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いつのまにかついた癖

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「惜しかったよ、ホントにさ
 さっきは相手のピッチャーをファールフライに打ち取ったじゃんか。
 んでお前は外野の深いところまで飛ばしたんだから実質勝ちだよ」

「実質勝ちとか惜しかったとかどうでもいいよ。
 得点に結びつかなけりゃ意味がないんだからさ」

「いやいや意味がないってことはないぞ。
 向こうは円陣組んだりしていよいよ本気出すみたいだしな」

 練習試合とはいえ初の大当たりになりそうだったが、打球はレフトの深いところでキャッチされてしまった。もうあんな当たりは出来ないんじゃないかってくらいいい当たりだったのに。

 まあ過ぎてしまったことをいつまでも考えていたって仕方ない。気を取り直してしっかりと守ることを考えようと自分に言い聞かせた。

 そして二巡目に入っても膠着状態は続いた。お互い一歩も譲らず五回の表裏を終わって誰一人一塁を踏んでいない。

「せんぱい、ここまで三十二球です。
 いいペースですね!」

 由布が木戸へ声をかけた。しかし僕はその球数よりも、初球から積極的に振ってくる矢島学園の選手たちに意表を突かれていた。

「木戸、そろそろ初球に甘いところをついていくのは危険じゃないか?
 それに、これって精神的になかなかきついよ」

「そうだな、九番からはちょっと変えていくつもりだ。
 ここまではきっちり少ない球数でイケてっから余裕が出来てるだろ?
 苦しくなる終盤に力を残しておいたのが強みになるはずさ」

「なるほどね、木戸なのに随分頭を使ってるんだな。
 意外すぎて驚きの声も出ないよ」

 木戸が笑いながらミットで僕の腰の辺りをはたいた。そしてお互いにゲンコツを握りしめて軽くタッチしてからそれぞれの持ち場へつく。

 数球の練習投球の後、バッターボックスには七番打者が入ったが先ほどとは違う選手だ。矢島はここで先に動きを見せ代打を送ってきた。

 大柄な選手が多い矢島の中では小柄なところが気にかかる。うちのチームで言えばチビベンのような曲者かもしれない。

 しかし木戸から出た初球のサインは真ん中やや低めのスライダーだ。やっぱりまだ初球から内野ゴロ狙いなのか。

 僕はあれこれ考えずにサイン通り投げた。初球は見送られてワンストライク、二球目のカーブも見送りで追い込んだ。三球目にはアウトサイドへストレートを投げたところ、おそらくカットしようとしたのだろうが中途半端なスイングとなり三振で仕留めた。

 つづく八番も初球を気の無い雰囲気で見送った。この回の初めに円陣を組んで何を話あったらわからないが、少なくとも拙攻ではなくじっくり見ていくようにしたようだ。

 打ってこないならこちらとしては何もできないわけで、それならきっちり三球で片付ければいい。僕は木戸のサインに頷いて二球目、三球目とテンポよく投げて三振を取った。次の打順は山尻勝実だ。この人には初球から本気で行かないとならない。

 すると、深呼吸をし帽子をかぶりなおしていた僕のところへ木戸が駆け寄ってきた。

「どうしたんだよ、別にピンチでもなんでもないのに。
 公式戦だったら遅延行為として注意受けちゃうよ?」

「いやな、気になることがあるんだけどよ。
 お前、フォームというか、投げる前のセットアップでおでこに手を上げるときあるじゃん?
 いつからそうなったのか気にしてなかったけどよ、差があると勝負所がばれちまうだろ。
 どっちでもいいから統一してくれよ」

「えっ? そんなことしてたかな。
 今まではそんな癖なかったはずだけど」

 そう言いながらも僕には心当たりがあった。確かにここ一番の勝負どころではおでこにボールを掲げていたからだ。

 もちろん神頼みというわけじゃない。出がけに咲がキスをしてくれた場所だから、そこへボールを掲げ祈るようなしぐさをしてしまっているだけだ。

 しかし木戸の言うことはもっともだし、僕も癖の無いようにフォームを作ってきた。それなのにここでそんな簡単なことに気が付かなかったなんてどうかしている。

 木戸が僕の肩を叩いてから戻っていった後、おでこの咲へ心の中で話しかけた。

『ココイチでお願いはしないけどこれからも頼むよ』

 すると気のせいなのか咲の声が聞こえてきた。

『大丈夫、キミならできるわ』

 そういえば咲が言ってたっけ。あくまで自分の力を出し切れるような手助けにはなっても、潜在能力以上が出せるようになるわけじゃない、と。

 つまり、僕は咲がついていてくれていることを信じて、そして自分の力を信じて投げればいいのだろう。そうすればおのずと結果はついてくるに違いない。

 僕は木戸のサインに首を振ること無く一球二球とストレートを投げ込み、さらに渾身の力を籠めた三球目に例のボールを投げ、山尻勝実をスイングアウトの三振に切って取ったのだった。
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