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少女の眼鏡
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一体最後に外の世界を見てから何年経ったのだろうか。前回は確かもっと街中にいたはずだが、いつの間にか売られでもしたのか、今回は随分と田舎に来たらしい。桜を見るのは久しぶりだが、やはり春はいい気分になるものだ。
しかも今度の持ち主は年端もいかぬ少女、いや女児と言っていい年齢だ。今までは野郎ばかりでぞんざいに扱われていたが、もしかしたら今回は丁寧に扱ってもらえるかもしれん。子供だから油断はできないが、少しだけ期待してみることにするか。
ほう、随分と視界が低い。これは新鮮だ。遠くを見渡すことはできないが初めての体験は何年生きて来ても楽しいものだ。ん? こいつはこの子供の親か? 風体からするとまた商人のようだな。
「サクラ、この眼鏡は魔道具と言うものでどんな視力にもあうらしい。見てくれはちょっと地味でかわいくないかもしれないが使ってみるかい?」
「うん、おとうさんありがとう。まほうのめがねなんてすごいね。すごくよくみえるよ」
「気に入ったなら壊さないようにしてくれよ? この間の眼鏡は早かったからなあ…… 今日から五歳なんだからそれくらい出来るだろ?」
おいおい、こいつらは何を言ってるんだ。この子供、おとなしそうな外見をしているが物を大切に扱わないようなやつなのか。いくら神具は壊れることがないと言っても粗末に扱っていいわけではない。様子を見ながらいろいろ教え込むことも考えておこう。
あれから一週間か一か月かわからんが共に過ごしてわかったことがある。こやつは随分と本を読むのが好きらしい。来る日も来る日も目に入るのは本ばかり、後は三度の飯と他の人間が少々と言ったところか。わかってはいたが退屈な日々である。
この子の父親はやはり商人だったが最初の持ち主とは別の家系のようで知らぬ名であった。母親も商売を手伝っていて、家には普段この子供しかおらぬ。
ただ驚いたことに、この年でもう学校へ通い読み書きができるのだ。魔竜討伐からおよそ四千年、随分と平和で豊かになったようで何よりである。まあ俺様自身は魔竜討伐になんの役にも立たなかったのだが。
一緒に産まれた、いわば兄弟たちはどうしているのだろう。勇者たちの手に握られ戦い、守り、立派な働きをしたのかもしれない。同じころ俺様は、俺様を引き取った古物屋の目を通して金勘定ばかり眺める退屈な日々を過ごしていただけだ。
古物屋が死んだあとは一緒に埋められてしまい脱出するのには随分と難儀したのを思い出す。たまたま触れたミミズを通して魔法を発動させ地上へ出たのだったな。そこで鳥に咥えられ街へ運ばれた先で次の持ち主と出会った。
俺様を拾った若者は倉庫で商人の下働きをしていたが、しばらくすると金に困って俺様を売り払いやがった。あれから確か二千年ほど大勢の間をたらいまわしになり、最後は冴えない男に使われた後どこかへ仕舞われてしまい永い眠りについた。
ようやく目覚めたと思ったらまさか二千年以上も経っていたとは驚きだ。昔よりも街中には人が多く活気がある。学校へ行けばガキどもが何十人もいてピーギャーとうるさい。
だがそれこそが、我ら神具が作った平和な世の中なのだから誇らしく思ってもいいだろう。働いたのは俺様以外の神具だがまあ似たようなものだ。
平和な世の中と言っても問題がないわけではない。どうやら二千年ほど寝ている間に、この世には昔とは別の身分が産まれていた。その階級による差別意識は相当なもののようだ。ちなみにサクラの一家のような商人は一番下の階級に位置すると言うことが分かった。
そのせいか学校ではぞんざいに扱われており友達もあまりいないようだ。さすがに暴力を振るわれたりはしていないものの、陰湿な嫌がらせを受けていることは捨て置けん。本人にやる気があれば魔法で焼き払ってやるのだが、今回も相性が悪いのか意思疎通が出来やしない。
この世に産み出されてから四千年あまり、振り返ってみても意思疎通が出来たのは俺様を産み出した細工師のみであった。俺様に備わっている知識によると、魔力量が多く波長の合う人間ならば意思疎通ができるようだが今のところ出会えていない。この小娘が成長していったときにどうなるか期待しておくとするか。
