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第四章 迷える令嬢

12.派閥

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 王城へ賊が入ったとの報から数日が経ったが、国内情勢は特に変わらず泉の監視小屋もそのまま健在である。逃げる計画を立てていた二人にとっては拍子抜けであり、考えすぎだったのかもしれないと思い始めていた。国境を超えるための足は未だ当てもない。下手に探し回ると国境を超えると言いふらしているようなものになってしまうからだ。

 だがこの日、村から戻ってきたモタラから有力な情報がもたらされた。

「クラウディア様、村人ではないのですがとある親子がおりまして。
 その父親がどうやら具合が悪く医者へ掛かりたいようなのです。
 しかしこの情勢ではどうにもできず国境を渡ろうかと話していたそうです」

「その話、本当なら都合が良過ぎるわね。
 なにか裏があるんじゃないかしら。
 国境越えを考えている奴隷を一網打尽にするとか」

「それはわかりません。
 しかし村人へヤギを全て売り払いに来たそうです。
 わたくしは明日にでもその親子のところへ様子見に行ってまいります。
 念のため今晩には荷物をまとめておきます」

 クラウディアは不安もあったが疑い始めたらきりがなく一生動くことはできないと考え、モタラの意見に納得し任せることにした。今はあれこれ考えるよりも体調を整え子供を育てることに専念する必要もある。まだ産まれて間もない赤子の死亡率が高いことくらいは知っているのだ。

 一晩経ってモタラはヤギ飼いの親子のところへ向かった。クラウディアはいつも通り森へと入り、小屋の監視である。荷物はすべてモタラが持って行ってしまったが、もし裏切られて置き去りにされたらどうすればいいだろうか。簡単に信用しすぎた気もするが、こちらにはアルベルトの息子がいるのだから心配するのは考えすぎと言うものだ。だがその考えすぎは別のところで当たってしまった。

「おい貴様! そんなところで何をしているか!
 む、あなたはクラウディアど、の、ですか!?」

「これはアーゲンハイム男爵!
 生前は父がお世話になりまして、無様な最後となったそうですが……
 男爵はご無事だったのですね」

「ええ、一度は捕らえられ尋問に掛けられたのですが、元々反乱など企てておりませんからな。
 さすがに前国王派の貴族全てを処刑するわけにはいかなかったのでしょう。
 ですがダルチエン伯爵はクラウディア殿の件もあり怒りをぶつけてしまった。
 そのため国王の思惑通りの結果に……」

「思惑? それは一体どういうことでしょう。
 元々目を付けられていたと? それなのに私を王子の婚約者にしたのですか?」

「ご存知ないのも無理はない。
 伯爵は現国王に対する忠誠の証にとクラウディア殿を差し出すよう命じられたのです。
 王族へ輿入れする身を出せるのなら裏切らないだろうと言われてね。
 それがすでに国王の罠でした。
 王子に難癖を付けさせての婚約破棄、あとはご存知の通りです」

「ああ、私はなんとバカだったのでしょうか。
 父上は出世欲のために私を差し出したなどと考えておりました。
 考えが足りず何もできなかった自分を許せません……」

 クラウディアが涙を流しはじめると、それにつられたように赤子が泣きだした。その鳴き声を聞いてハッと我に返った彼女は体を包んでいた布を巻きなおして周囲を見回した。

「ご安心ください、ここは私一人です。
 領地のすぐそばですから馬に水を飲ませるため立ち寄ったところです。
 ところでその赤ん坊は? もしかしてクラウディア殿のお子様ですか?」

「はい、恥ずかしながら婚姻もせずに孕んでしまいまして……
 とても両親に顔向けできません」

「まさかとは思うのですが、子の父親はその……」

「おそらくご想像の通りです。
 望んだ子ではなかったのですが、私に拒否権はありませんでした。
 そんな事情が有り産んだ子ですが不思議とかわいいと思ってしまいます」

「ご自分の旗を痛めて産んだ子ですからそのような感情を抱いても不思議はありません。
 こちらこそ深い事情があることを配慮せず伺ってしまい申し訳ない。
 ですがその赤子は王族の血を引いているのですね。
 性別は? まさか男子ですか?」

「ええ、男の子です、それがなにか?」

「なんと! と言うことは王位継承権を持つ男系男子ですぞ?
 これはいずれ大きな武器になるかもしれません」

 アーゲンハイム男爵はにやりと不敵な笑顔を浮かべた。
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