上 下
47 / 66
第十一章 不遇の王子

48.出奔

しおりを挟む
 これは本物の記憶……?

『私の名はドロシー・メロレイ、カッタル地方の農村で子供たちの面倒を見る仕事をしていたのだが、領主様の使いがやってきて王都へと連れてこられ、教師になるための勉強をするようにと学校へ入れられた。初めは似たような境遇の人たちと一緒に勉強するのが楽しかったが、休日に城下町へ出て遊ぶようになってから生活が変わってしまった。

 貧しい身の上で学校へ通わせて貰っているのだから遊ぶためのお金なんて無かった。始めはただ街の中を歩いて眺めているだけで良かった。けれど遊ぶ金欲しさで男に誘われるまま暗がりについていき、つい身を売ってしまった。それからは転落と言ってもいい。寮から抜け出して夜遊びに精を出し、学業に身は入らない。やがて最低限の荷物を持って脱走を図り男の家へと転がり込んだ。

 田舎では十四の時に隣村の牛飼いのところへ嫁に行き、二年経っても子が出来ずに放り出された。仕方なく故郷へ戻ると親には役立たずと罵られ、村では出戻りだと陰口をたたかれ肩身が狭かった。しかし孤児を集めて面倒を見ているストラおばさんが迎え入れてくれ嬉しかった。私には数の数え方くらいしか教えてあげられなかったけど、子供たちと一緒に読み書きを習い、次には自分が教える側になれた。

 その生活が三年ほど続いてから私は王都へやってきた。寮を出てからしばらくは楽しかったけれど、一緒に住んでいた男のために体を他人へ差出し日銭を稼ぐことが苦痛だった。どうせ子の出来ない身、いくら穢されようと構わない。そう思いながらも心が蝕まれていくこの感覚はなんだろう。夜中にふと目覚めると涙が流れていることもある。そして私はまた逃げ出した』


「ドロシー? ごめんね、無理にこんな……
 でも僕はドロシーのことが好きなんだ、受け入れておくれ。
 もう君しかいないんだよ」

「坊ちゃま…… 私、全て思い出しました。
 名前も過去も、本来すべきだったことも……
 ああ、私は罪人同然なのに、アンが、クレストが、旦那様が救ってくれた」

「どうしたの? なにか変だよ、ドロシー!?」

「そして今日、坊ちゃまと結ばれた!
 私、幸せです…… そりゃ無理にされたのは怒ってますよ?
 でも次からは優しくしてくださいね。
 ちゃんと色々教えてあげますから、この穢れた肉体(からだ)で宜しければ」

「どうしたのドロシー? そんな、君のほうから、えっ!?
 ああ、あああ、ドロシー、愛してる……」

 納屋同然のあばら家からは男女の営みが漏れ出ている。しかし今の二人にとっては些細な問題だった。ようやく手に入った豊満で柔らかな肉の味を夢中になって貪(むさぼ)りつづける少年と、欠落した記憶を取り戻し、その身に宿る業(ごう)と肉欲を思い出した熟れる三十女は朝まで、いや朝になってもお互いを食い合い続けていた。やがて再び夜が訪れ、どちらからともなく空腹を訴える。


「私、なにかお食事を求めて参ります。
 坊ちゃまは汗を拭いてお着替えなさっていてくださいね」

「ああ、ありがとう、それとね?
 僕のことはもう坊ちゃまなんて呼ばないでおくれ。
 今後はフラムス、そうさ、アーゲンハイムも捨てるのだからフラムス・アリアだけでいい。
 女の名前みたいでおかしいかな?」

「いいえ、坊ちゃま、いやフラムス様のお優しさが滲み出ておりますよ。
 では行って参ります」

 食事を取り満足した二人は、夜明けを待ってからあばら家を出た。次に住むところを探さなければならないが金はある。しばらくは働かなくとも十分なんとかなるだけの額だ。まずは家を借りてから家具を揃えて二人で暮らすのだ。誰にも強要されずに好きな勉強をしよう。そしていい職に就いてドロシーと、できれば子も設けて慎ましく暮らそう、フラムスはそのように考えていた。それが叶わぬとも知らずに。


◇◇◇


「な、なんだと!? あやつが…… 消えた…… だと……
 一体なぜそんなことになったのだ」

「申し訳ございません、私の手落ちでございます。
 フラムスに、あの子に私が本当の親ではないと知られてしまいました。
 それを聞いて激高し、私を気絶させて出て行きました」

「ふうむ、それまではどうだったのだ?
 報告によれば特に女を欲している様子もなくごく普通の若者であったと聞いているが」

「左様でございます、勉学に没頭する朴念仁で心配になるほどでした。
 何があの子をそうさせたのか……」

 アーゲンハイム伯爵は王に嘘をついた。いや、話していないだけなので嘘ではないかもしれない。しかし報告を怠ったことは事実であり、それは単に保身の為であった。老いの進んだ王と幼い王子たちと間もなく初老の自身、これらの関係性を鑑みて全てを報告する必要はないと判断したのだ。

「油断ならん、油断ならんな。
 捜索隊を、いや大仰なことをしては余計な詮索を産むか。
 とりあえずは家出人と言うことで身分を隠して警備隊へ伝えておけ。
 見つかれば由、見つからなければ近隣には居らぬのだからそれで良い」

「畏まりました、早急に手配いたします。
 それにしてもこの度の失態、誠に申し訳ございません」

「過ぎたことはもう良い、身体がまだ痛むのだろう?
 ゆっくりと休んで次に備えるのだ」

 王は逃げ出したアルベルトの息子が、親と同じようなことをしないことを切に願った。そしてもちろんそのことをクラウディアへ知らせるつもりもなかった。やはりアレの言う通り始末しておくべきだったのか、それとも手元で管理しておくべきだったのか、アーゲンハイムには過ぎたことを気にするなと言っておきながら、自身は今更どうにもならないことで頭を悩ませながら部屋へと戻った。

「あらあら陛下、どうされたのですか?
 どうせまた誰かが難題を持ちこんできたのでしょう?
 さ、こちらへ」

 童心に返ったように甘える白髪の王は、愛する者の頂(いただき)へと顔を埋(うず)め深い眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします! 幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。 〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。 奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。 下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった! 憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。 ※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。 *第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました* *2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました* *2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*

【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく

愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。 貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。 そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。 いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。 涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。 似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。 年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。 ・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。 ・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・多分ハッピーエンド。 ・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。

太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。 鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。 ゴゴゴゴゴゴゴゴォ 春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。 一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。 華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。 ※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。 春人の天賦の才  料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活  春人の初期スキル  【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】 ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど 【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得   】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】 ≪ 生成・製造スキル ≫ 【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】 ≪ 召喚スキル ≫ 【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...