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第十一章 不遇の王子
48.出奔
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これは本物の記憶……?
『私の名はドロシー・メロレイ、カッタル地方の農村で子供たちの面倒を見る仕事をしていたのだが、領主様の使いがやってきて王都へと連れてこられ、教師になるための勉強をするようにと学校へ入れられた。初めは似たような境遇の人たちと一緒に勉強するのが楽しかったが、休日に城下町へ出て遊ぶようになってから生活が変わってしまった。
貧しい身の上で学校へ通わせて貰っているのだから遊ぶためのお金なんて無かった。始めはただ街の中を歩いて眺めているだけで良かった。けれど遊ぶ金欲しさで男に誘われるまま暗がりについていき、つい身を売ってしまった。それからは転落と言ってもいい。寮から抜け出して夜遊びに精を出し、学業に身は入らない。やがて最低限の荷物を持って脱走を図り男の家へと転がり込んだ。
田舎では十四の時に隣村の牛飼いのところへ嫁に行き、二年経っても子が出来ずに放り出された。仕方なく故郷へ戻ると親には役立たずと罵られ、村では出戻りだと陰口をたたかれ肩身が狭かった。しかし孤児を集めて面倒を見ているストラおばさんが迎え入れてくれ嬉しかった。私には数の数え方くらいしか教えてあげられなかったけど、子供たちと一緒に読み書きを習い、次には自分が教える側になれた。
その生活が三年ほど続いてから私は王都へやってきた。寮を出てからしばらくは楽しかったけれど、一緒に住んでいた男のために体を他人へ差出し日銭を稼ぐことが苦痛だった。どうせ子の出来ない身、いくら穢されようと構わない。そう思いながらも心が蝕まれていくこの感覚はなんだろう。夜中にふと目覚めると涙が流れていることもある。そして私はまた逃げ出した』
「ドロシー? ごめんね、無理にこんな……
でも僕はドロシーのことが好きなんだ、受け入れておくれ。
もう君しかいないんだよ」
「坊ちゃま…… 私、全て思い出しました。
名前も過去も、本来すべきだったことも……
ああ、私は罪人同然なのに、アンが、クレストが、旦那様が救ってくれた」
「どうしたの? なにか変だよ、ドロシー!?」
「そして今日、坊ちゃまと結ばれた!
私、幸せです…… そりゃ無理にされたのは怒ってますよ?
でも次からは優しくしてくださいね。
ちゃんと色々教えてあげますから、この穢れた肉体(からだ)で宜しければ」
「どうしたのドロシー? そんな、君のほうから、えっ!?
ああ、あああ、ドロシー、愛してる……」
納屋同然のあばら家からは男女の営みが漏れ出ている。しかし今の二人にとっては些細な問題だった。ようやく手に入った豊満で柔らかな肉の味を夢中になって貪(むさぼ)りつづける少年と、欠落した記憶を取り戻し、その身に宿る業(ごう)と肉欲を思い出した熟れる三十女は朝まで、いや朝になってもお互いを食い合い続けていた。やがて再び夜が訪れ、どちらからともなく空腹を訴える。
「私、なにかお食事を求めて参ります。
坊ちゃまは汗を拭いてお着替えなさっていてくださいね」
「ああ、ありがとう、それとね?
僕のことはもう坊ちゃまなんて呼ばないでおくれ。
今後はフラムス、そうさ、アーゲンハイムも捨てるのだからフラムス・アリアだけでいい。
女の名前みたいでおかしいかな?」
「いいえ、坊ちゃま、いやフラムス様のお優しさが滲み出ておりますよ。
では行って参ります」
食事を取り満足した二人は、夜明けを待ってからあばら家を出た。次に住むところを探さなければならないが金はある。しばらくは働かなくとも十分なんとかなるだけの額だ。まずは家を借りてから家具を揃えて二人で暮らすのだ。誰にも強要されずに好きな勉強をしよう。そしていい職に就いてドロシーと、できれば子も設けて慎ましく暮らそう、フラムスはそのように考えていた。それが叶わぬとも知らずに。
◇◇◇
「な、なんだと!? あやつが…… 消えた…… だと……
一体なぜそんなことになったのだ」
「申し訳ございません、私の手落ちでございます。
フラムスに、あの子に私が本当の親ではないと知られてしまいました。
それを聞いて激高し、私を気絶させて出て行きました」
「ふうむ、それまではどうだったのだ?
