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ウェストラル王国編

167 笑顔の裏には

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 シェルベンスで三度目の朝。
 この日も光彩豊かな太陽の産み出す芸術を楽しみ、続いて色鮮やかな黄色の魚卵の粒で朝食を味わう。
 黄色の粒がスプーンに乗ると黄金色に輝き、宝石のように美しく光輝いている。
 炊きたてのご飯の上に乾燥した海藻を乗せ、薄くスライスされた貝柱と、滑らかな舌触りが特徴のヒュルの実の角切りを散らす。
 そこに黄金の魚卵をこれでもかという程に大量に乗せて完成。

 ご飯ごとスプーンで掬い上げると、黄金に輝く魚卵と透き通るような白い貝柱、淡い緑色のヒュルの実で見た目にも満足の朝食だ。
 口に含むと炊きたてご飯の香りと甘さにヒュルの実の滑らかさが乗り、魚卵のプチプチとした食感と少し強めの塩加減が味付けされない貝柱と混ざり合い、絶妙な塩加減となる。
 そしてこの貝柱のサクサクとした感触がまた嬉しい。
 一口で四つの食感を楽しめるうえ、海藻の香りが全てを調和させてとても美味しい。
 黄金のイクラ丼と思いきや、この魚卵はウルフィッシュの卵なのだそう。
 新鮮なウルフィッシュが大量に入荷されたらしく、高級食材であるこの黄金の魚卵【金卵】を今朝仕入れたとの事。
 魚介のオイルスープも美味しく、美容や健康にいいのだと聞くと女性陣は喜んでおかわりをしていた。



 街を出る前に騎士団屯所へと向かい、クラークとザギルの様子を見に行った。

「クリムゾン総帥、緋咲朱王だ。昨日の犯罪者共に会いたい」

「クリムゾン総帥!? わ、私はシェルベンス警備騎士団団長のシーバースです。元ゴールドランク冒険者クラークの者達と、元役所所長のザギルは牢に入れてありますので…… ではこちらへどうぞ」

 シーバースに連れられて牢のある地下へと案内され、他にも警備騎士四名が後ろからついてくる。
 犯罪者に会う場合、どんな人間が面会に来たとしても四名以上の警備騎士がつくそうだ。

 点々と配された光の魔石である程度の明るさはあるが、薄暗い牢にザギルは一人で、クラークのメンバーは二人ずつ牢屋に入れられており、他に捕らえられている者はいない。

 ザギルは千尋と蒼真に蹴られた事で全身痣だらけだったのだが、今は全身が腫れ上がって別人のようになっている。
 昨日見たザギルの記憶からすれば当然の報いであり、可哀想などと思う者は一人もいない。
 ミリー達もザギルの過去の行いを聞いている為、今後死刑となるであろう男に同情する気はないようだ。

 片やクラークメンバーはどうだろう。
 ミリーに蹴られたとはいえ、人間相手では加減してしまう為全く傷はない。
 ミリーを見てすぐに下衆な言葉を吐き、ここから出せと全員で騒ぎたてる。
 この街の女性被害者と同じ目に合わせてやると、凄惨な死に方をさせてやると騒ぐクラークメンバー。
 朱王の中でこの男達の刑は確定。
 強烈な殺気が十二人の全身を貫いた。

「このクズ共をいつ王国に運ぶんだ?」

 シーバースに問いかける朱王。
 朱王から放たれる圧力に、シーバースの全身から汗が滝のように流れているが、殺気を直接当てられてはいない。

「明日、竜車に乗せて連れて行く予定です!」

「じゃあ明日の朝までこいつら全員拷問にかけろ。ある程度強化もするだろうから休む必要はない」

「つ、罪が確定しておりませんので…… それはできません!」

「私の命令が聞けないのか」

 朱王の怒気が膨れ上がり、並みの者では立っている事さえできないだろう。

「う…… あ…… は、はい…… できません……」

 怒れる朱王に対して規約を守ろうとするシーバース。
 千尋達の後ろに立つ騎士達は膝が震えてカチャカチャと鎧の音が鳴り続けている。
 シーバースの言葉を聞き、朱王の怒気に殺気が混じる。

