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第四章 目指せ!フランチャイズで左団扇編
86.決別の日
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あの慌ただしい日から一週間ほどが過ぎたが、その間ミーヤは日々書術と料理の修行に励んでいた。それでもまだランク5の巻物が作れる域までは達していない。それに引き替え料理はまあまあ順調で、すでに水飴は作れるようになった。おかげでチカマは常に水飴の容器をポケットへ忍ばせて、少しでも時間があると棒を器用に使って水飴をこねて食べている。
「ねえチカマ? あんまり食べ過ぎると太っちゃうわよ?
ほどほどにしておきなさいね」
「ボク小さいからいっぱい食べて大きくなるの。ダメ?」
「ダメじゃないけど、水飴だけじゃ大きくなれないわよ。
パンケーキ焼いてあげるからお腹すいたら食べてね」
ミーヤはそう言ってから、麦と卵に脱脂乳を加えたネコ型焼きを焼いた。結局今のところ中へ入れる餡が手に入っていないので具なしだ。それでも評価は悪くなく、作り置きもできるので店で販売を始めていた。
分離機でクリームを作るようになってから、その絞りかすとも言える脱脂乳が余って仕方がない。水で溶いて飲んだりしているのだが、味は薄いヤギの乳でおいしくはない。ただパンケーキ用のミックスを作る時に加えると風味や食感が良くなるのは嬉しい副産物だ。
ハルはもうかなり手際よくなんでもこなせるようになってきて、ネコ型パンケーキはもちろん、オムレツやクレープも作れるようになっていた。もちろん突然泣き出すことも無く、これならいつ野外食堂での単独販売が始まっても問題ないだろう。
モウブは相変わらずやる気を感じないが、やるべきことはきちんとこなせるようにはなっている。あの雰囲気はやる気がないのではなく性格によるものなのだろう。そう思って、あまり偏見じみた目で見ることは控えるようにしている。
問題なのは酒場のおばちゃんだ。今やすっかり従業員に成り果ててしまったレナージュを使い、だいぶ楽を覚えてしまったので手放してくれなそうで困っていた。
というわけで、その対策のためにミーヤとチカマは酒場へやってきていた。
「ねえおばちゃん、そろそろレナージュを返してよ。
毎日無給でこき使うなんてひどいわ」
「何言ってんだい、あの子が自分から手伝ってくれているんだよ?
それに給金だって払っているさ」
「えっ!? そうなの、レナージュ?」
「まあ一応貰ってるわよ。
一品注文を受けるたびに一割だからなかなか悪くないわよ?
ミーヤもやってみる?」
それってもしかして…… トラックで街中を走って募集していた高額アルバイト的なやつなのでは……
「そう言う働き方って普通なのかしら?
なんだがいかがわしく感じるわ」
「まあキブカでは普通かな。
あ、キブカって言うのはジュクシンにある繁華街のことね」
なるほど、それで抵抗感がないと言うことか。でもこのままで本当にいいのだろうか。ミーヤは中断していた旅を再開し、もう少し強くなりたいと思っているし、できれば豆をはじめとする農作物をもっと買い付けたいとも考えていた。
そのためにはまず王都へ行かねばならないだろう。この国で王都にないものは何もないと言われるほどの都市だ。いずれ行くことになるはずだし、フルルの店が落ち着いている今がチャンスなのだ。
王都トコストの先にあると言う鍛冶屋の多い街、ヨカンドにも興味があるし、さらに先にはジョイポンもある。いけるときにアレコレ周ってみたいが、レナージュをこのままにして行きたくはない。
「ねえレナージュ? 私、王都へ行こうと思っているのよ。
チカマの武器とか買いたいものもあるし、あの街自体も見てみたい。
なによりレナージュと一緒にいたいのよ」
「そんなこと言ってるけど、ミーヤにはチカマがいるじゃないの。
私がいなくても寂しくないでしょ?」
「なんでそういうこと言うの!?
レナージュもチカマも、イライザだって大切な友達よ!」
「友達だからって、いつもずっと一緒にいないといけないのはおかしいわ。
それに私は王都に用なんてないから面倒なだけだもの」
レナージュはこんな性格だっただろうか。なんだかやけに冷たく感じる。そりゃミーヤだってチカマとばかりいっしょにいてレナージュのことを放っておいたかもしれない。でも何も考えていなかったわけではなく、毎日心配はしていたのだ。それなのに……
「分かったわ。私たちだけで行ってくるから。
縁があったらまた……」
なにもこれで永遠の別れと言うわけじゃあるまいし、縁があったらまた会おうなんて言い方はおかしいはず。そう思って言葉を切った。
酒場を出て少し歩いたところで、ミーヤは自分が涙を流していることに気が付いた。まったくレナージュったら我がままなんだから、そう、ただの我がままで言っているだけ。別にミーヤのことが嫌いになった訳じゃない。とにかく今はそう思いたかった。
結局また一人になってしまうのだろうか。ミーヤにとってはそう考えてしまうことが何よりも寂しく、辛く、そして怖かった。その気持ちを察してくれたのか、チカマは何も言わずにミーヤの手を握ってくれた。しかしその小さな手のぬくもりが、却って最後の希望のような気がしてしまい、また泣いてしまうのだった。
◇◇◇
「本当に行ってしまうの?
