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第八章 魔法と工業の都市編

145.古風な挨拶

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 ジョイポンの街に入り北西へ進むと塀と一体化したような建物が見えてきた。そこは個人の家と言うより砦のような造りにみえる。ノミーは本当にこんなところに住んでいるのだろうか。玄関には一般住宅らしからぬ守衛室のような部屋が有り、武装した衛兵でもいるのかと思いきやごく普通の守衛だった。おそらく商人の出入りが多いので荷を運び入れるための大きな門と敷地を有しているのだろう。

「こんにちは、ミーヤと申しますがノミー様はおいでですか?
 お約束しているのでいらっしゃると思うんですけど」

「おお、ミーヤさまですね。
 ご主人様に承っております。どうぞ中へお入りください」

 守衛はそう言うと大きな門の中にある人間用の扉を開けてミーヤとチカマを中へ通してくれた。随分と丁寧な対応だったのですでに神人であることは説明済みなのかもしれない。

「ミーヤさま、ごちそうでるかな?
 ボクお腹空いちゃったよ」

「今日は挨拶と手配してくれた宿の場所を聞くだけよ。
 これが終わったらご飯食べに行きましょうね。
 そうそう、今から会う方は今付けてる貝の髪留めを下さった方よ」

「これ! ミーヤさまとおそろいのやつ!
 あのエルフの人なんだね」

 どうやらチカマはちゃんと覚えていたらしく、ノミーに貰った髪留めを触りながらニコニコしている。やはりチカマも彼に嫌な印象は持っていないようである。案内は守衛から執事に引き継がれ屋敷の中へと進んだ。内装はそれほど豪華ではなく、調度品は実用品が多い印象を受ける。流石やり手の商人と言ったところか。

 応接室に通され少し待つとノミーが現れた。両手を広げながら笑顔で近寄ってくると、目の前で傅いてミーヤの手を取り、その甲へとキスをしたのは以前と同じである。一つ違ったのは今回はチカマの手にもキスをしたことだった。

「ひゃっ!?」

 以前はミーヤがキスされたのを見て焼きもちを焼いていたのだが、さすがに自分がされるとは考えていなかったようで驚きの声を上げて目を丸くしている。

「これは魔人様、驚かせてしまい失礼しました。
 こういったご挨拶は初めてでしたか?」

「多分初めてだと思いますよ。
 私もノミー様以外にされたことはありませんからね」

「そうなのですか?
 昔は紳士と言えばこの挨拶だと聞いていたのですが、最近は廃れてしまったのでしょうか。
 まあわたくしが教わったのは祖父ですのでもう何十年も前のことです」

「挨拶にも流行り廃りがあるなんて面白いですね。
 ジョイポンではまだなさる方もいるのでしょう?」

「ええもちろん、領主のヒアルロ様もなさいますよ。
 滞在中にぜひ神人様をご紹介させてください。
 領主様は商人ではないのですが、商いに理解の深いお方ですからきっと気が合うでしょう」

「それは楽しみですね。
 特に予定は立てていないので、一週間くらいは滞在するつもりです。
 あと塩工場もぜひ見学させていただきたいものです」

 塩工場の運営は企業秘密的な扱いだと考えていたので軽く牽制するつもりで言ってみたのだが、ノミーは笑顔で快諾しミーヤたちの都合のいい時いつでも案内すると言われてしまった。

 考えてみれば、工場の造りを知ったところで海がなければ話にならない。内陸部へ同じ物を建造したからと言って塩が生産できるわけではないのだ。だがカナイ村発展のためには塩は欠かせないし、王国内で唯一塩製造をしているジョイポンやノミーとはうまく付き合っていきたい。

「そう言えば神人様より賜った照り焼きですが、非常に好評価を得ております。
 わたくしが買おうとしてもなかなか手に入らないほどでございますよ。
 街の南からいらっしゃったのであれば長蛇の列をご覧になりましたかな?」

「やはりあの列がそうだったのですね。
 ジョイポンでも受け入れられたなら嬉しく思います。
 ところでこちらの野外食堂には魚介料理を出す店はありますか?
 せっかくなので海の幸を味わいたいと思ってるのです」

「もちろんございますよ。
 珍しくもないので街の者にはそれほど好評とは言えませんがね。
 やはりジョイポンで人気なのは肉料理でしょう」

「まあ、無い物ねだりですね。
 できれば貝類が食べたいと思っているんです。
 どこかにいいお店をご存じないかしら?」

「それならば今夜の食事として手配しておきましょう。
 夜にわざわざ出かける必要もございませんしね」

 夕飯のメニューを宿屋へ指示してくれると言うことだろうか。街の地理もわからないので、ミーヤはどう答えたら良いかわからずにいた。

「ああ、これは失礼をいたしました。
 こちらにいる間、ぜひここへお泊り下さい。
 何日も滞在するとなると宿泊費や食費がバカになりませんからね。
 全部で五名様と伺っておりますがお変わりございませんか?」

「人数は変わりませんが、そこまでお世話になれません。
 ご厚意はありがたいのですが大酒呑みが二人ほどおりますので……」

「なるほど、却ってお気を使わせてしまいそうですね。
 それではお酒は出ししないようにしましょう。
 もし飲みたければ持ちこんでいただくか酒場へ行っていただくのはいかがですか?」

「それならまあ…… でもお食事も出していただくのはご迷惑でしょう。
 土地勘がないので泊めていただけるのは助かりますが……」

「そんなにご遠慮なさらずに。
 照り焼きの屋台で随分と儲けさせていただいておりますから。
 今までの売り上げのうち二割はすでにブッポム殿へお渡ししております」

 そう言えばノミーからも二割貰うことにしていたのだった。最近は全くお金を使わない生活が続いていたので無頓着になっていたが、織機や紡績機を手に入れるための資金を忘れてはいけない。

「あまりお世話になりっぱなしなのも悪いので、何かまたレシピをお教えしましょうか。
 それであれば接待を受けたとしても気が楽ですし。
 とは言っても、どんなものにするかはこれから考えるのですけどね」

「おお! それは素晴らしい!
 どんな料理か楽しみにしておりますよ。
 できれば誰でも手軽に味わえることが出来るような物がよろしいですな。
 高級品となると一部の者の口にしか入りませんのでね」

 ノミーのこういった発言の端々には慈愛を感じる。ナウィンが恐れているような、職人を軟禁し働かせているようには思えない。このことについて突っ込んだ話をすべきかどうか、ミーヤは考えがまとまらず悩み続けていた。

 図らずもノミーの屋敷へ宿泊することになったが、もしかしたら滞在中にナウィンの気も変わるかもしれない。もちろん育ててもらった親から離れるのは辛いだろうが、行き先が安心できる場所でだとわかるだけでも大分違うはずだ。なんにせよナウィンがジョイポンに移るのはまだ二年ほど先なのだし、それまでに色々な場所へ行って見聞を広め、一緒に思い出を作ることにしよう。

 滞在先が決まったことで安心したミーヤとチカマは、さっそくレナージュ達と合流するためにノミーの屋敷を出てから来た道を戻っていった。
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