「そうか」

「す、すみません!! 団長として! 一人の男として! 掟を破るわけにはいきません!!」

 拳をきつく握り締め、朱王の怒気にも負けないよう歯を食いしばって言い放つシーバース。
 彼の部下である騎士達は膝をつき、死を覚悟したのか涙を流しながら祈り始める。

「シーバース」

「うおぉお! タリス、すまない!! 良い旦那になれない俺を許してくれぇ!!」

 地面に両手をついて叫ぶシーバース。

「…… うん。よし、君は信用できる。しっかりと王国に運んでくれ。脅して悪かったね」

「モア…… 俺の最愛なる娘よ…… 最後にこの腕で抱きしめたかった…… え…… あれ?」

 この暗い場所でスポットライト当てたら絵になるなと思いながらシーバースを見つめる朱王。

「君いいね。演劇に興味はないかな?」

「いや、朱王さん何を言ってるんだ!?」

 蒼真がすかさずツッこむ。
 牢を包んでいた怒気も殺気も霧散し、少し嬉しそうな表情の朱王がシーバースに手を差し伸べる。



 目をパチクリさせるシーバースを余所に朱王は振り返って話しかける。

「ねぇ、彼も良いよね!」

「この綺麗な街を守るに相応しいと思う。な、千尋」

「うんっ! シーバースさんも強化しちゃおう!」

 という事でトーマス達同様にシーバースの武器も強化する事にした。
 シーバースの持つ武器は警備騎士としては珍しい騎士の片手直剣と、背中に背負う盾もミスリル製。
 以前、平民でありながら王国で騎士まで上り詰めたらしく、魔力練度も充分だ。
 実は貴族では当たり前になれる騎士なのだが、幼い頃から魔力の訓練をしない平民では警備騎士となるのが普通だ。
 総魔力量では騎士達に劣るものの、その実力が評価されて騎士になれたのだという。
 上位騎士を目指す事も出来たが、自分の故郷を守りたいとシェルベンスの警備騎士団団長となったらしい。
 シェルベンスの周囲の高難易度魔獣討伐も行なっている事もあり、魔力練度も充分だ。

 ミスリル直剣を魔力量2,000ガルド仕様にエンチャントし、下級魔方陣ファイアを組み込む。
 ミスリル盾にも溜め込む仕様にエンチャントを施し、上級魔法陣インフェルノを組み込んだ。
 トーマス達に比べて総魔力量も多いシーバースなら問題はないだろう。
 訓練場に出て召喚魔法陣を描いて精霊を召喚。
 魔法陣が燃え上がる中に顕現するのはサラマンダー。
 名付けと魔力を渡して契約は終了した。

 その後、精霊魔法を放って震え上がるシーバース。
 炎の斬撃はこれまでの比ではない、以前見た聖騎士長の全力とも思える程の出力。
 続く下級魔法陣ファイアを発動しての炎は、大魔導師の放つ大魔導そのもの。
 怯えながらも発動した上級魔法陣インフェルノでは、尋常ではない程の魔力が放出され、自分を中心としたおよそ10メートル程もの範囲で炎が噴き上がった。
 まだイメージが固まらない状態での魔導でも充分なの威力を確認できただろう。
 それを見つめる警備騎士達は驚愕して震えていたが。



 シーバースの部下ならばと千尋は警備騎士団全員を呼び集め、魔力量300ガルドの魔石でエンチャント。
 全員これまでよりも高い威力で放てる魔法に喜んでいた。
 シーバースは自分もあの性能で充分だなどと言っていたがそんなのは無視だ。
 全員分の強化が終わったので、弁当と出店で魚介の串焼きを買って宿に戻る事にした。



 宿で挨拶をしつつ車に乗り込んだら出発だ。
 ゆっくりと車を走らせ、シェルベンスの街を南に向けて進んで行く。
 被害届を出しに来た人達だろう。
 街を通ると驚愕の表情を見せながらも、車に乗るのが千尋達と気付いて頭を下げていた。
 そして街の外れに差し掛かると、待っていたのはトーマス達。

「今日王国へ発つと言ってましたので待ってました。本当にいろいろとありがとうございました!」

「オレ達頑張るんで期待しててください!」

「また夏には来るんすよね? それまでにブルーランクに戻しますから!」

「あははっ。ブルーじゃダメだよ。シルバーランクにはなっておいてね!」

「ゴールドでも良いぞ」

「ぐっはー、厳しい! でも頑張ります!」

「あ、そうだ。これ渡しとくから警備騎士団のシーバースにも渡しておいてくれる? こうやって耳に着けて使うアイテムなんだ」

 とリルフォンを渡しておいた。
 その機能に驚きながらも喜び、時計設定と魔力登録だけ済ませてシェルベンスを後にする。
 使用方法は操作マニュアルがあるし問題ないだろう。



 この日車を運転するのは蒼真。
 朱王は海を見ながら物思いにふける。

「朱王さん、シーバースさんの時はわざとやった?」

「ん? シーバース? ああ、むしゃくしゃしてたしどんな人間か試したくなってね。思ったより…… 楽しい人で良かった」

「んん、楽しい…… 良い人だったと思うが」

 朱王の表情は笑顔だ。
 しかしその笑顔の裏には見えない陰りがある。



 昨夜、朱王は酒を飲みながら過去を語った。
 以前聞いた貴族の話ではない、一般の人々の裏側や朱王が命を奪った人々の話。
 そして昨日、シェルベンスの街の人々の記憶を消しただけでは済まなかった事。



