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第六章 欲望 X 策謀 = 絶望 + 希望

72.スクイのテ

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 ちくしょう、こんな時でも創作の娯楽作品の少年探偵だったら、当たり前のように現場へ立ち入ってると言うのに現実は世知辛い。せっかく紗由が調べてくれた地形の微細な差異について情報提供したと言うのに、現場を仕切る特殊機動隊にはその情報だけ持って行かれてしまった。だから奴らは『いぬごや』の『いぬ』なんて蔑称で呼ばれているんだ。

「こうなったらもう強行突破しかないか。
 中へ入ってさえしまえば特殊捜査官いぬ如きに追いつかれることはないからな」

「おやおや、心の声が漏れていますよ?
 彼らに聞こえたら元も子もありませんからご注意を」

「花田先生!? こんなところまで、どうしたんですか?
 飛鳥山隊にも何かあったんでしょうか」

「何かあったと言えばそのとおりですし、無かったと言えばそう。
 いや、無かったことにしたいと言った方がいいかもしれません。
 実は飛鳥山隊の二番から四番、そしてその他一部が脱退しましてね」

「はあ、どこも慌ただしいと言うか色々あるんですね。
 飛鳥山隊には先週まで俺の指導学生だった一年生がお世話になるみたいで。
 新たに予備隊が出来るからそこへって話でした」

「それ、実は私の知るところではないのですよ。
 二番隊リーダーの高坂君が予備隊の名目で人を集めていたらしいですね。
 私が問いただし咎めたところ、話がこじれてしまいました」

「もしかしてそれで脱退に?
 招集メンバーはどうなったんでしょうか」

「わかりません、ゼミからも抜けた学生がほとんどですからね。
 もちろん大学には所属しているはずですよ。
 探索の担当講師は、大学の準講師扱いの研究生である高坂君となるでしょう」

 どうやら色々と複雑で苦労しているのかもしれない。しかしなぜこんなダンジョンの入り口なんてところへやってきているのだろうか。大学の講師たちは現地へ顔を出すことはまずない。別に保護者ではないのだし、担当学生全員を監視できるはずも無いからだ。

 だが今は緊急時と言うことでいつもとは異なる対応が求められているらしい。その証に先生の傍らには四人組のパーティーが立っていた。いかにも手練れな雰囲気を醸し出しているそいつらは、どうやら飛鳥山一番隊と見て間違いなさそうだ。

「それで綾瀬君? あなたの提出した情報を元にこちらで探索隊を準備しました。
 私の担当している学生パーティーの中では一番優秀だと認識しています。
 どうでしょう、任せていただけますか?」

「その人たちが一番隊なんですね。
 任せるも何も、俺には立ち入る許可が下りていませんから……
 正直悔しいですがよろしくお願いします」

「承知しました。
 それと、直接は関係ないのですが、私たちもビーコン再設置機会は多い方です。
 綾瀬君の妹さんが開発したビーコンツール、便利に使っていますよ。
 今日はそのお礼が言える機会が出来てうれしく思います。
 いつもありがとう」

「は、はあ、妹にはそう伝えておきますね。
 こんなところで言われるとは思ってませんでしたけど謝辞は素直に嬉しいです」

「ああ申し訳ない、これから向かう探索とは無関係なことでした。
 私はどうも集中力が途切れているようで、もしかしたら入場人数を数え間違えてしまうかもしれません」

 この言葉に俺は目を輝かせ、花田先生に会釈をしながら飛鳥山一番隊の四人に次いでダンジョン内へと入って行った。
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