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第1章

第15話、祈りの意味

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「早かったですね! 」

 ルルカが驚きの声と共に迎え入れてくれた。

「ちょっと色々あってね」

 苦笑混じりで言いながら、丸テーブルの椅子に腰掛けた。そして一度咳払いをしたあと真剣な眼差しで彼女の瞳を見据える。

「ルルカ、さっきの続きなんだけど、ちょっと質問してもいいかな? 」

「はい」

「どうして俺らを雇っても良いと思ったの? 」

「それはお兄さんが優しそうだったのと、ソウルリストを見て二人とも強そうな事がわかったからです」

「そうか。じゃぁ、ダンジョンってこの街の近くには悪鬼要塞しかないの? 」

「えっと、魔術師の洋館・・・・・・がありますけど、……そこは難度が一気に上がるからオススメしないです」

 そこで真琴が口を挟む。

「ボクはかなり強いからね、その魔術師の洋館ってとこに行ってみようかな? 」

 その言葉にルルカが固まってしまう。
 そして呻くようなかすれ声をあげる。

「でも道がわからないダンジョンは危険だし——」

「攻略中の人に聞くよ」

「……踏破されてないフロアがたくさんあるっていうですし——」

「そこに足を踏み入れるのが、ボクたち冒険者ってやつだろ」

 ルルカは俯くと、それ以上は何も言わなくなった。
 そしてすすり泣く声が聞こえ始める。

 そこで真琴が耳打ちをしてきた。

「ごめん、追い詰めすぎちゃった。
 あとお願いしてもいいかな? 」

 それに頷きで返し視線をルルカに移す。

「ルルカ、キミがいい子なのは話してみてなんとなく感じたよ。でもね、隠し事はよくないよ」

 ルルカはまだ泣いている。

「キミはさ、本当は悪鬼要塞に行きたいだけじゃないのかな?
 キミの事だから、そこに俺たちを連れて行って罠にはめる、とかが目的ではなさそうだよね。
 じゃ残るは一つ、キミ自身が行きたいから。
 違うかな? 」

 話の途中で泣き止んでいたルルカは、俯いたままだ。

「よかったらさ、なぜそこに行きたいのか俺たちに聞かせてくれないかな? 」

 顔を上げるルルカは、目に涙を浮かべている。
 しかし意を決したのか、その瞳に光が宿っていた。

「——私のお姉ちゃんに、祈りを捧げたいのです」


 ルルカの告白。
 それは歳が五個離れた大好きなお姉さん、ミルミカの話であった。

 活発な女性であったミルミカは、両親の反対を押し切って冒険者になった。
 そしてすぐに、街から一番近いダンジョンである悪鬼要塞に潜るようになる。
 ダンジョンには自然発生する宝箱なんてのがある。
 その中には普通に暮らしていては手に入りにくい、特殊な鉱物やマジックアイテム、剣から鎧までと多岐にわたる物が入っており、そのどれもがいっときの間、裕福に暮らす事が出来るだけの財宝であった。

 だがそんな宝箱は滅多にお目にかかれない。
 しかしそれでもモンスターを倒した時に時折落とす鉄くず等の鉱物は、ルルカ一家にちょっとした贅沢な時間を与えた。
 またミルミカが冒険の記録を綴ったノートを解説付きで読み聞かせてくれる事が、ルルカの就寝前の楽しみでもあった。

 しかしある日を境に、姉は家に戻らなくなった。
 その次の日、ギルドからの捜索隊が結成された。
 そして姉が戻らなくなってから三日後、両親が涙するのを見て、姉が亡くなったのを知った。

 悪鬼要塞、そこは他のダンジョンと同じく、かなりの広さを有するらしい。
 迷宮核がある場所までの道程は解明されているのだが、今も派生で生まれていると言われる建造物の中には、もちろん地図が作成されていないところもある。

 またお姉さんのノートが回収された事で、生存は困難と判断されて捜索が打ち切られたのが、だいたい一年前。
 肉体はとっくの前にダンジョンに吸収されているはずだから、遺体の回収は無理でも、せめて直接赴いてお祈りをしたいそうだ。

 仮に危険なモンスターがいてそこへ行けなかった場合は素直に諦め、迷宮踏破の旅をしていると言う勇者様が来た時、助けて貰えないか改めて頼むと言った。

「へぇー、この世界には勇者がいるんだ」

 真琴が興味深そうに言った。

「はい、勇者様はSランク冒険者らしいのですけど、その多くの武勇伝を知った人たちが、誰ともなく勇者様って呼ぶようになったそうです」

「それは一度でいいから見てみたいな」

 Sランク冒険者のSって、やっぱりスーパーって意味なのかな?
 それより——

「俺からも質問していい? 」

「はい」

「悪鬼要塞にいるモンスターと、この街の近隣に出没する盗賊って、どっちの方が強いの? 」

「えーと、ダンジョン内ではソロで行動する人も多いみたいですけど、そんな人達もダンジョンへ移動するまでは団体行動を取るらしいので、盗賊のほうが強いのかもしれないです。
 聞いた話だと、盗賊の中には元冒険者の人がいたりするらしいですし」

「そうなんだ」

 そう言えば街に着く前に戦ったガーレンは、元Cランク冒険者とか言っていたな。
 それに考えたら、人の方が狡猾だったり執念深かったりしそうだよね。

 まぁ仮にモンスターの方が盗賊より若干強かったとしても、真琴クラスの飛び抜けて強いのはそうそういないだろう。
 これはダンジョン内でも、真琴の強さは際立ちそうである。

「あとそう言えば、この世界に来てからみんな祈りがどうとかって結構言ってる気がするんだけど、祈ったら具体的にどうなるの? 」

「それはもちろん救われる、だけですけど? 」

 なんだ、意味は地球と一緒か。
 一人納得しようとしていると、ルルカが続きを話し始める。

「そうですね、その事も忘れちゃってるんですよね。ほらっ、こうやって魔力を消費して祈ると、正式にお別れをする事が出来るんですよ」

 ルルカが祈りのポーズで目を閉じた。
 そしてポーズはそのままに瞳だけを開くと、話を続ける。

「こうする事によって、その人との今までの出会いに感謝をあらわして、これからの旅路への幸せを願うのです。
 そしたら例え今世でもう会えなかったとしても、来世では再会を果たせるって言われてます」

 それを聞いた真琴が、遠くを見据えるような瞳をして風が吹けば消えてしまいそうな小さな声で『それはいい習わしだね』と呟いた。

 とにかく、祈りとはこの世界での願掛けみたいなものなんだ。
 そしてそれを信じる人達にとっては聖なる行為。

 そうそう、それと——

「ルルカ、ところでなんだけど、なんで最初からその話をしてくれなかったの? 」

「だってそれは、それを言ったら立場が逆転して、反対にお金を払わないといけなくなるかもと思って。
 わたし、お金持ってません」

「そういう事か、合点がいったよ」

 そこで右手をルルカへ差し出す。

「最初の条件でさ、俺たちのナビゲーターになってくれるかな? 」

「はい、荷物持ちでもなんでもします!
 よろしくお願いします! 」

「俺はユウトで彼女は真琴って言うんだ。
 これからよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします! 」

 こうして俺たち三人は、悪鬼要塞限定の探索パーティーを組むこととなった。
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