 今から数年前まではどの王国にもスラムが存在し、日常的に犯罪行為が行われていたという。
 平和な日常の裏側では他の誰かが嬲られ、犯され、殺される。
 スラムという場所においては珍しい事ではなかったそうだ。
 表と裏は真逆でありながらすぐ側にあるもので、表側に生きる人間が突然裏側に落ちる。
 結局のところ人は欲望を満たす為であれば、他人を平気で殺せるのも同じ人間なんだと朱王は言う。
 それは他人に限った事ではない。
 朱王が他人に対して罰を下すのもまた自分のエゴ。
 弱い者の為にした事だとしても、やっている事は自分の正義を振りかざし、押しつける。
 本質はどうあれ行為は同じである為、自分が本当に正しいのかどうなのかわからなくなると語る。



 そして朱王が奪った命は少なくない。
 魔獣の被害にあった者がどうなるか考えた事はなかったが、襲ってきたのが肉食獣であればその場で命は尽きる。
 ではゴブリンなどの多種交配が可能な魔獣に襲われた場合はどうなるか。
 ゴブリンはゴブリナと子を成す場合がほとんどだが、人間を捕らえた場合には男は食われ、女はゴブリンに子を成す為の道具として使われる。
 ゴブリンの寿命はわずか十年程度と短いが、人間との混血であれば寿命が延び、そして知能の高い個体が産まれてくる。
 いずれは群れのリーダーを率いる個体となる為、ゴブリン達は人間を狙う。
 そんなゴブリンに孕まされた女性を助けた事が、朱王はこれまで何度もある。
 ゴブリンの成長は恐ろしく早く、受精しておよそ一ヶ月もあれば出産、そして複数のゴブリンが腹を食い破って誕生する。
 しかしこの世界に妊娠中絶はなく、女性を救う事など出来はしないのだ。
 魔獣の母となって死の苦しみを味わうか。
 または胎内に魔獣を宿しながらも人間として死を受け入れるかの二つに一つ。
 これまで助けた女性全てが自ら死を選び、朱王はゴブリンに襲われた記憶を消去する事と、楽しかった記憶を呼び起こさせながら一瞬で命を奪ってきた。
 命を奪った瞬間に腹を突き破ろうとするゴブリンは圧縮の魔法で絞め殺し、人としての形を保ったまま埋葬した。
 苦しみと悲しみから解放し、安らかに眠れるようにと朱王からの最期の配慮だった。



 昨日はクラーク被害者の女性達の忘れたい記憶を消去をした。
 ただ被害にあった女性の記憶を消すだけではない。
 恋人同士や夫婦で被害にあい、彼氏夫の前で襲われた女性もいる。
 また女性達の中には子を妊ってしまった者も数人いたのだ。
 しかしこのアースガルドでは妊娠中絶などは行われていない為、出産してしまった女性は涙ながらに相談してきたそうだ。
 この子を見るとあの日の記憶が蘇る、自分の子を愛せなくなりそうで怖いと。
 罪のない我が子に笑顔を向けられないのだと。

 朱王はその被害者達の話を聞いて記憶を消去した。
 恋人達や夫婦であれば双方を消去するだけで済んだ。
 そして子を妊った、出産した女性の記憶は消去すると同時に改竄した。
 憎しみの対象であるクラークの一人を善人としてその姿を塗り替え、流れの冒険者としてこの街から発ったのだとした。

 朱王は自分の魔石の能力を、視覚的な変化を見せる物ではない、また、五感に働きかけるだけでもなく、全てを偽る能力だと説明した。
 今回の記憶の改竄は、これからも生きていく人の心を偽った。
 彼女達に救いはあるかもしれないが、人として許されざる行為だと自分を責め立てた。



 結局浴びる程の酒を飲んだ朱王は酔い潰れ、ミリーに部屋に運ばれていったが、酒で嫌な事を忘れる事は出来ないのだとアイリは言う。
 朱王の魔石が持つ能力、そして自分の記憶の深層に触れる事の多い朱王はほぼ完全な記憶を持つそうだ。
 朱王は笑顔の裏では誰よりも地獄を見てきたのだろう。
 そして薄れる事のない記憶は、昨日の事のように地獄を思い起こさせる。

 アイリは全員に頭を下げた。
 朱王を救って欲しい、笑顔を絶やさないで欲しいと涙ながらにお願いしていた。



 この旅は世界を見る事であると同時に、朱王を見る旅であると感じる千尋と蒼真。
 朱王は自分の思いのままに世界を改変しているが、それが正しい事かはわからない。
 千尋と蒼真に肯定や否定、意見を求めているのだろう。
 この旅の中でも新しい事が生まれ、世界はまた少しずつ変化していく。
 それは千尋や蒼真、ミリー、リゼ、アイリとエレクトラも大きく関わっている。
 地獄を見てきた朱王にとって、この六人ら明るい未来を創り出す大きな存在だ。
 クリムゾンは朱王を世界だと言う。
 それならばこのアマテラスは世界を照らす太陽になればいい。
 笑顔を陰らせる事のないよう照らし続ければいい。

 それぞれの想いを胸に次の国、ウェストラル王国へと車を走らせる。
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