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第八章 溺愛の側室

32.孤独な王子

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 その部屋には不穏な空気が流れていた。裸で震える多数の女、出入り口には白衣にマスクという大仰な出で立ちが二人、その正面にはやはり裸で仁王立ちしながら激高している青年が一人……

「どけ、言うことを聞かぬなら不敬罪で処刑するぞ!
 命などどうでも良いから俺の邪魔をするな!」

「そうは参りませぬ、私共も主を裏切ることは出来ませぬ。
 これ以上無理を申されるのであれば致し方ありません」

 医師見習い二人は、麻酔針が仕込まれた吹矢を取り出して構えた。

「くっ、わかったわかった、もういい。
 畜生、あの女に一言くらい嫌味を言ってやりたかったんだがな」

「それくらいであれば王へ伝えて機会を設けていただきましょう。
 害がないと示すことが出来れば、ここへ留め置かれることも無くなりましょう」

「お前らもいい加減退屈だろうしな。
 おい、女達よ、たまにはこいつらの相手をしてやれ。
 だが任務もあることだし一人ずつにしろよ。
 俺以外が俺の奥御殿(ハーレム)の女を抱けるなんてあり得ないからな。
 誰にも言わず黙っておれよ? ま、役得と言うやつだ」

「いや、なりません王子、そんなことが知れたら……
 そうではなく、例え知られなくともダメなものはダメでございます!
 うわあ、ご勘弁を! お戯れを!」

 奥御殿の女たちに白衣から何から脱がされてしまった医師見習いは、体をくねらせて抵抗している。その様子を見ながら王子は考えていた。やることさえ済ませてしまえば後は脅し放題だ。もしそのまま溺れてくれればすぐに部屋から抜け出すのも容易いだろう。それにしてもこやつ、必死に抵抗しすぎだ。さすが王の直轄、意思が固いと見える。だが女達から意外な報告が上がる。

「あの…… 王子殿下?
 この者なのですが…… 女でございますよ?」

「な、なんだってええ!!
 ふざけやがってあのやぶ医者め、自分の趣味で決めてやがるな!?
 それじゃ仕方ない、俺様が抱いてやるとするか。
 まさか初めてじゃないだろう? あの医者の手付ならたっぷりと屈辱感を植え付けてくれるわ」

「いけません、なりませぬ、殿下! それだけはご勘弁を!
 私は、私は! ああっ!」

 タクローシュ王子は他人の物を奪う(ねとる)のだと思うと体の芯が熱くなる。本当は取られるほうが好みなのだが、そうそう都合よく人にくれる女もいないし、やる相手もいない。それを考えるとあの醜い兄であるアルベルトと、そこへ放り込んだクラウディアの組み合わせは最高だった。あいつらのことを考えながら抱いたアンミラの味と言ったら今までで一番の味で忘れられないほどだ。

 しかしあの美しいアンミラもが愚兄の手に堕ち犯されているところを見せ付けられた。あの時は興奮が抑えきれずに手近な女で済ませてしまったのが悔やまれる。あんな愛奴風情ではなく、まともな側室を待てないとは、俺もつくづく好きものが過ぎる。今回はやや物足りないが、あの忌まわしい麻酔薬を開発した医師の愛弟子を犯すことで気を晴らすとしよう。

 せっかく女達から白衣を取戻し、身体を隠して抵抗していた医師見習いの女から白衣をはぎ取った王子は、頭頂で束ねられている短い髪を掴んでベッドまで引きずっていく。泣き叫ぶ見習い女の声が部屋中に響くが、あいにく王子を閉じ込めるため厳重に戸締りを行っていることが災いし、何が起きているのか外へは伝わらない。

 天頂へ向かい高々と隆起した王子の怒りは、怯えて抵抗できなくなっている見習い女の目の前で赤黒い光を放っているかのようだった。

「おい、自ら口で奉仕するなら優しく済ませてやるぞ?
 いやいや受け入れるなら俺も無理やりにねじ込んでやろう。
 乾いたところへこのまま、もちろん前も後ろもだ」

 王子の脅迫に大粒の涙を流しながら首を振るだけの見習い女は、最後の力を振り絞って髪の毛を解いた。するとその小さな手に何かが握られておりそのまま口元へと持っていこうとしている。どうやら薬のようであるが、まさか毒薬で自決するつもりか!? すれはさすがにまずいと王子がその手から取り上げようと手を伸ばした。

