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待ち受けていたまさか
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矢島学園との練習試合、江夏さんの家に招かれてのバーベキューと濃密な週末が明けて、またいつものように練習に明け暮れる日々が過ぎていった。
「毎日同じことの繰り返しだからかもしれませんが、一週間経つのが早いですね。
気がついたらもう金曜日ですよ」
部室には僕と倉片の二人だけである。後片付けと鍵閉めを引き受けた僕たち以外の部員は、すでに全員帰った後だ。
「そうだな、授業と違って練習は大体毎日同じメニューだからね。
でも単調にこなしているだけじゃ上達しないぞ?
練習はさ、やらされる練習とやる練習ってのがあるんだから」
「やらされる練習とやる練習…… ですか」
「そうさ。 決められたメニューをこなすだけじゃなく、自分で時間を作ってどれだけの事をやれるかが大切なんだよ。
まあこれは、僕が小さいころから野球を教えてくれてる人の受け売りなんだけどね。
倉片だって学校での練習以外になにかやってるだろ?」
「そりゃ家で素振りとか、土日暇ならランニングくらいはしてますね。
あ、ランニングと言えば良く防災公園に行ってるんです」
防災公園!
僕はその単語を聞いて冷や汗が出たような気がした。あの時以来防災公園へのランニングは避けている。理由は当然若菜亜美に出くわしたくないからだ。彼女の行動はどこか不思議、どこか不気味で、正直苦手なのだ。
「カズ先輩は中学の時に俺と同じクラスだった若菜って知ってます?
名前は知らなくても、たまに練習見に来てたんで顔見たらわかるかもしれません。
その若菜とこないだ防災公園でバッタリあったんですけど、なんとあいつもナナコーでした」
「へ、へえ、全然覚えてないというか、見学に来てた生徒なんて一人もわからないや。」
中学の頃なんて覚えていないというのは本当だが、若菜亜美自体はすでに知っている。それどころか、付きまとわれているとも言えない微妙な距離感で観察されているのだから……
「ちょっと話をしてたら、こないだ練習を見に来てた美術部の中にいたらしいって聞いてビックリですよ。
中学の時と大分雰囲気が変わっていたんで全然気が付きませんでした。
なんだか結構かわいくなってて、へへへ」
「へんな笑い方するなよ……
もしかして倉片はその若菜って子に気があるのか!?」
「いやいやいやいや、そんなことはないっス!
俺はどちらかというと落ち着いた年上が好みなんで!
真弓先生くらいがドンピシャですね!」
やや興奮しながら語っているが、倉片の好みなんて全く興味はない。そんなことより、亜美はやっぱり同じ中学だった。
「さあ、あんまりバカな話してないで着替え終わったらさっさと帰ろう。
鍵も返しに行かないといけないんだからな」
「はあい、すいません。
カズ先輩は相変わらずモテモテなのに彼女作らないですねえ。
青春は短いのにもったいないですよ」
「僕の事はいいんだよ!
ほら、行くぞ」
久し振りに会った亜美がかわいくなっていたと言っていたが、倉片も中学時代よりは大分あか抜けた印象だ。なんといっても坊主頭ではなくなっただけで印象がガラリと違ってくる。ただルックスは丸山やオノケン寄りだが……
ようやく帰路につくことができ、僕と倉片は途中まで一緒に歩いていき、郵便局の辺りで別れた。家がどこなのかまでは知らないが、中学で同じ学区だったのだからそれほど遠くないのだろう。
一人になって少し歩いたところでふと気になって後ろを振り返った。しかしそこには誰もいない。倉片の話を聞いたばかりだったこともあり、もしかしたらまた亜美がつけて来ているのではないかと心配になったのだ。
しかしそんな僕の心配は杞憂に終わり、何事もなく家までたどり着くことが出来た。そんな当たり前のことにホッとしなければいけないなんて、僕の前に咲が現れてから何かが変わってきているような気がしていた。
◇◇◇
帰宅後まっさきにシャワーを浴びてすっきりした僕は、夕飯を待ちながらチビベンとメッセージのやり取りをしていた。この時間は木戸が店の手伝いで忙しいため、副主将のチビベンが連絡係なのだ。
明日の土曜日は練習もないしのんびりできそうだ。都合があえば咲と一緒に過ごせるかもしれない。そんなことを考えながらベッドに寝転んでいた。
「ただいまー」
金曜日だと言うのに父さんが珍しく寄り道せずに帰ってきた。これはなにかあるに違いない。急いで階段を下りて台所へ向かった。
「父さん、おかえり。
どうしたのこんな早く帰ってきて」
「いや、たまにはな。
夕飯食べたら母さんたちと飲みに行ってくるから留守番頼むぞ」
「母さんたち?
たちってことは江夏さん夫婦とか?」
「おう、カズがこの間言ってただろ?
たまにはごっさん亭へ顔出さないとな。
随分ご無沙汰しちまってるからさ」
なるほど、そういうことだったのか。それでも帰ってきてからわざわざ出掛けていくのは珍しい。しかも母さんを連れていくなんて。
「私が連れてけって父さんに連絡して置いたのよ。
なんでだと思う?」
鍋を火にかけている母さんが振り向かないままで話しかけてきた。表情は見えないが、声はなんだか楽しそうである。
「うーん、たまには飲みに行きたいとかそんなもんじゃないの?
それとももっと深い理由があるわけ?」
「まあね、ちょっとお誘いがあったのよ。
若くてきれいな女性からね」
なんだかわからないけど母さんはやけに楽しそうだ。久しぶりに飲みに行くのが楽しいのかもしれないけど、それ以外になにか含みを感じる。
「母さんを誘う女性ってだれだろう?
義姉さんのわけないし…… いったい誰さ」
「それはね、あなたも良く知ってる女性よ」
「え? 行き先は『ごっさん亭』……
そこで待ってる女性ってまさか……!?」
もちろん木戸のお母さんという可能性もゼロじゃないけど、僕の頭に浮かんだのは別の女性だった。居酒屋で待ち受けている女性なんてそうそう思い浮かばない、というか一人しかいない!
「ちょっと僕も一緒に行くよ!
居酒屋と言ったって同級生の家なんだからいいだろ!?」
「ダメダメ、カズみたいな堅物の監視役なんて連れていけるもんか。
いいからお前たちは大人しく留守番していろよ」
父さんの言い分は図星だった。僕の事を酒の肴にするのが目に見えているんだから、監視したいに決まってる。
「じゃあ約束してよ?
真弓先生に僕のことで余計な話はしないってさ!
ん? ちょっと待って、今お前たちって言った?」
「おう、そう言ったよ。
なあ香、あの子もうすぐ来るんだろ?」
「ええ、咲ちゃんは今メインディッシュを作って持ってきてくれるの。
どんなお料理か楽しみだわ」
父さんたちがごっさん亭でどんな話をするのかは気になるものの、うちに咲が来てくれるとなると身動きが取れない。まさか一人で留守番してもらうわけにもいかないし、かといって、木戸が待ち構えているごっさん亭へ一緒に行くことなんて出来るわけもない。
僕がぐうの音も出せずに腕組みしてしかめっ面しているのを見ながら、父さんはにやにやしてるし母さんは鼻歌交じりで鍋に向かっていて明らかにご機嫌だ。
「わかったよ……
留守番していればいいんだろ!
でも絶対に真弓先生に変なことは言わないでくれよ?」
「わかってるよ。
カズは最近色気づいて勉強に身が入らないみたいだとか、野球10割じゃなくなってますとか言わないって」
「だからそういうのだよ!!」
そのとき、インターホンが鳴った。きっと咲だ!
僕は急いで玄関に向かう。後ろで父さんが高笑いしているのが聞こえるが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
「毎日同じことの繰り返しだからかもしれませんが、一週間経つのが早いですね。
気がついたらもう金曜日ですよ」
部室には僕と倉片の二人だけである。後片付けと鍵閉めを引き受けた僕たち以外の部員は、すでに全員帰った後だ。
「そうだな、授業と違って練習は大体毎日同じメニューだからね。
でも単調にこなしているだけじゃ上達しないぞ?
練習はさ、やらされる練習とやる練習ってのがあるんだから」
「やらされる練習とやる練習…… ですか」
「そうさ。 決められたメニューをこなすだけじゃなく、自分で時間を作ってどれだけの事をやれるかが大切なんだよ。
まあこれは、僕が小さいころから野球を教えてくれてる人の受け売りなんだけどね。
倉片だって学校での練習以外になにかやってるだろ?」
「そりゃ家で素振りとか、土日暇ならランニングくらいはしてますね。
あ、ランニングと言えば良く防災公園に行ってるんです」
防災公園!
僕はその単語を聞いて冷や汗が出たような気がした。あの時以来防災公園へのランニングは避けている。理由は当然若菜亜美に出くわしたくないからだ。彼女の行動はどこか不思議、どこか不気味で、正直苦手なのだ。
「カズ先輩は中学の時に俺と同じクラスだった若菜って知ってます?
名前は知らなくても、たまに練習見に来てたんで顔見たらわかるかもしれません。
その若菜とこないだ防災公園でバッタリあったんですけど、なんとあいつもナナコーでした」
「へ、へえ、全然覚えてないというか、見学に来てた生徒なんて一人もわからないや。」
中学の頃なんて覚えていないというのは本当だが、若菜亜美自体はすでに知っている。それどころか、付きまとわれているとも言えない微妙な距離感で観察されているのだから……
「ちょっと話をしてたら、こないだ練習を見に来てた美術部の中にいたらしいって聞いてビックリですよ。
中学の時と大分雰囲気が変わっていたんで全然気が付きませんでした。
なんだか結構かわいくなってて、へへへ」
「へんな笑い方するなよ……
もしかして倉片はその若菜って子に気があるのか!?」
「いやいやいやいや、そんなことはないっス!
俺はどちらかというと落ち着いた年上が好みなんで!
真弓先生くらいがドンピシャですね!」
やや興奮しながら語っているが、倉片の好みなんて全く興味はない。そんなことより、亜美はやっぱり同じ中学だった。
「さあ、あんまりバカな話してないで着替え終わったらさっさと帰ろう。
鍵も返しに行かないといけないんだからな」
「はあい、すいません。
カズ先輩は相変わらずモテモテなのに彼女作らないですねえ。
青春は短いのにもったいないですよ」
「僕の事はいいんだよ!
ほら、行くぞ」
久し振りに会った亜美がかわいくなっていたと言っていたが、倉片も中学時代よりは大分あか抜けた印象だ。なんといっても坊主頭ではなくなっただけで印象がガラリと違ってくる。ただルックスは丸山やオノケン寄りだが……
ようやく帰路につくことができ、僕と倉片は途中まで一緒に歩いていき、郵便局の辺りで別れた。家がどこなのかまでは知らないが、中学で同じ学区だったのだからそれほど遠くないのだろう。
一人になって少し歩いたところでふと気になって後ろを振り返った。しかしそこには誰もいない。倉片の話を聞いたばかりだったこともあり、もしかしたらまた亜美がつけて来ているのではないかと心配になったのだ。
しかしそんな僕の心配は杞憂に終わり、何事もなく家までたどり着くことが出来た。そんな当たり前のことにホッとしなければいけないなんて、僕の前に咲が現れてから何かが変わってきているような気がしていた。
◇◇◇
帰宅後まっさきにシャワーを浴びてすっきりした僕は、夕飯を待ちながらチビベンとメッセージのやり取りをしていた。この時間は木戸が店の手伝いで忙しいため、副主将のチビベンが連絡係なのだ。
明日の土曜日は練習もないしのんびりできそうだ。都合があえば咲と一緒に過ごせるかもしれない。そんなことを考えながらベッドに寝転んでいた。
「ただいまー」
金曜日だと言うのに父さんが珍しく寄り道せずに帰ってきた。これはなにかあるに違いない。急いで階段を下りて台所へ向かった。
「父さん、おかえり。
どうしたのこんな早く帰ってきて」
「いや、たまにはな。
夕飯食べたら母さんたちと飲みに行ってくるから留守番頼むぞ」
「母さんたち?
たちってことは江夏さん夫婦とか?」
「おう、カズがこの間言ってただろ?
たまにはごっさん亭へ顔出さないとな。
随分ご無沙汰しちまってるからさ」
なるほど、そういうことだったのか。それでも帰ってきてからわざわざ出掛けていくのは珍しい。しかも母さんを連れていくなんて。
「私が連れてけって父さんに連絡して置いたのよ。
なんでだと思う?」
鍋を火にかけている母さんが振り向かないままで話しかけてきた。表情は見えないが、声はなんだか楽しそうである。
「うーん、たまには飲みに行きたいとかそんなもんじゃないの?
それとももっと深い理由があるわけ?」
「まあね、ちょっとお誘いがあったのよ。
若くてきれいな女性からね」
なんだかわからないけど母さんはやけに楽しそうだ。久しぶりに飲みに行くのが楽しいのかもしれないけど、それ以外になにか含みを感じる。
「母さんを誘う女性ってだれだろう?
義姉さんのわけないし…… いったい誰さ」
「それはね、あなたも良く知ってる女性よ」
「え? 行き先は『ごっさん亭』……
そこで待ってる女性ってまさか……!?」
もちろん木戸のお母さんという可能性もゼロじゃないけど、僕の頭に浮かんだのは別の女性だった。居酒屋で待ち受けている女性なんてそうそう思い浮かばない、というか一人しかいない!
「ちょっと僕も一緒に行くよ!
居酒屋と言ったって同級生の家なんだからいいだろ!?」
「ダメダメ、カズみたいな堅物の監視役なんて連れていけるもんか。
いいからお前たちは大人しく留守番していろよ」
父さんの言い分は図星だった。僕の事を酒の肴にするのが目に見えているんだから、監視したいに決まってる。
「じゃあ約束してよ?
真弓先生に僕のことで余計な話はしないってさ!
ん? ちょっと待って、今お前たちって言った?」
「おう、そう言ったよ。
なあ香、あの子もうすぐ来るんだろ?」
「ええ、咲ちゃんは今メインディッシュを作って持ってきてくれるの。
どんなお料理か楽しみだわ」
父さんたちがごっさん亭でどんな話をするのかは気になるものの、うちに咲が来てくれるとなると身動きが取れない。まさか一人で留守番してもらうわけにもいかないし、かといって、木戸が待ち構えているごっさん亭へ一緒に行くことなんて出来るわけもない。
僕がぐうの音も出せずに腕組みしてしかめっ面しているのを見ながら、父さんはにやにやしてるし母さんは鼻歌交じりで鍋に向かっていて明らかにご機嫌だ。
「わかったよ……
留守番していればいいんだろ!
でも絶対に真弓先生に変なことは言わないでくれよ?」
「わかってるよ。
カズは最近色気づいて勉強に身が入らないみたいだとか、野球10割じゃなくなってますとか言わないって」
「だからそういうのだよ!!」
そのとき、インターホンが鳴った。きっと咲だ!
僕は急いで玄関に向かう。後ろで父さんが高笑いしているのが聞こえるが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
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