また戻ってくるよね?」
「もちろんよ、フルルたちがいるところは私にとっても大切な場所よ。
それにお店のことだって気になるしね」
「そうよ! この店を繁盛させ続けてミーヤにいっぱい稼がせてあげるんだから。
覚悟してなさいよ!」
なんの覚悟かわからないけど、こうやって見送ってくれるのは嬉しいことだ。ハルの泣いている顔は久しぶりに見たが、普段はそんなことないしちゃんと続けて行けるだろう。モウブは…… いつも通り興味無さそうにしている。
「ミーヤ、道中お気をつけてね。
街道が整備されているから危険は少ないけど油断してはダメよ?」
「ありがとうモーチア、行って来るわ。
組合への紹介状助かったわ、オカーデン組合長へもお礼伝えておいてね。
クリオルソンにもお世話になったわね、ありがとう」
「いえいえ、行ってらっしゃいと送り出させていただきますよ。
お戻りの際はすぐにお知らせください」
商人長へも挨拶したかったが、今はモウス村へキャラバンに出ていて不在だった。まあどうせ戻ってくるんだし、全員へ挨拶していく必要はないだろう。
イライザとマルバスへは昨日伝えに行ったが、やっぱりあまりいい反応ではなかった。二人に何があったのか、もしかしたらレナージュを酒場へ押し付けてしまったことを恨んでいるのか。でも今は気にしないようにしよう。考えて解決するくらいならとっくに片付いているはずだ。
店を出発してから厩舎へ寄るついでにおばちゃんへ顔を見せると、餞別だと言って小さな樽に入った水飴をくれた。実はさっきフルルの店で作ってきたばかりだがありがたく受け取っておこう。レナージュは? と聞いてみると、首を横に振りながらまだ寝ているとだけ教えてくれた。それにしてもこうやって大勢の人たちに見送ってもらえるなんて幸せで恵まれている。
レナージュやイライザとちゃんと挨拶できていないことは心残りだけど、きっとちょっとしたボタンの掛け違い、次に戻ってきた時には以前のように楽しく過ごせるはずだ。そう考えながらチカマと二人でナイトメアにまたがって北の出口から街を出る。少し進んだところでチカマが後ろから話しかけてきた。
「ミーヤさま寂しい? 一緒なのボクだけでごめんね」
その言葉を聞いて、どうにも我慢できなくなったミーヤは声を殺しながら泣いた。その震える背中を小さな手がギュッと握りしめている。ミーヤはその感触をナイトメアへ伝えるかのごとく、手綱を強く握りしめた。
「ねえチカマ? あんまり食べ過ぎると太っちゃうわよ?
ほどほどにしておきなさいね」
「ボク小さいからいっぱい食べて大きくなるの。ダメ?」
「ダメじゃないけど、水飴だけじゃ大きくなれないわよ。
パンケーキ焼いてあげるからお腹すいたら食べてね」
ミーヤはそう言ってから、麦と卵に脱脂乳を加えたネコ型焼きを焼いた。結局今のところ中へ入れる餡が手に入っていないので具なしだ。それでも評価は悪くなく、作り置きもできるので店で販売を始めていた。
分離機でクリームを作るようになってから、その絞りかすとも言える脱脂乳が余って仕方がない。水で溶いて飲んだりしているのだが、味は薄いヤギの乳でおいしくはない。ただパンケーキ用のミックスを作る時に加えると風味や食感が良くなるのは嬉しい副産物だ。
ハルはもうかなり手際よくなんでもこなせるようになってきて、ネコ型パンケーキはもちろん、オムレツやクレープも作れるようになっていた。もちろん突然泣き出すことも無く、これならいつ野外食堂での単独販売が始まっても問題ないだろう。
モウブは相変わらずやる気を感じないが、やるべきことはきちんとこなせるようにはなっている。あの雰囲気はやる気がないのではなく性格によるものなのだろう。そう思って、あまり偏見じみた目で見ることは控えるようにしている。
問題なのは酒場のおばちゃんだ。今やすっかり従業員に成り果ててしまったレナージュを使い、だいぶ楽を覚えてしまったので手放してくれなそうで困っていた。
というわけで、その対策のためにミーヤとチカマは酒場へやってきていた。
「ねえおばちゃん、そろそろレナージュを返してよ。
毎日無給でこき使うなんてひどいわ」
「何言ってんだい、あの子が自分から手伝ってくれているんだよ?
それに給金だって払っているさ」
「えっ!? そうなの、レナージュ?」
「まあ一応貰ってるわよ。
一品注文を受けるたびに一割だからなかなか悪くないわよ?
ミーヤもやってみる?」
それってもしかして…… トラックで街中を走って募集していた高額アルバイト的なやつなのでは……
「そう言う働き方って普通なのかしら?
