179 / 297
ウェストラル王国編
167 笑顔の裏には
しおりを挟む
シェルベンスで三度目の朝。
この日も光彩豊かな太陽の産み出す芸術を楽しみ、続いて色鮮やかな黄色の魚卵の粒で朝食を味わう。
黄色の粒がスプーンに乗ると黄金色に輝き、宝石のように美しく光輝いている。
炊きたてのご飯の上に乾燥した海藻を乗せ、薄くスライスされた貝柱と、滑らかな舌触りが特徴のヒュルの実の角切りを散らす。
そこに黄金の魚卵をこれでもかという程に大量に乗せて完成。
ご飯ごとスプーンで掬い上げると、黄金に輝く魚卵と透き通るような白い貝柱、淡い緑色のヒュルの実で見た目にも満足の朝食だ。
口に含むと炊きたてご飯の香りと甘さにヒュルの実の滑らかさが乗り、魚卵のプチプチとした食感と少し強めの塩加減が味付けされない貝柱と混ざり合い、絶妙な塩加減となる。
そしてこの貝柱のサクサクとした感触がまた嬉しい。
一口で四つの食感を楽しめるうえ、海藻の香りが全てを調和させてとても美味しい。
黄金のイクラ丼と思いきや、この魚卵はウルフィッシュの卵なのだそう。
新鮮なウルフィッシュが大量に入荷されたらしく、高級食材であるこの黄金の魚卵【金卵】を今朝仕入れたとの事。
魚介のオイルスープも美味しく、美容や健康にいいのだと聞くと女性陣は喜んでおかわりをしていた。
街を出る前に騎士団屯所へと向かい、クラークとザギルの様子を見に行った。
「クリムゾン総帥、緋咲朱王だ。昨日の犯罪者共に会いたい」
「クリムゾン総帥!? わ、私はシェルベンス警備騎士団団長のシーバースです。元ゴールドランク冒険者クラークの者達と、元役所所長のザギルは牢に入れてありますので…… ではこちらへどうぞ」
シーバースに連れられて牢のある地下へと案内され、他にも警備騎士四名が後ろからついてくる。
犯罪者に会う場合、どんな人間が面会に来たとしても四名以上の警備騎士がつくそうだ。
点々と配された光の魔石である程度の明るさはあるが、薄暗い牢にザギルは一人で、クラークのメンバーは二人ずつ牢屋に入れられており、他に捕らえられている者はいない。
ザギルは千尋と蒼真に蹴られた事で全身痣だらけだったのだが、今は全身が腫れ上がって別人のようになっている。
昨日見たザギルの記憶からすれば当然の報いであり、可哀想などと思う者は一人もいない。
ミリー達もザギルの過去の行いを聞いている為、今後死刑となるであろう男に同情する気はないようだ。
片やクラークメンバーはどうだろう。
ミリーに蹴られたとはいえ、人間相手では加減してしまう為全く傷はない。
ミリーを見てすぐに下衆な言葉を吐き、ここから出せと全員で騒ぎたてる。
この街の女性被害者と同じ目に合わせてやると、凄惨な死に方をさせてやると騒ぐクラークメンバー。
朱王の中でこの男達の刑は確定。
強烈な殺気が十二人の全身を貫いた。
「このクズ共をいつ王国に運ぶんだ?」
シーバースに問いかける朱王。
朱王から放たれる圧力に、シーバースの全身から汗が滝のように流れているが、殺気を直接当てられてはいない。
「明日、竜車に乗せて連れて行く予定です!」
「じゃあ明日の朝までこいつら全員拷問にかけろ。ある程度強化もするだろうから休む必要はない」
「つ、罪が確定しておりませんので…… それはできません!」
「私の命令が聞けないのか」
朱王の怒気が膨れ上がり、並みの者では立っている事さえできないだろう。
「う…… あ…… は、はい…… できません……」
怒れる朱王に対して規約を守ろうとするシーバース。
千尋達の後ろに立つ騎士達は膝が震えてカチャカチャと鎧の音が鳴り続けている。
シーバースの言葉を聞き、朱王の怒気に殺気が混じる。
「そうか」
「す、すみません!! 団長として! 一人の男として! 掟を破るわけにはいきません!!」
拳をきつく握り締め、朱王の怒気にも負けないよう歯を食いしばって言い放つシーバース。
彼の部下である騎士達は膝をつき、死を覚悟したのか涙を流しながら祈り始める。
「シーバース」
「うおぉお! タリス、すまない!! 良い旦那になれない俺を許してくれぇ!!」
地面に両手をついて叫ぶシーバース。
「…… うん。よし、君は信用できる。しっかりと王国に運んでくれ。脅して悪かったね」
「モア…… 俺の最愛なる娘よ…… 最後にこの腕で抱きしめたかった…… え…… あれ?」
