上 下
20 / 162
第一章 異世界転生と最初の村編

11.変わりやすい天気

しおりを挟む
 翌朝ミーヤが目覚めた時、枕元には地図を放り投げたままだった。そう言えば昨日フルルにうまく売りつけられたんだっけ、と商売上手なフルルのことを思い出す。キャラバンの給与体系がどんなものかは知らないが、あれほど一生懸命なのだからきっと能力給が加算されるのだろう。

 そんなことよりも、帰ってから食べた夕飯にしっかりとした味がついており、久しぶりに塩気の効いたものをとてもおいしく味わうことが出来た。やはり塩を作る方法を考えついたなら、村にとって相当の貢献になるのは間違いない。

 しかし残念ながらミーヤにそんな知識はない。せめてスマメで辞典的なものが検索出来たらいいのにと、どだい無理なことを考えてしまう。塩の取れる果実でもあればいいが、そんなものが存在するなら村人の誰かがとうに見つけているだろう。

 あんまり難しいことを考えても答えは出ないので、ミーヤはこれ以上考えることはせず、昨晩のことを振り返り余韻に浸ることにする。マール以外の女の子と出会ったのは初めてで、色々と知らないことを教えてくれたり助言をくれたりと親切な人たちだったし、話していてとても楽しかった。

 それに、もっと強くなるためにはウサギばかり追いかけていても仕方がないという指摘には納得だ。別に強くなる必要はないのかもしれないけど、村では近隣に魔獣が出た場合、ジスコの冒険者組合へ討伐依頼を出しているそうだ。その依頼料はそれなりに高額らしいので、ミーヤが強くなって魔獣を倒すことが出来たなら、村の予算をその分節約することができるはず、と考えていたのだ。

 もちろんそれは世話になっている村への恩返しではあるのだけど、どちらかと言うと、特別な力を与えられた神人としてこの村に降臨したミーヤの責務なのではないかと考えているのだ。特別な力があるからこそ神人は皆に敬ってもらえるのだし、存在すら怪しげな神々のために神殿まで建てて祭っているのだろう。その考えが正しいのかどうかはわからないが、ミーヤができることであれば努力して村の力になるべきだ、そう決めていた。

 ミーヤはこちらの世界に来てから色々と考え、一つの方針を心に秘めるようになっていた。それは、義務責務と言うものは他人から強要強制されたものが正しいとは限らず、自らの意思で行動してこそ取り組む価値があるのではないか、ということだ。

 これは七海自身で選んだ就職先で事務職として採用されたはずが、配属先は営業だった生前のことを振り返ってたどり着いた考えだ。やりたくもない仕事を教えられるもうまくできず、毎日強制的に会社から放り出され外回りをする生活は正直つらかった。

 かといって事務がやりたかったわけでもなく、ただただ惰性で生き、言われるがままに仕事をしていた日々…… 今はもうそんなことを忘れてもいいし笑い飛ばしても構わない。だってこんな人のいい住民たちに囲まれながら、自分の意思で生きていくことが出来るのだから。

 朝から随分アンニュイな気分に『一体どうしちゃったの?』なんて自分自身へ問いかけてみるが答えは返ってこない。なんだかんだ言って前世に多少の未練があるのかもしれない。憂鬱と言うほどでもなく、かといって気分のいい朝と言うほどでもない。いうなれば曇り空のようなものか。でもここにはそんな微妙な寝起きでもすぐに元気になれる魔法がある。

「おはよう、ミーヤ、朝食持って来たわよ。
 昨晩の残りがあったからお肉も添えてきたけど食べられるかしら?」

 ノックもせずにマールが入ってきた。そもそもほとんどの家にはドアがないし、プライバシー意識もほとんどなく、当然ノックの習慣なんてものはない。朝食の乗ったお盆を両手で持ったマールの顔を見ると気分が急に晴れやかになり機嫌よく返事をすることができる。ミーヤにとって一番最初にできた友達と言うこともあって、全幅の信頼と最大の敬意を持っているのは間違いなかった。

