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第2章
第35話、五条橋風華
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◆ ◆ ◆
……ここは?
目を見開き部屋を見渡せば、カーテンから朝陽が溢れていた。
そこでベットから上半身を起こすと、テレビ画面を見つめ、真っ黒な画面に光を灯す。
そしてチャンネルを操作しニュース番組に変えると、ちょうどキャスターが日付を言っている場面であった。
今はメインの時間帯、だね。
しかし全てが今までに無いぐらい順調である。
とその時、部屋の外、長い廊下をカラカラと台車を押してくる音が聞こえ始める。
その音は私の部屋の前まで来ると、ピタリと止まった。
「風華さま、お食事をお持ちしました。……風華様? 」
「起きています、そこに台車ごと置いていて下さい」
「かしこまりました」
私の返事を受け、スリッパを履いた足音が遠退いていく。
天井の付いた一人では大きすぎる寝台から起き上がった私は、ウサギさんのスリッパを履くとパジャマ姿のまま部屋の入り口へとパタパタ進んでいく。
そして朝食がのった二段式の棚が付いた台車を押して部屋に入れると、食事には口をつけずに台車ごと部屋のすみに置き、メイクドレッサーの前の椅子に腰を下ろす。
私は鏡で自身を見つめながらクシで髪をとくと、お母さん譲りの長い金髪をフリフリのリボンが付いたゴムでツインテールに纏めあげた。
今の私は、表向きはユウトお兄ちゃんが死んでお姉ちゃんが置き手紙を残して失踪したため、それがショックで引きこもりをしている事になっている。
鏡に映した私を見ながら、口を膨らませたりすぼめてみたりして顔の体操をしたのち、笑顔の確認を行う。
私はお兄ちゃんが大好き。
物心ついた時には既に優しい笑顔が大好きで、ずっとずっとお兄ちゃんを見ていた。
最初は頭をなでなでしてくれるだけで幸せだった。
でも大きくなるにつれて、それだけじゃ満足しなくなってしまう。
何をするにしても、ふと気がつけばお兄ちゃんの事を想い、次はいつ会えるのかなと考えては会いたい気持ちを勉強や習い事を一生懸命する事で無理やり誤魔化してきた。
実際にお兄ちゃんに会えば少しでも独り占めにしたくて、知ってる話も知らないフリをして、少しでもお話しをするひと時を引き延ばしてはお兄ちゃんの視線をこちらに向けさせた。
でもそんな努力をしたとしても、会えば必ず別れの時がやってくる。
そこで実感し大きくなる満たされない気持ち。
胸が苦しくて息が詰まりそうになる切なさ。
でも私は笑顔を絶やさない。
それは私の価値を落とさないため。
私が笑顔を見せれば、誰もが優しく接してきた。
また優しくして欲しいから、私は嘘の笑顔も見せた。
でもお兄ちゃんだけは違う。
一番振り向いて欲しい人なのに、唯一私の価値に魅了されない存在。
私には他の誰かではダメ。
お兄ちゃんしかいない。
でもお兄ちゃんはいつだってマコねーちゃんを見ている。
私だけを見ていて欲しいのに。
思い通りにいかなくて無理やり迫った事もある。
でもそんな強引なやり方では、お兄ちゃんを私だけの特別な存在には出来なかった。
暗示をかけて思い込ませてみた事もあったけど、それもなんか違った。
どうしてうまくいかないの?
私が幼いから?
あっという間に大人になるよ?
私が可愛くないから?
お兄ちゃんが振り向くように、もっといっぱいいっぱい努力をするよ?
お兄ちゃんが悲しむ姿を見たくない。
お兄ちゃんから嫌われたくない。
でも私は執念深い。
何度も何度も例え拒絶されたとしても、絶対に諦めないよ?
だからお兄ちゃん成分が足りなくなったら、その時はこれからも補充していいよね?