この暗い場所でスポットライト当てたら絵になるなと思いながらシーバースを見つめる朱王。
「君いいね。演劇に興味はないかな?」
「いや、朱王さん何を言ってるんだ!?」
蒼真がすかさずツッこむ。
牢を包んでいた怒気も殺気も霧散し、少し嬉しそうな表情の朱王がシーバースに手を差し伸べる。
目をパチクリさせるシーバースを余所に朱王は振り返って話しかける。
「ねぇ、彼も良いよね!」
「この綺麗な街を守るに相応しいと思う。な、千尋」
「うんっ! シーバースさんも強化しちゃおう!」
という事でトーマス達同様にシーバースの武器も強化する事にした。
シーバースの持つ武器は警備騎士としては珍しい騎士の片手直剣と、背中に背負う盾もミスリル製。
以前、平民でありながら王国で騎士まで上り詰めたらしく、魔力練度も充分だ。
実は貴族では当たり前になれる騎士なのだが、幼い頃から魔力の訓練をしない平民では警備騎士となるのが普通だ。
総魔力量では騎士達に劣るものの、その実力が評価されて騎士になれたのだという。
上位騎士を目指す事も出来たが、自分の故郷を守りたいとシェルベンスの警備騎士団団長となったらしい。
シェルベンスの周囲の高難易度魔獣討伐も行なっている事もあり、魔力練度も充分だ。
ミスリル直剣を魔力量2,000ガルド仕様にエンチャントし、下級魔方陣ファイアを組み込む。
ミスリル盾にも溜め込む仕様にエンチャントを施し、上級魔法陣インフェルノを組み込んだ。
トーマス達に比べて総魔力量も多いシーバースなら問題はないだろう。
訓練場に出て召喚魔法陣を描いて精霊を召喚。
魔法陣が燃え上がる中に顕現するのはサラマンダー。
名付けと魔力を渡して契約は終了した。
その後、精霊魔法を放って震え上がるシーバース。
炎の斬撃はこれまでの比ではない、以前見た聖騎士長の全力とも思える程の出力。
続く下級魔法陣ファイアを発動しての炎は、大魔導師の放つ大魔導そのもの。
怯えながらも発動した上級魔法陣インフェルノでは、尋常ではない程の魔力が放出され、自分を中心としたおよそ10メートル程もの範囲で炎が噴き上がった。
まだイメージが固まらない状態での魔導でも充分なの威力を確認できただろう。
それを見つめる警備騎士達は驚愕して震えていたが。
シーバースの部下ならばと千尋は警備騎士団全員を呼び集め、魔力量300ガルドの魔石でエンチャント。
全員これまでよりも高い威力で放てる魔法に喜んでいた。
シーバースは自分もあの性能で充分だなどと言っていたがそんなのは無視だ。
全員分の強化が終わったので、弁当と出店で魚介の串焼きを買って宿に戻る事にした。
宿で挨拶をしつつ車に乗り込んだら出発だ。
ゆっくりと車を走らせ、シェルベンスの街を南に向けて進んで行く。
被害届を出しに来た人達だろう。
街を通ると驚愕の表情を見せながらも、車に乗るのが千尋達と気付いて頭を下げていた。
そして街の外れに差し掛かると、待っていたのはトーマス達。
「今日王国へ発つと言ってましたので待ってました。本当にいろいろとありがとうございました!」
「オレ達頑張るんで期待しててください!」
「また夏には来るんすよね? それまでにブルーランクに戻しますから!」
「あははっ。ブルーじゃダメだよ。シルバーランクにはなっておいてね!」
「ゴールドでも良いぞ」
「ぐっはー、厳しい! でも頑張ります!」
「あ、そうだ。これ渡しとくから警備騎士団のシーバースにも渡しておいてくれる? こうやって耳に着けて使うアイテムなんだ」
とリルフォンを渡しておいた。
その機能に驚きながらも喜び、時計設定と魔力登録だけ済ませてシェルベンスを後にする。
使用方法は操作マニュアルがあるし問題ないだろう。
この日車を運転するのは蒼真。
朱王は海を見ながら物思いにふける。
「朱王さん、シーバースさんの時はわざとやった?」
「ん? シーバース? ああ、むしゃくしゃしてたしどんな人間か試したくなってね。思ったより…… 楽しい人で良かった」
「んん、楽しい…… 良い人だったと思うが」
朱王の表情は笑顔だ。
しかしその笑顔の裏には見えない陰りがある。
昨夜、朱王は酒を飲みながら過去を語った。
以前聞いた貴族の話ではない、一般の人々の裏側や朱王が命を奪った人々の話。
そして昨日、シェルベンスの街の人々の記憶を消しただけでは済まなかった事。
今から数年前まではどの王国にもスラムが存在し、日常的に犯罪行為が行われていたという。
