙に逆転することがあると聞く。
静馬はまさに、そんな状況を目の当たりにした気分だった。
もしここで出直すことを選べば、有田は今度は手下を集めて迎え撃ってくるか、この寺を引き払って子供ら共々行方を晦ませるだろう。
「さて、どうしたものかの」
「無理押しは避けたいのじゃ」
孫三郎とユキは、何か突破口はないかとアチコチに視線を配っている。
しかし具体的な行動を起こせないのは、子供らを傷つけずに済む方法が思いつかないからだろう。
泣いたり騒いだりの子供らを前に、歳のあまり変わらぬ弥衛門はオロオロするばかり。
どうやら、俺が何とかするしかないようだ――
そう決意した静馬は、自分の袖にしがみつている泣きっ面の女の子を見遣る。
この寺を訪れた時、有田の居場所を訊いた相手だ。
「まったく、嫌になるな……」
静馬は小声で呟くと、目を潤ませた少女をヒョイと抱き上げる。
急な動きに、瞳に湛えられた涙が溢れ、いくつかの粒になって零れた。
そして静馬の右手が、少女の首を掴んで高々と持ち上げた。
予想だにしない行動に絶句する静馬の前で、床に穿たれた穴に腕を突っ込んだ有田は、床下から布袋に包まれた長い何かを取り出し、袈裟の袖を捲り上げた。
「これは……拙者が使っていた刀でございます。この四尺五寸の野太刀と、龍の刺青が彫られた腕の皮を持ち込めば、拙者を討ったとの申告が通るのではないかと」
「ほう、やけに手回しが良いではないか。前々から逃げ道を考えておったのじゃな」
ユキが軽蔑を織り込んだ口調で応じるが、有田は怯まずに続ける。
「仰せの通り……そもそもは保身のためでしたが、子供らとの暮らしを守るにはやはり、拙者がおりませぬと……」
探索所による真贋の検めは厳しいが、この場合は証拠の品が本物であるのは間違いないので、有田を討ったとの主張は認められそうに思える。
ここは恨みを呑んで、提案を受け入れるべきなのだろうか。
ユキも弥衛門も苦々しげだが、きっと子供らに犠牲を強いる決断はできない。
孫三郎の意見を聞いておきたいが、あいつは何をやっているのか。
静馬が庫裏の引き戸に目を向けると、待ち構えていたように開かれた。
予想に違わず、そこに現れたのは孫三郎だ。
立ち居振る舞いは普段と変わらないが、雰囲気がどこか決定的に異なっている。
孫三郎は大股で有田の方へと歩み寄ると、すぐ手前で踞んで目線を合わせた。
濁った笑顔とでも呼ぶべき表情を浮かべた孫三郎は、たっぷりと間を取ってから緊張の面持ちな有田に問い掛ける。
「堺の商家に奉公に出した源助、何という店に預けた?」
「……はっ? あぁ、源助ならその材木屋の……そう、玉屋に」
「では、武家の女中見習いになったミツだ。この子はどこの家中に引き取られた?」
「おミツなら、えぇと……近江、いや大和だったか……大沢、大沢家だ」
有田の覚束ない返事に、孫三郎から徐々に表情が失われていく。
「玉屋は堺のどこに店を構えている? 大沢の当主の名は?」
「いや、そこまで細かいことは……」
「細かくなどなかろう。まだ別れて一月も経たぬというのに、いくらなんでも物忘れが過ぎるの」
疑いを向けられていると察したようで、有田の眼光が鋭くなる。
孫三郎の常ならぬ態度に、静馬は不穏な気配を感じてそっと腰を上げる。
ユキも同様に、何気ない動作ですぐに立ち上がれる体勢を取った。
孫三郎はそんな二人を順繰りに見てから問う。
「のう、お主ら。境内で遊んでた子らを見て、何かおかしいと思わなんだか」
「何かって、何がだ?」
「ふむ……不自然なまでに美童が揃っておるような」
首を捻るばかりの静馬に代わって、ユキが印象を答える。
言われてみれば確かに、見目の良い子ばかりだった気がしなくもない。
「有田……子供を売っとるだろ」
「なっ――何を馬鹿な」
「外の子らに色々と聞いてきたでな。こんな帳面もあるんだが、どう申し開くかの」
孫三郎は懐に手を入れると、紐で綴じられた紙束を取り出して床に放る。
開いた状態で落ちた帳面を見れば、子供の名や南蛮人らしい名が、各地の港や何両という金額と並べて記されていた。
静馬は有田を罵ろうとするが、こんな相手をどう謗ればいいかわからない。
それで言葉に詰まっていると、ゆらりと立ったユキが大きく息を吐いてから、有田の横っ面を蹴り飛ばした。
「あがっ――」
「見下げ果てたクズめが! 何が『子供らのため』じゃ、この腐れ外道!」
「ごっ、誤解にございます、姫様! これには已むに已まれぬ事情が!」
弁解しようとする有田の目線は、ユキではなく野太刀に向けられている。
こいつ、まさか今ここで斬り合いを始める気か。
危うさを感じた静馬が腰の銃に指をかけると、そこで予想外の事態が生じた。
「うっ、うわぁあああああああっ!」
「やめて! やめてよぅ!」
孫三郎が開け放したままの引き戸から、子供たちがドヤドヤと雪崩れ込んできた。
どうやら不穏な気配を察し、近くに集まって様子を窺っていたようだ。
「おねがい、和尚さまをいじめないで!」
「かえれ! かえれ!」
詳しい事情はさて措いて、有田が責め立てられているのはわかったのだろう。
いつも自分を守ってくれている相手を今度は自分が守ろうと、決死の形相でもって静馬たちを追い払おうとしている。
この状況の急転で余裕が出たらしい有田は、野太刀を勢い良く鞘から引き抜いてから、空いた左手で駆け寄ってきた男の子を抱き上げた。
その子を盾に使うつもりか、と咎める意味を込めて静馬が睨みつけるが、有田は刺すような視線を涼しい顔で受け流す。
この混乱を利用して、多対一の状況を自分の有利に運ぼうとの魂胆か。
ユキと孫三郎も、それと知りながら有効的な手を打てず、不規則に暴れ回る子供らに翻弄されている。
「子供らも怯えております……姫様も玄陽堂殿も、ここはひとつ穏便にお引取り願えませぬか」
さっきまでの動揺はどこへやら、落ち着き払った声と表情で有田が言う。
戦場では一つの出来事で流れが変わり、状況が一挙に逆転することがあると聞く。
静馬はまさに、そんな状況を目の当たりにした気分だった。
もしここで出直すことを選べば、有田は今度は手下を集めて迎え撃ってくるか、この寺を引き払って子供ら共々行方を晦ませるだろう。
「さて、どうしたものかの」
「無理押しは避けたいのじゃ」
孫三郎とユキは、何か突破口はないかとアチコチに視線を配っている。
しかし具体的な行動を起こせないのは、子供らを傷つけずに済む方法が思いつかないからだろう。
泣いたり騒いだりの子供らを前に、歳のあまり変わらぬ弥衛門はオロオロするばかり。
どうやら、俺が何とかするしかないようだ――
そう決意した静馬は、自分の袖にしがみつている泣きっ面の女の子を見遣る。
この寺を訪れた時、有田の居場所を訊いた相手だ。
「まったく、嫌になるな……」
静馬は小声で呟くと、目を潤ませた少女をヒョイと抱き上げる。
急な動きに、瞳に湛えられた涙が溢れ、いくつかの粒になって零れた。
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