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防災公園での危険な出来事

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「キャー! 誰か助けてー!」

 闇夜の中に突然聞こえた悲鳴に僕はランニングの足を止めた。

 今の悲鳴は亜美じゃなかったか!? 僕は聞き覚えのある声のように感じ、そこへ向かい公園の中を真っ直ぐ突っ切るように走って行った。

 少ない外灯と月明かりの中、遠目からではっきりとわからない立っている姿と地面に寝転んだ影が見える。一体何が起きているのだろうか。

「助けて! 誰か!」

 声の主はやはり亜美だった。暗がりの中で上にのしかかった誰かが激しく身体を動かしている。これはただ事じゃなさそうだとさらに駆け寄ると、そこには思ってもみなかった出来事が起きていた。

「これはいったい!?」

「あっ、せんぱい!
 大変なんです!」

「いや、それは見ればわかるんだけど……
 僕にできることあるのかな?」

 駆けつけた僕が見た物は、亜美の飼い犬にのしかかってさかんに腰を振っている小さな犬だった。どうやら首輪はついているみたいだが飼い主の姿が見えない。いったいどういう状況なのだろうか。

 とりあえず僕は地面に放り出されていたリードを手に持ち亜美と反対方向へ引っ張ってみた。二匹の犬は無事に引き離されたが、それでもまだ僕の手を逃れ亜美の犬の元へ向かおうと足を空回りさせている。

「若菜さん、この犬の飼い主はどこ行ったのさ。
 まったく無責任だなあ」

「それが…… 私が叫んだあと逃げて行ってしまったんです。
 良く見かける人なので悪気はないと思うんですけど……」

 悪気があろうとなかろうと、飼い主の責任というものがあるだろうに。僕は小さい頃に犬を飼いたくて両親へ相談した時のことを思い出していた。

 留守がちな両親は、僕一人では面倒見きれないと許してくれなかったのだが、確かに簡単なことじゃなかっただろう。ましてその後野球にのめりこみ、起きている時間のほとんどを野球に関することに使ってきた僕だ。

 それだけに、ろくに面倒も見ず無責任なやつは許せないと思ってしまう。もちろんペットを飼うことに限らず、どんなことだろうと、自分で決めたことに責任を持って取り組むのは大切なことなのだ。

「あ、戻ってきました。
 せんぱい、飼い主は前を歩いてくる女性です。
 もう一人の男の人はは誰だろう?」

「あれが飼い主か。
 まったく、無責任な人たちだな」

 僕は憤慨しながら近寄ってくる男女をにらみつけていた。手には、飼い主に置いてきぼりにされた小さな犬に繋がっているリードを握ったままだった。

 急ぎ足で向かってきた男女二人の顔がようやく認識できるくらいに近づいた時、僕は思わず声を荒げて文句を言ってしまった。

「ねえ、あなた達、飼い犬を放り出して逃げてしまうなんてひどいよ。
 誰かに噛みついたりして大ごとになったらどうするんだ!」

 それを聞いて驚いたのか、脅かしてしまったのかわからないが、もう一人の男性の後ろへさっと隠れてしまった。

「確かにその通りだ、申し訳ない。
 妹には二度とこんなことの無いようしっかり言い聞かせておくから、許してやってくれないか?」

「まあ幸い何事もなかったみたいだけど、本当にしっかり頼むよ。
 とは言っても僕も通りがかりなんで、こっちの若菜さんへ謝ってくれ」

 良く考えてみたら部外者だったことに気が付いた僕は、目の前の男性、いや同い年くらいに見える男子へ身振りを加えて謝る相手を伝えた。

 頷いた男子は自分の後ろに隠れてしまっていた妹に声をかける。その女子がようやく顔を上げて亜美へ向かって頭を下げた。

 なんだか気が弱そうなその女子は、長めの前髪のせいで表情がよくわからない。しかし、これなら亜美の悲鳴に驚いて逃げ出してしまうのも無理はないと思わせる風貌である。

「俺が一緒についていれば良かったんだが、ちょうど公園の外周をランニングしていたところだったんだ。
 君もランニング中みたいだけど、助けてもらえて大ごとにならず助かったよ」

「あの…… ごめんなさい、それと、ありがとうございました。
 私驚いてしまって、リード持って走り出したはずが自分のパーカーの紐だったの……」

 それを聞いた瞬間、三人とも脱力し思わず声を出して笑ってしまった。そして笑ったまま手に持ったままのリードを飼い主の女子へ渡した。

「本当に助かった、カズ君ありがとうね」

「えっ!? 僕のこと知ってる?」

 僕を名前で呼んだ目の前の女子は顔を上げて笑った。初対面なはずなのにどういうことかと目を丸くしていると、その子の兄が妹へ確認した。

「康子、お前この人と知り合いなのか?」

「うん、中学の同級生だよ。
 でもカズ君は覚えてないのかな? 私、山尻康子よ」

 山尻康子! 覚えてないわけじゃないが、最後にあったのは中学の卒業式だ。雰囲気も随分変わっていてすぐにわかるはずもなかった。

「なんだ、山尻さんだったのか。
 コンタクトに変えたの? 印象が随分違うもんだね」

「良かった、思い出してくれたんだね。
 今はナナコーだっけ? それならどこかで会うかもしれないね」

「どこかで会うって?
 うちの高校となにかあるのかい?」

 康子が口を開く前に隣の兄が話し出した。

「へえ、ナナコーなのか。
 去年の夏、三回戦で勝てば次はうちとだったんだけど、美能杉に負けちゃったんだよな。
 そんでうちはその美能杉に負けてしまったと」

 康子に兄がいたこと自体初耳だったが、まさか野球をやっていたなんてもっと驚きだ。同じ学校にいながら野球部にはいなかった。ということはシニアにでも入っていたのだろう。

「えっと、山尻さんのお兄さんも野球部、ってことですか?
 中学の野球部にはいなかったですよね?」

「うん、俺は中学から矢島学園に行ったからさ。
 康子も高校から矢島に入って、今は野球部のマネージャーなんだ」

「矢島学園…… 名門ですね。
 夏の予選でもし当たることがあったらよろしくお願いします」

 そう各上の相手に言いながらも、僕は決して負けるつもりはなかった。確かに去年は三回戦で敗退することになったけど、今年のチームはその何倍も強くなっているはずだ。ますは明日の練習試合でそれを証明してやる。そして県内制覇して全国だ!

 そんな想いが顔に出てしまったのか、康子の兄は首を傾げながら返事を返してきた。

「当たるようなことがあればよろしく?
 君の顔はそんなに控えめな本心じゃないって言ってるみたいだけどな」

「あ、いや…… はい、やるからには全試合勝つつもりですから。
 でもそれは山尻さんのお兄さんも同じことですよね?」

「そうだな、今大会中一点たりとも取られたくないってのが本音かな。
 そして今年こそ甲子園へ行くぜ!」

「俺は山尻勝実、ポジションはピッチャーで副主将だ、よろしくな!」

 そう言って右手を差し出してきた。手の大きさはそれほど大きくないし、背丈も僕の方がわずかに高そうだ。しかし経験豊富なだけあって貫禄があった。

「僕は吉田一、ポジションは同じく投手ですね。
 絶対に負けませんから!」

 そう言ってから、差し出された右手に自分の右手を差し出し固く握手をする。ここでふとある考えが浮かんだ。

「実は明日矢島へ行くんですよ。
 矢実との練習試合なんですけど、時間があったら見に来ませんか?」

「へえ、矢実とは近所だから春休み中に四回かな、練習試合やったよ。
 今のところ一度勝ったきりで負け越してるんだよなあ。
 でも俺が投げた時はまあまあ抑えたんだぜ」

 矢島実業は、全国からスカウトで選手を集めているだけに層が厚い。明日の練習試合に出てくるメンバーが大会でのベンチ入り選手とは限らないだろう。

 試合前半でレギュラーなりベンチ入りなりを引っ張り出してから、そのレギュラー陣を押さえてやりたいと考えているのだが、まあそんな都合のいい展開になるかはわからない。

 しかしここは強気で大口をかましてしまった。

「明日はうちが圧勝しますから、しっかりマークしておいた方がいいですよ」

 すると勝実は目を大きく開けてほうっと言う顔をしてから顎に手をやった。

「随分自信があるみたいだな。
 でも勝負は下駄を履くまでわからないもんさ。
 それともなにか根拠があるのかねえ」

「根拠ですか? それは秘密です。
 弱小校の練習試合なんて見るまでもないと考えているなら残念ですが、まあそれも仕方ないですね。
 あとは実力と結果で知らしめていきますよ」

 僕がそう言った後しばらくの沈黙が訪れた。それは緊迫感のような空気が流れる中、康子が不意に声を上げる。

「じゃ、じゃあ私が見に行ってこようかな。
 スコアブックつけておけばチームに貢献できるし。
 それに…… 久しぶりにカズ君のピッチング見たいからね」

 おっと、なにやら思ってなかった展開になりそうだ。そう感じ始めた瞬間、誰かにジャージの裾を引かれた。それはいつの間にか僕の後ろに回り込んでいた亜美だった。

「せんぱい…… だいぶ遅くなってしまったので私帰ります。
 助けてくれてありがとうございました」

「あ、もうそんな時間?
 僕も帰らないといけないし送って行くよ」

 そう言いながらポケットのスマートフォンを取り出し画面に表示されている時刻を確認した。そこには時刻だけじゃなく、メールが来ていることを表すアイコンも表示されている。

 僕は、急に胸が締め付けられるような気持ちになりながら康子達に別れを告げ歩き出す。その僕たちの後ろから康子が声をかけてきた。

「明日の試合は何時から?
 それと…… その子、若菜さんはマネージャーなのかな?」

「試合は十三時からだよ。
 若菜さんはマネージャーじゃない、ただの後輩さ」

 そう答えた僕に康子が手を振った。僕も手を降りかえしてからまた帰路を急ぐ。犬を連れて隣を歩いている亜美がはたから見ても怖いくらい不機嫌なことに、僕はいまさら気が付いたのだった。
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