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ウェストラル王国編

173 海

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 ニコラス達の強化も終えて、蒼真講座も一通り終了して時刻は十時過ぎ。

 国王への謁見はウルハに頼んで日取りを決めてもらう予定なので後回し。
 聖騎士の強化もハリーがこの日シルヴィアに話を通してからという事になっているのでこちらも明日以降。

 プールで遊ぶのもいいが、折角の海がある王国なのだ。
 海水浴を楽しもうという事で準備を整える。
 市民街側とは反対側には貴族のプライベートビーチがあるらしく、複数の使用人達を引き連れて海水浴に向かう事にする。

 朱王の持つプライベートビーチは波が少し高めの場所だそうで、天気のいい日でもマリンスポーツを楽しめるという事で、千尋も蒼真も楽しみだ。

 全員水着に着替え、その上からシャツを着て準備は完了。



 朱王の邸から歩いて十五分程の距離にあるビーチ。
 幅にして300メートル程のビーチが朱王の土地との事。
 ビーチのすぐそこには平家の邸宅があり、そこに大きな荷物は全て置いてある。
 使用人達が荷物を運び、パラソルを広げてビーチチェアを設置する。

 この日も当然のように一緒に来たニコラスとウルハ、エイミー。
 昼食を作る為にベイロンも同行している。
 他の使用人達と一緒に作業をしているが、ウルハとエイミーは途中から遊び始めるような気がする。

 朱王の邸に常駐するのはニコラス達の他に二十人。
 十人程は休暇となるのだが、朱王がウェストラルに到着した日は出迎えにと全員が待機していたそうだ。
 そして朱王がウェストラルに滞在する間、ウルハとエイミーの二人は休暇は要らないと先日進言したらしい。
 その代わりに朱王達に付き合って、ある程度は遊んでも良しと許可をもらったとの事。
 やはり自由な使用人達である。
 この日は邸の使用人のうち五人が海へと来ており、朱王達の世話をする事になっている。



 海に駆け出す千尋と蒼真にリゼと朱雀が続く。
 初めて間近で見る海にミリーやアイリ、エレクトラは感動しているようだ。
 朱王は邸宅に遊ぶ道具を取りに向かったが。

 千尋達は向かって来る波を受けて楽しむ。
 朱雀は砂が波に攫われていく足裏の感覚を楽しんでいるが、初めての海を楽しむのだとすればわからなくもない。
 そんな朱雀にアイリが近付いて何をしているのか見つめ、何が楽しいのかと自分も朱雀の真似をしてみる。
 少しむずかゆいような感覚が少し面白く、ミリーとエレクトラを呼んで一緒に砂と波の感触を味わう。
 とても地味な遊びだが、四人で共有するこの感覚に笑いがこみ上げる。

 千尋と蒼真が岸へと駆け出し、それを不思議に見つめるリゼの背後から肩に届く程度の高めの波が襲う。
 驚いたリゼは波に飲まれて倒れ込む。
 咳き込み、多少の苦しさを覚えつつも、波の力と面白さからまた遊び出す。
 倒れたリゼに向かって駆け出したミリー。
 流れてくる波にふおぉおと叫びながら向かっていき、体が持ち上げられる感覚を味わう。
 エレクトラやアイリも続き、朱雀も負けじと走り出す。
 そして海の塩辛さに気付いて驚く。

「海ってスープなんですか!?」

 見渡す限りのスープに驚愕するミリー。

「そ、それにしては塩加減が強い気がします」

 アイリもミリーのおかしな発言を間に受ける。

「以前読んだ本に海は塩辛いものだと書いてありましたわ。まさかスープとは思いませんでしたが……」

 エレクトラも驚きの表情だ。

「そんなわけあるか。海水は塩分が含まれてるから塩辛いだけだ。スープと一緒にするな」

 アホな事を言う三人に呆れ顔の蒼真。
 千尋とリゼは必死で笑いを堪えているが。

 恥ずかしくなったミリーが走り出し、アイリとエレクトラも追いかける。
 そして高めの波に飲まれてすっ転び、再び海の塩辛さを味わう。
 海を存分に楽しんでいるようだ。



 使用人達と一緒に道具を運んで来た朱王。
 千尋達を呼び集めて早速遊びを始めよう。

 まずは海でのど定番、スィカ割りだ。

「ん? スィカ?」

「スイカじゃないのか?」

「ちょっと小さいからかな? スイカじゃなくスィカらしいよ?」

 朱王が手に持つのはメロン程度の大きさのスイカ、小玉スイカくらいだが見た目はそのままスイカ。

「固いので木剣で強く叩いてください」

 ニコラスが持つ木剣を受け取り、まずは千尋が目隠しをしてスィカ割りを始める。
 スィカを地面に置いて千尋をある程度の距離に遠ざけ、五回転と少し回らせてスタートだ。
 周りの掛け声に任せてヨタヨタと歩き進み、スィカのある位置に予想をつけながら進む。
 三十度右方向に六歩進めという的確な指示は蒼真である事はすぐにわかる。
 周りの指示はどれも違うが蒼真を信じて六歩前進。
 そこだという指示の元、木剣を真上から振り下ろす。

