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第五章 別れと出会い、旅再び編

106.再び冒険へ

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「えええ、十九歳!? もう大人じゃないですか。
 チカマよりも年下で、もしかしたら私と同じくらいだと思ってました」

「やあね、そんなに幼く見えるかしら?
 そんなことないと思うわよ?」

 ヴィクリノ王女はそう言いながら自分の胸を持ち上げるようなポーズをし、こともあろうかレナージュへ視線を送った。それを見たレナージュはジョッキを一気に煽る。

 エルフは全体的にスレンダーだとは聞いているが、だからと言って気にしていないわけではないらしく、レナージュは胸の大きさの話題が出るとしばしば機嫌を悪くする。まあミーヤも昔はペタンコだったので気持ちはわからくもない。

 一方わからないのはこっちだ。それは、つい先ほど父親の酒癖が悪いだの飲みすぎだのと散々文句を言っていたはずなのに、自分が飲み始めたらそんなこと知らぬ存ぜぬといった風で飲み続けている目の前の女性の考えである。

「このアヒージョってやつおいしいわね。
 うちの料理人がもう覚えたらしいし、これから毎日でも食べられるんだから嬉しいわ。
 ピッツァもおいしいわ、この焼けたチーズが私の好きな味よ」

「普段はどのようなものを食べてるの?
 やっぱりお肉が多いのかしら。
 それとも農業国らしく野菜中心とか?」

 さっきまでは馬鹿丁寧に話していたミーヤだったが、酔っ払いを相手にしているうちにばからしくなってしまい、今やすっかり友達のように話をしている。それは王に対しても同じことだ。

「トコスト民は野菜と穀物が中心ですな。
 なんせそれらはとにかく安い。
 ジスコと比べると十倍以上の収穫があるのだぞ?
 人口比でも五倍ですわ、あっはっは」

「王様は農業国の王としての誇りを持っているのね。
 でもなんだかジスコを嫌ってそうに感じるのはなぜかしら?」

「そんなの簡単よ。
 お父様はローメンデル様と一騎打ちで負けたことがあるんですもの。
 あんな竜殺しには勝てないって言われたのに、無謀にも挑んだんですって。
 見たかったなあ」

「こら、余計なことは言わんでよろしい!」

 あんな変な靴履いてまずいお茶飲んでるへーんな人かと思ってたけど、やっぱり強かったのか。それにしても気になるのはヴィクリノ王女が口にした『竜殺し』の異名だ。ということはもしかしてローメンデル山でチカマを叩き落としたのも竜!? というか、あれが竜ならまだ死んでないってことになる。

 それにしてもヴィクリノ王女は、父親とは言え仮にも国王へ向かっての言葉とは思えないほどに容赦がない。そのせいでなんとなく場が寒々しくなったように感じたので、ミーヤは精いっぱいのお世辞を込めてトコスト王を持ち上げてみた。

「でも王様もお強いんでしょ?
 そうでなかったら一国の王なんて務まらないだろうし」

「そうね、私では全く歯が立たないくらいには強いわよ。
 戦士団長よりも強いくらいだから、この国で二番目くらいには強いかもね」

「流石国王陛下ですね!
 私ももっと強くなりたいんですけど、どうやったらそんなに強くなれるんでしょう」

 どうやら機嫌を良くしたらしいトコスト王は嬉しそうに答えてくれた。しかしその回答は何の役にも立たないもので、正直どうリアクションすればいいか悩んでしまうくらいだった。

「もっと強くなるためには今よりも強くなることですぞ。
 目的地へ向かう道を後ろへ進む者はいないであろう?」

「は、はあ、そうですね……」

 だからその今よりも強くなるためにはどうしたらいいかが聞きたかったのに。後ろで会話を聞いていたイライザとレナージュが大声で笑っている。ミーヤもたまらず白ワインを一気に飲み干した。

「お父様にそんなこと聞いても無駄よ。
 聞くよりも剣をあわせた方が間違いないわ。
 私はそうやって鍛えられてきたんだもの」

「やっぱり日々の鍛錬が大切ってことね。
 そう言われた方がよほどわかりやすいわ。
 あなたのお父様って面白い方ね」

「外から見てる分には面白いけどねえ。
 四六時中一緒にいる身にもなってよ、まあウザいんだから」

 身内なんてそんなもんだろう。ミーヤだって、両親とこの先何十年も一緒にいると考えていた時はそう思っていた。でも突然いなくなることも当然あるし、いずれはいなくなるものだと言うことを知った今はその時間を大切にした方が良かったとも思う。

 だからこそ、疎ましいと言える相手がいることを羨ましく感じてしまうのかもしれない。そしてそれはチカマも同じなのだろう。こうやってミーヤへべったりと身を寄せているチカマを見ていると、自分の親を手に掛けたことは気にしていないとしても、すぐそばに誰かいてほしいと言う気持ちが伝わってくる気がした。