なんだがいかがわしく感じるわ」
「まあキブカでは普通かな。
あ、キブカって言うのはジュクシンにある繁華街のことね」
なるほど、それで抵抗感がないと言うことか。でもこのままで本当にいいのだろうか。ミーヤは中断していた旅を再開し、もう少し強くなりたいと思っているし、できれば豆をはじめとする農作物をもっと買い付けたいとも考えていた。
そのためにはまず王都へ行かねばならないだろう。この国で王都にないものは何もないと言われるほどの都市だ。いずれ行くことになるはずだし、フルルの店が落ち着いている今がチャンスなのだ。
王都トコストの先にあると言う鍛冶屋の多い街、ヨカンドにも興味があるし、さらに先にはジョイポンもある。いけるときにアレコレ周ってみたいが、レナージュをこのままにして行きたくはない。
「ねえレナージュ? 私、王都へ行こうと思っているのよ。
チカマの武器とか買いたいものもあるし、あの街自体も見てみたい。
なによりレナージュと一緒にいたいのよ」
「そんなこと言ってるけど、ミーヤにはチカマがいるじゃないの。
私がいなくても寂しくないでしょ?」
「なんでそういうこと言うの!?
レナージュもチカマも、イライザだって大切な友達よ!」
「友達だからって、いつもずっと一緒にいないといけないのはおかしいわ。
それに私は王都に用なんてないから面倒なだけだもの」
レナージュはこんな性格だっただろうか。なんだかやけに冷たく感じる。そりゃミーヤだってチカマとばかりいっしょにいてレナージュのことを放っておいたかもしれない。でも何も考えていなかったわけではなく、毎日心配はしていたのだ。それなのに……
「分かったわ。私たちだけで行ってくるから。
縁があったらまた……」
なにもこれで永遠の別れと言うわけじゃあるまいし、縁があったらまた会おうなんて言い方はおかしいはず。そう思って言葉を切った。
酒場を出て少し歩いたところで、ミーヤは自分が涙を流していることに気が付いた。まったくレナージュったら我がままなんだから、そう、ただの我がままで言っているだけ。別にミーヤのことが嫌いになった訳じゃない。とにかく今はそう思いたかった。
結局また一人になってしまうのだろうか。ミーヤにとってはそう考えてしまうことが何よりも寂しく、辛く、そして怖かった。その気持ちを察してくれたのか、チカマは何も言わずにミーヤの手を握ってくれた。しかしその小さな手のぬくもりが、却って最後の希望のような気がしてしまい、また泣いてしまうのだった。
◇◇◇
「本当に行ってしまうの?
また戻ってくるよね?」
「もちろんよ、フルルたちがいるところは私にとっても大切な場所よ。
それにお店のことだって気になるしね」
「そうよ! この店を繁盛させ続けてミーヤにいっぱい稼がせてあげるんだから。
覚悟してなさいよ!」
なんの覚悟かわからないけど、こうやって見送ってくれるのは嬉しいことだ。ハルの泣いている顔は久しぶりに見たが、普段はそんなことないしちゃんと続けて行けるだろう。モウブは…… いつも通り興味無さそうにしている。
「ミーヤ、道中お気をつけてね。
街道が整備されているから危険は少ないけど油断してはダメよ?」
「ありがとうモーチア、行って来るわ。
組合への紹介状助かったわ、オカーデン組合長へもお礼伝えておいてね。
クリオルソンにもお世話になったわね、ありがとう」
「いえいえ、行ってらっしゃいと送り出させていただきますよ。
お戻りの際はすぐにお知らせください」
商人長へも挨拶したかったが、今はモウス村へキャラバンに出ていて不在だった。まあどうせ戻ってくるんだし、全員へ挨拶していく必要はないだろう。
イライザとマルバスへは昨日伝えに行ったが、やっぱりあまりいい反応ではなかった。二人に何があったのか、もしかしたらレナージュを酒場へ押し付けてしまったことを恨んでいるのか。でも今は気にしないようにしよう。考えて解決するくらいならとっくに片付いているはずだ。
店を出発してから厩舎へ寄るついでにおばちゃんへ顔を見せると、餞別だと言って小さな樽に入った水飴をくれた。実はさっきフルルの店で作ってきたばかりだがありがたく受け取っておこう。レナージュは? と聞いてみると、首を横に振りながらまだ寝ているとだけ教えてくれた。それにしてもこうやって大勢の人たちに見送ってもらえるなんて幸せで恵まれている。
レナージュやイライザとちゃんと挨拶できていないことは心残りだけど、きっとちょっとしたボタンの掛け違い、次に戻ってきた時には以前のように楽しく過ごせるはずだ。そう考えながらチカマと二人でナイトメアにまたがって北の出口から街を出る。少し進んだところでチカマが後ろから話しかけてきた。
「ミーヤさま寂しい? 一緒なのボクだけでごめんね」
その言葉を聞いて、どうにも我慢できなくなったミーヤは声を殺しながら泣いた。その震える背中を小さな手がギュッと握りしめている。ミーヤはその感触をナイトメアへ伝えるかのごとく、手綱を強く握りしめた。
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