「きゃぁぁあ!! 千尋!! 私の頭はスィカじゃないわよ!!」

 目隠しを取って確認すると、木剣を真剣白刃取りをするリゼがいた。
 完全に蒼真に騙された千尋。
 蒼真に目をやると素知らぬ顔で首を傾げている。

 続いて朱雀が目隠しをして五回転半。
 わいわいと指示を出す周りの掛け声には意識を向けず、スィカの持つ香りを鼻で嗅ぎ分ける朱雀。
 スンスンと鼻に意識を集中して歩みを進め、ここだと思う場所で目一杯木剣を振り下ろす。

 グシャッ!! という感触から成功しただろうと目隠しを外す。
 すると狙っていたスィカではなく、二回目以降に使用する予定だった複数のスィカのところで木剣を振り下ろしていた。
 スィカは割れてはいるが、全然違うスィカを叩き割ったので失格だ。
 とりあえず全員でスィカの瑞々しい果肉を頬張る。
 しっかりと冷やされたスィカの実は美味しい。
 黄緑色の果肉でメロンのような味だが、食感はシャリシャリとしたスイカのよう。
 その味を楽しんだらリゼと交代してスィカ割りを続ける。

 ウルハやエイミーも参加し、結局成功したのは蒼真だけ。
 アイリの言葉を信じて進んだ蒼真は、迷う事なくスィカを叩き割った。
 蒼真が自分を信じてくれたと思って嬉しさがこみ上げるアイリ。
 アイリも蒼真を信じてスィカ割りに挑み、全力で振り下ろすとそこには朱雀が。
 叫ぶ朱雀となんでと叫ぶアイリ。
 嘘をつかない蒼真が何故!?
 理由は簡単、蒼真が最初から狙いをスィカではなく、人に向けて指示を出しているだけなのだ。



 スィカ割りの後はビーチバレーを楽しむ。
 二人一組となってのチーム戦で、勝者にはベイロンが二つだけ作ったスイーツをもらえるという事で全員が本気だ。
 千尋と朱雀、蒼真とリゼ、ミリーとアイリ、朱王とエレクトラに別れての戦い。
 全員が尋常ではない身体性能を持っており、その白熱した戦いは歴史に残る…… わけはない。
 このビーチバレーに勝利したのは千尋と朱雀チーム。
 千尋のその能力と朱雀の食への執着心は他のチームを上回り、三戦三勝を納めてスイーツを堪能した。
 蒼真とリゼのチームは、リゼがレシーブを全て諦めるので不利極まりない。
 蒼真が拾い、リゼがアタック。
 こんなところでもリゼは防御、防衛をしたくないらしい。
 ミリーとアイリはお互いを気遣い合う為、二人の間を狙うと譲り合う為弱い。
 多少点を取られた後に、交代でレシーブする事にして対応するも、個の戦いでは連携をとる相手には勝てないのも事実。
 朱王とエレクトラはお互いに声を掛け合う事で連携をとり、結果は二位となったが千尋チーム相手にも善戦した。



 昼食には浜焼きを楽しんだ。
 様々な貝類や海老に蟹、烏賊イカや魚もどれもが美味しい。
 ベイロンがどんどん焼いていくので使用人達も一緒になって浜焼きを楽しむ。
 果実を絞っても美味しく、バターを乗せてもまた美味しい。
 キンキンに冷やしたエールやカクテルを飲みながら海の幸を存分に味わった。



 午後からはスキムボードで遊ぶ事にする。
 サーフィンで遊ぶのもいいが、波打ち際で楽しむ事のできるスキムボードは初心者でも始めやすい。
 これにはウルハとエイミーも水着に着替えて参加する。
 昼食も終えているのでニコラスも許可を出した。

 千尋や蒼真もやった事がなかったので、まずは朱王が手本を見せる。
 ボードを持った朱王は波が迫って来たところで走り出す。
 波の引き際にボードを海水に浮かべると同時にその上に立ち、引き波に乗って沖側に向かう。
 そして続いて向かってくる波に乗って浜へと戻ってくる。
 アクティブで楽しいスポーツだ。
 ウルハとエイミーも朱王から習った経験者の為、朱王に続いてスキムボードに乗ってみせる。
 勢いよく海を滑走し、波に乗って戻ってくる。
 気軽に楽しめるスポーツでありながら、見た目にもかっこいい。
 千尋と蒼真も波に合わせて駆け出し、その身体能力の高さからあっさりと波に乗って楽しんでいる。
 女性陣も負けられない。
 リゼとミリーは駆け出すが、波とのタイミングが合わずに失敗。
 ウルハがタイミングを指示してアイリとエレクトラが走り出す。
 波に乗ってボードを操り、向かってくる波に乗り上げるとターンに失敗して海に飛び込む。
 失敗しても楽しいスポーツだ。
 何度も挑戦するうちに全員が完璧に波に乗れるようになり、休憩をとりながら夕方まで楽しんだ。



 この日アースガルドで初めての海を存分に楽しみ、マリンスポーツの楽しさを知って満足そうな一行。
 今後も暇がある度に遊びに来たいと思える程楽しんだ。
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