報告によれば特に女を欲している様子もなくごく普通の若者であったと聞いているが」
「左様でございます、勉学に没頭する朴念仁で心配になるほどでした。
何があの子をそうさせたのか……」
アーゲンハイム伯爵は王に嘘をついた。いや、話していないだけなので嘘ではないかもしれない。しかし報告を怠ったことは事実であり、それは単に保身の為であった。老いの進んだ王と幼い王子たちと間もなく初老の自身、これらの関係性を鑑みて全てを報告する必要はないと判断したのだ。
「油断ならん、油断ならんな。
捜索隊を、いや大仰なことをしては余計な詮索を産むか。
とりあえずは家出人と言うことで身分を隠して警備隊へ伝えておけ。
見つかれば由、見つからなければ近隣には居らぬのだからそれで良い」
「畏まりました、早急に手配いたします。
それにしてもこの度の失態、誠に申し訳ございません」
「過ぎたことはもう良い、身体がまだ痛むのだろう?
ゆっくりと休んで次に備えるのだ」
王は逃げ出したアルベルトの息子が、親と同じようなことをしないことを切に願った。そしてもちろんそのことをクラウディアへ知らせるつもりもなかった。やはりアレの言う通り始末しておくべきだったのか、それとも手元で管理しておくべきだったのか、アーゲンハイムには過ぎたことを気にするなと言っておきながら、自身は今更どうにもならないことで頭を悩ませながら部屋へと戻った。
「あらあら陛下、どうされたのですか?
どうせまた誰かが難題を持ちこんできたのでしょう?
さ、こちらへ」
童心に返ったように甘える白髪の王は、愛する者の頂(いただき)へと顔を埋(うず)め深い眠りについた。
『私の名はドロシー・メロレイ、カッタル地方の農村で子供たちの面倒を見る仕事をしていたのだが、領主様の使いがやってきて王都へと連れてこられ、教師になるための勉強をするようにと学校へ入れられた。初めは似たような境遇の人たちと一緒に勉強するのが楽しかったが、休日に城下町へ出て遊ぶようになってから生活が変わってしまった。
貧しい身の上で学校へ通わせて貰っているのだから遊ぶためのお金なんて無かった。始めはただ街の中を歩いて眺めているだけで良かった。けれど遊ぶ金欲しさで男に誘われるまま暗がりについていき、つい身を売ってしまった。それからは転落と言ってもいい。寮から抜け出して夜遊びに精を出し、学業に身は入らない。やがて最低限の荷物を持って脱走を図り男の家へと転がり込んだ。
田舎では十四の時に隣村の牛飼いのところへ嫁に行き、二年経っても子が出来ずに放り出された。仕方なく故郷へ戻ると親には役立たずと罵られ、村では出戻りだと陰口をたたかれ肩身が狭かった。しかし孤児を集めて面倒を見ているストラおばさんが迎え入れてくれ嬉しかった。私には数の数え方くらいしか教えてあげられなかったけど、子供たちと一緒に読み書きを習い、次には自分が教える側になれた。
その生活が三年ほど続いてから私は王都へやってきた。寮を出てからしばらくは楽しかったけれど、一緒に住んでいた男のために体を他人へ差出し日銭を稼ぐことが苦痛だった。どうせ子の出来ない身、いくら穢されようと構わない。そう思いながらも心が蝕まれていくこの感覚はなんだろう。夜中にふと目覚めると涙が流れていることもある。そして私はまた逃げ出した』
「ドロシー? ごめんね、無理にこんな……
でも僕はドロシーのことが好きなんだ、受け入れておくれ。
もう君しかいないんだよ」
「坊ちゃま…… 私、全て思い出しました。
名前も過去も、本来すべきだったことも……
ああ、私は罪人同然なのに、アンが、クレストが、旦那様が救ってくれた」
「どうしたの? なにか変だよ、ドロシー!?」
「そして今日、坊ちゃまと結ばれた!