「バカ者、いくらなんでもそれはやり過ぎだ!
 目の前で王の部下が自決なんてしたら俺がどうなると思ってるんだ!」

 見習い女へ向かって伸ばした手が、彼女が薬を持った手を引きとめた瞬間、反対側から伸びてきた女の手に握られていた針が王子の首元へと刺さった。それは数秒のうちの出来事だったが、白目をむいた王子がベッドの上に転がるには十分な時間だ。際どい所で危機を脱した見習い女は、もう一人の見習いに声をかけて人を呼びに行かせた。

「あなた達に罪はありません。
 何事も無いように私からお願いしておくのでご心配無きよう。
 ですが、もう同じことが起きないことを願いたいものです」

 見習いは身なりを整え直すと女達に王子へ何か着せるように依頼し、衛兵がやってくるのを待っている。やがて屈強な男たちがやってきて王子を枷と鎖でガッチリと拘束し部屋から連れ出していく。主を連れていかれその場に残された女たちは怯えていたが、見習いに安心するよう窘められ大人しく部屋へと残った。

◇◇◇

 ここは西の棟、王城の西へ並んでたてられている王族の集団墓地である。一つ一つの棟の中にいくつもの墓があり、遺体と共に縁(ゆかり)の品や故人を偲び追い死んだ者が共に封棺されている。墓標の下には石棺と言うには大きな小部屋が設けられており。今その一つには枷と鎖で手足の自由を奪われている暴虐の王子が座らされていた。

 タクローシュ王子が目を覚ますと、そこは地下のようにひんやりと冷たい空気が漂っていた。立ち上がろうとするも手枷と足枷が鎖で繋がれてビクともしない。ほんの戯れの罰としては厳重が過ぎている。あんな小娘一人犯した咎で罰せられる筋合もないし、まして揶揄(からか)った程度でこんな風に拘束する権利が誰にあるはずもない。

 そこへ王がやってきた。

「おい、タクローシュよ、お前はなぜそうなのだ。
 自分が一体何をしたのかわかっているのか!」

「いつにも増してお怒りの様子ですね、父上。
 しかし私は王子ですぞ? 国の女に何をしようと自由だ。
 すべての女は私の物、ああ、父上のもの以外は、でしたね」

「バカ者! 今自分が置かれている状況やすべきことを放り出してすることではない!
 それにお前はしてはならぬことをした、それを今教えてやろう」

 王が部屋の隅へ向かって何かを促すと、そこから王の側室の一人が現れた。確か今までの側室では一番新しく若い方だったはずだが、こうやって久し振りに顔を合わせるともうすっかり老けて弛んだ中年女の装いだ。歳は確か四十手前と言ったところか。

「まだわからんようだから教えてやろう。
 あの医師見習いはお前の妹に当たる娘だ。
 お前も知っていると思うが、身内へ手を出すことがどのような罪であるか覚えておるか?」

 タクローシュは返事を拒絶している。思い当たる節があるのはその苦い顔を見れば明らかである。これは非常にまずい事態だ。あの時の王は特に怒りも表さず止むない事と流したのだと思っていたのだが、心の中では怒りと恨みを抱え続けていたと言うのか。だが今更後悔するようなこともない、タクローシュにとってはどうでもいいことであり、それよりもこの窮地を何とかしなければならなかった。

「そ、そうだ、父上! この俺を処刑すると言うなら跡継ぎはどうするのだ。
 まさかあの奴隷女に産ませるから構わないとは言わないだろう?
 それにまだ男が産まれるかどうかもわからない、な? そうだろう?
 俺のことが必要なはずだ! 父上! そうだと言ってくれ!」

「うむ、跡継ぎの問題は大変重要だ。
 だがな、我は自らの失態を清算すべき、優先すべきと考えたのだ。
 我が息子よ、この墓標を抱えて眠るが良い」

 王が手を上げ、目を瞑ってから振り下ろすと、巨大な石組の墓標が王子の真上から落下し断末魔を上げた。それは別に正義の鉄槌でも無く、王子の所業を償わせるための罰でもない。ただただ王の後悔の重さに替わり自らの子を犠牲(いけにえ)とした自分への罰だった。
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