上 下
51 / 66
第十二章 姉弟の探検

52.共同作業

しおりを挟む
 診察に来てくれたパリーニは、なんでそんなところで寝てしまったのかとフローリアを叱りつけた。しょげたお姫様は理由を簡単に話すと、聡明な医師は思いもよらぬことを言い始めて彼女を驚かせる。なにかの装置と考えられるのであれば、外から壊してしまえば良いのではないかと言うのだ。

「そんなことして何が起こるかわからないではありませんか!
 パリーニ様ともあろうお方がそんな無茶を言うなんて驚き!」

「うふふ、冗談ですよ、お手上げと言いたかったのです。
 私の専門は医療のみですから他は全く分かりません」

「暗号のような物であれば国王陛下がお詳しいのではございませんか?
 戦場では暗号でやり取りするのですよね?」

「ああ、確かにそれは名案です。
 しかしお父様は今お母様と旅行へ行ってますし……
 まったく年明けの準備と言い訳をして、いちゃいちゃするのは止めてもらいたいのです」

「それならギルガメス様に伺ってみては?
 陛下から座学で学んでいるかもしれませんよ?」

「ああ、ギルね……
 あの子はすぐ泣くから一緒に遊びたくないのよね。
 もう十一歳なんだからしっかりしないと。
 あと五年で大人なのですよ?」

「あらあら、随分辛辣ですこと。
 フローリア様が大人びて優秀すぎるのがいけないんですよ?
 きっと間もなく頼もしい男性になりますって」

「それならいいのだけれどねえ。
 でもあんまりのんびりしていたら弟に抜かれちゃうかも。
 いちゃいちゃしてるお母さまたちに、いつ次の子供できるかわからないのだから」

 パリーニは口に含んでいたお茶を吐きだしそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。確かに早熟で知識豊富なフローリアと言えど、ここまで真っ直ぐにそんな話をするとは思わなかったのだ。まさかとは思うが自分の秘密も知られているのではないかと急に落ち着きを失ってしまい目が泳ぎ始める。

「まあでもお父様はもうお年だから無理かもしれないわね。
 お母さまはまだまだ熟れ時だけど平気なのかしら。
 ねえパリーニ様はどう思います?」

「ど、ど、どど、うって、そんなご無礼なこと言えません!
 フローリア様も具合よくないのですから大人しく寝ていましょうね」

「だって女同士では子供作れないではありませんか。
 お母さまはともかくパリーニはそれでもいいの?」

 やはり知られていた! 高齢になった母を継いで、と言うわけではなかったのだが、ある時あまりに寂しそうにしていたクラウディア様の誘いについ乗ってしまった。それから何年も続いている秘密の関係で、城の中に籠り男性経験も女性経験も無かったパリーニにとって初めてで唯一の相手である。

「ど、ど、どうして、い、いつからそれを……?
 他の方に漏らしてはおりませんよね?」

「それは当然、言いふらすのは野暮ではないですか。
 私は別に気にしないし悪いこととも思いませんけどね。
 隠しているところがまた背徳感を煽って燃えるのではありませんか!」

「も、もう、フローリア様! おやめください!
 恥ずかしくて顔が燃えるようです!」

 純朴な医師は両手で顔を押さえて隠している。しかしおませな姫様はクスクスと笑いながら冷やかし続けており、耐え切れなくなったパリーニは顔を押さえたままで部屋から出ていった。一人残されたフローリアの部屋にまた静寂が戻る。

 母よりもいくつか年上のパリーニは、実のところ父が同じなので姉妹である。しかし離れすぎていてピンと来ないし、幼いころから同じような付き合い方なので急に変えることもできない。それに彼女の母であるシャラトワは正室と側室の差もあるのだから気にしないでいいと言っていた。だからと言って高圧的であったり命令したりはしないようには心がけている。まあそんな気楽な関係である。


 ひと眠りした後、運ばれてきた果物を食べていると元気が戻ってきた。これならもう動けるだろうが、ここで再び倒れでもしたら仕返しとして苦い薬を飲まされてしまう。もちろん部屋の外には今朝ここまで抱えて来てくれた世話係が二度目の無いようにと付きっきりで見張っている。

 脱出は仕方なく我慢することにして先ほどの続き、例の数字について考えを巡らせることにした。パリーニがヒントをくれたようにやはり暗号だと考えるのが妥当かもしれない。だが暗号学についてはさっぱりわからず文献を探そうにも部屋からは出られない。そこへちょうどいい顔が現れた。

「フロー? 具合はどうだ?
 パリーニが教えてくれたから覗きに来たんだけど我に何か用か?」

「あらギル! いいところに来たわね。
 そうなのよ、あなたに教えてほしいことがあったの」

「えっ! 我に教えてほしいだって?
 冗談はやめてくれ、フローが知らなくて我が知ってることなどなにもないだろうに」

「冗談でも嘘でもないわよ、暗号のこと教えてほしいの。
 数字を使ったものなのだけれど――」

 フローリアは訝(いぶか)しむ弟へ例の文字について解説した。さすがに飲みこみは早く、十六進数についてもすぐに理解したようだ。

「これが暗号だとして、答えは必ず数字なのかい?
 文章とか文字の可能性もあるのだろ?」

「可能性だけで話をしたらキリがないわ。
 今のところはその入力装置が数字にしか対応して無さそうな事。
 そして四桁である可能性が高いことが数字である根拠ね。
 でも四つ目を間違えた段階で入力不可になることもあるわねえ。
 そうすると答えは無限に広がっちゃうかも」

「現段階で判明している文字は三つ。
 もっとたくさんある可能性もあるのか……
 なかなか難題だ、しかし戦場(いくさば)の暗号は解かせること前提だからね。
 これを作った者がそう考えてくれているといいのだがな」

「うーん、解かせる気がないほど難しく作る可能性?
 いやいやだったらそんなもの初めから作らないと思うのよ。
 だから絶対解けるに決まってるわ。
 王城の奥底に隠されている暗号と秘密の何か、どう?」

「うん、すっごく楽しくなってきた!
 じゃあこんなのはどうかな。
 これがこうであるだろ? それでこっちにこうなって――」

 小さき姉弟は夢中になって暗号について話し合っている。王子はいつの間にか格好つけることを辞め素に戻っているし、姫様は目を輝かせて弟に声をかける。これは二人が今までで一番長く話をし同じ物を見ている時間だったかもしれない。

 扉の向こうからは世話係が目を細めて覗いている。こう言った出来事を王妃様へご報告し、感謝の言葉をいただくのがこの老紳士にとって最上の喜びでだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

ヒョロガリ殿下を逞しく育てたのでお暇させていただきます!

冬見 六花
恋愛
突如自分がいる世界が前世で読んだ異世界恋愛小説の中だと気づいたエリシア。婚約者である王太子殿下と自分が死ぬ運命から逃れるため、ガリガリに痩せ細っている殿下に「逞しい体になるため鍛えてほしい」とお願いし、異世界から来る筋肉好きヒロインを迎える準備をして自分はお暇させてもらおうとするのだが……――――もちろん逃げられるわけがなかったお話。 【無自覚ヤンデレ煽りなヒロイン ✖️ ヒロインのためだけに体を鍛えたヒロイン絶対マンの腹黒ヒーロー】 ゆるゆるな世界設定です。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

捨て子の幼女は闇の精霊王に愛でられる

ここあ
ファンタジー
幼女が闇の精霊王にただただ愛でられる話です。溺愛です。徐々に逆ハー(?) 感想いつでもお待ちしております!励みになります♪

処理中です...