平和な日常の裏側では他の誰かが嬲られ、犯され、殺される。
スラムという場所においては珍しい事ではなかったそうだ。
表と裏は真逆でありながらすぐ側にあるもので、表側に生きる人間が突然裏側に落ちる。
結局のところ人は欲望を満たす為であれば、他人を平気で殺せるのも同じ人間なんだと朱王は言う。
それは他人に限った事ではない。
朱王が他人に対して罰を下すのもまた自分のエゴ。
弱い者の為にした事だとしても、やっている事は自分の正義を振りかざし、押しつける。
本質はどうあれ行為は同じである為、自分が本当に正しいのかどうなのかわからなくなると語る。
そして朱王が奪った命は少なくない。
魔獣の被害にあった者がどうなるか考えた事はなかったが、襲ってきたのが肉食獣であればその場で命は尽きる。
ではゴブリンなどの多種交配が可能な魔獣に襲われた場合はどうなるか。
ゴブリンはゴブリナと子を成す場合がほとんどだが、人間を捕らえた場合には男は食われ、女はゴブリンに子を成す為の道具として使われる。
ゴブリンの寿命はわずか十年程度と短いが、人間との混血であれば寿命が延び、そして知能の高い個体が産まれてくる。
いずれは群れのリーダーを率いる個体となる為、ゴブリン達は人間を狙う。
そんなゴブリンに孕まされた女性を助けた事が、朱王はこれまで何度もある。
ゴブリンの成長は恐ろしく早く、受精しておよそ一ヶ月もあれば出産、そして複数のゴブリンが腹を食い破って誕生する。
しかしこの世界に妊娠中絶はなく、女性を救う事など出来はしないのだ。
魔獣の母となって死の苦しみを味わうか。
または胎内に魔獣を宿しながらも人間として死を受け入れるかの二つに一つ。
これまで助けた女性全てが自ら死を選び、朱王はゴブリンに襲われた記憶を消去する事と、楽しかった記憶を呼び起こさせながら一瞬で命を奪ってきた。
命を奪った瞬間に腹を突き破ろうとするゴブリンは圧縮の魔法で絞め殺し、人としての形を保ったまま埋葬した。
苦しみと悲しみから解放し、安らかに眠れるようにと朱王からの最期の配慮だった。
昨日はクラーク被害者の女性達の忘れたい記憶を消去をした。
ただ被害にあった女性の記憶を消すだけではない。
恋人同士や夫婦で被害にあい、彼氏夫の前で襲われた女性もいる。
また女性達の中には子を妊ってしまった者も数人いたのだ。
しかしこのアースガルドでは妊娠中絶などは行われていない為、出産してしまった女性は涙ながらに相談してきたそうだ。
この子を見るとあの日の記憶が蘇る、自分の子を愛せなくなりそうで怖いと。
罪のない我が子に笑顔を向けられないのだと。
朱王はその被害者達の話を聞いて記憶を消去した。
恋人達や夫婦であれば双方を消去するだけで済んだ。
そして子を妊った、出産した女性の記憶は消去すると同時に改竄した。
憎しみの対象であるクラークの一人を善人としてその姿を塗り替え、流れの冒険者としてこの街から発ったのだとした。
朱王は自分の魔石の能力を、視覚的な変化を見せる物ではない、また、五感に働きかけるだけでもなく、全てを偽る能力だと説明した。
今回の記憶の改竄は、これからも生きていく人の心を偽った。
彼女達に救いはあるかもしれないが、人として許されざる行為だと自分を責め立てた。
結局浴びる程の酒を飲んだ朱王は酔い潰れ、ミリーに部屋に運ばれていったが、酒で嫌な事を忘れる事は出来ないのだとアイリは言う。
朱王の魔石が持つ能力、そして自分の記憶の深層に触れる事の多い朱王はほぼ完全な記憶を持つそうだ。
朱王は笑顔の裏では誰よりも地獄を見てきたのだろう。
そして薄れる事のない記憶は、昨日の事のように地獄を思い起こさせる。
アイリは全員に頭を下げた。
朱王を救って欲しい、笑顔を絶やさないで欲しいと涙ながらにお願いしていた。
この旅は世界を見る事であると同時に、朱王を見る旅であると感じる千尋と蒼真。
朱王は自分の思いのままに世界を改変しているが、それが正しい事かはわからない。
千尋と蒼真に肯定や否定、意見を求めているのだろう。
この旅の中でも新しい事が生まれ、世界はまた少しずつ変化していく。
それは千尋や蒼真、ミリー、リゼ、アイリとエレクトラも大きく関わっている。
地獄を見てきた朱王にとって、この六人ら明るい未来を創り出す大きな存在だ。
クリムゾンは朱王を世界だと言う。
それならばこのアマテラスは世界を照らす太陽になればいい。
