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第九章 母なる側室

35.重い告白

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 わかってしまえば簡単な話、一連の騒動後、老王と若き側室はその歳の差に見合わぬ熱愛振りを再開し周囲へ振りまいていた。外野からすれば男女間のすれ違いなどに興味を持たない、なったとしても酒のつまみにする程度のものである。だがそれが王のことであるならばそうもいかず、ようやく城の中の緊迫感が消えたことで安堵している者は多かった。

 王族に圧し掛かっている責任や業(ごう)に関しては今すぐ考える必要もなく、他国との争いが起きる気配すらない今の段階で心配しても仕方がない。王は今のところそう考えることにしていた。いわゆる先延ばしではあるのだが、争いは必ずしも国外から迫って来るものではなく、今は他にすることがあったのだ。


「うーむ、どうしたものか……
 そなたの意見も聞きたいと思うが構わぬか?
 少し嫌な話になるやもしれんのだが……」

「どんなことでございましょうか。
 私は国の政(まつりごと)に関わることなどなにもわからない愚者でございますよ?」

「感じたままで構わん。
 ここ最近の貴族議会で武具の流通が増えているとの報告があってな。
 また反乱の企てがあるのではないかと思い前国王派の内通者へ聞いたのだ。
 だがここ一年ほどはいつも問題はない、飲んで騒いで終わりだと答えるのみ。
 以前のような大きな騒ぎにならないうちに沈静化したいのだがな」

「その以前のと言うのは……」

「ああ、察しの通りダルチエン伯爵の件だ。
 あの時は内通者からの報告が間に合わず事前に止めることが出来なかったのだ。
 ―― すまぬ、やはりそなたに聞くことでは無かったか」

「いいえ、私はすでに陛下へ忠誠を誓い家を棄てた身でございます。
 以前も申し上げた通り過ぎたことの正誤を問うよりも今を大切にしたいのです。
 しかし父の企てを止めるための内通者がいたのは初耳で驚きました」

「恐らくそなたも面識がある、アーゲンハイム男爵だ。
 あやつは伯爵と親しかった故、事前に止めることが出来ると踏んで懐柔したのだがな。
 我の見誤りにより大事になってしまった」

 クラウディアはアーゲンハイム男爵の名が出たことで冷静さを失った。表には出ていないかもしれないが、手には汗をかき心(しん)の鼓動が早くなっているのがわかる。これからどうするべきか、王を討つために我が子を託したアーゲンハイム男爵だが、父を裏切っていたことなど一言も言わなかった。わざわざ教えないことは当然だろうが、王の内通者になっていながら王を討つと言っているのはどういうつもりなのか。

 そもそも前国王が善で、現国王が悪であるとの保証もなく、クラウディアの感じ取った雰囲気を信じるとすれば現国王は悪政を敷くような酷い人ではない。クラウディアに酷いことをしていたタクローシュから守り遠ざけてくれていて、治療室から連れ出されて以降は顔を合わせてさえいないのだ。そんな国王に隠し事をしたままで良いのだろうか。しかも命にかかわることかもしれないと言うのに。

「陛下、問われていたことに対しての答えは持ち合わせておりません。
 ですが少なからず関連することでご報告がございます。
 その前に陛下には剣を持っていただきたいのです」

「何ゆえに剣を?
 まさか誰かに聞かれており賊が侵入してくるなどと言うまいな?」

「それはこれからお話する内容でご判断くださいませ……
 ―― 実は…… 私が最初に産んだ子は男子でした。
 父親はご存知の通り、つまり前国王の血を受け継いだ男系男子です」

「そう、だったな。
 実を言うと我は今でもそのことを記憶から追いやることが出来ない。
 我がクラウディアが他の男の物であったと言う事実をな!」

 剣を握った王の手に力が入り、僅かに震えているように見える。だが恐ろしさを感じるのはまだこの先だと気を引き締めてクラウディアは言葉を続けた。

「中古(ちゅうふる)の身を捧ぐことになってしまい申し訳ございません……
 陛下に捨てられるときにはこの命ごと消し去って下さいますと嬉しゅうございます」

「何を言うか、我は自分の所業のせいでそなたを貶めたことを悔いているのだ。
 そなたにも伯爵にも酷いことをしたのだが、その時は最良と信じていた。
 だが思い返せば誤りであった可能性もあるのではと考えてしまうのう」

「そのことはお忘れください、陛下はきっと正しい判断をしたのです。
 だからこそ私がここにいるのですから。
 それよりもその最初の子ですが…… まだ生きていると思われます。
 なぜなら我が子はアーゲンハイム家に引き取られたのです。
 陛下に対し嘘をついていた私をどうぞその剣で罰して下さいませ!」

「なるほど、剣を用意させたのはそう言う理由だったのか。
 だがその望みを聞くわけにはいかん!
 そなたには生きて我が子を産んでもらわねばならんからな。
 その後はもちろん育てなければならぬし、その後は我を満足させるために一生を捧げよ!」

「そのようなお言葉、ありがとう存じます。
 私は一生をかけて陛下へ尽くすことを誓います!」

 クラウディアは自分が愛されていることを強く実感し歓喜の涙を流していた。だが同時に、手元から離れた我が息子が災いを齎(もたら)すであろうことを予見するのだった。

 だが王はまた別のことを考えていた。今この手にある最愛の女が過去別の男のものであった、そんなこと自体は良くある話で気にする必要はないはず。しかしそう貶めたのが自分であることを悔いているのは事実で、今はその気持ちの高ぶりを何とかして納めないと気が済まなかったのだ。

 王はクラウディアの頭を掴み手元へ、いや、心に連動せず冷静なままである男性へと導いた。
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