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熱い夜
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時間はもう二十一時を回っている。両親が留守のおかげでいつもより遅くまで二人でいられるのは嬉しいことではある。でも僕の頭はもう沸騰寸前だった。
「もう無理だ…… これ以上続けられないよ……」
「じゃあ今日はこのくらいで勘弁してあげる」
「でもとても頑張れたわね、いい子よ」
「そんな…… 小さい子ども扱いしないでくれよ」
「いつも咲の言いなりになっているみたいな僕だって、ちゃんとした同い年の高校生なんだからさ」
「でも困ったような顔でうんうんって頷いているキミ、とてもかわいいんですもの」
「一から教えてあげているんだからもっと甘えてもいいのよ?」
「いや、それは有難いけど僕にだって意地があるさ」
「次はもっとうまくやってみせるよ、きっと初めてだからうまくいかなかっただけなんだ」
「あらそう? それじゃ次を期待していいのね、楽しみにしているわ」
「汗かいたでしょ、なにか淹れてくるけど紅茶でいいかしら? レモネードの材料もまだ残っているわよ」
「そうだなあ、せっかく淹れてもらったレモネードが冷たくなっちゃってたから、今度はあったかいのが飲みたいな」
「温かい飲み物で大丈夫? 随分興奮していたから冷たいものがいいんじゃなくて?」
「こういうのなんて言うんだったかしらね? 心頭滅却すれば火もまた涼し?」
「それはちょっと違う意味で、心の持ち方で辛いことも耐えられるってことわざだよ」
「あら間違えて覚えていたわ、さすがに国語は得意なのね」
「母国語が得意なら語学なんて似たようなものだからすぐにできるようになるわよ」
「だといいけどなあ、もうぼろぼろすぎて泣きたい気分だよ」
僕は咲と並んで座っているソファの前に置かれたテーブルの上にばらまかれた、子供用の英語教材カードを見ながら答えた。
英語の勉強になるからと咲が出してきたカードは、文章と絵が対になったものだった。日本でいうかるたのようなものだ。
英文を咲が読んで僕が絵を当てる。しばらくしてから交代し、今度は僕が英文を読むのだが、聞くのも読むのも全く分からず惨敗だった。
咲の話によれば、これは就学前の子供が遊びながら学ぶためのものらしい。それがうまくできなくて熱くなり、膨れていた僕を咲が子ども扱いしているところだった。
「授業ではこんな風に遊び感覚ではできないけど、僕みたいな英語に苦手意識があるやつはこういうので覚えるのも悪くないかもね」
「でもこれは学校へ通う前にやるような内容よ」
「本来、高校生がやるには簡単すぎるんじゃないかしら?」
「今まできちんと勉強してきたならそうかもね」
「でもさ、高校生になってから野球はじめるやつだっているんだから、英語だって基礎の基礎からやるのに手遅れってことはないと思うんだ」
「いい心がけね、それにしてもキミがなんでも野球に例えるのは聞いていて面白いわ」
「私も何か始めようかしら」
「何か興味ある部活でもあった?」
「クラスの女子とも全然話しているところ見ないから、周囲に馴染めていないかもって真弓先生が心配していたよ」
「部活動はやめておきたいわね、私はお料理が好きなのよ」
「今まではママに教わりながら覚えてきたけど、日本食を一人で覚えるのは難しいかもしれないわね」
「両親と暮らしていたときにお母さんは和食を作っていなかったの?」
「確かお母さんが日本人って言っていたよね?」
「ええ、ママは日本人だけどドイツ大好きな人でね、若いころに留学した後そのまま住み着いたんですって」
「パパは現地の人だから、日本食は数年に一度オーマーのところで食べるくらいなのよ」
「オーマーってだれ?」
「ああ、えっとママのお母さん、祖母ね」
「なるほど、でもお母さんも和食を作る機会がなかったのに咲は興味があるんだね」
「なにか切っ掛けでもあったのかな?」
「うふふ、うふふふ」
咲は唐突に両手で口を覆いながら笑い出した。僕がまたなにかおかしなことでも言ってしまったのだろうか。
「なに? どうしたのさ、僕がなにかおかしなこと言ったかい?」
「ううん、ごめんなさい、とっても楽しくなってしまったの」
「キミって本当にかわいいわ」
そう言いながら体を寄せてきた咲は、僕の事を押し倒すようにその身を預けてきてキスをする。その求めに応えるように僕も咲の体を引き寄せキスを返した。
なにがなんだかわからないけど、突然怒ったり笑ったり、咲は意外に喜怒哀楽がはっきりしている。教室ではいつも一人で外を見ているし、どちらかと言えば自らの存在を消すようにしているとも感じるのに、だ。
でも咲が学校と家とで全然違う面を見せることになんの問題もない。僕にだけは優しくてかわいい面を見せてくれる、それだけで十分だ。
それに学校で同じようにしていたらモテてモテて仕方ないだろう。そうなったら僕なんて相手にしてもらえないかもしれないと心配になってしまう。
すると咲がまた僕の心を覗いたようなことを言う。
「大丈夫、私はキミだけのものよ、キミが望むなら永遠に、ね」