お父様をこれ以上心配させられないから、全てが終わるメドである一ヶ月分のアリバイ作りもつい今しがた終わった。
それにお兄ちゃん成分もだいぶ無くなってきた。
だからお兄ちゃんの事を想いゲートを開く。
お兄ちゃん、今から会いにいくからね。
ゲートへ脚を伸ばそうとしていると、廊下をドガドガと走る足音が聞こえてくる。
続けて聞こえる叫び声。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
その野太い声は部屋の前まだ来ると、止まる事なく私の名前を連呼し続ける。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
思わず固まってしまう。
……驚いちゃった。
だってこんな展開、初めてなんだもん。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
私は静かにゲートを閉じる。
「ふぅかぁー!ふぅ——」
「お父様! 大声で叫ぶのはやめて下さい! 」
「おおすまん。してこの扉を開けてはくれないか? 」
「今日もそんな気分じゃないのです」
「高い高いをしてあげるぞ? 」
「お父様! フウはもう小学五年生です。
高い高いをしてくれるからと言って、無邪気にしっぽを振る時期はとうに終わっています」
「どうしても開けてはくれぬか? 」
「ムリです」
「そうか、それは残念だなー。
実はな、フウちゃんが大好きなレインボーヴァルキュアも出ている最新作、『ヴァルキュアドリームスターズ虹色パレットの秘密』を極秘に入手したもんで、今から大広間で上映会を開こうかと思っとったのだが、実に残念だなー」
「おっ、お父様、ヴァルキュアの最新作はまだ告知が始まったばかりなのでは!?
それにどうやって!? 」
「ああ、これから手直しもあるだろうが、全国で上映される正規版の初期段階であるオリジナル版をあるスジから手に入れてな。
それとフウちゃん、大人は基本物分かりが良い生き物でな、諭吉さんの束をチラつかせたら大抵ころりじゃわい」
観るのを諦めていたヴァルキュアの最新作、それがまさかこんな形で観れるチャンスがくるとは!
……でも私はもう小学五年生。
最近膨らみ始めた胸に手を充てがう。
私はお子ちゃまを卒業して女性への階段を上がっている最中の存在である。
それにこれから優しいお兄ちゃんに会いに行くのであって——
その時、ぬいぐるみたちと一緒に部屋の棚に飾ってあるレインボーヴァルキュアの歴代でも最強キャラ、ヴァルキュアシューティングスターのフィギュアが目に飛び込んでくる。
……お兄ちゃん優しいから、少しだけ寄り道しても怒らない、かな?
そうだ、お兄ちゃんがこの事を知ったなら、逆に観ておいでと頭をなでなでしてくれるはず!
うん、そうに違いない!
「お父様、いま扉を開けます! 」
異世界に行くのは、ヴァルキュアを観てからにするから、お兄ちゃん、もう少しだけ待っててくださいね!
「おおぉ、フウちゃんよ、よく開けてくれた。
頭を撫で撫でしてあげよう」
扉を開けると同時に、優しくも厳しいお父様が突撃してきました。
お父様は片手で私を軽々抱き上げると、これでもかって言うぐらい頭をなでなでしてきます。
そして角ばった大きな顔が私の頬にジョリジョリと擦り付けられる中、目眩がしました。
「フウちゃん? 」
そこで私は、思い出せなかった前回の記憶が蘇っていきます。
どうやら前回は暴走しちゃってたみたいです。
それにあのサディストがいい仕事をしたのですね。
そのお陰であの表裏一体で底が知れない存在、何度戦ってもどうしても倒せなかったヴィクトリアが、ああも弱体化してしまったのです。
それにその後、……これは目標変更ですね。
対抗出来る力を手に入れるため、……そうですね。
あれが使えるかもしれないです。
うん、そうする事に決めました。
当分お兄ちゃんには会えなくなっちゃうけど、全部終わったらお兄ちゃんを独り占めにするから、それまでは我慢してないと。
「お父様、ヴァルキュアはもう——」
いえ、わざわざお父様を悲しませる必要はないです。
目標変更で急ぐ必要もなくなったですし、何度観ても面白いものは面白いのだから。
私は笑顔を見せる。
「お父様、早くヴァルキュアを観にいきましょう! 」
……ここは?
目を見開き部屋を見渡せば、カーテンから朝陽が溢れていた。
そこでベットから上半身を起こすと、テレビ画面を見つめ、真っ黒な画面に光を灯す。
そしてチャンネルを操作しニュース番組に変えると、ちょうどキャスターが日付を言っている場面であった。
今はメインの時間帯、だね。
しかし全てが今までに無いぐらい順調である。
とその時、部屋の外、長い廊下をカラカラと台車を押してくる音が聞こえ始める。
その音は私の部屋の前まで来ると、ピタリと止まった。
「風華さま、お食事をお持ちしました。……風華様? 」
「起きています、そこに台車ごと置いていて下さい」
「かしこまりました」
私の返事を受け、スリッパを履いた足音が遠退いていく。
天井の付いた一人では大きすぎる寝台から起き上がった私は、ウサギさんのスリッパを履くとパジャマ姿のまま部屋の入り口へとパタパタ進んでいく。
そして朝食がのった二段式の棚が付いた台車を押して部屋に入れると、食事には口をつけずに台車ごと部屋のすみに置き、メイクドレッサーの前の椅子に腰を下ろす。
私は鏡で自身を見つめながらクシで髪をとくと、お母さん譲りの長い金髪をフリフリのリボンが付いたゴムでツインテールに纏めあげた。
今の私は、表向きはユウトお兄ちゃんが死んでお姉ちゃんが置き手紙を残して失踪したため、それがショックで引きこもりをしている事になっている。
鏡に映した私を見ながら、口を膨らませたりすぼめてみたりして顔の体操をしたのち、笑顔の確認を行う。
私はお兄ちゃんが大好き。
物心ついた時には既に優しい笑顔が大好きで、ずっとずっとお兄ちゃんを見ていた。
最初は頭をなでなでしてくれるだけで幸せだった。
でも大きくなるにつれて、それだけじゃ満足しなくなってしまう。
何をするにしても、ふと気がつけばお兄ちゃんの事を想い、次はいつ会えるのかなと考えては会いたい気持ちを勉強や習い事を一生懸命する事で無理やり誤魔化してきた。
実際にお兄ちゃんに会えば少しでも独り占めにしたくて、知ってる話も知らないフリをして、少しでもお話しをするひと時を引き延ばしてはお兄ちゃんの視線をこちらに向けさせた。
でもそんな努力をしたとしても、会えば必ず別れの時がやってくる。
そこで実感し大きくなる満たされない気持ち。
胸が苦しくて息が詰まりそうになる切なさ。
でも私は笑顔を絶やさない。
それは私の価値を落とさないため。
私が笑顔を見せれば、誰もが優しく接してきた。
また優しくして欲しいから、私は嘘の笑顔も見せた。
でもお兄ちゃんだけは違う。
一番振り向いて欲しい人なのに、唯一私の価値に魅了されない存在。
私には他の誰かではダメ。
お兄ちゃんしかいない。
でもお兄ちゃんはいつだってマコねーちゃんを見ている。
私だけを見ていて欲しいのに。
思い通りにいかなくて無理やり迫った事もある。
でもそんな強引なやり方では、お兄ちゃんを私だけの特別な存在には出来なかった。
暗示をかけて思い込ませてみた事もあったけど、それもなんか違った。
どうしてうまくいかないの?
私が幼いから?
あっという間に大人になるよ?
私が可愛くないから?
お兄ちゃんが振り向くように、もっといっぱいいっぱい努力をするよ?
お兄ちゃんが悲しむ姿を見たくない。
お兄ちゃんから嫌われたくない。
でも私は執念深い。
何度も何度も例え拒絶されたとしても、絶対に諦めないよ?
だからお兄ちゃん成分が足りなくなったら、その時はこれからも補充していいよね?