笑顔を陰らせる事のないよう照らし続ければいい。
それぞれの想いを胸に次の国、ウェストラル王国へと車を走らせる。
この日も光彩豊かな太陽の産み出す芸術を楽しみ、続いて色鮮やかな黄色の魚卵の粒で朝食を味わう。
黄色の粒がスプーンに乗ると黄金色に輝き、宝石のように美しく光輝いている。
炊きたてのご飯の上に乾燥した海藻を乗せ、薄くスライスされた貝柱と、滑らかな舌触りが特徴のヒュルの実の角切りを散らす。
そこに黄金の魚卵をこれでもかという程に大量に乗せて完成。
ご飯ごとスプーンで掬い上げると、黄金に輝く魚卵と透き通るような白い貝柱、淡い緑色のヒュルの実で見た目にも満足の朝食だ。
口に含むと炊きたてご飯の香りと甘さにヒュルの実の滑らかさが乗り、魚卵のプチプチとした食感と少し強めの塩加減が味付けされない貝柱と混ざり合い、絶妙な塩加減となる。
そしてこの貝柱のサクサクとした感触がまた嬉しい。
一口で四つの食感を楽しめるうえ、海藻の香りが全てを調和させてとても美味しい。
黄金のイクラ丼と思いきや、この魚卵はウルフィッシュの卵なのだそう。
新鮮なウルフィッシュが大量に入荷されたらしく、高級食材であるこの黄金の魚卵【金卵】を今朝仕入れたとの事。
魚介のオイルスープも美味しく、美容や健康にいいのだと聞くと女性陣は喜んでおかわりをしていた。
街を出る前に騎士団屯所へと向かい、クラークとザギルの様子を見に行った。
「クリムゾン総帥、緋咲朱王だ。昨日の犯罪者共に会いたい」
「クリムゾン総帥!? わ、私はシェルベンス警備騎士団団長のシーバースです。元ゴールドランク冒険者クラークの者達と、元役所所長のザギルは牢に入れてありますので…… ではこちらへどうぞ」
シーバースに連れられて牢のある地下へと案内され、他にも警備騎士四名が後ろからついてくる。
犯罪者に会う場合、どんな人間が面会に来たとしても四名以上の警備騎士がつくそうだ。
点々と配された光の魔石である程度の明るさはあるが、薄暗い牢にザギルは一人で、クラークのメンバーは二人ずつ牢屋に入れられており、他に捕らえられている者はいない。
ザギルは千尋と蒼真に蹴られた事で全身痣だらけだったのだが、今は全身が腫れ上がって別人のようになっている。
昨日見たザギルの記憶からすれば当然の報いであり、可哀想などと思う者は一人もいない。
ミリー達もザギルの過去の行いを聞いている為、今後死刑となるであろう男に同情する気はないようだ。
片やクラークメンバーはどうだろう。
ミリーに蹴られたとはいえ、人間相手では加減してしまう為全く傷はない。
ミリーを見てすぐに下衆な言葉を吐き、ここから出せと全員で騒ぎたてる。
この街の女性被害者と同じ目に合わせてやると、凄惨な死に方をさせてやると騒ぐクラークメンバー。
朱王の中でこの男達の刑は確定。
強烈な殺気が十二人の全身を貫いた。
「このクズ共をいつ王国に運ぶんだ?」
シーバースに問いかける朱王。
朱王から放たれる圧力に、シーバースの全身から汗が滝のように流れているが、殺気を直接当てられてはいない。
「明日、竜車に乗せて連れて行く予定です!」
「じゃあ明日の朝までこいつら全員拷問にかけろ。ある程度強化もするだろうから休む必要はない」
「つ、罪が確定しておりませんので…… それはできません!」
「私の命令が聞けないのか」
朱王の怒気が膨れ上がり、並みの者では立っている事さえできないだろう。
「う…… あ…… は、はい…… できません……」
怒れる朱王に対して規約を守ろうとするシーバース。
千尋達の後ろに立つ騎士達は膝が震えてカチャカチャと鎧の音が鳴り続けている。
シーバースの言葉を聞き、朱王の怒気に殺気が混じる。
「そうか」
「す、すみません!! 団長として! 一人の男として! 掟を破るわけにはいきません!!」
拳をきつく握り締め、朱王の怒気にも負けないよう歯を食いしばって言い放つシーバース。
彼の部下である騎士達は膝をつき、死を覚悟したのか涙を流しながら祈り始める。
「シーバース」
「うおぉお! タリス、すまない!! 良い旦那になれない俺を許してくれぇ!!」
地面に両手をついて叫ぶシーバース。
「…… うん。よし、君は信用できる。しっかりと王国に運んでくれ。脅して悪かったね」
「モア…… 俺の最愛なる娘よ…… 最後にこの腕で抱きしめたかった…… え…… あれ?」
この暗い場所でスポットライト当てたら絵になるなと思いながらシーバースを見つめる朱王。
