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第1章

第30話、祈りの光

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 迫ってきていたニコルソンが、左胸を棍棒で突かれたようにして大きく退け反った。

 真琴が無言で攻撃、右腕を突き出したのだ。

 そのためこちらに迫ってきていた勢いは完全に消え、後方へ数歩よろけるとその場で立ち止まる形になったのだけど——

 ニコルソンは真琴の攻撃を受けたのに、外傷が出来なかった。

 仮に目の前のニコルソンがモンスターならば、ゴブリンや黒い狼と同じように見るからに分かる程の傷を受けたはず。
 しかしニコルソンの身体にはそれらがない。即ち盗賊たちと同じ、人の反応である。

「また近づいてきたら、今度は容赦しないよ! 」

 真琴がニコルソンに警告をした。
 警告をするという事は、真琴も目の前の男が人間であるかもと判断したのだ。

 でも人間だとするなら、病気なのかもしれない。
 地球にも狂犬病や薬の乱用とかで、正気を失い暴れまわる人間がいると、ネットやテレビで耳にする。
 だとすると、もしかしたらだけど俺の回復魔法が効く可能性が少しだけでもあるかもしれないという事だ。

 思ったが吉日、俺は既に唱え終え発現させていたバスケットボール大の白濁球を浮かせたまま、ニコルソンに歩み寄る。

「ユウト、こっちに来たら危ないよ! 」

 真琴の対面のニコルソンは真琴の攻撃が効いたようだけど、それでも手をだらんとさせながら力なく歩き出している。他の扉からは、いつ新手が飛び出してきてもおかしくないくらいの呻き声が聞こえてきている。
 でも——

「ちょっと試させて! 」

 そしてニコルソンの三メートルくらい前に移動すると、白濁球を正面に据える。

 こちらを睨むニコルソンが、モーニングスターを掲げると大きく口を開け、キィシャァーと叫びながらヨタヨタと早歩きをし出した。

 そこで俺は白濁球を操る。
 そしてゆっくりとだけど迫るニコルソンに対し、俺の白濁球が真横に弾け降り注いだ。
 それをモロに受けていくニコルソン。
 盛大に降り注ぐように操ったため思ったより勢いがあったらしく、ニコルソンは直撃と共に仰け反りモーニングスターを落とした。

 その間も白濁液は、勢いよく煙を上げ気化していく。
 やっぱり怪我人だったのか!?
 立ち昇る煙で見えなくなるニコルソンをみながらそんな事を思っていたのだけど、実際は違った。
 第一、今までこの回復魔法を使って煙が上がることなんて一度もなかったからだ。

 そして煙が引いて次第に見えてくるニコルソンは、白濁液を受けた箇所がヒビ割れ砂へと変わっていっていた。
 その砂に変わる箇所は、侵食するようにかかっていない場所にも広がり、あっという間にヒト1人を砂へと変えてしまう。

「えっ、なんで!? 」

 人が目の前から消えてしまった。
 しかも俺が白濁液をかけたら。
 人を殺してしまったとパニックになる中、後方から冷静な言葉がポツリと落とされた。

「……ニコルソンさんは、アンデッドです」

 ルルカだった。
 沈痛な面持ちで、静かに言った。
 そして続ける。

「アンデッドには、聖なる光魔法と、回復魔法に含まれる浄化の力が有効なので、肉体に囚われていた魂がユウトさんの浄化の力で天に召されたのです」

 そっ、そうか!
 なれの果てとはアンデッドを意味してたんだ。
 しかもアンデッドが相手なら、俺も戦える事になる!
 そしてニコルソンがアンデッドなら、俺は人を殺したわけではない。

 俺は一先ず安堵した。
 しかし先ほど感じた感覚はなんだったのだろう?
 よく人を殺すのにはかなりの覚悟がいるって聞いた事があるけど、これがそうなのか?

 人を殺してしまったと思った時、自分が自分ではなくなる感触に襲われ体温が明らかに下がり、そして勘違いだとわかり、心底喜んだ。

 同種を無闇に殺さないため、DNAに刻まれた情報なのかも知れないけど、それがこんなに強く身体に作用するだなんて。

 そんなふうに自分の事ばかりを考えていたために、気付くのに遅れた。
 ルルカの異変に。

 そして気づく。
 ルルカのお姉さんはここで死んだのかも知れないことに。
 またここで死んだイコール、アンデッドになっている可能性が高い事に。

 ルルカはダウジングを手にし、一人探っていた。
 もちろん姉の存在を。
 そしてダウジングは一番左の扉の方向をずっと強く指している。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 ルルカは涙をポロポロ流しながらロッドを握る。

