12 / 66
第四章 迷える令嬢
12.派閥
しおりを挟む
王城へ賊が入ったとの報から数日が経ったが、国内情勢は特に変わらず泉の監視小屋もそのまま健在である。逃げる計画を立てていた二人にとっては拍子抜けであり、考えすぎだったのかもしれないと思い始めていた。国境を超えるための足は未だ当てもない。下手に探し回ると国境を超えると言いふらしているようなものになってしまうからだ。
だがこの日、村から戻ってきたモタラから有力な情報がもたらされた。
「クラウディア様、村人ではないのですがとある親子がおりまして。
その父親がどうやら具合が悪く医者へ掛かりたいようなのです。
しかしこの情勢ではどうにもできず国境を渡ろうかと話していたそうです」
「その話、本当なら都合が良過ぎるわね。
なにか裏があるんじゃないかしら。
国境越えを考えている奴隷を一網打尽にするとか」
「それはわかりません。
しかし村人へヤギを全て売り払いに来たそうです。
わたくしは明日にでもその親子のところへ様子見に行ってまいります。
念のため今晩には荷物をまとめておきます」
クラウディアは不安もあったが疑い始めたらきりがなく一生動くことはできないと考え、モタラの意見に納得し任せることにした。今はあれこれ考えるよりも体調を整え子供を育てることに専念する必要もある。まだ産まれて間もない赤子の死亡率が高いことくらいは知っているのだ。
一晩経ってモタラはヤギ飼いの親子のところへ向かった。クラウディアはいつも通り森へと入り、小屋の監視である。荷物はすべてモタラが持って行ってしまったが、もし裏切られて置き去りにされたらどうすればいいだろうか。簡単に信用しすぎた気もするが、こちらにはアルベルトの息子がいるのだから心配するのは考えすぎと言うものだ。だがその考えすぎは別のところで当たってしまった。
「おい貴様! そんなところで何をしているか!
む、あなたはクラウディアど、の、ですか!?」
「これはアーゲンハイム男爵!
生前は父がお世話になりまして、無様な最後となったそうですが……
男爵はご無事だったのですね」
「ええ、一度は捕らえられ尋問に掛けられたのですが、元々反乱など企てておりませんからな。
さすがに前国王派の貴族全てを処刑するわけにはいかなかったのでしょう。
ですがダルチエン伯爵はクラウディア殿の件もあり怒りをぶつけてしまった。
そのため国王の思惑通りの結果に……」
「思惑? それは一体どういうことでしょう。
元々目を付けられていたと? それなのに私を王子の婚約者にしたのですか?」
「ご存知ないのも無理はない。
伯爵は現国王に対する忠誠の証にとクラウディア殿を差し出すよう命じられたのです。
王族へ輿入れする身を出せるのなら裏切らないだろうと言われてね。
それがすでに国王の罠でした。
王子に難癖を付けさせての婚約破棄、あとはご存知の通りです」
「ああ、私はなんとバカだったのでしょうか。
父上は出世欲のために私を差し出したなどと考えておりました。
考えが足りず何もできなかった自分を許せません……」
クラウディアが涙を流しはじめると、それにつられたように赤子が泣きだした。その鳴き声を聞いてハッと我に返った彼女は体を包んでいた布を巻きなおして周囲を見回した。
「ご安心ください、ここは私一人です。
領地のすぐそばですから馬に水を飲ませるため立ち寄ったところです。
ところでその赤ん坊は? もしかしてクラウディア殿のお子様ですか?」
「はい、恥ずかしながら婚姻もせずに孕んでしまいまして……
とても両親に顔向けできません」
「まさかとは思うのですが、子の父親はその……」
「おそらくご想像の通りです。
望んだ子ではなかったのですが、私に拒否権はありませんでした。
そんな事情が有り産んだ子ですが不思議とかわいいと思ってしまいます」
「ご自分の旗を痛めて産んだ子ですからそのような感情を抱いても不思議はありません。
こちらこそ深い事情があることを配慮せず伺ってしまい申し訳ない。
ですがその赤子は王族の血を引いているのですね。
性別は? まさか男子ですか?」
「ええ、男の子です、それがなにか?」
「なんと! と言うことは王位継承権を持つ男系男子ですぞ?
