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叩くのか叩かれるのか
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ようやくの金曜日がやってきた。今日の練習もきっちりこなしてようやく休みがやってくる。今週はカワの退院祝いやDVD事件があったりで練習が少なめだった割に疲れる一週間だった。
「カズよ、木戸とやってる秘密のピッチング練習だけどさ、まだ打席に立たせてくれねえのかよ」
「そんなこと言われてもなぁ。
別に秘密練習じゃないし、木戸に任せてあるから僕じゃ何とも言えないよ」
部室で着替えている最中に丸山が声をかけてきた。ここ数日、シートバッティングで投げているのが木尾とハカセだけなので物足りないらしい。
本来は木戸がもうちょっと説明してやりゃいいんだろうけど、あいつも手探りなところがあるようだし、それなりに悩んでいるのだろう。
「じゃあ秘密じゃないならよ、打たせてくれてもいいんじゃね?
つか、木戸の野郎は練習前だってのにどこ行っちゃったんだよ」
「木戸は練習試合申し込みの件で職員室だよ。
さっき言ってたじゃないか」
「そうだったっけ?
チビベンとしゃべってて気が付かなかったわ」
「おいおい、俺のせいにするなよ。
ちゃんと聞いてないお前が悪いんだろ」
チビベンが不満げに横から口を挟んだ。それを聞いて丸山は機嫌を取るように謝っている。この二人の関係は、どうやらチビベンが優位のように見えるけど、それはバレー部の三年生であるチビベンの彼女のつてで女子を紹介してもらうって話が出てからだ。
まったく、主将である木戸が練習前にいないことと、女子にうつつを抜かしてる自分とどっちが不真面目なのかくらいわかるだろうに……
その木戸は、次の土日どちらかで練習試合ができるようにと他の学校をピックアップしていたのだが、どうもうまく決まらずに困っているようだった。
僕は山尻康子へ連絡してみようと思っていたが、その前に矢島学園との練習試合がやりたいかと木戸へ確認したところ、木尾をはじめとする一年生には荷が重いからと言って断られてしまったのだった。
「とりあえず着替えて準備運動とランニングといこうぜ。
練習試合があってもなくても普段やることは一緒さ」
チビベンが副主将らしく全員へ声をかけると、全員が「オッス」と大きな声を上げた。
◇◇◇
「みんなー集まってくれー
わりいわりい、すっかり遅くなっちまったな」
木戸が職員室から戻ってきてグラウンド脇にやってきた。その向こうからは真弓先生もこちらへ向かってきているのがわかる。
「練習試合決まったか?
やっぱ緊張感をもってやらないと練習に身が入らないぜ」
「そう慌てるなよ。
みんなもとりあえずは整列してくれ」
全員がグラウンドから戻ってきて整列をすると木戸が話しはじめた。
「えーっと、練習試合が決まった、しかも二試合。
一校は妻土高校でこっちへ来てくれるそうだ。
あの学校はグラウンド狭くて一面取れないからな」
「春は一回戦、その前の秋季県大会では二回戦負けですね。
ここ何年も部員が足りなくて、他の運動部員が助っ人に入っての大会出場だったようです」
由布が手元のメモをぱらぱらとめくっていた。いったいいつの間にそんなことまで調べているのだろうか。うちの野球部はハカセ以外は脳味噌筋肉って言葉がピッタリなくらい何も考えないやつばかりだったので、由布が記録しているデータを生かせるかが心配になってくる。
「もう一校はだな…… 矢島学園だ。
こっちは完全に格上だけど、結構いい試合できると思ってる。
マルマン、やる気出てきたか?」
「おうよ、今は格上かもしれねえけど終わった時には追われる立場になってやろうぜ。
今年のうちらがきっちり噛みあえば十分やれるさ」
木戸と丸山のやり取りを聞いて部員たちが落ち着かないようにざわめいている。無理もない、矢島学園は去年から三大会連続で決勝まで進んでいる実力を持っているのだから。
そのチームでエースを任されているのが山尻康子の兄だとはつい最近まで知らなかったけど、試合になればそんなことは関係ない。勝つために力を出し切り思いっきりやるだけだ。
「でもよく矢島学園なんかがナナコーと練習試合やると言ってくれましたね。
県内外の強豪校との練習試合を毎週こなしているらしいですよ?」
誰もが感じたであろう疑問を木戸へ投げかけたのは倉片だった。
「確かにうちと矢島学園の練習試合なんて今までなかったからな。
でも今回は向こうから申し込んできたんだぜ?
