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第三章 救われた醜男
9.母子
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アルベルトが地下へと消えたあとに床板を戻していたクラウディアの体に異変が走る。痛みで座っても居られずそのまま床へと転がり悶えていた。そこへようやくモタラが戻ってきて妊婦へと駆け寄った。
「クラウディア様!? どうしたのですか?
もしかしてもう間もなくでしょうか!?」
声も出ないクラウディアは数度小さく頷いた。モタラは大急ぎで火を起こし、泉から水を汲んで来て湯を沸かす。ベッドからありったけの布団を持ってきて妊婦の下へとすべりこませるとその手を握って励ましの声をかける。だがそれどころではない様子である彼女の耳には届いていないようだ。
湯とタオルを用意し手からも手を握りつづけ来たるべき時に備える乳母は、赤子を取り上げた経験なぞなかった。しかし他に誰もいないのだからやるしかない。準備が整いつつある母への道は、幸い逆子のような大きな問題は起きていない事を示していた。
「さあ、いきんでください!
吸ってー、はい!
吸ってー、はい!!」
どのくらいの時間が経ったのだろう。どのくらい繰り返したのだろう。やがてクラウディアの女の記(しるし)は母のそれとなった。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
「あああ、無事に産まれました、男の子ですよ。
クラウディア様、やりましたね! ご立派です!
ただいまお体をお流ししますからお待ちくださいませ」
多少早産だったことも有り、小さく産まれた赤子は母の負担を軽くしたようだ。お湯で濯がれてきれいにされた小さな命は、さっそく母の手に委ねられた。初めて母親となった若き女は、父親のことを考えると気が重かったが、それでも子供のことは素直にかわいい、愛していると感じていた。
幸いにも目鼻立ちは母親に似ているようで、つまり今の段階ではいたって正常な顔つきをしている。この先のことはわからないが、できればずっとかわいらしいままでいてほしいと、この場にいる二人ともが同じように考えていた。
数時間が経ち小屋の中が落ち着いたところでモタラがふと気が付いたように口を開いた。
「クラウディア様? アルベルト様はどちらへ行かれたのですか?
こんなに小屋を空けるのは初めてなので心配ではございませんか?」
「わからないわ、産まれる直前まではここにいたのだけど……
その…… 口で…… それだけでは満足できずにあなたを探しに行ったのかと……」
「森の中、ここまでくる間にはお会いしませんでした。
迷うようなことは無いと思いますが、獣とでも出くわしてしまったのなら大変です。
わたくし少し見てまいります」
「待って! 一人にしないでちょうだい!
今何かあったら私もこの子もおしまいよ?
私たちはモタラだけが頼りなの!」
母は強しと言うが、それが子の為なのか自分の為なのかは定かではない。しかしアルベルトの行き先を知っていて隠すことには明確な理由があった。万一巻き添えを食ってモタラの身にまで何か起きてしまっては母子共に飢え死にしてしまう。
本当であれば逃げ出して流してしまおうと考えていた子をいやいやながらも産み落としたのだ。ここまでの苦しみを考えたらあっさりと死んでしまうわけにはいかない。そんなクラウディアの懇願を受けモタラは言われた通り小屋に留まった。
結局その日、アルベルトは戻ってこなかった。いつもは醜男と乳母がともに寝ていた大きなベッドはきれいに整え直されクラウディアと子の為の寝床となった。モタラは今までクラウディアが寝ていた手前の部屋の小型ベッドへと移る。
主(あるじ)の帰りを待ちわびている乳母と、もう帰ってこないことを知っているなりたての母は、愚男のいなくなった監視小屋で新たな生活を始めることになる。この夜はその最初の晩だった。
「クラウディア様!? どうしたのですか?
もしかしてもう間もなくでしょうか!?」
声も出ないクラウディアは数度小さく頷いた。モタラは大急ぎで火を起こし、泉から水を汲んで来て湯を沸かす。ベッドからありったけの布団を持ってきて妊婦の下へとすべりこませるとその手を握って励ましの声をかける。だがそれどころではない様子である彼女の耳には届いていないようだ。
湯とタオルを用意し手からも手を握りつづけ来たるべき時に備える乳母は、赤子を取り上げた経験なぞなかった。しかし他に誰もいないのだからやるしかない。準備が整いつつある母への道は、幸い逆子のような大きな問題は起きていない事を示していた。
「さあ、いきんでください!
吸ってー、はい!
吸ってー、はい!!」
どのくらいの時間が経ったのだろう。どのくらい繰り返したのだろう。やがてクラウディアの女の記(しるし)は母のそれとなった。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
「あああ、無事に産まれました、男の子ですよ。
クラウディア様、やりましたね! ご立派です!
ただいまお体をお流ししますからお待ちくださいませ」
多少早産だったことも有り、小さく産まれた赤子は母の負担を軽くしたようだ。お湯で濯がれてきれいにされた小さな命は、さっそく母の手に委ねられた。初めて母親となった若き女は、父親のことを考えると気が重かったが、それでも子供のことは素直にかわいい、愛していると感じていた。
幸いにも目鼻立ちは母親に似ているようで、つまり今の段階ではいたって正常な顔つきをしている。この先のことはわからないが、できればずっとかわいらしいままでいてほしいと、この場にいる二人ともが同じように考えていた。
数時間が経ち小屋の中が落ち着いたところでモタラがふと気が付いたように口を開いた。
「クラウディア様? アルベルト様はどちらへ行かれたのですか?
こんなに小屋を空けるのは初めてなので心配ではございませんか?」
「わからないわ、産まれる直前まではここにいたのだけど……
その…… 口で…… それだけでは満足できずにあなたを探しに行ったのかと……」
「森の中、ここまでくる間にはお会いしませんでした。
迷うようなことは無いと思いますが、獣とでも出くわしてしまったのなら大変です。
わたくし少し見てまいります」
「待って! 一人にしないでちょうだい!
今何かあったら私もこの子もおしまいよ?
私たちはモタラだけが頼りなの!」
母は強しと言うが、それが子の為なのか自分の為なのかは定かではない。しかしアルベルトの行き先を知っていて隠すことには明確な理由があった。万一巻き添えを食ってモタラの身にまで何か起きてしまっては母子共に飢え死にしてしまう。
本当であれば逃げ出して流してしまおうと考えていた子をいやいやながらも産み落としたのだ。ここまでの苦しみを考えたらあっさりと死んでしまうわけにはいかない。そんなクラウディアの懇願を受けモタラは言われた通り小屋に留まった。
結局その日、アルベルトは戻ってこなかった。いつもは醜男と乳母がともに寝ていた大きなベッドはきれいに整え直されクラウディアと子の為の寝床となった。モタラは今までクラウディアが寝ていた手前の部屋の小型ベッドへと移る。
主(あるじ)の帰りを待ちわびている乳母と、もう帰ってこないことを知っているなりたての母は、愚男のいなくなった監視小屋で新たな生活を始めることになる。この夜はその最初の晩だった。
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