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機嫌コロコロ

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 宴もたけなわ、顔の赤い人ばかりになってきたころ、女性陣で選手たちと話していたはずの咲が僕のところへやってきた。

「誰も私たちのこと気にしていないでしょ?
 どうやら心配し過ぎだったようね。
 それにどうせ私はキミの彼女ではないらしいし」

「いや、それはさ…… 言葉のあやと言うか……
 聞かれていきなりそうだとは言えないよ
 そんなことより、お寿司おいしかったよ、食べてみた?
 あとなんかチーズとか乗ってるやつもうまかった!」

 必死になってごまかそうとする僕が気に入らなかったのか、咲は不機嫌さを顔に出している。こういうとき、何が正解だったのかは永遠にわからず、きっとまた同じことを繰り返すのだろうなと思う。

「私はね、彼女だって言って欲しかったわけではないのよ?
 でもどちらかと言えば、まったく知らない人みたいな態度してたじゃない?
 クラスメートとして紹介してくれても良かったんじゃなくて?」

「あ、それはそうだね……
 ごめん、監督が来てびっくりしてたし、そこまで気が回らなかったんだ」

「あら今度はおじさまのせいにするの?
 そんな器の小さい人だなんて思わなかったわ、残念ね」

「違うよ、違うってば。
 とっさに聞かれると、秘密にしてないといけないって気持ちが先に出てしまうんだよ」

 ちょっとこれは本気で怒っているのかもしれない、と焦っていた僕に救世主が現れた。

「吉田君? だったよね。
 マルから聞いたけど、キミってすごい球投げるんだってね。
 今度僕とも勝負してくれよ」

「城山選手! お会いできて光栄です!
 でもそんなすごいボールだなんて、今は高校生相手なので通用してますけど。
 まずは全国レベルを目指します」

「謙遜しないのがまたカッコいいね!
 あ、彼女さん、割り込んでしまって申し訳ない。
 もうすぐ僕の彼女が来るからお相手お願いできるかな?
 ガラの悪いおっさんの相手よりはよっぽど楽しいと思うよ」

「喜んでお相手させていただきます。
 城山さんのような男性の彼女さん、どんなステキな方なのか楽しみにしてますね」

 城山選手は照れながら去っていった。ということは第二ラウンドが始まるということかもしれない。

「城山選手みたいに堂々としていればいいのよ。
 別にお付き合いしていることが間違っていたり恥ずかしかったりするなら別だけど。
 キミはどう思っているの?」

「どうもなにも……
 誰かに知られて冷やかされるのは嫌だけど……
 でも咲と一緒にいられるときはいつも幸せだよ。
 たとえこうやって叱られてるときでもね」

「あら? 私怒ってもいないし叱っているつもりもないわ。
 どこ向いても野球の話ばかりだから、ちょっとからかいに来たのよ」

 いたずらっ子のように笑った咲は、いつのまにかいつもの表情へ戻っていて、珍しいポニーテールも相まって最高にかわいかった。

「やっぱり今日の咲は一段とかわいいね。
 ポニーテールとそのワンピース、すごくあってるよ」

 褒めたつもりがまた気に障ったらしく、僕は見えないところで脇腹をつねられてしまったのだった。まったく女心と秋の空とはよく言ったもので、こうもコロコロと機嫌が変わってしまうと何が正解なのかさっぱりわからない。僕は咲が去り際に押し付けていった魚の煮凝りのような料理を口に押し込んだ。

 そんな貸し切りのごっさん亭に新たな客人が現れた。なぜか丸山が入り口へ向かい、店内へ招き入れたその女性は、知っている人が殆どじゃないかという有名人だった。

「こんばんは、お招きありがとうございます。
 城山君が出迎えてくれると思ってたのに、別のカッコいい子が出てきてびっくりしちゃった」

 それは女優の白川心だった。城山選手の彼女ってこの人だったのか。カッコいいと言われて丸山が機嫌よく? 柄にもなくモジモジしている。

「出迎えなくてごめんね。
 でも記者とかついてきていたらまずいと思ってさ。
 まあ勘弁してくれよ」

「ま、冗談で言っただけだから気にしないで。
 それよりも居酒屋へ入ったはずなのに、中がパーティー会場なのがもっと驚きよ」

「なんだか若い子もいて不思議な集まりね。
 紹介していただけるかしら?」

 城山選手は彼女だと言っていた白川さんを連れて、なぜかカウンターの前にやってきた。そしてビックリするような発言をしたのだった。

「えー、正式な会見はまたやると思いますが、いい席を用意してもらったと勝手に判断しました。
 このたび、私城山心は、白川心さんと入籍したことを発表します!
 結構式や披露宴はシーズンオフと言うことで、監督仲人よろしくお願いします!」

