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第五章 別れと出会い、旅再び編

105.酒乱の宴

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 まさかお米が手に入るなんて思ってもみなかった。それだけでもここへ来たかいがあったというものである。味がどうなのかはわからないが、とりあえず米ならなんでもいい。そんなことを考えて上機嫌なミーヤだった。

 そんな衝撃ついででもう一つ驚いたことがあった。それはこの世界の植物は成長が早く、大体は収穫までひと月程度らしい。毎月種まきをして毎月収穫、つまり二期作どころか十二期作しているということになる。そのためマーケットには野菜や穀物が潤沢にあると言うわけだ。

「しかし水を入れた畑とは驚きだ。
 確かに親株は湿地帯から入手していた物であるが、水を多く与えるだけでは不十分だったのだな。
 次月に向けてまた土にまみれるとするか」

「上手くいくことをお祈りいたしますわ。
 私も村へ届けて陛下に負けないよう頑張ります」

「出身はカナイ村と言っておったな。
 あの村の南に広がる森は深く、住むには向いていないと聞いておる。
 だが未開なだけになにか面白いものがあるやもしれんな」

「どうでしょうか。
 私は詳しくないのでわかりかねますが、森の中の神柱付近に村落は無いと聞いています。
 奥まで行っても大岩山があって行き止まりですし、住むには適していないのでしょう」

 そんな話をしているうちに料理が運ばれてきた。どうやら宴席を設けてくれるらしい。大きなかたまり肉や山盛りの蒸し野菜、それに…… あの大樽は王都名産、茶色の蒸留酒に違いない。

「おほお、これはごちそうだな、帰らなくて正解だったぜ。
 あとでマルバスに自慢してやることにしよう」

「ちょっとイライザ、はしたないわよ。
 陛下の御前なんだからもう少し上品に……」

「良い良い、神人様もお仲間も気にしないでくれたまえ。
 それほど変わったものはないが、遠慮なく食べて下されよ」

「王宮で食事ができるなんて末代までの自慢話になりますわ。
 それにこんないい香りのお酒までご用意くださるなんて、本当にありがとうございます」

 レナージュはTPOを弁えているのか、いつになく丁寧な口調で安心する。しかしチカマはすでにつまみ食いを始めていた……

「ミーヤさまの作った料理のがおいしいね。
 マヨネーズないのかな?」

「こらっチカマ、そんなこと言ったら失礼でしょ?
 陛下、ご無礼重ね重ね申し訳ございません」

「神人様は気遣いの達人ですな。
 ほんに気にしないで構わないですぞ。
 その代わりと言うわけではないが、家臣も同席させていただくがよろしいか?」

「もちろんです、ぜひご同席ください。
 こんなに沢山のお料理、作るの大変だったでしょう。
 私もお手伝い出来たら良かったのですが」

 フルルの店では毎日やらされていてうんざりだった調理も、しばらくやっていないと恋しくなる。なにか作るにしても宿屋の一室ではやはり限界があるのだ。それに王宮の調理場がどうなっているのかには多少興味があった。

「神人様は料理をなさるのですな。
 それでいて盗賊狩りにも参加してしまうとはなんと多才な!
 さすがと言うほかありません」

「そのようなことは…… お褒め頂き恐縮です。
 陛下がおっしゃるように、それぞれの能力はあくまで神から賜ったもの。
 決して自身の努力にとって得たわけではなく、誇ることでもありません」

 そうは言っても料理は完全独学なので誇ってもいい気がする。まだ大したものは作れないが、このまま頑張ってスキルを上げていって、いつかはマールと一緒にカナイ村の調理担当になるのが目標なのだから。

「なにかうまいものが作れるなら食してみたいものよのう。
 わが城の料理人へなにか教えて下さらぬか?」

「そんな、教えるなんて恐れ多い!
 でも良かったらなにか作らせてくださいませ」

 こういってミーヤは運ばれてくる料理と入れ替わるように調理場へと案内された。王宮の調理場は流石と言っていい広さで、食材や調理道具も豊富にそろえてあった。その中には、異世界へ来てからは初めて見るが、地球ではポピュラーな食材が色々取り揃えてあった。

「これは! やっぱりにんにくくらいあると思ってたのよ!
 あとはキノコとベーコン、これはピーマンに似てるかも、他にも野菜が結構あるわね」

 ミーヤは知らぬ間に独り言を呟きながら鍋を用意してオリーブオイルをたっぷりと注いだ。そこへ刻んだニンニクと、唐辛子代わりのレッドペッパーをたっぷり入れてから火にかけた。ニンニクが加熱されてくるといい香りが漂ってくる。そこへ大きさを切りそろえた野菜とキノコ、それにベーコンを入れて煮込んでいく。