それを聞いた僕は言葉を返すことができずに咲を見つめていた。咲はすぐ目の前で優しく微笑んでいる。
そしてまた二人は唇を重ねながらソファへ身を沈めていった。
「もう無理だ…… これ以上続けられないよ……」
「じゃあ今日はこのくらいで勘弁してあげる」
「でもとても頑張れたわね、いい子よ」
「そんな…… 小さい子ども扱いしないでくれよ」
「いつも咲の言いなりになっているみたいな僕だって、ちゃんとした同い年の高校生なんだからさ」
「でも困ったような顔でうんうんって頷いているキミ、とてもかわいいんですもの」
「一から教えてあげているんだからもっと甘えてもいいのよ?」
「いや、それは有難いけど僕にだって意地があるさ」
「次はもっとうまくやってみせるよ、きっと初めてだからうまくいかなかっただけなんだ」
「あらそう? それじゃ次を期待していいのね、楽しみにしているわ」
「汗かいたでしょ、なにか淹れてくるけど紅茶でいいかしら? レモネードの材料もまだ残っているわよ」
「そうだなあ、せっかく淹れてもらったレモネードが冷たくなっちゃってたから、今度はあったかいのが飲みたいな」
「温かい飲み物で大丈夫? 随分興奮していたから冷たいものがいいんじゃなくて?」
「こういうのなんて言うんだったかしらね? 心頭滅却すれば火もまた涼し?」
「それはちょっと違う意味で、心の持ち方で辛いことも耐えられるってことわざだよ」
「あら間違えて覚えていたわ、さすがに国語は得意なのね」
「母国語が得意なら語学なんて似たようなものだからすぐにできるようになるわよ」
「だといいけどなあ、もうぼろぼろすぎて泣きたい気分だよ」
僕は咲と並んで座っているソファの前に置かれたテーブルの上にばらまかれた、子供用の英語教材カードを見ながら答えた。
英語の勉強になるからと咲が出してきたカードは、文章と絵が対になったものだった。日本でいうかるたのようなものだ。
英文を咲が読んで僕が絵を当てる。しばらくしてから交代し、今度は僕が英文を読むのだが、聞くのも読むのも全く分からず惨敗だった。
咲の話によれば、これは就学前の子供が遊びながら学ぶためのものらしい。それがうまくできなくて熱くなり、膨れていた僕を咲が子ども扱いしているところだった。
「授業ではこんな風に遊び感覚ではできないけど、僕みたいな英語に苦手意識があるやつはこういうので覚えるのも悪くないかもね」
「でもこれは学校へ通う前にやるような内容よ」
「本来、高校生がやるには簡単すぎるんじゃないかしら?」
「今まできちんと勉強してきたならそうかもね」
「でもさ、高校生になってから野球はじめるやつだっているんだから、英語だって基礎の基礎からやるのに手遅れってことはないと思うんだ」
「いい心がけね、それにしてもキミがなんでも野球に例えるのは聞いていて面白いわ」
「私も何か始めようかしら」
「何か興味ある部活でもあった?」
「クラスの女子とも全然話しているところ見ないから、周囲に馴染めていないかもって真弓先生が心配していたよ」
「部活動はやめておきたいわね、私はお料理が好きなのよ」
「今まではママに教わりながら覚えてきたけど、日本食を一人で覚えるのは難しいかもしれないわね」
「両親と暮らしていたときにお母さんは和食を作っていなかったの?」
「確かお母さんが日本人って言っていたよね?」
「ええ、ママは日本人だけどドイツ大好きな人でね、若いころに留学した後そのまま住み着いたんですって」
「パパは現地の人だから、日本食は数年に一度オーマーのところで食べるくらいなのよ」
「オーマーってだれ?」
「ああ、えっとママのお母さん、祖母ね」
「なるほど、でもお母さんも和食を作る機会がなかったのに咲は興味があるんだね」
「なにか切っ掛けでもあったのかな?」
「うふふ、うふふふ」
咲は唐突に両手で口を覆いながら笑い出した。僕がまたなにかおかしなことでも言ってしまったのだろうか。
「なに? どうしたのさ、僕がなにかおかしなこと言ったかい?」
「ううん、ごめんなさい、とっても楽しくなってしまったの」
「キミって本当にかわいいわ」
そう言いながら体を寄せてきた咲は、僕の事を押し倒すようにその身を預けてきてキスをする。その求めに応えるように僕も咲の体を引き寄せキスを返した。
なにがなんだかわからないけど、突然怒ったり笑ったり、咲は意外に喜怒哀楽がはっきりしている。教室ではいつも一人で外を見ているし、どちらかと言えば自らの存在を消すようにしているとも感じるのに、だ。
でも咲が学校と家とで全然違う面を見せることになんの問題もない。僕にだけは優しくてかわいい面を見せてくれる、それだけで十分だ。
それに学校で同じようにしていたらモテてモテて仕方ないだろう。そうなったら僕なんて相手にしてもらえないかもしれないと心配になってしまう。
すると咲がまた僕の心を覗いたようなことを言う。
「大丈夫、私はキミだけのものよ、キミが望むなら永遠に、ね」
それを聞いた僕は言葉を返すことができずに咲を見つめていた。咲はすぐ目の前で優しく微笑んでいる。
そしてまた二人は唇を重ねながらソファへ身を沈めていった。
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