これはいずれ大きな武器になるかもしれません」
アーゲンハイム男爵はにやりと不敵な笑顔を浮かべた。
だがこの日、村から戻ってきたモタラから有力な情報がもたらされた。
「クラウディア様、村人ではないのですがとある親子がおりまして。
その父親がどうやら具合が悪く医者へ掛かりたいようなのです。
しかしこの情勢ではどうにもできず国境を渡ろうかと話していたそうです」
「その話、本当なら都合が良過ぎるわね。
なにか裏があるんじゃないかしら。
国境越えを考えている奴隷を一網打尽にするとか」
「それはわかりません。
しかし村人へヤギを全て売り払いに来たそうです。
わたくしは明日にでもその親子のところへ様子見に行ってまいります。
念のため今晩には荷物をまとめておきます」
クラウディアは不安もあったが疑い始めたらきりがなく一生動くことはできないと考え、モタラの意見に納得し任せることにした。今はあれこれ考えるよりも体調を整え子供を育てることに専念する必要もある。まだ産まれて間もない赤子の死亡率が高いことくらいは知っているのだ。
一晩経ってモタラはヤギ飼いの親子のところへ向かった。クラウディアはいつも通り森へと入り、小屋の監視である。荷物はすべてモタラが持って行ってしまったが、もし裏切られて置き去りにされたらどうすればいいだろうか。簡単に信用しすぎた気もするが、こちらにはアルベルトの息子がいるのだから心配するのは考えすぎと言うものだ。だがその考えすぎは別のところで当たってしまった。
「おい貴様! そんなところで何をしているか!
む、あなたはクラウディアど、の、ですか!?」
「これはアーゲンハイム男爵!
生前は父がお世話になりまして、無様な最後となったそうですが……
男爵はご無事だったのですね」
「ええ、一度は捕らえられ尋問に掛けられたのですが、元々反乱など企てておりませんからな。
さすがに前国王派の貴族全てを処刑するわけにはいかなかったのでしょう。
ですがダルチエン伯爵はクラウディア殿の件もあり怒りをぶつけてしまった。
そのため国王の思惑通りの結果に……」
「思惑? それは一体どういうことでしょう。
元々目を付けられていたと? それなのに私を王子の婚約者にしたのですか?」
「ご存知ないのも無理はない。
伯爵は現国王に対する忠誠の証にとクラウディア殿を差し出すよう命じられたのです。
王族へ輿入れする身を出せるのなら裏切らないだろうと言われてね。
それがすでに国王の罠でした。
王子に難癖を付けさせての婚約破棄、あとはご存知の通りです」
「ああ、私はなんとバカだったのでしょうか。
父上は出世欲のために私を差し出したなどと考えておりました。
考えが足りず何もできなかった自分を許せません……」
クラウディアが涙を流しはじめると、それにつられたように赤子が泣きだした。その鳴き声を聞いてハッと我に返った彼女は体を包んでいた布を巻きなおして周囲を見回した。
「ご安心ください、ここは私一人です。
領地のすぐそばですから馬に水を飲ませるため立ち寄ったところです。
ところでその赤ん坊は? もしかしてクラウディア殿のお子様ですか?」
「はい、恥ずかしながら婚姻もせずに孕んでしまいまして……
とても両親に顔向けできません」
「まさかとは思うのですが、子の父親はその……」
「おそらくご想像の通りです。
望んだ子ではなかったのですが、私に拒否権はありませんでした。
そんな事情が有り産んだ子ですが不思議とかわいいと思ってしまいます」
「ご自分の旗を痛めて産んだ子ですからそのような感情を抱いても不思議はありません。
こちらこそ深い事情があることを配慮せず伺ってしまい申し訳ない。
ですがその赤子は王族の血を引いているのですね。
性別は? まさか男子ですか?」
「ええ、男の子です、それがなにか?」
「なんと! と言うことは王位継承権を持つ男系男子ですぞ?
これはいずれ大きな武器になるかもしれません」
アーゲンハイム男爵はにやりと不敵な笑顔を浮かべた。
0
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
絶倫騎士さまが離してくれません!
浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします!
幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。
〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。
奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。
下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった!
憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。
※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。
*第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました*
*2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました*
*2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*
【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく
愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。
貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。
そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。
いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。
涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。
似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。
年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。
・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。
・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。
・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。
・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。
・多分ハッピーエンド。
・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。
自衛官、異世界に墜落する
フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・
現代軍隊×異世界ファンタジー!!!
※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。
孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?
季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
姫ティック・ドラマチカ
磨己途
ファンタジー
混濁する記憶、生死の境をさまよう病床の中、砦村領主の息子ユリウスは意識を取り戻す。
どうやら自分はこの国の王女ジョセフィーヌの身体を借り受けて命を繋いでいるらしい。
故郷の恋人ミスティからの言伝を受け、周囲に自分の正体を隠しつつ、自分の身に何が起きたのか、それに、どうすれば元の身体に戻れるのかを探ることに。
慣れない王宮での生活・慣れない性別に苦戦を強いられるユリウスであったが、気付けばジョセフィーヌは次期王位継承権を巡る政争の渦中にあり、ユリウスは彼女の命を守り、彼女を女王へと導く使命をも背負わされるのであった。
開幕瀕死! 記憶なし! 味方なし! 体力なし!
ひらめくドレスに剣を添えて、辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲、開幕です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる