上 下
169 / 297
ノーリス王国編

161 その後のヴァイス・エマで

しおりを挟む
 竜族の谷に来て八日。
 九日目の朝、この日ヴァイス・エマ国を発つ事にした。

 ノーリス王国の滞在日数をこれ以上増やすとウェストラル王国での観光を楽しむ日も少なくなる。
 そもそもここヴァイス・エマでも仕事と訓練しかしてないんじゃないだろうか。



 蒼真は毎日楽しそうに竜人の訓練に付き合っているし、竜人達の剣術やそれぞれの武器の扱いも相当に上達しているのでいいのだが…… この旅の目的が違う。

 この地での訓練では竜人達の実力も向上しているが、アイリやエレクトラが目に見えてわかるほどに上達している。
 アイリは魔法による補助が無くとも剣術の腕が高まり、超高速戦闘からの返し技を身につけた。
 エレクトラは剣術に精霊魔導を乗せての制御が格段に上手くなり、テオとの戦闘でもいい勝負ができる程まで上達している。

 リゼは懲りずに防御を捨てた攻撃特化として訓練を続けていたが、それ程上達したとは言えないのが現状だ。
 しかし完全なる特化型も、壁を一つ乗り越えれば化ける可能性もある為蒼真は何も言う事はなかった。

 蒼真は対人戦を諦めて成長したランの能力制御を中心に自主練を続けていた。
 魔法陣を発動しての訓練の為、下手に王国では発動できない威力での訓練を中心にしていたが。

 ミリーはアリーだけとの訓練ではなく、剣術に上達して自惚れかけた竜人達を叩きのめして見せた。
 アリーとの戦闘では魔法威力による訓練と思っていたらしく、技による圧倒をする事なく力に力で対抗するという手段を取っていただけだった。

 千尋は朱王と一緒に武器作りに専念していたが、残りの三日程は自由時間をもらってエンの精霊魔法の研究を行っていた。
 時々何かを呟きながら暗い表情をして帰って来る千尋を心配したが、話しかけるとすぐにいつもの笑顔に戻るのでエンの魔法について考え事をしていたのだろうとリゼも安心した。

 朱王は呼び寄せたクリムゾンメンバーと共にエルフ達の教育の状況を見て回り、ラルスとレオニーと相談しながらクラウディア以下部下達と共に施設の建設や城の整備について話し合いを進めていた。
 小さいながらもヴァイス・エマ国として建国したのであれば今までのようにはいかない。
 しっかりと地盤を固めながら他国との貿易を進めてもらいたいと思う朱王。
 すでにゼス王国からも数十名クリムゾンメンバーの派遣を依頼済みで、建設に携わる知識を持つ者を優先して手配してもらった。
 今後はラルスやレオニーと共にこの国を住みよい国にしてほしい。



 わずけ八日だけの滞在だったが、千尋達のおかげでエルフ達の暮らしは随分と変わった。
 映画の日もさる事ながら、強力な武器を手に入れた事で食事情も様変わり。
 野菜中心の料理を食べていたというエルフ達だったのだが、獲物を狩るのが容易になる事で肉の入手量が数倍に増えた。
 それと大量に持って来てもらった調味料のおかげで味の幅も広がった。
 朱王の食の魔石を渡しても良かったのだが、料理について煮る、焼く程度の事しかしてこなかったエルフ族には再現する事は不可能だろう。
 今後人間領に入れるようになったら料理修行に出ればいいし、もしヴァイス・エマに客を迎える機会があれば、ここの美味しい野菜と肉のステーキでも出しておけば充分だ。
 綺麗な皿も欲しいところだが、鉄板焼きならぬ石板焼きにすれば、その豪快な食事に貴族や金持ちなんかは喜びそうだ。






 ヴァイス・エマに来てから五日目の夜にはノーリス王国の映画が配信され、エルフ達もその映画を楽しむ事が出来た。
 今後ある程度国として成り立つようになった際には、ノーリス王国の映画上映前にクラウディアやエリオッツ達にも挨拶をさせる予定だ。

 竜人とエルフ族の国、ヴァイス・エマ。
 まずはエルフ達の安全を確保する為にも精霊魔導に慣れてもらう事が先決だろう。

 朱王としてはこの国にヒーラーを派遣したかったのだが、ノーリス王国のクリムゾンメンバーにヒーラーはいない。
 それ以前にヒーラーという特殊な魔力を持つ者自体が極端に少ない為、この国にヒーラーを配するのは今後しばらく掛かるだろう。
 三ヶ月後に産まれる予定のエルフの子にはヒーラーになってもらうようだが、魔法医として回復魔法を人並みに扱えるようになるまでは十数年は要する。
 クリムゾンでも数少ないヒーラーのうち、ザウス王国から一人派遣しようと考えている。
 今すぐ必要とするわけでもないので三ヶ月後の出産時期に合わせて連れて来ればいいだろう。
 もしそれまでに何かあった場合はノーリス王国に対応してもらうよう手配する。



 そして六日目の朝にはカミンから重要な連絡を受けている。

 大王領に到着し、アイザックに連れられて領内を見て回るという。
 そしてアイザックとフィディックが大王の城へと向かい、ディミトリアス大王との謁見を申し込むとの事。

 カミンとマーリン達だけの定時連絡なのだが、大王領に入る前にアイザックも朱王と是非とも話したいとの事で映し出されている。

「朱王殿! カミン卿と一緒に行動してから驚きの連続だ! レイヒム殿の料理の美味さは私の心を鷲掴みにしたぞ! それになんだ、映画! 私もこれまで生きてきてあれ程素晴らしい物があるとは思いもよらなかった! 感動で目から止め処なく涙が流れたぞ!」

 やはり涙を流したらしい。
 リルフォンこそ渡してないがアイザック付きの部下も感動して涙を流していたと言っていた。
 レイヒムの料理は当然のように喜んでくれているらしい。
 おっとりした魔人のアイザックが興奮しながら言葉を捲し立てていた。

 その日の夕方には再びカミンから着信があり、ディミトリアス大王との謁見が叶い、翌日の朝に城へ来るようにとの事。
 時間の指定は何もなかったそうだ。
 時計がないこの国では朝と言えば朝らしい。
 アイザックはリルフォンによって時間を見る事が出来るが、大王の食事が終わった頃を見計らって十時に向かう事にした。

 その日の宿泊はアイザックも大王領にきた際に寝泊まりする宿を案内されている。

 翌朝も定時連絡を受け、昼過ぎにはまた着信があった。
 ディミトリアス大王はリルフォンに大層驚き、大王領に住む魔貴族、上位魔人八人にもリルフォンを配ったとの事。
 残り一つはディミトリアス大王の娘に渡したそうだ。
 気を良くしたディミトリアス大王はリルフォンでしばらく魔貴族達との通話やその機能を堪能し、もう一つのお土産であるモニターにも興味を示してまずはその映画を見せてみろと言われて再生。
 少し見せてから話しを聞いてもらおうと思ったが、まずはこの映画について見極めなければ話しを聞かないとの事。
 それ程大きくないモニターに十人の魔人が食い入るように見つめていたそうだ。
 映画を一本観終われば、次はシリーズ物を見始める。
 見極めなければ話しは聞かないとの事なのでそのまま観せているそうだ。

 翌朝も、そして今朝の定時連絡でもまだ見極めていないからと話しを聞いてもらえていないそうだ。
 どハマりしてるなーと思いながら、危険もなさそうなのでカミン達には様子見してもらっている。





 エリオッツ達やクラウディア達、クリムゾンメンバーとエルフ達。
 この国の全員が集まる中、車に乗り込む千尋達。
 蒼真が運転して帰る事にする。

「じゃあ皆んな、この国が良くなるのも悪くなるのも君達次第だ。しっかり教育していい国にしてくれ」

「はい朱王様。ご期待に添えるよう努めます」

「レオニー、はい、これ。クリムゾンメンバーの分のリルフォン。何かあったら連絡してねー」

 竜人や女王達にリルフォンを配った為、数える程しか手元になかったので今まで渡していなかった。
 飛行装備も渡したいところだが魔石の残りが少ない事と素材が手元にないので今回は見送る事に。
 次回また三ヶ月後には来る予定なのでその時に持って来ればいいだろう。

 多くの人に見送られてヴァイス・エマを後にする。
 元来た洞窟内に車を走らせ、朱王に言われるままに魔力登録をする。
 魔力登録を済ませてあれば魔法陣を発動し、その場にいる魔法陣内の生物を転移するよう作られているそうだ。
 転移の魔法陣の出口は縦穴の途中ではなく、縦穴のそのすぐ横になっていた。
 今までエルフ達を拐われないようにする為に縦穴の途中にしていたのだが、今後出入りするだろうと魔法陣の位置を守護者達に変更してもらったのだ。



 また後部座席では映画を観ながらお菓子を貪り、前席では音楽を楽しみながら雲の中に突入。
 雲を掻き分けながら進んで天空の王国、ノーリス王国へと登っていく。

 雲の上の城を横目に走り進み、昼過ぎには朱王邸に到着した。

 あと二日滞在する事とし、昼食を食べた後にはスカイダイビングからのスノーボードを楽しんだ。
 残念ながら朱王だけは溜まっていた仕事の処理をしに部屋へと戻って行ったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...