それにしてもサクラはまた読書か。今日は歴史書のようだが俺様の知っているものと多少異なっているようだ。勇者と神具は神の加護を受けた神官たちによって産み出されたと伝えられているらしいが、事実は多少異なっている。
それにしても人間と言うのは恐ろしい。とんでもないことを考えてそれを実行するのだから。巨大な体躯を持て余して歩きまわっていただけの魔竜を討伐しようとしたり、そのための武具を作るために多大な犠牲をもいとわなかったりと、客観的に見ればどちらが悪かわからなくなるくらいだ。
『まったくこの歴史書ときたら随分と高尚なきれいごとが書かれているな。神への祈りが実り力を授けてもらったなぞというたわごと、笑い事だ』
「じゃあほんとはどうだっんですか? そんなむかしのことしってるなんてほんものの神具なの?」
『本当の事なぞ知らぬ方が幸せだぞ。勇者が神具を使って魔竜を倒したのは事実だからな。今はそれだけ知っていれば十分だ。その時が来たら教えてやっても良い』
「ぜったいのやくそくですからね。でもめがねがきゅうにしゃべりだすからびっくりしましたよ」
『むっ、小娘、俺様の言葉が聞こえるのだな。いつ気が付いたのだ』
「なにいってるんですか。きゅうにぶつぶつひとりごといってましたよ。あたまのなかにこえがきこえたらきがつきますってば」
『疑問もなく恐れもなく冷静に俺様を認識するとは驚きだ。まだ子供なのに大した胆力を持っているのだな。いや、子供だからこそ眼鏡が口を利くことに疑問を持たないのかもしれん』
「それでアナタはほんとうに神具なんですか? 神話に出てくるすてられためがねの?」
『棄てられた、は余計だが、俺様は確かに本物の神具であるぞ。どうやらお前には当時で言うところの勇者適性があるらしいな』
「またまたじょうだんはやめてくださいよ。アタシがゆうしゃなんてありえません。だってしょうにんのむすめですよ?」
『そんなことはないぞ。勇者適性は特別な力ではない。神具が持つ魔力と同じ波長の魔力を持っているだけのことだからな。すなわち神具の剣を持ったからと言ってその人間が何もせずに強くなるわけではない。だが――』
「だが?」
『俺様は違うぞ? 何もせずともお前に強大な力を与えることが出来るのだからな。例えば――』
「あー、いらないっス。きょうだいなちからなんてもらったってちゃんとつかえそうにないし。それにいろいろおぼえていくたのしみもなくなっちゃうでしょ?」
『欲がないと言うか、いやはやホンにお前は面白いな。よし分かった、お前の学ぶ意欲をそいでも仕方がない。ただ何もしないのはつまらんので学ぶことには手を貸してやるとしよう』
「それはどういう?」
『うむ、まず一つ、俺様をかけている者は集中力が高まる。そのため勉学がはかどるであろう。もう一つは魔法を使って生活環境を整えてやろう。さすれば勉学に一層打ち込めるというものだ』
「はあ、まほうも使えるんですか。さすが神具さま、すごいですねえ」
『そうだろうそうだろう。だからしっかりと手入れをし丁寧に扱うのだぞ。もちろん年長者への敬意も忘れないようにな』
「わっかりました!」
◇◇◇
『あれから何年だ? もう七、八年くらいになるのか?』
「そうっスね。次の春で十三歳だからもうすぐ八年です」
明るく無邪気な子供だったサクラだったが、学校での人間関係のせいかすっかり内向的で臆病な性格になってしまった。まあ内向的なのも臆病なのも必ずしも悪いこととは言い切れないが、学友に尊厳を踏みにじられるのは最悪の行為で悪意そのものと言えよう。
だが幸いにも幼いころから時間を共にしてきた幼馴染が助けになってくれている。彼女らがともにいる限り大きな問題には至らないだろう。なんといっても一人は勇者の末裔、一人は神具の一部をを作った工芸師の子孫だ。
サクラだけは特別な血筋ではないようだが神具である俺様と意思疎通ができる特性がある。こいつらを眺めていても面白いが、それよりもうまいこと誘導してやればもっと楽しめるだろう。
『それにはもっともっと鍛えてえやらないとな、わっはっは』
「ちょっと、なんの前触れもなく笑い始めるの止めてください。頭おかしい人みたいっス……」
