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第一章 世界を跨いだ出会い

1.俺は誰だ?

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 いったいここはどこだ? 変な格好をしている奴らがこちらを見て避けるように顔をそむけながら歩いている。この俺様を誰だと思っていやがるんだ。そう、俺様は――
 
「俺は誰だ……?」

 ふとつぶやいた自分の言葉に驚いてしまった。そうだよ、俺はいったい誰なのか、そもそも今のは何語だったんだ? 頭の中で考えていることとは似ても似つかないような言葉を口にしたような気がしたが、感覚的にはキチンと言えたような気もする複雑な気分だ。

「ちょっとあんた、大丈夫?
 今警察呼ぶから動かないで座ってて。
 怪我は…… うん、どうやら擦り傷ひとつないみたいね。
 でも頭を打ってるかもしれないから動かない方がいいわ。
 すぐに、かわからないけど救急車も来るからさ」

 目の前にしゃがみ込んでこちらを覗き込んだその娘は金色の長い髪を持ち、目の周囲には赤い縁取りの化粧を施している。今までに見たことの無い色合いだがどの部族の物だろうか。金髪であってもエルフではないようだし、この世にまだ知らない部族がいたとは、まだまだ世界は広いと言うことか。

 それにしてもこの言葉、奇妙な発音と知らない言葉だと言うのに何を言っているのか理解できている。どうやらここで待てと言われているようだが、俺の身体に負傷があるのかを気にしているようだ。

 どの部族の女か知らないが俺様も随分と見くびられたものだ。馬車と接触したくらいで怪我なぞするものか。そう言えばはねられそうになっていた子供は無事だっただろうか。抱えて避けようと思ったが間に合わずに蹴り飛ばしてしまったからな。

 もちろん怪我をしないよう十分注意して転がした程度だったはずだ。なんせ俺様の肉体と言ったら王国でも一二を争うくらいには鍛え上げているからな。前回は引き分けに終わった騎士団長との模擬戦、次の御前試合では絶対に上を行って見せる。

 そんなことを考えながら俺は自慢の筋肉を蓄えた太くたくましい腕をさすりあげた。つもりだったのだが……

「な、これはなんだ!? 俺は本当に俺の腕なのか!?
 こんなにも細く女子供のようではないか。
 しかも鎧はどこへ行ったんだ? 剣もないじゃないか!」

「ねえあんた大丈夫?
 やっぱり頭でも打ったんじゃないの?
 ちょっと後頭部見せてみ?」

 先ほどの女が俺の背後にまわり後頭部へと手を掛けた。もちろんそんなことは赦されるはずもなく、俺様は女の腕をつかみながら向きを入れ替えたやすく自由を奪った。

「ちょ、ちょっと何するのよ!
 痛いじゃないの、放しなさいよ、こら! なんとか言え!」

 力はないがこの好戦的な態度、もしかしてアマゾネスに近しい未開の蛮族か何かかもしれない。あまりにうるさく足をばたつかせて蹴り飛ばしてくるので、俺は仕方なく手を離した。

 その瞬間、こちらを睨みつけたと思ったら張り手を喰らわせてきたではないか。もちろん難なく受け止めてつかんだ手をもう一度高々と持ち上げると、今度は本当に観念したのか泣き出してしまった。

「こら女、俺に手を掛けようなんてするからだ。
 一体お前は何者で何の目的で俺に近づいたのだ」

「グスン、はぁ? 何言っちゃってんの?
 あんたが自転車にはねられて気を失っていたから助けてあげたんじゃないの。
 今までここに寝かしてあげてたでしょ?」

 蛮族の女が指さしたところには、見たこともないような装飾を施したカバンと見られるものが置かれていた。どうやら俺を寝かせるため枕にしていたようだ。

「それは申し訳ない、まったく覚えておらぬこと。
 しかし寝ている間とは言え高価そうなものを枕にしてしまいすまなかった」

「そうじゃないでしょ?
 まずは腕を放してちょうだいよ。
 それからちゃんと謝って?
 最後でいいからお礼くらい言ってくれてもいいと思うわよ?」

「それはもっともであるな。
 事情はわからんが救ってくれたのならば礼を言う、ありがとう。
 それに痛い思いをさせてすまなかったな」

「はい、じゃあこれでお互いさまね。
 それにしても見かけよりもずっと力があるのね。
 あんたってまだ中学生くらいでしょ?」

「中学生? それはなんだ?
 あとさっき言っていたじてん……?」

「自転車のこと? まさか自転車知らないなんて嘘でしょ?
 ああ、はねられたってことを言ってるの?」

 どうやら悪人ではないと言うことはわかったが、それでもこの蛮族の女の言っていることはすべてが意味不明でさっぱりわからない。大体ここはどこなんだ? さっきまでいた街でないことは確かだし人が多すぎる。

 それにおかしな服装をしている奴らばかりだし、そもそも武装しているものが一人もいない。まさか別の国にでも飛ばされてきたのか? これが噂に聞いたことのある異空嵐だろうか。

「それで女、お前は一体誰なのだ?
 そもそもここはどこなのだ?」

「まったく口のきき方がなってないわね。
 女、じゃなくてお嬢さん? とか言えないわけ?
 アタシは九条(くじょう)・ジョアンナって言うの。
 まあ普通の女子高生ね」

「じょしこうせい? 女のみの職業か何かか?
 それでクジョーとやらはこの辺りには詳しいのか?」

「ジョアンナでいいわ。
 ジモティーだからこの辺りは私の庭みたいなものよ?
 なんだか大分ずれてるみたいだけど、あんた一体どこから来たのよ?
 名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」

「うむ、俺の名は…… わからん、覚えていない……
 記憶では旅の途中で、どこかここではないところにいたはずなんだが……
 気がついたらこんな見たことの無いものだらけのところにいたのだ」

「あははっ、なんか面白い子ね。
 記憶喪失で旅の途中ですって?
 制服着てるんだからどっかの中学生でしょ?
 見たことない制服だけど家出だったりしてぇ?」

「家出とは人聞きの悪い。
 そもそも家なぞ持ったことないわ。
 かれこれもう十数年は武道研鑽のため流浪の旅をしているからな」

「それあんま面白くないわね、なんかイミフだしぃ。
 そのうちドラゴンとか魔王を倒すためとか言い出しちゃう?
 あははー、いくらなんでもそれはないわよね」

 この女は何がおかしくて笑ったのだろうか。今の会話の中に笑う箇所があったとは思えん。もしかして侮辱されたのではないだろうか。戦士にとって武を極めんがための旅は珍しくもないことのはず。

 とすると、この女とこの国が俺の常識とは異なっているのだろう。この風景からするとどうやら平和な国と考えられそうだ。人々は武装もせず軽装で歩き回っているし、そこら中から大きな音や声が聞こえてくるのに警戒するものがいる様子もない。

 まったくおかしなことになってしまったもんだ、と、この非現実的な出来事を、俺はどこか他人事のように感じていた。
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