私、幸せです…… そりゃ無理にされたのは怒ってますよ?
でも次からは優しくしてくださいね。
ちゃんと色々教えてあげますから、この穢れた肉体(からだ)で宜しければ」
「どうしたのドロシー? そんな、君のほうから、えっ!?
ああ、あああ、ドロシー、愛してる……」
納屋同然のあばら家からは男女の営みが漏れ出ている。しかし今の二人にとっては些細な問題だった。ようやく手に入った豊満で柔らかな肉の味を夢中になって貪(むさぼ)りつづける少年と、欠落した記憶を取り戻し、その身に宿る業(ごう)と肉欲を思い出した熟れる三十女は朝まで、いや朝になってもお互いを食い合い続けていた。やがて再び夜が訪れ、どちらからともなく空腹を訴える。
「私、なにかお食事を求めて参ります。
坊ちゃまは汗を拭いてお着替えなさっていてくださいね」
「ああ、ありがとう、それとね?
僕のことはもう坊ちゃまなんて呼ばないでおくれ。
今後はフラムス、そうさ、アーゲンハイムも捨てるのだからフラムス・アリアだけでいい。
女の名前みたいでおかしいかな?」
「いいえ、坊ちゃま、いやフラムス様のお優しさが滲み出ておりますよ。
では行って参ります」
食事を取り満足した二人は、夜明けを待ってからあばら家を出た。次に住むところを探さなければならないが金はある。しばらくは働かなくとも十分なんとかなるだけの額だ。まずは家を借りてから家具を揃えて二人で暮らすのだ。誰にも強要されずに好きな勉強をしよう。そしていい職に就いてドロシーと、できれば子も設けて慎ましく暮らそう、フラムスはそのように考えていた。それが叶わぬとも知らずに。
◇◇◇
「な、なんだと!? あやつが…… 消えた…… だと……
一体なぜそんなことになったのだ」
「申し訳ございません、私の手落ちでございます。
フラムスに、あの子に私が本当の親ではないと知られてしまいました。
それを聞いて激高し、私を気絶させて出て行きました」
「ふうむ、それまではどうだったのだ?
報告によれば特に女を欲している様子もなくごく普通の若者であったと聞いているが」
「左様でございます、勉学に没頭する朴念仁で心配になるほどでした。
何があの子をそうさせたのか……」
アーゲンハイム伯爵は王に嘘をついた。いや、話していないだけなので嘘ではないかもしれない。しかし報告を怠ったことは事実であり、それは単に保身の為であった。老いの進んだ王と幼い王子たちと間もなく初老の自身、これらの関係性を鑑みて全てを報告する必要はないと判断したのだ。
「油断ならん、油断ならんな。
捜索隊を、いや大仰なことをしては余計な詮索を産むか。
とりあえずは家出人と言うことで身分を隠して警備隊へ伝えておけ。
見つかれば由、見つからなければ近隣には居らぬのだからそれで良い」
「畏まりました、早急に手配いたします。
それにしてもこの度の失態、誠に申し訳ございません」
「過ぎたことはもう良い、身体がまだ痛むのだろう?
ゆっくりと休んで次に備えるのだ」
王は逃げ出したアルベルトの息子が、親と同じようなことをしないことを切に願った。そしてもちろんそのことをクラウディアへ知らせるつもりもなかった。やはりアレの言う通り始末しておくべきだったのか、それとも手元で管理しておくべきだったのか、アーゲンハイムには過ぎたことを気にするなと言っておきながら、自身は今更どうにもならないことで頭を悩ませながら部屋へと戻った。
「あらあら陛下、どうされたのですか?
どうせまた誰かが難題を持ちこんできたのでしょう?
さ、こちらへ」
童心に返ったように甘える白髪の王は、愛する者の頂(いただき)へと顔を埋(うず)め深い眠りについた。
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