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第八章 異世界人の最後

42.お子ちゃま

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 夏休みに入って当然のように学食も休みになった。と言うことは毎日三食用意する必要があると言うことになる。俺はなんとか毎日作ろうとして献立を考えるのだが、予算に限りもあるわけで毎日違うものを作り続けるのは難しそうだった。

「だからさ、朝はパンでいいでしょ。
 アタシはブルーベリージャムかチョコクリームでいいもん。
 あとはカフェ・オ・レかな」

「うーん、だが夏期講習とやらへ行って勉強をするのだろ?
 もっとしっかり食べておいた方がいいんじゃないか?」

「ちゃんとお昼も食べるし問題ないわよ。
 お弁当はおにぎり二つだから用意お願いね。
 昨日みたいに石のような固さにしないでよ?」

「任せておけ、力加減はすでに習得したさ。
 具材はまた同じ、たらこと昆布でいいのか?」

「使い終わるまでは同じでいいよ。
 うみんちゅはおにぎりにしないで好きに食べていいからね。
 たらこは嫌なんでしょ?」

「嫌ではないが…… 食べ慣れてない食感がちょっとな。
 昆布は好きだがあれが本当に野菜の仲間とは思えん。
 だが昼は久し振りにピザを食うかもしれん」

 ジョアンナには三日開けたら久しぶりなのかとからかわれたが、俺は毎日食べてもいいと思っているので、それに比べたら久しぶりだと答えておいた。それからジョアンナが身支度をしている間におにぎりを握り、たらこを一つまみほど避けておく。


 さて、一人留守番となったわけだがここからが忙しい。まずは家全体の掃き掃除に拭き掃除、庭の雑草取りをしてから水回りの掃除もしなければならない。なんとか役に立つと思ってもらえないといつ棄てられてもおかしくはない立場なのだ。

 最悪の場合は、ジョアンナが王に召し抱えられた際、料理人としてついていくことも考えてはいるが、そんな高貴な階級の屋敷にはすでに腕利きの料理人がいるだろう。残された道は掃除夫くらいしか思い浮かばない。こんな時には平和な世の中が恨めしく思えてくるが、毎日のように命の心配をする世界よりは大分ましだろう。

 あらかた片付けてから冷凍しておいたピザを食べてようやく一息ついた。出来たてと比べると大分味は落ちるが、それでも贅沢な昼飯には違いない。そもそも一日に三度も飯を食っていいなんてそれだけで贅沢な話である。

 そして贅沢ついでにと、用意しておいたたらこを例の石碑の下へと埋めた。これでもう何百匹の魚を供養したんだからそろそろ出て来てくれてもいいじゃないか、なんて気持ちになっていた。

 ジョアンナは相変わらず朝起きると石碑を拝んで何かを願っているが、埋まっているのはいつぞやの晩飯で平らげた魚の骨二匹分だと思っているはず。それから俺はちりめんじゃこ一つまみとたらこをひと掬い埋めている。

 考えてみればこんな手間を掛けなくても夏休みで時間があるんだから農業公園まで行けばよかったと思わなくもない。だがせっかくやりかけたことだし、ここに神が降臨したらそれはそれで面白い。

 だが今日も何も起きずさらに数日が過ぎた。


「今日はさ、土曜で夏期講習も休みだからどっか出かけようか。
 食べること以外に興味あることなにかないの?」

「そんな、食うしか考えていないように言わないでもらいたい。
 こう見えてもいろいろ考えることはあるんだぞ?
 例えば…… 」

 俺はここまで言いかけて口をつぐんだ。まさかジョアンナの臣下になれるようもう少し賢くしてもらおうと考えているなんてとてもじゃないが口にできない。だが何かを言いかけたことはばれてしまい、当然のように追及される羽目になった。

「言いかけたならちゃんと言いなさいよ!
 珍しくはっきりしないわねぇ。
 なにか隠し事でもあるわけ?」

「いや、隠し事ではないんだが、全然思い浮かばなかったからどうしようかと思ってな。
 そうだ! 今は泳ぎに興味があるぞ、どうだ、食い物以外だろうに!」

「まあそうね、確かにすごい進歩だわ。
 それじゃ今日はプールにでも行こうか。
 学校じゃないところって言ってもこの辺だと区民プールくらいしかないんだよねぇ。
 海も遠いし、どうしよっかなー」

「海だと!? 遠くても行こうか悩む程度のところに海があるのか?
 俺はまだ海を見たことがないんだ、海へ行こう!」

「泳げなくてもいいならそんなに遠くないよ。
 船に乗って行くところもあるしね」

「船だと!? 船も乗ったことないんだ!
 よし、さっそく行こうじゃないか!」

 俺はもう楽しみを押さえることが難しいくらいに飛び上がってしまい、ジョアンナをせかして家を出た。もちろんはしゃぎ過ぎだと叱られたのは言うまでもない。



「なあジョアンナ! あんなところにうんこがあるぞ!
 なんであんな高いところにうんこがあるんだろうな!」

「とまれ!」

 ジョアンナの表情が周囲の笑い声に比例して強張っていく。そのまま俺は動きを止められた後ほっぺたを摘ままれてしまった。

「いい? あんまりバカに見たいにはしゃがないって約束よね?
 小さい子供でももっと落ち着いてるわよ?
 次騒いだら帰るからね!」

「ふぁ、ふぁい、わふぁりまひた」

 こうして出かけてきた場所には変わったものがたくさんあってあれこれ見るのに忙しい。ひときわ目を引いた金色のうんこがなんなのかは結局教えてもらえなかったが、大声で叫んではいけないことだけは理解できた。

 家の近所の川よりも狭いが、ビルのような建物と同じように工事されている川の側でしばらく待っていると船がやってくる。俺は興奮気味な心を押さえながら乗り込んで隣のジョアンナへ尋ねた。

「なあ、この薄っぺらなのが本当に船なのか?
 帆も張ってないし漕ぎ手もいないようだが…… まさか――」

「はいはい、そうそう、魔法ね、魔法スゴイよね」

「何を言ってるんだ? 電車のように電気で動いてるのか聞こうと思ったんだぞ?
 さすがに俺もこの世界に来てそこそこ経つんだ、いつまでもそんなこと言わないさ」

「あら、これは失礼、でもアタシにもわかんない。
 多分車と一緒でエンジンがあるんじゃない?」

「なるほど、つまりは水の上を走る車と言うとこだな。
 それにしても鎧よりもはるかに大きいのに水に浮かぶもんなんだなぁ。
 小さな木の船しか見たことがなかったから驚いたよ」

「アタシも乗ったのは初めてなのよ。
 近所ってほど近くないけど同じ都内で観光客の真似するのもおかしな話かなってね。
 屋上へ出て外を見ることも出来るみたい、行ってみる?」

「ぜひ! ぜひ!」

 俺とジョアンナは連れだって船の屋上へと出て来た。水上を通った風は今日のような暑い日にもかかわらず冷たくて心地よい。だがジョアンナは少し怖がっている様子だった。

「ちょっとー、スタスタ行っちゃわないでよ。
 お願いだから一人にしないで……」

「それ、手を繋いでおいてやろう。
 まるでお子ちゃまだな」

 いつも言われていることを言い返してやろうと軽口を叩いたところ、ジョアンナは金色の神をなびかせながら予想もしていなかった顔をして俺を見ている。

「お子ちゃまじゃダメなの?
 ずっと子供でいたいよ、ずっと一緒にいたいよ」

 ジョアンナはそう言って俺の手を強く握り涙を流していた。俺はそれを見てなんと答えてよいかわからず、ただ握り返すことしかできなかった。
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