まったくこの小娘は俺様に向かって恐れも畏れもなく真正面からずけずけと。これもいずれ教育しなければならんだろう。
『楽しみだ、ああ、楽しみだとも! わーっはっはっはっは!』
「だからうるさくて眠れないっス! 今晩は外して寝ますからね!」
しかも今度の持ち主は年端もいかぬ少女、いや女児と言っていい年齢だ。今までは野郎ばかりでぞんざいに扱われていたが、もしかしたら今回は丁寧に扱ってもらえるかもしれん。子供だから油断はできないが、少しだけ期待してみることにするか。
ほう、随分と視界が低い。これは新鮮だ。遠くを見渡すことはできないが初めての体験は何年生きて来ても楽しいものだ。ん? こいつはこの子供の親か? 風体からするとまた商人のようだな。
「サクラ、この眼鏡は魔道具と言うものでどんな視力にもあうらしい。見てくれはちょっと地味でかわいくないかもしれないが使ってみるかい?」
「うん、おとうさんありがとう。まほうのめがねなんてすごいね。すごくよくみえるよ」
「気に入ったなら壊さないようにしてくれよ? この間の眼鏡は早かったからなあ…… 今日から五歳なんだからそれくらい出来るだろ?」
おいおい、こいつらは何を言ってるんだ。この子供、おとなしそうな外見をしているが物を大切に扱わないようなやつなのか。いくら神具は壊れることがないと言っても粗末に扱っていいわけではない。様子を見ながらいろいろ教え込むことも考えておこう。
あれから一週間か一か月かわからんが共に過ごしてわかったことがある。こやつは随分と本を読むのが好きらしい。来る日も来る日も目に入るのは本ばかり、後は三度の飯と他の人間が少々と言ったところか。わかってはいたが退屈な日々である。
この子の父親はやはり商人だったが最初の持ち主とは別の家系のようで知らぬ名であった。母親も商売を手伝っていて、家には普段この子供しかおらぬ。
ただ驚いたことに、この年でもう学校へ通い読み書きができるのだ。魔竜討伐からおよそ四千年、随分と平和で豊かになったようで何よりである。まあ俺様自身は魔竜討伐になんの役にも立たなかったのだが。
一緒に産まれた、いわば兄弟たちはどうしているのだろう。勇者たちの手に握られ戦い、守り、立派な働きをしたのかもしれない。同じころ俺様は、俺様を引き取った古物屋の目を通して金勘定ばかり眺める退屈な日々を過ごしていただけだ。
古物屋が死んだあとは一緒に埋められてしまい脱出するのには随分と難儀したのを思い出す。たまたま触れたミミズを通して魔法を発動させ地上へ出たのだったな。そこで鳥に咥えられ街へ運ばれた先で次の持ち主と出会った。
俺様を拾った若者は倉庫で商人の下働きをしていたが、しばらくすると金に困って俺様を売り払いやがった。あれから確か二千年ほど大勢の間をたらいまわしになり、最後は冴えない男に使われた後どこかへ仕舞われてしまい永い眠りについた。
ようやく目覚めたと思ったらまさか二千年以上も経っていたとは驚きだ。昔よりも街中には人が多く活気がある。学校へ行けばガキどもが何十人もいてピーギャーとうるさい。
だがそれこそが、我ら神具が作った平和な世の中なのだから誇らしく思ってもいいだろう。働いたのは俺様以外の神具だがまあ似たようなものだ。
平和な世の中と言っても問題がないわけではない。どうやら二千年ほど寝ている間に、この世には昔とは別の身分が産まれていた。その階級による差別意識は相当なもののようだ。ちなみにサクラの一家のような商人は一番下の階級に位置すると言うことが分かった。
そのせいか学校ではぞんざいに扱われており友達もあまりいないようだ。さすがに暴力を振るわれたりはしていないものの、陰湿な嫌がらせを受けていることは捨て置けん。本人にやる気があれば魔法で焼き払ってやるのだが、今回も相性が悪いのか意思疎通が出来やしない。
この世に産み出されてから四千年あまり、振り返ってみても意思疎通が出来たのは俺様を産み出した細工師のみであった。俺様に備わっている知識によると、魔力量が多く波長の合う人間ならば意思疎通ができるようだが今のところ出会えていない。この小娘が成長していったときにどうなるか期待しておくとするか。
それにしてもサクラはまた読書か。今日は歴史書のようだが俺様の知っているものと多少異なっているようだ。勇者と神具は神の加護を受けた神官たちによって産み出されたと伝えられているらしいが、事実は多少異なっている。