「マール! おはよう!
 今朝は目覚めが悪かったけど、マールの顔見たらそんなの消し飛んじゃった!
 いつもありがとう、大好きよ!」

「な、なにを突然…… 照れるわ……
 さあ、朝ごはんをどうぞ」

 顔を赤くしたマールは、その黒髪とのコントラストによってより一層かわいく見える。田舎娘とは言えやっぱり女の子、かわいいと言われること自体は嬉しいのだろう。そしてミーヤは、自分がこんな素直に感情を言葉に表せることをもう驚かなくなっていた。環境が人を変えるということをもう十分に理解してるからだ。

 だから少し油断してしまったのかもしれない。

「ねえマール? 実はキャラバンの人たちが、一緒にジスコへ行かないかって言ってくれてるの。
 それからローメンデル山へ行って修行をつけてくれるんだって。
 どう思う……?」

 マールの顔が少し曇ったように見える。だが彼女の口からは反対の言葉は出ず、困ったような顔をしてからホンのわずかな沈黙の後、一言だけ発した。

「ごめんなさい、私には判断できないわ」

「そう…… じゃあ村長さんへ相談してみるね。
 変なこと言ってごめんなさい。
 でもこの村を出て行くってことじゃないの。
 あくまで、もっと強くなって村の力になりたいだけなのよ」

 しかしマールは少しだけうつむいて首を横に振るだけだった。その表情を見たミーヤは、相談するならまずはマールへと考えていたのは、必ずしも正解ではなかったのかもしれないと感じ後悔していた。


 朝食を済ませ食器を洗ってから時間を見るともう10時になるところだった。ミーヤは急いで身支度を整える。昨日買ったばかりの革鎧を一人で身につけられるか心配だったが、案外あっけなく着替えることが出来て拍子抜けである。

 昨晩は細かいところまで見ていなかったので気付かなかったが、この前開きの革ブラは胸全体を包むようにできていない。なんと言えばいいのか、乳房の下が見える程度にカットされており、屈んでもコルセットと干渉しないような造りになっていた。もちろん肌着を着ているので、そこから胸が見えてしまうわけではないが、かなり羞恥心をあおる構造ではある。背中も丸見えだし、せめて肌着ではなくシャツを着たほうが良さそうだ。

 表にはモックが迎えに来てくれていた。別に入っててくれて構わなかったけど、女性が肌着でうろうろしている所へなんて入っていけないと言うのだ。その素朴な見た目でそう言われると、紳士的と言うよりは純情な青年と言うほうがピッタリだろう。

「モック、お待たせ。
 この革鎧どうかな? 村人に見せるのはモックが始めてなんだからね。
 ちゃんと感想を聞かせてよ?」

「いや、えっと、良く似合ってるよ。
 なかなか良さそうに見えるし、気にいるのが売っていて良かったね」

 まあ当たり障りのない褒め言葉か。それよりも、モックの視線がコルセットで強調された胸部のふくらみに囚われていたことに、ミーヤは気づかない振りをしてあげた。

「トク爺、お待たせー!
 ちょっとだけ着替えに手間取っちゃった。」

 本当はすんなり着ることが出来ていたのだが、モックの前で一回転したり、構造を説明していて遅くなったのだ。置いていかれなくて助かったけど、調子に乗っていて迷惑をかけてしまったのは申し訳ない。着た直後は恥ずかしい…… なんて思っていたけど、モックに会ったら彼をからかう事に意識が向かってしまったのだった。

「ほほう、お嬢によく似合ってるな。
 とくにこの辺なんて、野郎どもが狩りに集中できなくなっちまう」

 狩りのリーダーであるトク爺は、そう言いながら髭モジャのの顔を大ききく歪ませてガハハと笑った。短い手足とガッチリした体躯がまるでドワーフだと言われているが、本人いわくれっきとした人間だそうだ。ミーヤはドワーフを見たことがないので本当のことなのかはわからないが、人間族にひとりだけ混ざった獣人族のミーヤにとっては種族の違いなんてどうでもいいことだった。

 今日も狩場は分担せず、牡鹿を探しに行くこととなった。キャラバンが来ているうちに仕留めれば即現金化できるし、現在は鹿の角が特買品という高価買取品に指定されているのだから狙わない理由がない。

 こうして全グループで森へ入っていったのだが、その背後の草原にミーヤへの試練が待っていることを、今は誰も気が付いていなかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...