「そういえばあなた達も新しい地下洞窟へ行くの?
 バタバ村で発見されたとこ、知ってるんでしょ?」

 ヴィクリノ王女がふいに言ったその言葉は、場の空気を凍りつかせるに十分だった。一瞬の沈黙の後、広報官が慌てた様子で王女の手を引き部屋の外へ去っていく。その様子はまるで『他言無用』と言われているに等しかったが、酔っ払い冒険者にはそんな圧力は無駄だったようだ。

「ちょおっとお、王様さん?
 新しく発見された洞窟ってどういうことかしら?」

 レナージュは完全に絡み酒である。シラフでもそこそこ厄介な性格が、飲むとより一層面倒になることをミーヤは良く知っている。それだけにヴィクリノ王女の発言は不味すぎた。そしてさらに……

「よお、王様よおお、新たな洞窟ってのは魔獣とかなにか出るのかい?
 それともなにかお宝でもあったのかなあ?」

 イライザも突っつく気満々である。そんな風に外野を気どっているミーヤだって実は興味津々なのだが、下手に口を出すよりも二人に任せておいた方がいいだろう。

「いやな、これはまだ明らかにしていないのだ。
 絶対に他言せぬように頼む。
 ただ、今のところは魔獣の目撃報告はなく、目立った成果はないのだかな」

「あらつまらない、王都からだといい狩場って少ないから期待したんじゃない?
 王都拠点の冒険者なんて農地付きばかりで、魔鉱稼ぐ人なんてほぼいないでしょ」

「お主よく知っておるな。
 若いのに事情通とはなかなか見どころがあるぞ?」

 本当にレナージュは物知りで頼りになる。若くして村を出てから冒険者になって数年、きっと色々な苦労をして経験を積んできたのだろう。もちろんイライザもそれは同じことで、この二人にどれだけ教えられてどれだけ助けられたかわからない。

 そのイライザが王へ問いただすように詰め寄った。

「でもよ? 盗賊討伐には組合使ってまで人集めしたのにさ。
 その洞窟探索には声をかけないなんておかしいだろ。
 もしかしてなにか秘密があるんじゃないか?」

「貴殿らはしつこくて面倒そうだし、神人様の仲間だから話してしまうとするか。
 実はまだなにも見つかっていないのは確かだが、あまりにもなにもなさすぎる。
 めぼしい資源も生き物の気配も何もない。
 捕らえた盗賊たちでさえなにも知らないと言うのだ」

「なんだか臭うな、いかにも何かを隠してそうな雰囲気だ。
 そこは間違いなく洞窟なのか? 大回廊みたいに人的に作られたものじゃなく?」

「調査不十分な今はなんとも言えんが、作りからすると天然の洞窟だろうな。
 ナードのようにじめっとしているのだから水竜{サンショウウオ)くらいいてもいいはず。
 だが雑草一本、コウモリ一匹いないのだよ」

「じゃあやっぱり人工洞窟じゃないのか?
 それとも毒ガスでも出てるとか?」

「いや、先行隊はきちんと帰ってきておるからな。
 理由はわからんがとにかくおかしな洞窟なのだよ。
 それで大規模探索をする予定と言うわけだ」

 なんだかおもしろそうな話になってきた。レナージュならきっと参加させろと言うに違いない。そう思っていたのだが、予想に反してまったく興味を示さなかった。

「レナージュは行きたいって言うかと思ってたのに興味ないのね。
 ちょっと意外だわ」

「ちょっとミーヤ? 私をなんだと思ってるのよ。
 報酬も大したことないのに行く意味ないじゃない。
 私が動くのは興味を持つかお金かのどちらかよ?」

「未知の洞窟って響きで興味持つかと思ったのよ。
 それとも何もいないから興味持てなかった?」

「そうね、経験値も魔鉱も稼げないんじゃ赤字必至だもの。
 それぞれでよーいドンの発見競争なら面白いんだけどなあ」

「なるほど、それもまた良いかもしれん。
 何かを発見したらそれに対する利権が報酬、全体の利益は国のものにすれば良いな。
 問題はなにもなかった時どうするかだったのだが、勝手に散策するのなら経費もかからん。
 よし、それで行ってみるか」

 なんだかレナージュの軽口が王様のなにかに触れたらしい。こうなると後には引けない、いや引く気が無くなるのがレナージュだ。となると当然ミーヤたちも一緒にってことになるだろう。

 ローメンデル山と違って修行にはならないかもしれないが、未知の場所へ探索へ行くのは大きな経験になりそうだ。それに何かを発見した時の見返りも楽しみである。そんな思惑を胸に、ミーヤとレナージュは顔を見合わせてイヤらしく笑うのだった。

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