「君いいね。演劇に興味はないかな?」
「いや、朱王さん何を言ってるんだ!?」
蒼真がすかさずツッこむ。
牢を包んでいた怒気も殺気も霧散し、少し嬉しそうな表情の朱王がシーバースに手を差し伸べる。
目をパチクリさせるシーバースを余所に朱王は振り返って話しかける。
「ねぇ、彼も良いよね!」
「この綺麗な街を守るに相応しいと思う。な、千尋」
「うんっ! シーバースさんも強化しちゃおう!」
という事でトーマス達同様にシーバースの武器も強化する事にした。
シーバースの持つ武器は警備騎士としては珍しい騎士の片手直剣と、背中に背負う盾もミスリル製。
以前、平民でありながら王国で騎士まで上り詰めたらしく、魔力練度も充分だ。
実は貴族では当たり前になれる騎士なのだが、幼い頃から魔力の訓練をしない平民では警備騎士となるのが普通だ。
総魔力量では騎士達に劣るものの、その実力が評価されて騎士になれたのだという。
上位騎士を目指す事も出来たが、自分の故郷を守りたいとシェルベンスの警備騎士団団長となったらしい。
シェルベンスの周囲の高難易度魔獣討伐も行なっている事もあり、魔力練度も充分だ。
ミスリル直剣を魔力量2,000ガルド仕様にエンチャントし、下級魔方陣ファイアを組み込む。
ミスリル盾にも溜め込む仕様にエンチャントを施し、上級魔法陣インフェルノを組み込んだ。
トーマス達に比べて総魔力量も多いシーバースなら問題はないだろう。
訓練場に出て召喚魔法陣を描いて精霊を召喚。
魔法陣が燃え上がる中に顕現するのはサラマンダー。
名付けと魔力を渡して契約は終了した。
その後、精霊魔法を放って震え上がるシーバース。
炎の斬撃はこれまでの比ではない、以前見た聖騎士長の全力とも思える程の出力。
続く下級魔法陣ファイアを発動しての炎は、大魔導師の放つ大魔導そのもの。
怯えながらも発動した上級魔法陣インフェルノでは、尋常ではない程の魔力が放出され、自分を中心としたおよそ10メートル程もの範囲で炎が噴き上がった。
まだイメージが固まらない状態での魔導でも充分なの威力を確認できただろう。
それを見つめる警備騎士達は驚愕して震えていたが。
シーバースの部下ならばと千尋は警備騎士団全員を呼び集め、魔力量300ガルドの魔石でエンチャント。
全員これまでよりも高い威力で放てる魔法に喜んでいた。
シーバースは自分もあの性能で充分だなどと言っていたがそんなのは無視だ。
全員分の強化が終わったので、弁当と出店で魚介の串焼きを買って宿に戻る事にした。
宿で挨拶をしつつ車に乗り込んだら出発だ。
ゆっくりと車を走らせ、シェルベンスの街を南に向けて進んで行く。
被害届を出しに来た人達だろう。
街を通ると驚愕の表情を見せながらも、車に乗るのが千尋達と気付いて頭を下げていた。
そして街の外れに差し掛かると、待っていたのはトーマス達。
「今日王国へ発つと言ってましたので待ってました。本当にいろいろとありがとうございました!」
「オレ達頑張るんで期待しててください!」
「また夏には来るんすよね? それまでにブルーランクに戻しますから!」
「あははっ。ブルーじゃダメだよ。シルバーランクにはなっておいてね!」
「ゴールドでも良いぞ」
「ぐっはー、厳しい! でも頑張ります!」
「あ、そうだ。これ渡しとくから警備騎士団のシーバースにも渡しておいてくれる? こうやって耳に着けて使うアイテムなんだ」
とリルフォンを渡しておいた。
その機能に驚きながらも喜び、時計設定と魔力登録だけ済ませてシェルベンスを後にする。
使用方法は操作マニュアルがあるし問題ないだろう。
この日車を運転するのは蒼真。
朱王は海を見ながら物思いにふける。
「朱王さん、シーバースさんの時はわざとやった?」
「ん? シーバース? ああ、むしゃくしゃしてたしどんな人間か試したくなってね。思ったより…… 楽しい人で良かった」
「んん、楽しい…… 良い人だったと思うが」
朱王の表情は笑顔だ。
しかしその笑顔の裏には見えない陰りがある。
昨夜、朱王は酒を飲みながら過去を語った。
以前聞いた貴族の話ではない、一般の人々の裏側や朱王が命を奪った人々の話。
そして昨日、シェルベンスの街の人々の記憶を消しただけでは済まなかった事。
今から数年前まではどの王国にもスラムが存在し、日常的に犯罪行為が行われていたという。