ま、種明かししちまえばなんてことねえ、こないだの矢実との練習試合を見に来てた矢島のエースが、予選でうちと当たる前に叩いておきたいってことさ」
「やっぱり…… カズ先輩の……」
「ちょっとマネージャー、変に含みを持たせないでくれよ。
木戸、向こうから申し込んできたってのはわかったけど、うちを叩いておきたいってのは嘘だろ?
そんなこと面と向かって言えるやつなんて普通はいないからな」
僕が木戸へそう言うと、いつものように調子に乗った答えが返ってきた。
「俺がさ、矢島がナナコーへ練習試合を申し込むなんてありえない話だけど、今のうちに叩きのめしたいってことかって聞いたのよ。
そしたらそうとってもらっても構わないって言って来たからさ。
俺が嘘ついてるってことはねえんじゃね?」
「それって三年生の山尻勝実?
爽やかそうに見えて意外と喰えない人なのか」
「まあ去年は一人で全試合投げ続けたエースだからな。
自信家ってわけじゃなく実力も間違いないだろう。
今年はエースでキャプテンだと言ってたよ」
なるほど、エースとして、キャプテンとして最後の夏になるわけだ。そりゃ気合も入ることだろう。どんなタイプのピッチャーなのか知らないが、良く見せてもらうことにしよう。
そう言えば、今年から導入された一試合での投球制限もあるからどの強豪校も一人を投げ続けさせるのは厳しいだろう。場合によっては二、三番手を打ちこんで勝つ、もしくは打ちこまれることも考えないといけない。
僕が考え込んでいるところへ木戸がさらに言葉を続けた。
「問題はさ、相手じゃないんだけどな。
実は矢島との試合だけど、向こうのスケジュールの都合で明日しかなかったんだよ。
うちは休みの予定だったから、もし予定が入ってるやつは遠慮なく言ってくれ」
今の今まで木戸の後ろで話を聞いていた真弓先生が一歩前に出た。まさか真弓先生に用事が!? と思ったけどそんなことは無かったようだ。
「三年生は明日、全国模試があるでしょう?
誰か申し込んでる?」
すると三年生が全員手を上げたのだった。僕個人は大学進学なんてまったく考えたことなかったけど、意外にも進学を考えている人は多いのか。
「そうなると先輩たちは出られないか。
じゃあ一年生たちもスタメンで頑張ってもらうことになるな
他に都合の悪いやつはいないか?」
するとチビベンがおそるおそる手を上げた。
「いや、練習試合には出るよ?
出るけどさ、何時からなのか聞きたくて…… いや出るからさ」
「なんだ彼女と約束かよ。
また球場デートでいいじゃねえか。
時間は九時からってことにしたけど、こっちに遠征してくるって言うからうちらはゆっくり目だな」
「じゃあ午前中に終わるのか。
なんだ、ちょうどいいじゃないか」
「矢島との試合でフル出場して、その直後遊びに行かれるなら大したもんだ。
期待してるぜ、チビベンよ。
スタメンは大体こないだと同じようにするつもりだけど、交代前提じゃないからそのつもりでよろしく。
ちなみに妻土との練習試合は来週の日曜、十三時からな」
「おう!」
「オッス!」
僕たちは気合を入れてから練習を再開した。
◇◇◇
『明日練習試合が入っちゃった』
僕は練習が終わって暗くなった帰り道、誰もいないことを確認してから足を止めてメールを打った。あて先はもちろん咲だ。
しばらく待っていると返信が届く。その瞬間、胸の鼓動が早くなるのがわかる。
『あら、じゃあ小町と出掛けてこようかしら』
『でも午前中には終わるからその後どこか行こうよ』
咲とは何の約束もしていなかったのに、小町と出掛けると言われると、それを歓迎できない自分が不思議だった。これってもしかしてヤキモチってことになるのか?
でも小町は女子だし、僕がヤキモチを焼くような相手じゃないはずだ。でも咲の時間を取られてしまうということに男女差は関係なく、結局のところ僕にも独占欲なんてものがあると言うことだろう。
『また後で相談しましょう、帰ってくるの待ってるわ』
待ってる…… ということはうちでまた夕飯の支度をしているのだろうか。そういや今日明日は母さんが休みで家にいるはずだから、咲はその暇つぶしの相手をさせられていたかもしれない。
そう考えるとなんだかおもしろくなってしまい、僕は一人で笑いながらスマートフォンをポケットへ突っ込み、家に向かって走り出した。
「カズよ、木戸とやってる秘密のピッチング練習だけどさ、まだ打席に立たせてくれねえのかよ」
「そんなこと言われてもなぁ。
別に秘密練習じゃないし、木戸に任せてあるから僕じゃ何とも言えないよ」
部室で着替えている最中に丸山が声をかけてきた。ここ数日、シートバッティングで投げているのが木尾とハカセだけなので物足りないらしい。
本来は木戸がもうちょっと説明してやりゃいいんだろうけど、あいつも手探りなところがあるようだし、それなりに悩んでいるのだろう。
「じゃあ秘密じゃないならよ、打たせてくれてもいいんじゃね?
つか、木戸の野郎は練習前だってのにどこ行っちゃったんだよ」
「木戸は練習試合申し込みの件で職員室だよ。
さっき言ってたじゃないか」
「そうだったっけ?
チビベンとしゃべってて気が付かなかったわ」
「おいおい、俺のせいにするなよ。
ちゃんと聞いてないお前が悪いんだろ」
チビベンが不満げに横から口を挟んだ。それを聞いて丸山は機嫌を取るように謝っている。この二人の関係は、どうやらチビベンが優位のように見えるけど、それはバレー部の三年生であるチビベンの彼女のつてで女子を紹介してもらうって話が出てからだ。
まったく、主将である木戸が練習前にいないことと、女子にうつつを抜かしてる自分とどっちが不真面目なのかくらいわかるだろうに……
その木戸は、次の土日どちらかで練習試合ができるようにと他の学校をピックアップしていたのだが、どうもうまく決まらずに困っているようだった。
僕は山尻康子へ連絡してみようと思っていたが、その前に矢島学園との練習試合がやりたいかと木戸へ確認したところ、木尾をはじめとする一年生には荷が重いからと言って断られてしまったのだった。
「とりあえず着替えて準備運動とランニングといこうぜ。
練習試合があってもなくても普段やることは一緒さ」
チビベンが副主将らしく全員へ声をかけると、全員が「オッス」と大きな声を上げた。
◇◇◇
「みんなー集まってくれー
わりいわりい、すっかり遅くなっちまったな」
木戸が職員室から戻ってきてグラウンド脇にやってきた。その向こうからは真弓先生もこちらへ向かってきているのがわかる。
「練習試合決まったか?
やっぱ緊張感をもってやらないと練習に身が入らないぜ」
「そう慌てるなよ。
みんなもとりあえずは整列してくれ」
全員がグラウンドから戻ってきて整列をすると木戸が話しはじめた。
「えーっと、練習試合が決まった、しかも二試合。
一校は妻土高校でこっちへ来てくれるそうだ。
あの学校はグラウンド狭くて一面取れないからな」
「春は一回戦、その前の秋季県大会では二回戦負けですね。
ここ何年も部員が足りなくて、他の運動部員が助っ人に入っての大会出場だったようです」
由布が手元のメモをぱらぱらとめくっていた。いったいいつの間にそんなことまで調べているのだろうか。うちの野球部はハカセ以外は脳味噌筋肉って言葉がピッタリなくらい何も考えないやつばかりだったので、由布が記録しているデータを生かせるかが心配になってくる。
「もう一校はだな…… 矢島学園だ。
こっちは完全に格上だけど、結構いい試合できると思ってる。
マルマン、やる気出てきたか?」
「おうよ、今は格上かもしれねえけど終わった時には追われる立場になってやろうぜ。
今年のうちらがきっちり噛みあえば十分やれるさ」
木戸と丸山のやり取りを聞いて部員たちが落ち着かないようにざわめいている。無理もない、矢島学園は去年から三大会連続で決勝まで進んでいる実力を持っているのだから。
そのチームでエースを任されているのが山尻康子の兄だとはつい最近まで知らなかったけど、試合になればそんなことは関係ない。勝つために力を出し切り思いっきりやるだけだ。
「でもよく矢島学園なんかがナナコーと練習試合やると言ってくれましたね。
県内外の強豪校との練習試合を毎週こなしているらしいですよ?」
誰もが感じたであろう疑問を木戸へ投げかけたのは倉片だった。
「確かにうちと矢島学園の練習試合なんて今までなかったからな。
でも今回は向こうから申し込んできたんだぜ?
ま、種明かししちまえばなんてことねえ、こないだの矢実との練習試合を見に来てた矢島のエースが、予選でうちと当たる前に叩いておきたいってことさ」
「やっぱり…… カズ先輩の……」
「ちょっとマネージャー、変に含みを持たせないでくれよ。
木戸、向こうから申し込んできたってのはわかったけど、うちを叩いておきたいってのは嘘だろ?
そんなこと面と向かって言えるやつなんて普通はいないからな」
僕が木戸へそう言うと、いつものように調子に乗った答えが返ってきた。
「俺がさ、矢島がナナコーへ練習試合を申し込むなんてありえない話だけど、今のうちに叩きのめしたいってことかって聞いたのよ。
そしたらそうとってもらっても構わないって言って来たからさ。
俺が嘘ついてるってことはねえんじゃね?」
「それって三年生の山尻勝実?
爽やかそうに見えて意外と喰えない人なのか」
「まあ去年は一人で全試合投げ続けたエースだからな。
自信家ってわけじゃなく実力も間違いないだろう。
今年はエースでキャプテンだと言ってたよ」
なるほど、エースとして、キャプテンとして最後の夏になるわけだ。そりゃ気合も入ることだろう。どんなタイプのピッチャーなのか知らないが、良く見せてもらうことにしよう。
そう言えば、今年から導入された一試合での投球制限もあるからどの強豪校も一人を投げ続けさせるのは厳しいだろう。場合によっては二、三番手を打ちこんで勝つ、もしくは打ちこまれることも考えないといけない。
僕が考え込んでいるところへ木戸がさらに言葉を続けた。
「問題はさ、相手じゃないんだけどな。
実は矢島との試合だけど、向こうのスケジュールの都合で明日しかなかったんだよ。
うちは休みの予定だったから、もし予定が入ってるやつは遠慮なく言ってくれ」
今の今まで木戸の後ろで話を聞いていた真弓先生が一歩前に出た。まさか真弓先生に用事が!? と思ったけどそんなことは無かったようだ。
「三年生は明日、全国模試があるでしょう?
誰か申し込んでる?」
すると三年生が全員手を上げたのだった。僕個人は大学進学なんてまったく考えたことなかったけど、意外にも進学を考えている人は多いのか。
「そうなると先輩たちは出られないか。
じゃあ一年生たちもスタメンで頑張ってもらうことになるな
他に都合の悪いやつはいないか?」
するとチビベンがおそるおそる手を上げた。
「いや、練習試合には出るよ?
出るけどさ、何時からなのか聞きたくて…… いや出るからさ」
「なんだ彼女と約束かよ。
また球場デートでいいじゃねえか。
時間は九時からってことにしたけど、こっちに遠征してくるって言うからうちらはゆっくり目だな」
「じゃあ午前中に終わるのか。
なんだ、ちょうどいいじゃないか」
「矢島との試合でフル出場して、その直後遊びに行かれるなら大したもんだ。
期待してるぜ、チビベンよ。
スタメンは大体こないだと同じようにするつもりだけど、交代前提じゃないからそのつもりでよろしく。
ちなみに妻土との練習試合は来週の日曜、十三時からな」
「おう!」
「オッス!」
僕たちは気合を入れてから練習を再開した。
◇◇◇
『明日練習試合が入っちゃった』
僕は練習が終わって暗くなった帰り道、誰もいないことを確認してから足を止めてメールを打った。あて先はもちろん咲だ。
しばらく待っていると返信が届く。その瞬間、胸の鼓動が早くなるのがわかる。
『あら、じゃあ小町と出掛けてこようかしら』
『でも午前中には終わるからその後どこか行こうよ』
咲とは何の約束もしていなかったのに、小町と出掛けると言われると、それを歓迎できない自分が不思議だった。これってもしかしてヤキモチってことになるのか?
でも小町は女子だし、僕がヤキモチを焼くような相手じゃないはずだ。でも咲の時間を取られてしまうということに男女差は関係なく、結局のところ僕にも独占欲なんてものがあると言うことだろう。
『また後で相談しましょう、帰ってくるの待ってるわ』
待ってる…… ということはうちでまた夕飯の支度をしているのだろうか。そういや今日明日は母さんが休みで家にいるはずだから、咲はその暇つぶしの相手をさせられていたかもしれない。
そう考えるとなんだかおもしろくなってしまい、僕は一人で笑いながらスマートフォンをポケットへ突っ込み、家に向かって走り出した。
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