それにしても人間と言うのは恐ろしい。とんでもないことを考えてそれを実行するのだから。巨大な体躯を持て余して歩きまわっていただけの魔竜を討伐しようとしたり、そのための武具を作るために多大な犠牲をもいとわなかったりと、客観的に見ればどちらが悪かわからなくなるくらいだ。
『まったくこの歴史書ときたら随分と高尚なきれいごとが書かれているな。神への祈りが実り力を授けてもらったなぞというたわごと、笑い事だ』
「じゃあほんとはどうだっんですか? そんなむかしのことしってるなんてほんものの神具なの?」
『本当の事なぞ知らぬ方が幸せだぞ。勇者が神具を使って魔竜を倒したのは事実だからな。今はそれだけ知っていれば十分だ。その時が来たら教えてやっても良い』
「ぜったいのやくそくですからね。でもめがねがきゅうにしゃべりだすからびっくりしましたよ」
『むっ、小娘、俺様の言葉が聞こえるのだな。いつ気が付いたのだ』
「なにいってるんですか。きゅうにぶつぶつひとりごといってましたよ。あたまのなかにこえがきこえたらきがつきますってば」
『疑問もなく恐れもなく冷静に俺様を認識するとは驚きだ。まだ子供なのに大した胆力を持っているのだな。いや、子供だからこそ眼鏡が口を利くことに疑問を持たないのかもしれん』
「それでアナタはほんとうに神具なんですか? 神話に出てくるすてられためがねの?」
『棄てられた、は余計だが、俺様は確かに本物の神具であるぞ。どうやらお前には当時で言うところの勇者適性があるらしいな』
「またまたじょうだんはやめてくださいよ。アタシがゆうしゃなんてありえません。だってしょうにんのむすめですよ?」
『そんなことはないぞ。勇者適性は特別な力ではない。神具が持つ魔力と同じ波長の魔力を持っているだけのことだからな。すなわち神具の剣を持ったからと言ってその人間が何もせずに強くなるわけではない。だが――』
「だが?」
『俺様は違うぞ? 何もせずともお前に強大な力を与えることが出来るのだからな。例えば――』
「あー、いらないっス。きょうだいなちからなんてもらったってちゃんとつかえそうにないし。それにいろいろおぼえていくたのしみもなくなっちゃうでしょ?」
『欲がないと言うか、いやはやホンにお前は面白いな。よし分かった、お前の学ぶ意欲をそいでも仕方がない。ただ何もしないのはつまらんので学ぶことには手を貸してやるとしよう』
「それはどういう?」
『うむ、まず一つ、俺様をかけている者は集中力が高まる。そのため勉学がはかどるであろう。もう一つは魔法を使って生活環境を整えてやろう。さすれば勉学に一層打ち込めるというものだ』
「はあ、まほうも使えるんですか。さすが神具さま、すごいですねえ」
『そうだろうそうだろう。だからしっかりと手入れをし丁寧に扱うのだぞ。もちろん年長者への敬意も忘れないようにな』
「わっかりました!」
◇◇◇
『あれから何年だ? もう七、八年くらいになるのか?』
「そうっスね。次の春で十三歳だからもうすぐ八年です」
明るく無邪気な子供だったサクラだったが、学校での人間関係のせいかすっかり内向的で臆病な性格になってしまった。まあ内向的なのも臆病なのも必ずしも悪いこととは言い切れないが、学友に尊厳を踏みにじられるのは最悪の行為で悪意そのものと言えよう。
だが幸いにも幼いころから時間を共にしてきた幼馴染が助けになってくれている。彼女らがともにいる限り大きな問題には至らないだろう。なんといっても一人は勇者の末裔、一人は神具の一部をを作った工芸師の子孫だ。
サクラだけは特別な血筋ではないようだが神具である俺様と意思疎通ができる特性がある。こいつらを眺めていても面白いが、それよりもうまいこと誘導してやればもっと楽しめるだろう。
『それにはもっともっと鍛えてえやらないとな、わっはっは』
「ちょっと、なんの前触れもなく笑い始めるの止めてください。頭おかしい人みたいっス……」
まったくこの小娘は俺様に向かって恐れも畏れもなく真正面からずけずけと。これもいずれ教育しなければならんだろう。
『楽しみだ、ああ、楽しみだとも! わーっはっはっはっは!』
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