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第一章 喪失の令嬢

3.後始末

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 もはや何も感じなくなったのか、女ははだけてその場に残されるドレスを気にする様子もなくうつむいたままでテーブルから床へと降り立った。目の前の男は一糸纏わず立ちすくむ女を見て目を見開いたが、ただそれだけで他にはなにもしようとしない。ただぬれたタオルを握りしめるだけだった。

 女も裸のままであることを気にもせず、ただ手を差し出してタオルを男の手から引きはがした。そのまま扉へ向かって歩き出したのだが、濡れている床に気が付いて足を止める。先ほどから不快の元である、自分から流れ出る液体かと思ったがいくらなんでも量が多すぎる。タオルを濡らすための水がこぼれたのかとも思ったが、すぐそばには水の入ったバケツが置いてあった。

 濡れた床から少し先へと顔を上げると、そこには目を見開いて転がっている騎士団員だったものが見えた。クラウディアは大声で叫びそうになったが、とっさに口にタオルを押し当てて言葉を閉じ込めた。今まで感じていた不快な匂いは血の匂いだったのだ。それからアルベルトへ向き合って尋ねた。

「まさかこれはあなたがやったの?
 騎士団員を三人も殺してしまったの?
 大変よ、早く逃げないと捕まって殺されてしまうわ」

 だがアルベルトは言葉が通じず首を傾げるだけである。クラウディアは目の前の愚男へ身振り手振りで迫りくる危機を伝えようとするがどうにもうまくいかない。しかし死体と首を斬られるゼスチャーを繰り返しているうちに何かを察したようだ。

 逃げるべきか、どこへ? 隠すべきか、どうやって? クラウディアが頭を悩ませていると愚男は彼女を部屋の端へと追いやってから床板を外していった。驚くべきことに、そこには大きな岩が有り、その横には大きな穴が開いていた。

「こんなところになぜ穴が開いているの?
 どこまで続いているのかしら」

 だがやはり男から返事はない。アルベルトはクラウディアを指さしてから穴を指した。まるで先ほどのゼスチャーのように、してほしいことを示しているようである。暗い竪穴には足場まで掘ってあり、明らかに人為的な通路だった。少し進むと底につき今度は横穴が続いているようだ。しかし真っ暗で進むことが出来ない。

 後から入って来たアルベルトは見えてもいないはずなのにスタスタと歩いていく。その手にはロープが握られていて何かを引きずっているようだ。女は置いていかれないよう慌てて男の上着を摘まみ後ろをついていった。地下通路はひんやりとしていて裸の女には少し寒い。それでも今はついていくしかないと土の中を土竜のように進んでいく。

 しばらくするとさらにひんやりとした空気に変わった。目が慣れてきて何となく周囲の様子がわかるような気がするがはっきりはしない。だが周囲も少し広くなったように感じる。さらに進むと遠くに光が見えてきた。光が見えると言うことは出口があると言うことだ。

 だが光の先は出口ではなかった。こちらから見えていた窓のように明るくなっていたのは岩盤の亀裂で、その先には断崖絶壁の大きな竪穴があった。先ほどとはうって変わって非常に暑い。地の果て過ぎて見ることはできないが、どうやらこの竪穴の先には溶岩が貯まっているらしい。

 アルベルトが引いてきたロープを手繰り寄せるとそこには三人の死体が繋がっており、クラウディアが恐ろしくて除くことすら叶わない切り立った崖まで運んでから真下へと放り投げた。確かにこれなら見つかることはない、それどころかこの世から消滅してしまっただろう。

 何のために二人で来たのかはこの直後わかった。また監視小屋へと戻るかと思っていたクラウディアをアルベルトは別の道へと誘導ししばらく歩いていく。すると今度は別の光が見えてきた。その光の先は見たことがあるような部屋に繋がっていた。この石壁は城の物と一緒ではないか? クラウディアがそう考えた矢先、石でできた隠し扉を通ってアルベルトが部屋へと入っていった。

 なにか物色しているのかごそごそと音がしている。やがて戻ってきた彼が手にしていたのは数枚のドレスだった。どれも上等な品でここが城か高貴な者が済む屋敷であることは間違いない。黙って受け取ったクラウディアは、そのうちの一枚に袖を通しようやく裸から解放され落ち着くことが出来た。

 それから二人は小屋へと戻って床を元に戻してから血を洗い流したり、馬を放しに行ったりと慌ただしく後処理をした。だがクラウディアは考えていた。騎士団員が戻ってこないと知れるまでどのくらいかかるだろうか。いくらなんでもここへ来た後にいなくなってしまったとあれば真っ先に怪しまれるだろう。どうやってごまかせばいいのか、ごまかしとおせるのか。だが予想に反して数日たっても他の騎士団員がやってくることはなかった。
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