「おいおい、事後承諾かあ?
 ま、そうなるんだろうとは考えてたから構わないけどな。
 同じ名前同士仲良くな、おめでとうさん」

 そうか、二人とも心と書くので一緒の名前なのか。城山シンに白川こころ、名前が同じで苗字も似ているなんて面白い組み合わせである。

「「おめでとうございます!」」

 周囲にい祝福されて店内はちょっと華やかな雰囲気になっている。そこへまたお客さんが入ってきた。今度は誰の関係者だろう、と振り向くと、目を丸くして立ちすくんでいる真弓先生の姿が目に入る。

「いけね、今日貸切だって言っとくの忘れてたわ!
 真弓ちゃん、すまん、どっか適当に座って勝手に飲んでくれ。
 お代は俺のおごりにしておくからさ」

「いや、別にかまわないんだけど、何が起きてるの?
 披露宴か何か?
 それにその…… あなたたちの格好って、ぷっ、あははー」

 そりゃ木戸と丸山の姿を見たら笑いをこらえる方が難しいだろう。僕は簡単に監督や選手たち、それに経緯について説明をし、たった今城山選手の入籍が発表されたことを伝えた。

「こちらって女優の? やっぱり人気になるだけあってかわいいわね。
 それに私より随分若いのに野球選手と結婚だなんて羨ましい、おめでとうございます」

「ありがとうございます、ええっと……」

「申しおくれました。
 私はこの子たちの野球部顧問をしている岡田と申します。
 野球関係の会ということなので、かけ離れてはいないかと……」

 よくわからない挨拶の後、さっそく飲み始めた真弓先生だが、教員会議が長引いて遅くなったらしくやや機嫌が悪かった。そしてさらに最悪なのは、珍しく酔っぱらっている母さんと飲み始めたことだ。咲は危険を察知したのか、絡まれる前に白川さんのところへ行ってなにやら話をしている。

 木戸はテキパキと酒やつまみを運んでいるし、丸山は城山選手の背中をポンポン叩きながら談笑している。僕はすっかり取り残されたような気分になっていた。

 それにしても大人達はなんで酒ばかり飲むのだろう。あまり理性的とは言えない集団を見ていると、大人になっても決して酒は飲むまいと誓いたくなる。でもまさか、居酒屋の息子である親友の木戸にそんなことは言えないなと思うのだった。

 そのうち、広報のナントカさんがポータブルモニタを持ちだしてきて今日のビデオを流しはじめ、選手たちや丸山が見ているところへ僕も割り込んでいった。

「マル、これどうなの?
 やっぱ浮き上がって見える感じ?」

「城さんも打席経ったらわかりますよ。
 コイツってばその他に同じところから沈む球もあるんすよ。
 マジで調子いい時は手が付けられねえ」

 丸山は城山選手に対して僕をべた褒めする。それを聞くとちょっとむず痒いが、実力者である丸山にそう言ってもらえるのはピッチャーとして最高に幸せだとも感じる。続いて宮崎選手の談が続く。

「あの時もかなりえぐいの来たもんなあ。
 投げ損じの浮いたヤツを仕留められなかった上に、その次のは空振りしちまったし。
 あの後監督にめちゃくちゃしぼられたわ」

「そりゃ監督も怒りますよ。
 あのファールでバット折られてましたしね。
 ちなみにファールになったのが百四十九キロ、空振りしたのが百四十二キロです。
 その後、スコアラーやスカウトへの伝達とメディア対策が大変でした……」

「あれえ? やっぱり後の球の方が遅かったのか。
 受けてた大鳥居が言ってた通りだな、わけわからん。
 他にも変化球いくつかあるんだろ?」

「はい、カットとツーシーム、スライダーとスプリットですかね。
 フォークは師匠に禁止されているので投げていません」

「師匠って、あそこにいる江夏さんだろ?
 監督に『アウトローは針の穴も通す』って言われてる伝説の投手だよな。
 もうずいぶん昔のことなのに、肩壊したのは自分のせいだって悔いてるんだよ」

「みたいですね、さっきお聞きしました。
 だから江夏さんは、肩やひじに負担の少ないフォームを叩きこんでくれたんです。
 もう十年以上教えてもらってて、とても尊敬してます!」

「プロの実績があればコーチとかやってただろうに残念だな。
 でもこの世界ってそういうもんだからさ、十分気を付けてくれ」

 怪我や故障が一番の敵、やはりそれはプロ選手の共通認識なのだと知り、僕は改めて気を引き締めて取り組んでいくことを誓うのだった。
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