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尊敬しているはずなのに

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 シャワー室を片付けた後、遅れて部室へ入った僕の目に入って来たのはハカセの作った新しい部員募集のポスターと、机に並べられた一年生部員一人一人のデータをまとめたルーズリーフだった。

「おうカズ、待ってたぞ、すげえぞこれ、見てみろよ」

 木戸がそう言って机を指差したが、僕はすでにそれに目をやっており、細かく丁寧に書かれた特徴や弱点等々がまとめられているのが一目でわかった。

「これ、掛川さん、いや、マネージャーが作ったのか?」

「はい! こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「もっと細かく書こうと思ったんですけど、時間があまりなくてまだ書ききれていないんで恥ずかしいです」

「いや、十分だよ、今日だけでこれだけまとめられるなんてすごいね」

「本当ですか! やった! 吉田先輩に褒めてもらっちゃった!」
「うれしいなあ! これで好感度上がりますかね!」

「それはまた別の話だしそういう下心あるなら辞めてもらうって言ったろ?」

「おいおいカズ、そんなつれねえこと言うなよ、マネちゃんが一生懸命まとめたんだぜ?」
「お前はそれをよくできていると感じたんだからただ褒めてやりゃいいのさ」

「木戸先輩さすがです! 私褒められて伸びるタイプなんです!」

 まあそこは木戸の言う通りかもしれない。こういうところが女の子にモテる要因の一つなんだろうな。それにしても相変わらず掛川由布の声はデカい。

「そんじゃま本題だけどよ、カズとチビベンにマルマンは一、二、三年生の廊下とフリースペースにある掲示板へ行ってポスター貼り直してきてくれ」
「俺とハカセとマネちゃんはスタメンについてと、このデータから他の部員用のテンプレ作る算段立ててるからよ」

「オッケー、木戸にしては難しいこと言ってるけど、自分で意味わかってんのか?」

 チビベンが容赦なく茶々を入れる。こういうときにチビベンの頭の回転の速さは大したもんだと思うが、勉強に生かされていないのは不思議だとも感じる。

「大丈夫に決まってんだろ? 最終的にはハカセがやるんだからよ」

「結局最後は僕がやることになるのか、ま、持って帰ってパソコンに入力してみるわ」

「それなら私が入力して明日持ってきましょうか?」
「選手名鑑みたいなフォーマットに起こしてまとめたらどうかなって」

「おお、マネちゃんもパソコン使えるんだ? すげえなあ」

「はい! 父もパソコンで選手の事まとめていますから、その雛形を使わせてもらいます!」

「へえ、マネージャーの父親って野球関係者なの?」

 ハカセが興味を持ったように乗り出してきた。そういえば今日真弓先生が紹介していたときにそこまでの話は出ていなかった。

「はい! 父は元ブレイカーズの掛川雅司なんです!」

「まじで!? 本当かよ! プロじゃんか!」
「おい、カズは知ってたのか!?」

 一番大きい声で驚いているのは意外にも木戸だった。どうやらプロ選手の娘だと聞かされていたのは僕くらいだったのかもしれない。

「ああうん、知ってたよ、というか昨日知ったばかりだけどな」
「掛川選手は準レギュラーで地味だったけど、走好守揃ってるいい選手だったよね」

「まあ確かに地味でしたね…… でも一度も故障することなく二十年の選手生活を過ごしたんです」
「私はそんな父と長年支えてきた母をとても尊敬しているんです!」

 そのうっとりとした目で僕を見つめてくる。きっと両親と自分、そして僕を重ねているのだろう。それを見て僕は慌てて言葉を返す。

「故障無しはすごいなあ、確かに尊敬に値するね、引退後の今は何してるの?」

「今はブレイカーズの二軍で守備走塁コーチやってます!」
「シーズン始まってるので今週と来週は遠征中ですけどね」

「じゃあまとめとか大丈夫なの?」

 ハカセが心配そうに確認すると掛川由布は元気よく答えた。おそらく自慢の両親なのだろう、興奮してきたのかさらに声がデカくなる。

「大丈夫です! 私のパソコンにも父の作ったデータが入ってますから!」
「こんなこともあろうかと、遠征前にデータベースのファイルをコピーしておいてもらったんです!」

「やる気あるなあ、しかも自分のパソコンも持ってるのか」
「でもすでに話が難しくてわかんねえわ、ハカセはマネちゃんが何言ってるかわかんの?」

「これくらいもちろんわかるよ」
「データベースの形式はなに?、オフィス系なら僕のパソコンでも読めるから助かるね」

 それからしばらくはハカセと掛川由布によるカタカナの会話が飛び交っていた。木戸はもちろん、僕やほかの部員も何を話しているのか全く分からない。

 たまらず僕は木戸へ声をかけた。

「それじゃ僕らはポスター貼りに行ってくるよ」
「チビベン、丸山、行こうぜ」

「おう、よろしくな、俺は頭痛くなってきたわ」

「でもこれだって野球の話だぜ、お前もパソコン覚えた方がいいんじゃね?」

「うっさいよ、マルマンだってわかんねえくせによ」

「俺は少しだけ使えるぜ、釣り場情報検索するくらいだけどさ」
「現代は情報社会なんだよ、木戸は乗り遅れてるなあ」

「まじかよ…… マルマンだけは俺よりできないと思ってたのによ」

 僕も意外だったが、丸山は野球部の中でも成績はいい方なので当たり前か。見た目は一番真面目そうと言われている僕が一番機械に苦手かもしれない。なんといってもスマホでメッセージをやり取りするのが精いっぱいなのだから。

 こうしてポスターを貼りに部室を出た三人は三方に分かれ、僕は三年生の階へ行くことになった。三階へあがってきたのはあの日以来だ。

 一人になるとどうしても咲のことを考えてしまのは、ここ最近ごく自然のことになっている。そういえば咲の連絡先を聞いてなかったな。スマホ持ってるかどうかも知らないから今日後で確認してみよう。

 ああ早く咲に会いたい。今週は母さんがいないから夕飯に呼ばれたら行かれるけど、週末には帰ってくるので夜になってからの外出は難しくなる。

 僕も掛川由布と同じように両親を尊敬しているが、両親の帰宅が恨めしく望まない気持ちになったのは初めてだった。

 それを思い出すと僕の足取りは急に重くなり、ポスターを片手に三階の廊下をとぼとぼと歩いていた。
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