平和な日常の裏側では他の誰かが嬲られ、犯され、殺される。
スラムという場所においては珍しい事ではなかったそうだ。
表と裏は真逆でありながらすぐ側にあるもので、表側に生きる人間が突然裏側に落ちる。
結局のところ人は欲望を満たす為であれば、他人を平気で殺せるのも同じ人間なんだと朱王は言う。
それは他人に限った事ではない。
朱王が他人に対して罰を下すのもまた自分のエゴ。
弱い者の為にした事だとしても、やっている事は自分の正義を振りかざし、押しつける。
本質はどうあれ行為は同じである為、自分が本当に正しいのかどうなのかわからなくなると語る。
そして朱王が奪った命は少なくない。
魔獣の被害にあった者がどうなるか考えた事はなかったが、襲ってきたのが肉食獣であればその場で命は尽きる。
ではゴブリンなどの多種交配が可能な魔獣に襲われた場合はどうなるか。
ゴブリンはゴブリナと子を成す場合がほとんどだが、人間を捕らえた場合には男は食われ、女はゴブリンに子を成す為の道具として使われる。
ゴブリンの寿命はわずか十年程度と短いが、人間との混血であれば寿命が延び、そして知能の高い個体が産まれてくる。
いずれは群れのリーダーを率いる個体となる為、ゴブリン達は人間を狙う。
そんなゴブリンに孕まされた女性を助けた事が、朱王はこれまで何度もある。
ゴブリンの成長は恐ろしく早く、受精しておよそ一ヶ月もあれば出産、そして複数のゴブリンが腹を食い破って誕生する。
しかしこの世界に妊娠中絶はなく、女性を救う事など出来はしないのだ。
魔獣の母となって死の苦しみを味わうか。
または胎内に魔獣を宿しながらも人間として死を受け入れるかの二つに一つ。
これまで助けた女性全てが自ら死を選び、朱王はゴブリンに襲われた記憶を消去する事と、楽しかった記憶を呼び起こさせながら一瞬で命を奪ってきた。
命を奪った瞬間に腹を突き破ろうとするゴブリンは圧縮の魔法で絞め殺し、人としての形を保ったまま埋葬した。
苦しみと悲しみから解放し、安らかに眠れるようにと朱王からの最期の配慮だった。
昨日はクラーク被害者の女性達の忘れたい記憶を消去をした。
ただ被害にあった女性の記憶を消すだけではない。
恋人同士や夫婦で被害にあい、彼氏夫の前で襲われた女性もいる。
また女性達の中には子を妊ってしまった者も数人いたのだ。
しかしこのアースガルドでは妊娠中絶などは行われていない為、出産してしまった女性は涙ながらに相談してきたそうだ。
この子を見るとあの日の記憶が蘇る、自分の子を愛せなくなりそうで怖いと。
罪のない我が子に笑顔を向けられないのだと。
朱王はその被害者達の話を聞いて記憶を消去した。
恋人達や夫婦であれば双方を消去するだけで済んだ。
そして子を妊った、出産した女性の記憶は消去すると同時に改竄した。
憎しみの対象であるクラークの一人を善人としてその姿を塗り替え、流れの冒険者としてこの街から発ったのだとした。
朱王は自分の魔石の能力を、視覚的な変化を見せる物ではない、また、五感に働きかけるだけでもなく、全てを偽る能力だと説明した。
今回の記憶の改竄は、これからも生きていく人の心を偽った。
彼女達に救いはあるかもしれないが、人として許されざる行為だと自分を責め立てた。
結局浴びる程の酒を飲んだ朱王は酔い潰れ、ミリーに部屋に運ばれていったが、酒で嫌な事を忘れる事は出来ないのだとアイリは言う。
朱王の魔石が持つ能力、そして自分の記憶の深層に触れる事の多い朱王はほぼ完全な記憶を持つそうだ。
朱王は笑顔の裏では誰よりも地獄を見てきたのだろう。
そして薄れる事のない記憶は、昨日の事のように地獄を思い起こさせる。
アイリは全員に頭を下げた。
朱王を救って欲しい、笑顔を絶やさないで欲しいと涙ながらにお願いしていた。
この旅は世界を見る事であると同時に、朱王を見る旅であると感じる千尋と蒼真。
朱王は自分の思いのままに世界を改変しているが、それが正しい事かはわからない。
千尋と蒼真に肯定や否定、意見を求めているのだろう。
この旅の中でも新しい事が生まれ、世界はまた少しずつ変化していく。
それは千尋や蒼真、ミリー、リゼ、アイリとエレクトラも大きく関わっている。
地獄を見てきた朱王にとって、この六人ら明るい未来を創り出す大きな存在だ。
クリムゾンは朱王を世界だと言う。
それならばこのアマテラスは世界を照らす太陽になればいい。
笑顔を陰らせる事のないよう照らし続ければいい。
それぞれの想いを胸に次の国、ウェストラル王国へと車を走らせる。
0
お気に入りに追加
1,016
あなたにおすすめの小説
兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが
アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。
右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。
青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。
そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。
青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。
三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。
【登場人物紹介】
マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。
ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。
クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。
ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。
デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。
ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。
ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。
ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。
ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。
【お知らせ】
◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。
◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。
◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。
◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。
◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。
◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。
◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。
※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ
壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。
幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。
「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」
泣きじゃくる彼女に、彼は言った。
「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」
「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」
そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。
※2019年10月、完結しました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる