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第二章 新しい出会いと都市ジスコ編

36.生贄

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 さすがに四人で大騒ぎしていてうるさかったのか、ベッドで横になっていたチカマが目覚めた。

「あら? ミーヤさま、おかえり。
 ボク寝ちゃってたのかあ」

「何度もマナ切れ繰り返してたからね。
 酒も入ったし疲れちゃったんだろ」

 イライザが言ったことにミーヤは驚いてしまい、詰め寄るようにその内容を確認すると、とにかくずっと周囲探知を繰り返していたようだ。周囲探知は使うたびにマナが減るのではなく、探知し続けている間はマナが減り続けていくらしい。まだスキルが高くないチカマにとっては、格好の修行方法だと聞いてホッとした。

 そう言えば人の心配だけじゃなく、自分のことも考えないといけない。この数日は買い物くらいしかしていないので、上がったのは召喚術と自然治癒だけだ。そう思って念のためスマメを確認したミーヤは、ビックリ顔で固まってしまった。なんと料理スキル追加されていて熟練度がわずかに上がっていたのだ。

 それはもちろん今マヨネーズを作ったせいなのだが、たったそれだけで上がってしまうなんて驚きだった。スキルに関係することをすれば熟練度は確かに上がる。それはわかっていたが、たった一度の調理でゼロからこんなに上がるものなのだろうか。

「ねえ、今ので料理スキルが上がりはじめちゃったわ。
 しかも結構上がってるんだけど、こんなものなのかな?」

 レナージュへスマメを見せると同じように驚いている。そこへ横からのしかかるように覗き見たイライザが推察を説明してくれるという。

「なにか知っているの? イライザ!」

「まあ一般論と言うか、聞いた話と経験でってことで、あっているとは限らないよ?
 料理みたいに使う道具や素材の種類が多いものは、それだけ複雑なことをするだろ?
 そう言う行為のほうがスキル上昇の可能性が高いってのが通説なのさ。
 戦闘系のように、単純作業は上がりにくいけど上げる機会が多い。
 逆に、複雑で手間やコストがかかるものは上がりやすいってことになるのさ」

「なるほどねえ、とてもわかりやすかったわ。
 いつもレナージュに説明されたときはよくわからないことが多いのよね」

「それはミーヤの物わかりが悪いからでしょーが。
 それにしてもそんな仕組みがあったなんて知らなかったわ。
 まあ難しいことはしたことなかったから知る機会もなかったけど」

「あれだよ、弓なら複矢打ちすると武芸が多めに上がるとか、そういうのだよ。
 それなら経験あるだろ?」

 レナージュがなるほどと感心したようにうなずいている。ミーヤには意味がさっぱり分からないがとりあえず同じように頷いて誤魔化しておいた。本当は否定しておきたいことだが、あまり賢くないの自覚はあるのだ。

「ま、難しいこと考えても仕方ねえさ。
 結局は普段の行動がスキル上昇と結びついてるのは間違いない。
 その方向性が希望に沿ったものならそのまま体動かせばいいんだよ」

「そうよね、じゃあそろそろ動きましょうか。
 ミーヤはさっきの…… クリーム? 忘れないでね」

「マヨネーズね、それでどこへ行くの?」

 イライザとレナージュは、もちろん! と言いながらジョッキをあおるポーズをした。荷物のチェックは終わっているし、一人分ずつまとめて積んであるから後でしまえばいいし、まあ異論はない。あとは飲みすぎないよう注意するだけである。もちろん自分も含め。

「オッケー、じゃあみんなで行こうか。
 チカマはもう目は覚めてる?
 飴玉あげようか?」

「うん、もうダイジョブ。
 でも飴玉は欲しい……」

 ミーヤは飴玉を一つ渡すと、嬉しそうに口に入れたばかりのチカマの手を引き部屋を出た。前を行く大人二人は既に大分飲んでいそうなのに元気で羨ましい。今朝みたいにならないよう、何としても呑み過ぎないようにしなければ! フルルもお酒は好きだと言っていたし、年齢と強さがある程度比例するならレナージュよりも強い可能性だってある。これは飲食代が大変なことになりそうだ。

 女五人が酒場へ陣取ると言うのはなかなか目立つものである。しかも一人を除けばみんな美形だし、その一人だってきっと獣人の中では美人に間違いない。周囲の男性たちが見とれてしまうのも仕方がないを通り越してごく当然のことだと感じる。

 しかし、だ。見た目は美しくても口まで美しいわけではなく、飲み始めて数分したころには冒険者らしい汚い言葉が飛び交っていた。その効果はすさまじく、遠巻きに聞いていた男性たちは肩をすくめ、自分たちのテーブルへ向きなおってしまったほどである。

「おばちゃん、エール二杯と果実酒二杯、あと蒸留酒ね。
 あとなんか肉焼いたのと蒸し芋二つに蒸し野菜もおくれよー」

「フルルは蒸留酒好きなの? あんなに強いのに良く平気ね。
 私は以前飲んだ時、一杯でひっくり返って翌日大変だったのよ?」

「私はジョエンジって街の出身なんだけど、あそこは果実酒と蒸留酒ばかりなのよ。
 オタバの大森林と隣接してて果実が良く取れるからなんだけどね。
 ジョエンジでは産まれて間もないころから蒸留酒を水で薄めて飲ませる習慣があるの。
 だから勝手にお酒に強くなってしまったってわけよ」

「水割りってことかあ。
 氷を入れて飲むことは無いの?」

「さあ、聞いたことないわ。
 でも、くりぬいた果実に果実酒を注いで、アイスアローの氷を入れて飲む人はいるわね」

「あー、それマーケットでみたやつ!
 ちょっとおいしそうだったなあ」

 そんな話をしているうちにテーブルへ酒が運ばれてきた。蒸し芋と蒸し野菜も一緒だ。

「それじゃ飲み直しだけどもう一度乾杯だ!
 新しい仲間と旅の成功を祈ってかんぱーい!」

「かんぱーい!」

 イライザの音頭で乾杯したが、チカマのことを新しい仲間と言ってくれたことがとてもうれしくて涙が出そうな思いだ。チカマには二度と寂しい思いをさせたくない。それはもしかしたらミーヤの勝手な押し付けかもしれないが、今はとにかくそうしたくて仕方がないのだ。

「では折角だからマヨネーズの本気を味わってもらおうかな。
 芋と野菜にたっぷりつけて食べてみてよ」

 今度は誰も疑うことなく芋や野菜を手に取ってマヨネーズをたっぷりとディップし、口へと放り込んでいく。ただ一人、チカマは何が起こっているのかわからずに動きを止めている。

「チカマ? 酸っぱいのは苦手?
 もしそうでなかったらみんなと同じように食べてみて?」

 頷いたチカマは、何辺かに切れ目を入れられ崩れているアツアツの芋を一つとってマヨネーズをつけた。そのまま口へ入れた瞬間、全員が目を丸くして笑顔になっていく。そうだ、こうやって誰かを笑顔にすることが出来ればミーヤは幸せを感じられるのだ、と心が躍る思いがした。

「めちゃくちゃうめえ!
 今までは芋にはバターが一番って思ってたけど考えを改めるわ。
 このマヨネーズってやつが一番だな!」

「こっちの人参にもすごく合うわよ?
 なんだか別の食べ物って感じよ」

「どれにつけてもおいしいわね。
 手が止まらなくなっちゃう」

 フルルは先を急ぐように食べ続けている。あっという間に芋も野菜も無くなってしまった。そこへおばちゃんがやってきて文句を言われた。

「あんたたちね、酒場で騒ぐのは当たり前だからいいよ?
 でも仮にも料理を出してる店へ勝手になにか持ちこむのはルール違反じゃないか?」

「ごめんなさい、さっき部屋で作ったから試食していたの。
 良かったら作り方お教えするから、まずは味見してみてよ」

 怒られるのはもっともだと感じたミーヤは、苦し紛れにおばちゃんへマヨネーズを勧めた。もう野菜は無いのでそのまま食べてもらったが、料理人ならその不思議な味くらいわかるだろう。

「ちょっとアンタ? これは卵なのかい?
 ジスコでは食べるやつがあんまりいないからうちも出してないんだけどさ。
 まさか卵でソースを作るなんて驚いたよ。
 まるで魔法でもかけられた気分だねえ」

「肉や野菜につけてもいいし焼いてもいいのよ?
 それに卵を茹でたものにつけてもすごくおいしいんだから」

「これは…… よし、今やってたことには目をつぶるよ。
 アンタは調理場においで、他のやつはここで大人しく呑んでな。
 今日は酒代いらないから好きなだけ飲んでいいよ!」

「こりゃいい! ミーヤを生贄にタダ酒を得たな!
 よっし、朝まで飲むぞー!」

 四人が大盛り上がりしているのを恨めしそうに眺めながら、おばちゃんに引きずられていくミーヤだった。
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