 その間に、今度は麦の粉で生地を作り薄く伸ばしていく。こちらの具材は鳥の塩漬けとトマトに似ている赤い果実をスライスしたもの、それにマッシュルームっぽいキノコにしてみた。あとは上からたっぷりとチーズを乗せてから石釜へ入れてしばし待つ。

「神人様、これらはなんと言う料理でしょうか。
 作り方は大体わかりました、それほど難しそうではありませんね!」

「今出来上がったオイルで煮込んだ料理はアヒージョと言います。
 石釜で焼いているのはピッツァですね。
 どちらも具材はなんでもいいんですよ」

「なるほど、香りがとても良くてお酒がすすみそうですね。
 そう言えば王都の白い果実酒はお飲みになりましたか?」

「いいえ、まだ見たこともないですね。
 後でいただけたら嬉しいです」

 どうやら白ワインがあるらしい。使われている食材が肉ばかりだから気にもしていなかったが、果実ならなんでも酒にしてしまう文化なら、当然白ワイン的なものもあるだろう。こうして話をしている間にありあわせ食材のアヒージョとピッツァが出来上がり広間へ運んでいくと、そこは予想もしていなかった地獄絵図が広がっていた。

「うははは、まだまだ若い者には負けんぞ!
 がっはっはーどうだあ!!」

「まだまだだーどんどん行くぞ!
 レナージュも頑張れよ!」

「私を誰だと思ってるの?
 勝つのは私に決まってるでしょ!」

「うう、えっと、あの……
 チカマさん、止めてください……」

「あははは、みんな面白いね。
 がんばええー」

 料理をワゴンに乗せて来て本当に良かった。手で持って来ていたらその場に落としていただろう。それは決して大げさではなく、誰であってもただ立ち尽くして呆然とするしかない光景だと思えた。料理の乗ったテーブルは部屋の隅まで追いやられ、中央には大きな酒樽が鎮座している。そこへ大の大人が三人陣取って、手に持ったジョッキで直接汲み上げながら飲み比べをしているではないか。

 そこには王の威厳も冒険者の風格も何もなく、酒乱による騒乱の酒宴が繰り広げられていた。まさか王様がこんなに酒癖悪いとは思ってもいなかったので驚いたが、どこまで行っても元冒険者の子孫と言うことなのだろう。

 その時、どこからやってきたのか、何者かが王の背後から殴りかかった。もしかして賊!? ハッと我に返ったミーヤが身構えると、その賊が思いがけぬ台詞を吐いたのだ。

「お父上、戯れが過ぎます。
 お客人が来て嬉しいのはわかりますが、もう少し節度を持っていただきたい。
 ちょっと? 聞いてますか?」

「おおう、ヴィッキー、よく吾輩の後ろを取ったのう。
 また腕を上げたんじゃないか?」

「お酒しか目に入ってなかったくせに……
 それにしても、こんな早い時間から飲みすぎではありませんか?」

「だが今日の農作業はもう終わらせたしな。
 いつもの通りでやることはもうないのだ。
 それよりもお客様へご挨拶せんか」

 ヴィッキーと呼ばれていた王の娘、つまり王女ということだが、残り少なくなった大樽を一瞥した後、明らかに顔をしかめながら挨拶をした。

「これは突然失礼をした。
 わたくしはヴィクリノ・リスタル・トコストと申す。
 このバカオヤジの娘だ」

「わっはっは、バカオヤジと来たか。
 流石はわが娘、手厳しいのう」

「黙れ、この酒乱!」

 どうやら酒か酔っ払い、もしくはその両方が嫌いらしい。だが父親を見る目は冷ややかだが嫌悪していると言うほどでもなさそうで、おそらくは呆れていると言ったところだろう。

「これはヴィクリノ王女様、ご機嫌麗しゅう。
 私はカナイ村からやってきたミーヤ・ハーベスと申します。
 本日は国王陛下にお招きいただきまして馳せ参じました」

「カナイ村? 随分珍しいところからの客人ですね。
 どういう経緯か知りませんが、あまり飲まされぬようご注意召され」

「私の仲間も酒癖はいいほうではありません……
 陛下にご無礼でなければ良いのですが……」

「いやいや気にされることはない。
 父上は大農園からの帰りに酔って帰ってくるくのも珍しくない。
 この国の玉座には酒が座っているようなものなのですよ」

 この娘はとんでもないことをさらっと言い放つ。まあでも酒は飲んでも飲まれるな、適度に楽しく飲んだ方がいいのは間違いない。そう思いながら目の前のくるくる髪の少女を眺めていた。

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