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たい焼きが心に火を灯す

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 慣れない取材を受けた後の僕たちは、よくわからないハイテンションでシャワーを浴びていた。先ほど真弓先生に尻をはたかれた木戸は痛くもなんともないくせに、素っ裸のままそのデカい尻を振りながら真弓先生の口調を真似している。

「いつまでも裸でいないでいい加減に着替えろよ。
 週末の練習試合に主将が風邪ひいてたんじゃサマにならないじゃんか」

「何言ってんだ! 俺は産まれてこのかた一度も風邪ひいたことないぜ。
 見ろ、この強靭な肉体美!」

 相変わらず物わかりの悪いことを言いながら僕の正面でポージングを始めた。むろん下半身は丸出しのままなので、ぶら下げた男の大事なものが嫌でも目に入る。

「あのな? 少しは羞恥心ってものを持つべきだと思うよ、僕は。
 見てる方が恥ずかしくなるって意味わかんないからな?」

 すでに着替え終わってる丸山がもう一度シャツを脱ごうとしているのを見逃さずにらみつけ、バカなことをするやつが増えるのを阻止することに成功した僕は、木戸の顔へ向かってテーブルの上のパンツを投げつけた。

 それと同時に、シャワー室のドアを誰かがノックする音が聞こえた。

「ほら、さっさと片付けないから真弓先生が来たんじゃないのか?」

「おっと、ちょっと遊びすぎたか。
 よし全員速やかに撤収だ!」

「着替えてないのは木戸だけだよ。
 そのおかげでドアが開けられないから帰れないじゃないか」

 さっきからそわそわしていたチビベンが文句を言う。それもそのはず、見学に来ていたバレー部数名の中にはチビベンの彼女がいたのだから終始落ち着かなかっただろう。

 そしてドアの外でノックしていた誰かから声がかかる。

「ふ、山下君、まだ時間かかるかしら?」

「おい、チビベン、彼女が待ってるのか?
 だったら待たせてないで急いでやれよ」

「なにいってんだよ。
 どっかのバカがずっと裸のままだからドア開けられないんじゃないか」

 まったくその通りだ。木戸は野球に関しては全幅の信頼を置ける男だと思っているが、異性関係と周囲への気遣いはてんでなってない。だから小町にもあんなに嫌われているのかもしれない。

「それって俺のことか?
 別に気にしないで良かったのによ。
 チビベンはあれこれ気を遣いすぎなんだよ」

「そう言う問題じゃないと思うぞ、木戸。
 しかしお前が公衆の面前に裸をさらして罰を受けるのを眺めるのもまた一興かもしれんな」

 ハカセが、以前真弓先生が言っていた罰則について突っ込んだが、当の木戸は何のことか覚えていない様子だった。

 連帯責任じゃなけりゃなんでも罰を受けてくれと僕も思うが、何かのはずみで不祥事に繋がることは絶対に許されないので、もう少し気を使ってもらいたいものではある。

 そんなやり取りの向こうでチビベンはすでにこっそりと脱出に成功していた。

「チビベンはいいよなあ。
 年上彼女が毎日弁当作ってきてくれて、帰りも待っててくれててよ。
 幸せの絶頂って感じで羨ましすぎだわ」

「丸山はガツガツしすぎなんだよ。
 今年はフル出場になるから知名度上がって女子がわんさか寄ってくるようになるぜ。
 そりゃもううっとおしいくらいさ」

「そんなの木戸やカズくらいなもんだろ。
 いくら知名度が上がったって、もって生まれたルックスの威力には遠く及ばないぜ」

「そのツルツル坊主がいけないんじゃないのか?
 少し伸ばしてみろよ」

 丸山は野球部の中でただ一人の五厘刈りだ。僕やハカセはごく普通の短髪だし、木戸はソフトモヒカンってやつらしい。

 他も大体似たようなもので、さっぱりとした短髪が多く、坊主にしてる部員でも丸山ほどツルツルにはしていないのだ。

「でもなあ、坊主は楽だからよ」

「いくら楽でも短すぎるだろ。
 まだママカットだったっけ?」

「いやいや、いくらなんでも高校生にもなってそりゃねえよ。
 ちゃんと自分でやってるっての」

「自分でやってるならバリカンのアタッチメントを長めにすりゃいいだけじゃん。
 やっぱツルツルは怖がる女子多いぞ?」

「そうなんかなあ……
 じゃあもう少し長くなるまで我慢してみるか」

 丸山と木戸がそんな話をしていると、ドアが少しだけ開いてチビベンが顔を出した。

「もう着替え終わったか?
 マルマン、一緒に帰ろうぜ」

「彼女はどうした?
 一緒じゃないのかよ」

「細かいことは帰りながら話すから早く行こうよ。
 木戸、片づけとか大丈夫だろ?」

「おう、いいよ。
 あとはカズがやっとくから」

 なんで僕が! と言いたくならないわけじゃないが、実際には押し付けられることなんて今まで一度もなく、一緒に片付けるくせにそういう言い回しをするのがいつものことだった。

「じゃ、わりいけど先に帰るぜ。
 チビベン、どういうことなんだ?」

 丸山はチビベンへ話しかけながら表へ出ていった。

「じゃあ俺たちも引き上げるとするか。
 たまには裏のたい焼き寄ってかねえ?」

「木戸がそんなこと言いだすなんて珍しいな。
 あれは女子供の食い物、じゃなかったか?」

 すかさずハカセが茶々を入れる。確かに木戸の寄り道と言えばラーメンとか、ガッツリと腹にくるものが多いイメージだ。

 去年は、当時の女子マネージャーと先輩たちが帰りにしばしば立ち寄っていたたい焼き屋だが、僕らの世代になってからは全く行くことが無くなっていた。

「二年になってから行ってないし、たまにはいいんじゃね?
 ハカセは甘いもの好きだからちょうどいいだろ?
 カズはどうする? さっき貰ってたお菓子があるから行かねえか?」

 ちきしょう、見られていたのか。練習が終わった時に亜美がまたこっそりと渡してきた小さな包み。誰も見てないと思ってたのに、木戸はこういうところにやたら目が効くのだ。

「あれって美術部の一年生だろ?
 いやあカズ君は一年生にモテモテですなあ」

「よせよ、別にそんなんじゃないってば。
 でもあの子、うちのマネージャーと仲が良くないみたいでさ。
 こないだ急に聞かされたけど、なんだかやばい雰囲気の不思議な子だよ」

「でもお菓子を渡してくるくらいだからカズに好意を持ってるのは間違いないだろ。
 まあ確かに暗い雰囲気はあるかなって思うけどよ」

「ヤンデレか」

 ハカセが唐突に呟いた。

「ヤン? デレ?
 なにそれ? ヤンキーって感じじゃないけど?」

「ヤンは病んでるってことさ。
 デレはまあ普通にでれでれのこと。
 病的思考な愛情持ちってところかね」

「なんかよくわからないけど、予選も近いし気を散らしたくないんだけどな。
 マネージャーもだけど、そんなにグイグイ迫られても困るだけなんだけど……」

「じゃあパン子はどうなんだ?
 あいつはいい子だぞ?」

「神戸さんはいい人だよね。
 性格が良くて押しが強くないしさ。
 でも今はそういうの考えたくないんだ」

「わかってる、わかってるって。
 だからパン子にはつかず離れずくらいにしてろって言ってあるんだわ」

 また余計なアドバイスを…… 女子にかまけている時期じゃないのは本当だが、実は咲の存在があるから他の子に興味がないとはとても言えず、僕は木戸へ向かって肩をすくめながら苦笑いで返した。


◇◇◇


 職員室へ鍵を返した後、僕たち三人は学校裏手のたい焼き屋へ向かった。久しぶりに行くことよりもこの三人だけという組み合わせが珍しい。

 とりあえず飲み物とたい焼きを一つずつ注文してから、僕たちは古くて足の不安定なテーブル席に陣取った。机に手をかけるとカタカタと音がする。

「この三人の組み合わせはなんだか珍しいな」

 木戸が僕が考えていたことと同じことを口にした。

「しかしそれは考えがあっての事だろう?
 遅くなると困るだろうし、とっとと本題に入るがいい」

 ハカセはなにか思い当たることがあるようだ。そしておそらくそれは野球部に関することだろう。

「なにか察してるなら話は早いぜ。
 今度の練習試合で最終的に決めようと思ってるんだけどな。
 一年生をスタメンに入れるつもりなんだ」

「そこで僕を外すってことかね?
 まあカズの後輩には総合的に負けてるかもしれないからそれも仕方なかろう」

「まあまあ早とちりするなよ。
 倉片をセンターにってのはその通りだ。
 でも三年生も一通り出てもらいたいわけよ。
 そこで俺は最高のアイデアを思いついたのさ」

「勿体つけるなよ。
 結局どうすりゃいいのかね?」

 ハカセは少しだけイライラしているようにも見える。一年生にようやく手に入れたレギュラーポジションを奪われることは悔しいに決まっている。

「そんでな、ハカセよ、ピッチャーやらねえか?
 一試合に二回くらいを想定してんだけど」

「僕が!? 投手だって?
 そんな急造には無理があるんじゃないか?」

「急造ってこともないだろ。
 中学の時はピッチャーやってたじゃんか。
 三年の大会でうちの中学相手にいいピッチングしてたのに、高校で同じになったら外野手って言ってたから驚いちまったぜ」

「何言ってんだよ。
 エースが病欠したから控えだった僕が投げることになっただけさ。
 その控えの投手からホームラン三本打って一人で十打点稼いだの誰だ?
 あの試合は結構なトラウマになっているんだ」

「いやまあそれは勝負だからよ?
 勝つためには控え相手だろうが全力で臨むさ」

 二人の中学時代にそんな出来事があったなんて知らなかった。どうも苦い思い出らしい。

「大体あいつが食中毒になんかならなかったら僕が滅多打ちになることなんてなかったさ。
 結局その後も幽霊部員になってしまったしな」

「結局あいつには熱がないのさ。
 やる気があるなら自分から頭下げて戻ってくればいいんだからよ」

 二人の口からは、ハカセのチームで病欠したエースの悪口が続く。他所のチームの事なのに木戸がこれだけ語るのも、野球にかける情熱が重要なものであることがよくわかっているからだろう。

「じゃあ今どう考えているのか確認してみるか。
 もしかしたら戻りたくてもきっかけがつかめないでいるのかもしれん」

「ふてくされないでちゃんと続けるならまた受け入れるけどよ?
 俺は信用できないわ。
 どうせ今のカズ見たらまたしっぽ巻いて逃げ出すんじゃねえの?」

「ちょっと? それって中学時代の話してたんじゃないのか?
 まさかハカセの中学時代のチームメイトって……」

「ん? まさかってほどの事じゃないだろ。
 カズはハカセと三田が同じ中学だったって知らなかったのか?」

 まったく知らなかった。というか気にしたこともなかったというのが本当のところか。そもそも部員全員の出身中学自体把握していなかった。

 巡りあわせの妙というのか、ナナコー野球部の面々とは中学時代に当たったことがなかった。同じ中学から入った同級生のチームメイトでさえ途中で退部したり学校自体をやめてしまったものもいる。

「そうだったのか。
 まあ僕も三田が戻るよりはハカセがピッチャーを引き受けてくれた方がいいかな。
 後ろに投げてもらおうと思ってるわけじゃないけど、誰もいないのはやっぱり不安だしね」

「なーに甘えたこと言ってんだ?
 カズの後ろなんか誰もいねえよ。
 でも今年は長丁場になりそうだからさ。
 一試合一人五十球程度に抑えたいと考えてるわけ」

「お前でも頭つかうことがあるんだな。
 それは冗談じゃないとして、長丁場と言うことは全国見据えているということか」

「ん? うん? ああ、そうだよ、今年は全国行くぜ!
 甲子園にナナコー有りってとこを見せつけてやるのさ。
 それには投手力の補強が必要なわけよ」

「いくら地区予選が七イニング制になったからって、僕一人で投げ続けるわけにもいかないもんな。
 今年からは百球制限も試験導入だろ?」

「そうさ、百球越えたらそのイニングまでってことらしい。
 やっぱ全国見渡すと故障者が多いってことだろうな」

 高校野球での故障と聞くとどうしても江夏さんの事が思い浮かぶ。勝ちにこだわるあまり、高校で酷使しすぎて故障してしまったと聞いている。

 そして同じように、故障によってその後の野球人生を狂わせた選手が沢山いたことから、江夏さんをはじめとするアマチュア野球に関わった人たちからイニング数や試合間隔に制限をかける運動が起こった。

 そのため近年は地区大会は七イニング制になり、甲子園大会もベストエイトまでは七イニング制となった。それに加えて今年からは投球数にも制限をつけるルールが試験導入されるのだ。

 元プロ野球選手の年寄りからは甘いだの根性が足りないだのと声が上がっているのをスポーツニュースで見ることも有ったが、最終的には未来ある青少年のためと、短縮ルールが採用され現在に至る。

「だからよ? そういうルールをうまく使っていきたいじゃん。
 温存しながらもパフォーマンスは最大限に発揮できるってことだとやっぱり継投策だろ。
 先発はハカセか木尾、俺たちが打って点を入れたら残り三回をカズに締めてもらうって作戦よ」

「うむ、悪くないな。
 僕が打ちこまれてしまったら台無しになってしまうが、その心配はしないのか?」

「それ以上に打ちゃいいのさ。
 打順も攻撃重視で並べるつもりだからな。
 俺の前に三人出塁して何人か返した後、マルマンが一発打てば一回で五点さ」

 まったく木戸のやつは難しいことを簡単に言う。でもここはその妄言に乗ってみよう。

「毎試合そんなうまくいくかよ。
 でもそのつもりでやっていった方がいいだろうな」

「きっとうまく行くさ。
 今年は、いや今年からはイケるって、俺はそう考えてるのさ。
 そのためには練習あるのみだけどよ」

「そうだな、僕も頑張らないといけないや。
 今日は球の走りがいまいちだったから……
 どこかで舞い上がってたみたいで反省だ」

 本当の原因は咲とケンカしたことだ、なんて誰にも言えないが、自分に言い聞かせるように戒めとして心へ刻んでおくことにした。

 そんな作戦会議が終わるころ木戸のスマートフォンが通知音を鳴らす。

「おっ、真弓ちゃんからだ」

 画面をのぞき込んだ木戸へ向かってハカセが尋ねる。

「木戸は真弓ちゃんとメッセしてるのか?」

 それを聞いた瞬間、木戸が焦りなのか失敗したと思ったのか、顔色を変えたように感じた。

「いや、これ絶対内緒だぞ。
 真弓ちゃんさ、生徒と個人的にやり取りするなって副校長に怒られたらしいからよ」

「そりゃそうだな。
 あのヒステリックな声で『教師と生徒と言えど仮にも男女、個人的なやり取りはいけませーん』なんていったんじゃない?」

「うんうん、いかにも言いそうだ。
 それで何か用事でもあるのか?」

「おうよ、さっきのけんみんテレビスタッフがごっさん亭に来るって連絡があったらしい。
 恥を忍んで営業した甲斐があったぜ。
 さっそく親父に予約の連絡しておかないとな」

 恥を忍んで、と言うところに引っかからないわけじゃないが、木戸のうちの売り上げが良くなることはいいことだ。

「売り上げに貢献できて良かったじゃん。
 高校卒業後は店の後継ぐんだろ? 固定客増えるといいもんな」

「まあな、プロに入れなかったら居酒屋のおやじさ。
 でもよ…… これも絶対内緒だぜ? 実はさ、俺はもうちょっとカズと一緒に野球やりてえのよ」

 思いもかけない木戸の告白に、ここ最近僕の身の回りを騒がせている女子たちの誰よりも心を打たれてしまった。今の今までまさか木戸がそんなことを考えていたなんて想像したこともなかったのだ。

 再び通知音が鳴った。

「ちぇっ、職員室までたい焼きひとつだとさ。
 じゃあ俺は学校戻ってから帰るわ」

「結局いつもと変わらない時間になってしまったな。
 投手の件、引き受けることにするから明日からよろしく頼む」

 ハカセが木戸と僕に軽く頭を下げるようなしぐさをしたあと、立ち上がった僕たち三人は固く手を握り合った。

 僕は木戸の想いに熱くなった心を覚ますために家までの道のりを全力で走る。しかしその気持ちは冷めることはなく、アツアツのあんこが詰まったたい焼きのように、内に熱をため続けているようだった。
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