お父様をこれ以上心配させられないから、全てが終わるメドである一ヶ月分のアリバイ作りもつい今しがた終わった。
それにお兄ちゃん成分もだいぶ無くなってきた。
だからお兄ちゃんの事を想いゲートを開く。
お兄ちゃん、今から会いにいくからね。
ゲートへ脚を伸ばそうとしていると、廊下をドガドガと走る足音が聞こえてくる。
続けて聞こえる叫び声。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
その野太い声は部屋の前まだ来ると、止まる事なく私の名前を連呼し続ける。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
思わず固まってしまう。
……驚いちゃった。
だってこんな展開、初めてなんだもん。
「ふぅかぁー! ふぅかぁー! 」
私は静かにゲートを閉じる。
「ふぅかぁー!ふぅ——」
「お父様! 大声で叫ぶのはやめて下さい! 」
「おおすまん。してこの扉を開けてはくれないか? 」
「今日もそんな気分じゃないのです」
「高い高いをしてあげるぞ? 」
「お父様! フウはもう小学五年生です。
高い高いをしてくれるからと言って、無邪気にしっぽを振る時期はとうに終わっています」
「どうしても開けてはくれぬか? 」
「ムリです」
「そうか、それは残念だなー。
実はな、フウちゃんが大好きなレインボーヴァルキュアも出ている最新作、『ヴァルキュアドリームスターズ虹色パレットの秘密』を極秘に入手したもんで、今から大広間で上映会を開こうかと思っとったのだが、実に残念だなー」
「おっ、お父様、ヴァルキュアの最新作はまだ告知が始まったばかりなのでは!?
それにどうやって!? 」
「ああ、これから手直しもあるだろうが、全国で上映される正規版の初期段階であるオリジナル版をあるスジから手に入れてな。
それとフウちゃん、大人は基本物分かりが良い生き物でな、諭吉さんの束をチラつかせたら大抵ころりじゃわい」
観るのを諦めていたヴァルキュアの最新作、それがまさかこんな形で観れるチャンスがくるとは!
……でも私はもう小学五年生。
最近膨らみ始めた胸に手を充てがう。
私はお子ちゃまを卒業して女性への階段を上がっている最中の存在である。
それにこれから優しいお兄ちゃんに会いに行くのであって——
その時、ぬいぐるみたちと一緒に部屋の棚に飾ってあるレインボーヴァルキュアの歴代でも最強キャラ、ヴァルキュアシューティングスターのフィギュアが目に飛び込んでくる。
……お兄ちゃん優しいから、少しだけ寄り道しても怒らない、かな?
そうだ、お兄ちゃんがこの事を知ったなら、逆に観ておいでと頭をなでなでしてくれるはず!
うん、そうに違いない!
「お父様、いま扉を開けます! 」
異世界に行くのは、ヴァルキュアを観てからにするから、お兄ちゃん、もう少しだけ待っててくださいね!
「おおぉ、フウちゃんよ、よく開けてくれた。
頭を撫で撫でしてあげよう」
扉を開けると同時に、優しくも厳しいお父様が突撃してきました。
お父様は片手で私を軽々抱き上げると、これでもかって言うぐらい頭をなでなでしてきます。
そして角ばった大きな顔が私の頬にジョリジョリと擦り付けられる中、目眩がしました。
「フウちゃん? 」
そこで私は、思い出せなかった前回の記憶が蘇っていきます。
どうやら前回は暴走しちゃってたみたいです。
それにあのサディストがいい仕事をしたのですね。
そのお陰であの表裏一体で底が知れない存在、何度戦ってもどうしても倒せなかったヴィクトリアが、ああも弱体化してしまったのです。
それにその後、……これは目標変更ですね。
対抗出来る力を手に入れるため、……そうですね。
あれが使えるかもしれないです。
うん、そうする事に決めました。
当分お兄ちゃんには会えなくなっちゃうけど、全部終わったらお兄ちゃんを独り占めにするから、それまでは我慢してないと。
「お父様、ヴァルキュアはもう——」
いえ、わざわざお父様を悲しませる必要はないです。
目標変更で急ぐ必要もなくなったですし、何度観ても面白いものは面白いのだから。
私は笑顔を見せる。
「お父様、早くヴァルキュアを観にいきましょう! 」
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