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料理の味と女心?

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 数分後、目の前に並べられた予想外の料理に僕は驚いていた。焼いた塩鮭の切り身に肉じゃがと味噌汁、そしておこげのついたご飯に小鉢が二つあり、完全に和食の装いだった。

「初めて作ったのよ、味は…… 失敗かしら」

 咲はそう言って苦笑いをしている。いつも自信に満ち溢れていて強気に見える咲でも、時にはそんな表情をすることがあるなんて意外だ。

 見た目は旅館で出てくるようなもので見るからにおいしそうだが、これが失敗だとはにわかに信じがたい。

「すごくきれいでおいしそうだよ」
「なにか失敗だって感じるところがあるの?」

「焼鮭は焼いただけだから問題ないはずよ」
「お味噌汁はあまり飲んだことがないので正しい味がわからないけど、味見した限りでは大丈夫だと思うわ」
「酢の物はマリネのようなものだし、もう一つのほうれん草のおひたしもきっと大丈夫かしら」

「じゃあ何の問題もないんじゃない?」

「でも肉じゃがは材料が足りなくて本の通りに作れていないのよ」
「未成年には売ってくれないものを使うなんて、日本食は難しいわね」

 どう見ても目の前にある肉じゃがは何の問題もなさそうでおいしそうだ。じゃがいもと人参に薄切りの豚肉からは湯気が立ち上っている。何かが足りないようだけど僕にはそれが何だかわからない。

「料理の本を見ながら作ることもあるんだね」
「しかも和食だなんて驚いたよ」

「私の住んでいた地方ではあまり凝った料理は作らなくて、材料もじゃがいもやソーセージ、ベーコンにチーズがほとんどよ」
「お魚もたまには食べるけどマスばかりね、あとはパスタもよく食べるかしら」

「僕にはとてもおいしそうに思えるけどなあ、今日は何で和食にしたの?」
「もちろん僕は大好きだけどね」

「学校から帰ってから本屋さんへ行ったら料理の本があったから試してみようと思ったのよ」
「でもそんなこと聞くものじゃないわ」

 なんだか咲は怒っていると言うほどではないが、機嫌を損ねたのかむっとしているように見える。

「ごめん、別に否定したり文句を言ってるつもりじゃないんだ」
「気分を悪くしたのならすまなかったよ」

「別に怒ってないかいないわよ、さあ食べてみておかしいところを教えてちょうだい」
「…… まったくキミったら……」

「えっなに?」

「何でもないわよ」

 咲の様子が少しおかしく思えなくもなかったが、こちらを睨むように早く食べろとせかすので僕はいただきますと言ってからお椀を手にした。

 ねぎと豆腐の味噌汁は母さんの味とは違うけどとてもおいしくできている。むしろこっちの方がおいしいとさえ感じた。

 味噌汁を少しだけ飲んでからご飯を一口食べる。こちらもおこげが香ばしくておいしい。おそらく鍋で炊いたんだろう。咲は毎食パンだから炊飯器は持っていないかもしれない。

「旨い! 凄いよこれ、今まで食べたご飯と味噌汁の中で一番旨いなあ」

「もう、大げさね、でも問題は肉じゃがなのよ」
「いいから早く食べてみて」

 咲は不安そうだけど、たった今食べたご飯と味噌汁の出来を考えれば絶対おいしいに決まってる。僕は何も疑わずにじゃがいもを口に入れた。続いて豚肉も一切れ食べる。

 ゆっくりと口を動かしている僕を、咲が正面から見つめている。そんなに見られていると食べづらい。きっと早く感想を聞きたいのだろう。

 咲の作った肉じゃがを噛みしめながら、僕はなんと言おうか考えていた。なんと言ったらいいのか、口の中に広がる味は僕の想像とは異なるものだった。

「やっぱりおいしくないんでしょ?」
「はっきり言ってくれて構わないのよ、失敗なのはわかっているの」

「う、うん、失敗と言うか、しょっぱいのかな? でもおいしいよ」

「いいのよ、気を使ってくれなくても、原因はわかっているの」
「みりんという調味料が必要だったんだけど、未成年には売ってもらえなくて驚いたわ」

「なるほど、みりんは酒と同じだからだろうなあ」
「あらかじめ言ってくれたら家から持って来たのに」

「それじゃ意味がないのよ、わからない人ね……」

 わからないのは僕もなんだけど、今日の咲はやけに怒りっぽい気がする。得意なはずの料理で納得いく出来じゃなかったのがよほどショックなのかもしれない。

「今度さ、母さんに頼んで咲の分も買ってきてもらうよ」
「でもこれはこれでおいしいよ、ちょっと味が濃いくらいかな」

 咲の機嫌は直った様子もなく、少しむくれながら僕が食べるのを見ていた。そして少し遅れてから自分も目の前の料理に手を付ける。

 さっきまではそんな風じゃなかったのにどうしたんだろうと、僕は食べながら上目づかいで咲にチラリと目をやった。

 僕の視線に気が付いた咲は、キっと睨み返しながらまた同じことを呟いた。

「わからない人ね…… もう…… バカッ」

 確かに肉じゃがは失敗しているのかもしれないが、それほど機嫌を損ねるほどだろうか。とは思ってみたものの、僕だってピッチングがうまくいかない時にはイライラしたり落ち込んだりするので、それと似たようなものなのかもしれないと思いながら黙々と食事を続けていた。

 咲の作ったきっと初めての和食を食べて僕は満足で幸せだった。自分も食べながらこちらを覗き見ていた咲の表情はいつの間にか和らいでいて、多少機嫌がなおってきたように感じる。

 この様子なら土曜日に野球を見に誘う話の続きが出来そうだ。なんといっても人生初めてのデートになるんだから断られたくない。

 咲の機嫌を取るためではないけど僕はいつもより張り切って食べ、ご飯を四杯もおかわりした。
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