「来るよ! 」

 真琴が叫んだ。
 そして各扉から、アンデッドたちがその姿を見せ始める。
 俺は後退してルルカの前に陣取ると、白濁球を続々と完成させていく。

 そして先頭のアンデッドたちがこちらを捕捉し、駆け始めた。
 それに釣られて後続のアンデッドたちも次から次へと出てくる。

 そこで真琴の掌底打ちが右、左、右と放たれ始める。

 真琴の一発は先頭のアンデッドだけではなく、その直線上の後続の者たちにもダメージを与えているようで、一発撃つたびに扉から飛び出ようとしているアンデッドたちをドミノ倒しをするかのようにバタバタと仰け反らし、また当たった部分によっては倒していく。
 そして頭を撃ち抜かれたアンデッドは、その場で砂へと還った。

 圧倒的な攻撃力!
 しかし五方向から迫ってきているため、真琴も取りこぼしが出来ていた。
 それらに対して俺の白濁球が、さながらショットガンのように降り注ぎ砂へと還す。

 そしてどれくらいのアンデッドを倒しただろうか?
 扉から現れるアンデッドも数が激減した頃に、一番左の扉から女性のアンデッドが地面を這いながらゆっくりと姿を現した。

 あれ?
 このアンデッド、左腕一本で這ってきている。
 そして残りの腕と両脚が千切れてしまっているその姿に、前日見た少女の助けの姿が重なっていく。
 もしかしてあの時みた助けを求める少女は、……この子だったのでは!?
 いやでもそうだとしたら、時間的におかしくなるわけで……。

「お姉ちゃん! 」

 ルルカが痛々しいほどに叫んだ。
 その女性のアンデッドに向かって。

 とにかく俺が今すべき事は——
 残っていた白濁球を一箇所に集めると、運動会の玉転しの球と同等の大きさである特大の白濁球を作り上げる。
 そしてルルカを真剣な眼差しで見つめる。

「ルルカ、キミの手でお姉さんを天国に送り届けよう」

 俺の提案にルルカは頷き、静かに唱え始める。
 テクニカル回復魔法ベ・イヴベェを。

 ルルカの手の平に生まれた聖なる液体を、俺の白濁球を回転させることで吸い上げ同化。
 そして地を早く這い始めていたお姉さんに、特大の白濁球を落とす。浄化のエネルギーはお姉さんを包み込むと、一瞬で真っ白な砂へと還した。

 ルルカは涙に濡れる瞳を固く閉じ跪くと、両手を胸の前で握り合わせる。
 するとルルカの身体が薄い発光に包まれた。

「汝を想う我は、汝を愛し、敬い、慰め、助け、そして命ある限り真心を尽くすことを、巡り巡った約束の地で果たすことを汝に誓います」

 ルルカの閉じた瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

「だから、それまで待ってて下さいね」

 その時、白い靄みたいなものが跪くルルカの前に現れた。
 ルルカを見つめるその横顔は先ほどの女性アンデッド、そして助けを求めていた少女の顔に似ている。

 これって、感情が高まりすぎて目がおかしくなったのかな?
 目をこするがそれはまだ見えている。
 そこで真琴に目を移してみる。
 真琴は新手のアンデッドを倒し始めているし、ルルカもそんな真琴を応援するようにベ・イヴベェを唱え始めている。
 もしかして気付いているのは俺だけ?

 白い靄はと言うと、暫くルルカの前にいたが、こちらに一度振り返った時に優しく笑いかけてきて、次の瞬間には消えていった。

 今のは目の錯覚だったのだろうか?

 とにかくまだ戦闘は続いている。
 今は感傷にひたっている時ではない。
 そしてこれだけは分かった。ここは完全にトラップ部屋である。

 しかしモンスターがわざわざ冒険者を倒すための部屋なのかな?
 いや、いたぶるためか。
 こんなトラップにはそんな意味あいしか思いつかない。

 ダンジョンモンスター、まだ今日一日しか見ていないので断定は出来ないけど、彼らは彼らなりに存在、生きているように感じた。

 なにに喜びなにに怒るのか、まだまだわからない事だらけだけど、もしかしたらこの場所は何かしらの理由でダンジョンマスターが彼らのために用意をした——

「ひぃっ! 」

 真琴が引き攣ったような声を上げた。
 そしてそいつは闇に生えるようにして、扉の奥の闇の中から顔だけを出していた。
 次第にぬるっと闇から姿を現わすそいつは、生気を感じさせない仮面のような真っ白な顔で、その腰が曲がった体躯を覆い隠すようにしてボロボロの布を着ていた。

 しかしなんでこいつがここに!?

 そう、俺の頭に流れ込んできたそいつのソウルリストは、魂の旋律者であったのだ。
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